月より団子?
真っ暗な空は街の灯りが強すぎて星は見えへん。ただ、ぽっかりと明るい月が浮かんでいるだけ。
今は秋の未成年非行防止月間のパトロールの真っ最中。夏休みで羽目を外した子らが非行化するのを防止するのが目的やね。
今日も係長と二人一組で、繁華街を巡回する。
もう時刻も遅いというのに、ワクドナルドの店内には未成年の姿がある。
男女数人のグループ。
一人でハンバーガーを食べてる少年……。
あ、少年いうても男だけちゃうで、少女も含めて『少年』やで。
こんな時間に青少年がワクドに溜まってるのは看過できひんけど、皆がみんな非行してるわけやない。彼らの多くは塾帰りの中高生で、勉強で頭使ってお腹空いたんを満たしているんやろう。
ちらりと店内を見回し、駐輪場や駐車場もチェックする。
ワクドナルドの店の前には大きく【月見バーガー】の文字が踊っていた。
「もうそんな季節やねんなぁ」
「なに?」
係長が聞き返した。
「いや、ワクドの月見バーガーの季節やなぁと思いまして」
「そうだね。俺もワックは嫌いじゃないけど、夜に食べるにはもう重いかな」
あー、おっさんですもんね。
「てか、今ワック言いました? ワクド違うんですか?」
にこっと微笑んだ係長は、そのまま夜空を見上げると、直ぐにまた視線が合わさってくる。
「俺は『ワクド』より月見団子の方がいいかな?」
わざとらしく使われた関西風の呼び方。
あかん、にやけてまう。
「……係長、署に戻る前にコンビニ寄りましょうか」
★★★
コンビニに入って、ついで買いを狙う賞味期限が短い和菓子の定位置であるレジ横の売り場に向かった。
そこにはお馴染みのカップに入った細長い餅にあんこが乗ったお月見団子が置いてあった。
最後の一個のそれをキープ!
餅は3個入ってるから一個ずつ食べて残りはじゃんけんやな。
「係長、何探してるんですか?」
キョロキョロと店内を歩き回る係長の行動に、思わず声をかけた。
「もうお月見団子買いましたよ」
精算済みの月見団子が入ったレジ袋を顔の横まで持ち上げた。
署に戻ると報告書を書かなあかんねんけど、ちょっとその前に糖分補給。
給湯室でお湯を汲んで熱いお茶を入れる。
佐々木、倉敷組が戻って来へんうちに食べな。
係長と団子を半分こしてるなんて知られたら、またからかわれるに違いないわ。
先だっても昼食休憩中に係長が爆弾発言をして、沈黙の後、みんな冗談やと思った。
『うわっ! 係長もそんなギャグ言いますの!』
『係長、こんなふしだらな娘で良かったら嫁にもろてやってください』
『アホかっ! それ言うんやったら"ふつつかな"ですやん!』
佐々木さんも倉敷さんもウチも、冗談にしてしまおうと思ったんやけど、結局あんなことになってしもて。今思い出しても頬が熱くなる。
翌々日の勤務日には、班のみんなにニヤニヤとした視線で見られた。
……一緒に帰るとこ見られてるしなぁ。
職場恋愛は禁止されてへんし、職場結婚も実は結構多い。警官同士は離婚も多いみたいやけど。
ウチはもうすぐ25歳やけど、係長は36歳で……11歳も違うんか。
係長はやっぱり結婚前提のつもりやんな。
ちょっと待って!
うちは好きやって言わされたけど、係長に好きやって言ってもろてへんし。付き合おうとも言ってもろてへん。
これって、付き合おうてるって言ってええんかな。
悶々と考えてたら、お茶っ葉を蒸らし過ぎた?
