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桜餅が面白いのん?

いきなりうら若き女性が「ラブホ」を連呼してますが、R15作品ではありません。不定期更新になります。

「あっつー」


 黒いスーツの中は4月の陽気のせいで汗だく。

 バッグからハンカチを出して首筋の汗を拭った。

 顔も拭きたい……だけど、お化粧が剥げちゃうし。


「次はどこですか?」

「あの橋を渡ったところにある『ラブホリック』でラストだな」


 隣でも汗だくになっている係長が、橋の向こうに見えているラブホテルを指差して言った。

 仕事中にラブホでご休憩しようという話ではない。

 今朝発生した事件の捜査で、管内のラブホテルのモニターをチェックするために監視カメラの映像を借りに回っているのだ。

 ラブホテルは、従業員と顔を会わせずに部屋に入れる。郊外などは駐車場から直接部屋に入れる仕様のものまである。その隠匿性から犯罪に使われる事も多く……何が悲しゅうて、嫁入り前の女が(しかも処女)、朝からラブホテルをハシゴせにゃならんのよ。


「すいませ~ん、南淀警察署のもんですけど~」


 呼び出しボタンを押して従業員を呼び出し、事情を話す。

 監視カメラの映像を借りるための書類を見せて、事件発生を挟む48時間の映像データーを受け取った。ラブホテル側も慣れたものだ。


 ラブホの広くはないホールは、緩く冷房が入っていて快適だったが、外に出ると引いた汗の分までぶわっと吹き出すよう。

『せっかくホテルに来てんから汗流してきたら良かったなぁ』なんて、セクハラ発言をする上司でなくて良かった。


 ちろりと並んで歩く上司を見上げる。東條雅彦警部補。36歳独身。東京出身。警視庁ではなく大阪府警に入職した変わりもん。

 

「じゃあ、帰ってチェックするか」

「はい。あ、すいません。ちょっとコンビニ寄っていいですか」


 停めてあった車の所に戻る道すがらあった全国チェーンのコンビニに入った。

 少しきつめの冷房が心地いい。

 大きなガラス扉を開けて、ひんやりと冷やされたお茶のペットボトルを手にレジに向かうと、係長が先に会計をしていて、小さなビニール袋を受け取っていた。


★ ★ ★


「お疲れ様」

 

 コトンとコーヒーの入ったカップが、モニターの横に置かれた。

 映像を一時停止にして、声の主に向き直る。


「お疲れ様です」

「どう?」

「今のところは……」


 声のニュアンスで言いたいことは伝わったらしい。

 机を挟んで反対側のパイプ椅子に座った係長が、自分の手にしたカップからコーヒーを一口飲んだ。


 小さな会議室で朝から集めて回った映像を一人でチェックしていたが、2倍速で見ていてもなかなか終わらない。

 ちょこまかちょこまかと画面の中を人間が行き来しているが、お尋ね者の姿はなかなか見付けられないでいた。

 コンタクトレンズにしてからドライアイになっている目がシバシバしてきた。


「ちょっと休憩しようか。面白いもの買ったんだ」


 そう言って係長が会議室の机に乗せたコンビニのビニール袋から取り出したものは……。

 ピンク色に着色された道明寺粉に優しい甘さのこしあんを包み、塩漬けにされた桜の葉を巻いた、桜餅。それが2個入った小さなパックだった。レジ前に衝動買い……というか、ついで買いを狙って置いてある、お値段も手ごろな108円。

 この時期になったら何処でも売っている代物なので、何が面白いやら、珍しいやら。


「ご馳走になります」


 コーヒーと桜餅か……なんて言ったら罰が当たりそうなので黙っておく。

 ぱくりと齧りつくと、もちっとした餅の中からあんこが出て来て、疲れた脳と身体に砂糖の甘さが滲み渡っていくよう。塩っ辛い桜の葉が、これまた甘くなった舌をピリッと引き締めてくれる。

 和菓子の中ではこれが一番好きだなぁ……。


「あれ? 係長食べへんのですか」


見れば、係長は桜餅を持ったままじっとそれを眺めていた。


「いや、食べるけど。随分違うなぁと思って」

「そうですね、関西こっちの方ではこれが普通ですけど」

「東京ではさ、こう……ピンク色の薄っぺらい生地に俵型のあんこがロール状に包まれているんだよ。桜の葉が付いてるのは一緒だけど」


 そうですね、桜の葉が付いてなかったら桜餅って名乗れませんもんね。


「まあ、騙されたと思って食べてみてくださいよ」

「ああ」


 ぽいっと口に放りこまれた桜餅の行方を目で追っていた。

 もぐもぐと咀嚼されているのが分かる。

 一口かよ、おい。


「うまい……」


 係長の顔が綻んだ。


 可愛い……。


 おっさんなのに……。


 薄暗い会議室の中、少し色付いた頬が係長に気付かれていないことを祈る。


面白かったら感想聞かせてね。

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