ほんまもんのうどん、食べてみて~や
「お疲れ様です~」
昼過ぎ、疲れた顔をした係長が部屋に入って来て、ドサッと重たいファイルを机に置いた。
朝から研修で本部に行っていた係長。すっかりやつれて何があったんですか?
給湯室に行って、熱いお茶を湯呑に淹れると、係長の机に置いた。
昨日取り調べた被疑者の調書をまとめる仕事に戻る。
「お疲れ様。……安西さん、お昼食べた?」
「お先に頂きました」
係長が机の下をゴソゴソして、カップうどんを取り出した。
昼ごはんそれ?
お湯を入れるべく、係長が給湯室に消えて行った。
5分後――。
デスクのパソコンを端に避けた係長は、カップうどんのアルミの蓋を開けた。
「なんだこれ!?」
「どうしたんですか?」
すわ不良品かと中を覗き込んでみるが、普通のカップうどんが黄金色のダシの中に浸かっていて、乾燥ねぎが浮かんでいる。甘辛煮にされたアゲが中央で存在を主張しているだけだった。
「何事かと思いましたわ」
すとんと自分の椅子に座り直した。
「これ、味付いてる?」
「は? 付いてますよ。このタイプにはスープ袋付いてませんから」
ラーメンじゃあるまいし。
ゴクンと係長がダシを飲んだ。
「あ、味付いてる。うまい」
ほにゃっと柔らかい笑顔になったのを横目で盗み見た。
ちくしょう、可愛い笑顔しやがって。
「係長……大阪暮らし長いんですから、カップうどんくらい食べた事ないんですか?」
「ラーメンの方が好きだから。インスタントは余り食べないし」
はあ……そうですか。
独身一人暮らしのくせに、カップうどん食べへんなんて……。
「そやったら、ほんまもんのうどんは? そっちもダシの色薄いですけど、食べた事ないんですか?」
「俺、うどんよりそば派だから」
「それやったら、今日晩にうどん食べに行きましょうよ。うち、前の地域(課)の時にいいうどん屋教えて貰ったんです」
「……俺、昼もうどんなんだけど」
「あ……。まあ、いいですやん」
「まあ、いいけど」
よっしゃーー!!
うち、この係長を立派に大阪もんに育てて見せるで。
「それより、例の被疑者起訴イケそうなの?」
「あ、大丈夫です」
「そう、それじゃ上に話しとくから」
「お願いします」
★ ★ ★
裁判所を出ると、もう夜だった。
思ったより手続に時間がとられた。
他の仕事の段取りがずれ込むやん。
まあ、デートの予定もないし構へんけどね。
公用車を運転しながら南淀署に帰ると、戻った旨を係長に報告した。
「お疲れ様。じゃあ、明日は移送だね。俺と、もうひとり誰かに補助頼むから」
「分かりました」
「じゃ、行こうか」
係長が春モノのコートを手に立ち上がった。
「それじゃ、お先に失礼します」
「おう、お疲れ」
本日当直の佐々木巡査部長に挨拶と挨拶を交わし、係長と共に刑事部屋を出た。
地下鉄に乗り、西堀へ。
なんだってこんな所までうどんを食べにだけに来たんやろう。
「係長、ほんまにすみません」
「どうしたの?」
「いやあ、つい誘ってしもたけど、うどんだけの為にこんなところまで連れて来てしもて……」
独身やからって、彼女がいないとは限らへんよね。
インスタントあんまり食べへんって、つまりそういう事ちゃう?
裁判所で順番待ちしている間にもやもやと考えていた。
「いいんだよ。どうせ何かは夕ご飯に食べるんだから」
安心するような笑みを返してくれた。
まあ、それやったらいいねんけど。
うどん屋に着いたら、もう21時やのに行列が並んでいた。
「へえ、もしかして有名?」
「さあ、もしかしたら最近グルメ雑誌に載ったかも知れないですね」
キラキラとした目で行列を眺め、お行儀よく列の最後尾に並ぶ係長。
行列嫌いの関西人が並ぶくらいやから、間違いはない。
けど、一年前はそんなに並んでたかな。
順番が来て店内に通される。
中は老舗のうどん屋らしい佇まいで、オシャレという言葉とは隔たりがあるけど、店内全体にダシの良い匂いが充満している。
ああ、お腹減った。
「お待ちどうさま」
おばちゃんがお盆にどんぶりを二つ乗せて運んできた。
「はい、ぶっかけ温かいのと、カレーうどん」
私の前にぶっかけうどんと係長のまえにカレーうどんを置いて行った。
「係長、カレーですか?」
「ああ。昼間はきつねうどんだったし」
食券を先に買うから、係長が何を注文したのか知へんかったけど、なんでカレーうどんなん?
それじゃ、関西風のおダシの効いたうどんを食べた事にならへんやん。
「インスタントとの食べ比べになりませんやん」
「あ、そうだね。これにはそのスープ使ってないの?」
いや、カレーうどんもおダシは使うやろうけど、あの澄み切った黄金色の昆布ダシの効いた……。
ああ、あかん。うちのうどんもダシがない!
これじゃ、「味見してみます?」って言えへんやん。
係長がズズっとレンゲに掬ったカレーうどんのおダシを啜った。
ほにゃっと柔らかく綻んだ笑顔が、湯気の向こうに見える。
「美味いね、さすが安西さんのお勧めの店だね」
なにがさすがやねん。
その笑顔反則やわ、もうかなわんなぁ。