二つの湯飲みに注ぎ分けて、お盆に団子と一緒に載せた。
「係長、ちょっと休憩しませんか」
既に報告書に着手していた係長のデスクに湯飲みを置いた。小皿に移したお団子も。
「ありがとう。へえ、あんこが乗ってるんだね。あれ? お餅も形が違うなぁ」
「里芋のかたちみたいでしょ」
「言われてみればそうだね。でもなんで里芋?」
「中秋の名月は芋名月とも言うからやないですかね。……知らんけど」
楊枝で刺した団子を係長が口に運ぶ。
飲むくせに甘党な係長は、ほら。子どもみたいに幸せそうな顔でふにゃんと笑った。
少しわだかまっている心中を隠して笑顔を作ると、明るい声色で係長に問うた。
「東京の月見団子ってどんなんなんです?」
「ん~、丸くて……あんこは乗ってないよ。俺はこっちの方が好みだな」
甘いもん好きですもんね。ウチもあんこが乗ってる方が好きやけど。
「……安西、何か悩み事があるのか?」
係長は係長席を立って、ウチの傍の椅子に座り直した。
なんでバレるねん。
やること先にやってしもたけど、ウチらって付き合ってるんですか? なんて、職場で言えるわけない。
俯いてやり過ごそうとしていたら、係長が傍でふぅ、とひとつため息をついた。
腕を引いて席を立たされ、生活安全課の部屋を出る。
いつぞや係長と桜餅を食べた小会議室のドアが開けられた。
パイプ椅子を引いて椅子を勧められるけど、そんな気にはなれない。
「言いにくいこと?」
「はい」
「仕事上の悩み?」
部下の心情を把握しておくのも上司の務め。
そういう責任感からの質問には、答えたくない。
「いえ、プライベートな事です」
はっとした係長の表情。
「……前に買いたいものがあるって言ってたな。借金でもしてるのか?」
ちゃうし!!
なんでやねん!
それならもう現金ですっぱり買ったわ!
「違います」
「だったら、何だ? 俺には言えない事か?」
そんな、「俺はそんなに頼りない男か?」みたいな顔せんといて下さい。
「じゃあ、言いますけど。公私混同してるて怒らんといて下さいよ?」
「……ああ、分かった」
もう、どんな顔して言うたらいいの?
ふう、とひとつ深呼吸する。
マニキュアはしてないし、長くも伸ばせられへん爪は、せめて表面だけ磨いている。
そのつるつるした爪の表面を指先で辿りながら、気持ちを吐露する決意を固める。
「ウチ、係長のなんなんかなぁって思って。ウチは好きやって言いましたけど……係長言うてくれへんし。遊ばれてるんかなぁ、とか」
チラ見した係長の顔は無表情で、怒ってるんか真剣に聞いてくれてるだけか分からへん。
最後まで聞いてくれた係長は、宥めるように抱き寄せてくれた。
「すまなかった」
係長の大きな手が髪を優しく梳いていく。
「祥子が好きだよ。……君はもう俺のモノだ」
何言うてるのん、歯が浮くわ。
「……係長のあほ。何様やねん」
耳から入った俺様な告白はジンジンと胸を熱くさせた。嬉しくてくすぐったくて、照れるわ。
「祥子、二人の時は『係長』じゃなくて名前で読んでもらえないかな」
え?
あ、ああ! そっか。
口に出そうとしてみるけど、めっちゃ恥ずかしい。
「……れ、練習しとく」
フッと柔らかく笑った係長の唇が、頬に微かに触れた。
「さ、仕事に戻ろうか」
通常モードに戻った係長が、名残惜しげに腕を解いた。
「はい」
すっかりクタクタになったうちも、気合いを入れ直した。
ドアを開ける前に振り向いた係長が、にこっと微笑んで言う。
「次の週休も泊まりにおいで」
パタン。
笑顔の残像を残して、小会議室の扉が閉まった。
ブシューっと頭から湯気が上がる。
頬の火照りが冷めるまで、ウチはしばらく小会議室から出られへんようになったやないかっ。
係長のあほーーー!!