肉じゃがはおかんの味やで。
「安西さん、それ肉じゃが?」
「そうですけど……」
昼休み、事務室の机の上で手作りのお弁当を広げてたら、係長の目に止まったらしい。
肉とジャガイモと人参と玉ねぎが甘辛く煮つけられている。……肉じゃが以外の何物でもないやん?
実はうち、少しでも自炊をして貯まったお金で買いたいものがあるねん。
あともう少しで目標金額達成やねん。ふふふ。
昨日は休日やったから久しぶりに料理してみてん。
こう見えてお料理得意やねんで。結構家庭的な女やねん。
そやけど、仕事が忙しくてなかなか縁遠いけど……。
合コンとか行かなあかんかな。
「……食べたいんですか?」
「いや……」
いや、言うたくせに、視線が外れへん。
あんまりじっくりと見られると食べづらいんやけど。
「しゃーないですねぇ、ちょっとだけですよ?」
係長のコンビニ弁当の蓋に、ジャガイモと肉と人参を分ける。
ふと、コンビニの袋に入ってるシュークリームの袋が目に入った。
へぇ、係長甘党なんや……。
「……」
「……安西さん、お礼にどうぞ」
嫌やわぁ、催促なんてしてへんのに。
でも、せっかく係長がそう言うてくれてるのに無碍にするのも失礼やし?
満面の笑みでそれを受け取った。
「ありがとうございます。ご馳走になります」
自席に戻ると、係長がうちの作った肉じゃがを口にしたところやった。
自信はあるけど、自分以外の人間に食べて貰うとなったら、反応が気になるわ。
どうやろ……。
もぐもぐと咀嚼した後、係長の表情が柔らかく綻んだ。
そやろ? そやねん!!
うちの自慢料理やし!!
「美味い……」
「どういたしまして」
「だけど、ちょっと変わってるよね?」
は?
「どこか変ですか?」
「コクがあるというか、さっぱりというか……白滝は使わないの?」
「は? 白滝……ってなんですのん?」
「え! 白滝知らないの?」
「え、っと、白滝ね、知ってますよ。あの豆腐の潰したんにホウレンソウのお浸しとか和えるやつでしょ?」
「それは違うな」
いやぁー、冷静に返された~!!
ちゃうやん?
そこは、「何でやねん、それは『白和え』やろ!!」って返さな!!
「白滝はね、こんにゃくを細長く加工したもので……」
「あー! あー!! それ『糸こん』ですやん」
「糸こん?」
「へぇ、東京は糸こんを白滝いうんですね。糸こんは関西で入れますよ。うちのおかんは入れへんかったけど」
「そうなんだ? それと、肉が……豚肉じゃないね」
「そうですね、牛肉ですから」
さっぱりですみません。激安スーパーで鳥胸肉並みのグラム58円の特売牛肉なもんで……。
っていうか、文句言うんやったら食べんでもいいですよ?
「牛肉の肉じゃがも美味しいね」
にっこり笑って、取り上げようとした弁当の蓋をガードされてしまっては仕方がない。
まあ、関西の味を認めてくれてるんやから、まあええか。
「係長、もしかして……あっちはカレーも豚肉ですか?」
箸を止めてこちらに向けて顔をあげた係長の、もぐもぐしている仕草が可愛いねん。
子どもか、あんたは。
ほんまに、もう。
「カレー……当然、豚肉だろ?」
「いや、ちゃうんですねぇ。じゃあ、明日のお昼は署の近くのカレー屋さんに行きましょうよ」
「仕事が忙しくなかったらな」
苦笑しながら僅かに肯首する係長の反応に、フワフワと浮いてるみたいに舞い上がりそうになってるんは、どうしてやろう。
楽しみやぁ、でもあんまり楽しみにしてる時に限って事件入るんよね。
ほら、相談係に誰か来た。
うちに回されそうやなぁ……。
よっしゃー!!
頑張るか~~!!
安西「正確に言うと、白滝と糸こんにゃくは少し違うらしいです」
係長「ほう」
安西「糸こんはこんにゃくを作ってからところてんみたいに突いて作ってるみたいです。それに対して、白滝はどろどろのこんにゃく液を細い糸状に突き出してから固めるらしいですよ」
係長「ふむ……味の滲みた白滝は美味いからな、次は入れてくれ」
安西「味のしゅんだ糸こん美味しいですよね……って、『次』って何ですか!!?」