二度づけは禁止やで。
「係長、安西の歓迎会、今週の金曜でいいですか?」
先輩の佐々木巡査部長が、自分の席から係長席に向かって声を張り上げた。
係長が分厚いスケジュール帳を繰って、予定を確かめて頷く。
「ああ、今は急ぎの事件もないし大丈夫だろう。段取りすまないね」
「いえいえ、ビールと串カツの美味い店予約しときますんで、楽しみにしててください」
「おお、『勝吉』な。あっこ美味いよなぁ」
課長も会話に参加してきた。
さすがに佐々木巡査部長が席を立って課長の傍に行く。
「美味いっすよね。課長も金曜でいいっすか?」
「おお、ええで」
「んじゃ、会費飲み放題付きで5000円でお願いします」
にゅっと佐々木巡査部長の手が出された。
「え~!! 歓迎会やのに奢りちゃうんですかぁ」
「もちろんや」
「ほら、佐々木。安西の分も」
係長が財布から一万円札を一枚抜き出した。
え? っと部屋の空気が止まる。
あかん、関東人は冗談が通じひんの?
それとも係長が冗談通じひん人なん?
「……あ。いいんですよ! 冗談みたいなもので! 自分で払いますから!!」
慌てて財布から、今月のなけなしの5千円札を佐々木巡査部長に手渡す。
「……いいのか? 歓迎会なんだろ?」
佐々木巡査長も慌てて、一万円札を受け取り、私が渡した5千円札を係長の掌に返した。
係長の眉毛が心なしか下がって、シュンとした表情になる。
「女性の部下を持ったのは初めてで……気が利かなくてすまないね」
就職して今まで、ずうっと割り勘だったのに、いきなり女と意識されても困るんですけど。っていうか、女関係ないですから。
女性警察官の採用が増えているといっても、まだまだ男社会な警察。
今まで女性警察官の部下を持った事ないって……ほんまに?
★ ★ ★
「乾杯~」
カッチーンとジョッキを合わせて、ぐいっと生ビールを喉に流し込む。
喉の奥にホップの苦みと、プチプチした炭酸の刺激が弾けた。
カウンターの向こうの厨房では、オヤジさんが客の食べる早さに合わせて串カツを揚げてくれる。
今日は飲み放題と串カツのコースだ。
半個室の座敷を借りきっているので、揚げたての串カツは皿に盛られて運ばれてくる。
「あ、生5つくださ~い」
幹事は佐々木巡査長だけど、下っ端は色々気を回さなあかんもんで……。
最初の乾杯でジョッキの半分くらいを一気に飲んでしまったのを見て、皆の分を追加注文した。
目の前の皿に野菜の串揚げが3本並んだ。
係長どうするかなぁ、と期待半分で見つめる。
案の上、一口齧った獅子唐をソース壺に突っ込みそうになった。
「あ、係長。2度づけ禁止ですよ」
「あ、そうだったね」
案外素直に引き下がったやん。
知ってたんやろうか?
「そんなに珍しいかな。これでも12年大阪に住んでるんだよ?」
いや、いや、いや!!!
この前、関西風のおうどん食べたことないって言ってましたやん。
オモロイな、係長。
ジャブンと景気よくウズラの串揚げをソースに付けて齧り付く。ぐいっと生ビールを喉に流し込めば……。
「サイコー!」
同じように3つ目までソースを付けた係長が目を細めて串揚げに齧りついた。
「うん、美味いね」
瓶ビールを持って課長、係長、佐々木さん……と順番にお酌をしてまわる。
その度に返杯をされるものだから、随分飲んでしまった。
「帰り、女子単身寮まで送って行くよ」
「あ……すんません」
せっかくの丹波牛の串カツやのに、お酒が過ぎて味がよう分からん。……残念やぁ。
う~、ちょっと眠い。
今日も朝早かったからなぁ……あかん、ちょっとだけ横になろ。
……。
なんかふわりと上着を掛けられた気がするけど、なんやろか。
なんかちょっと男くさい匂いもする……。
誰のやねん……。