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護衛1

「ガドウィン様!」


 マノリ達と話をしていると、慌てた様子のアーシャが駆け寄ってくる。

 それに対して、全員で視線を向けると、怯んだように身を縮こませた。だが、すぐに気を取り直し、マノリ達に一礼してから、焦った様子で私の方を向く。


「お探し致しました。第3王女様が、カドウィン様に面会したいと仰っております」


「そうか。……わかった、案内してもらえるか?」


「はい。こちらでご用意した応接室にて、お待ち頂いております」


 先導しようとアーシャが身体を捻ると、マノリが不安そうな顔を向けてくる。


「ガドウィン……」


「はい。マノリ様が仰っていた、お誘いの話でしょう。お断りするだけです、すぐに戻ります」


 表情を和らげそう言うと、マノリは笑顔で大きく頷いた。


 それを見てから、「失礼します」とヴォルガとエリスにも一声かけ、アーシャに案内するよう促す。


「こちらです」


 先を歩くアーシャに問うと、応接室は1階にあるらしい。断るだけに移動するのが面倒だが、王族に礼を欠く事も出来ぬので、黙って続いていく。


「あの……ガドウィン様?」


「なんだ?」


 前を歩くアーシャが、こちらを覗いながら声をかけてきた。


「サルディニア公爵様とお知り合いなのですか?」


「あぁ、つい先程知り合った。マノリ様の護衛として雇い入れたいと誘われたので、承諾した」


「左様でございますか。ガドウィン様の活躍を見れば当然ですね。ですが、第3王女様のご用件もご存知なのですか?」


「マノリ様の話では、私を専属護衛騎士に任命したいと考えているらしい」


「せ、専属護衛騎士!?」


 それに声を上げて驚くアーシャに苦笑いで答える。


「だが、断るつもりだ。マノリ様の護衛を引き受けたからな」


「よ、よろしいのですか?」


「そもそも、公爵家の一人娘である、マノリ様の護衛になるのだぞ? 十分だと思うが……」


「確かにそうでしょうが、王族の専属護衛騎士に比べれば、見劣りしてしまいます」


「ふむ……確かにな。だが、私を誘ってきたマノリ様の言葉に興味が湧いた。第3王女様がそれ以上の言葉を持つのなら心変わりするかもしれんが、十中八九ないだろう」


「マノリ様の言葉とは?」


「教えん」


 私がそう言うと、アーシャは残念そうな顔をして肩を落とした。


「アーシャこそ、ラシュモアとはどうなった?」


「試合の後少し話しましたが、ガドウィン様に悪い事をしたと言っておりました」


「いや、私の行動にも問題があったのだ。ラシュモアだけの責任ではない」


「それは私が「アーシャも悪くはない」……は…ぃ…」


「色々と拗こじれてしまったが、誤解が解けたのであればそれでよい」


「ありがとうございます」


 嬉しそうに目を細め、丁寧に礼をしてくるアーシャに頷く。

 そして、応接室に急ぐ為、アーシャを促し歩みを早めた。



 応接室まで来ると、扉の前には騎士が立っていた。

 こちらに視線を向けるが、すぐにまた宙を見るかのように、まっすぐと前を見つめたまま視線を固定する。


「カドウィン様をお連れしました」


「入れ」


 騎士に近づき、アーシャが声をかけると騎士が短く応える。

 許可が出たことで、アーシャが私に向き直ると頷いてきた。

 私も頷き返し、扉を数度叩いてから開け、応接室に入った。


「失礼します」


「お待ちしておりました」


 応接室に入ってから、軽く頭を下げる。

 そこには人間の女がひとりだけ座っており、私が入ると立ち上がり、笑顔を浮かべた。


『また子供か……』


 マノリ程ではないにしろ、見た目の年齢はリータやトウナと変わらない女の姿に、内心ため息をつく。

 貧弱に見える白い肌に、少し赤みのかかった茶色い髪を肩の下辺りまで伸ばしており、端正な顔立ちではあるが、未だ幼さが抜け切れていない顔をしている。

 そんな容姿の女は少し灰色がかった黒い瞳で、私を見定めるような視線を送ってくる。

 それに少々不快感を募らせるが、顔に出すこと無く少しずつ近づいた。


「ガドウィン・レナン・スマルトと申します。お目にかかり光栄です、第3王女様」


 少し距離を取った位置で立ち止まり、名を名乗ってから丁寧に一礼する。

 すると、わずかに息を呑む音が聞こえた。おそらく、マノリが言っていた礼が綺麗と言うやつだろう。さすがに、何回も同じ反応をされると慣れてくる。もう身に染み付いた動作になってしまっているが、位の高い相手以外には、多少雑な礼で済ませるか。いちいち反応されていると、少々煩わしく感じる。


 そんな、私の内心など気づいていないであろう女は、微笑みながらゆっくりと頭を下げた。


「サナトリア王国第3王女、シンリアス・バァル・サナトリアです」


 名乗ると、自身と向かい側にある椅子に座るよう促してくる。

 それに従い、椅子まで歩み寄ると シンリアスが座るのを待ってから腰を下ろした。


「突然、お呼び立てして申し訳ありません」


「いえ」


「準決勝、素晴らしい試合でした」


「ありがとうございます」


 人間の会話とは相変わらず面倒だな。本題に入る前に、前置きとして無駄な話をしなくてはならない。しかし、それは人間たちも常々思っていることだろう。それができない相手は、円滑な意思疎通が出来ないと思われてしまう。そういった理由もあり、無難な対応を取るのかもしれんな。

 そして、郷に入れば郷に従う。知識として自身の中に残っている人間の礼儀が、無礼に当たっていない事に胸を撫で下ろした。

 そんなこちらの気も知らぬシンリアスは、終始笑顔を浮かべている。


「今日は貴方様を、わたくしの専属護衛騎士にとお誘いしに参りました」


「光栄なお話ですが、どうして私なのですか?」


 やっと本題に入ったシンリアスの言葉に、用意しておいた台詞を投げ返した。

 シンリアスは私の言葉に、一瞬――ほんの一瞬、硬直する。

 すぐに、悟られぬようゆっくりと頷き、答えを模索するように目を閉じた。


「貴方様の力を、わたくし……いえ、わたくし達が必要としているからです」


「……なるほど」


 目を開き、真剣な顔をさせ口から出した言葉に、シンリアスへの興味が一気に薄れる。

 力だけであれば、私では無くてもよいはずだ。


「私程度の力であれば他にも、ガロードやラシュモアが居ります」


「そうでしょう。しかし、クラウディスから貴方様の事を聞き、是非にと考えました」


「クラウディスから?」


「はい。自分が本気を出した人間は、貴方様だけだと」


「そんなことを……」


 まぁ、人間ではないがな……。


 しかし、あれが本気だったとすれば、クラウディスは中級魔物をひとりで仕留める事が出来そうだがな。

 やはり、奴だけは異常だ。他の人間とは次元が違う。

 さすがは人間最強。神に選ばれし勇者様だな。


 クラウディスについて考えていると、シンリアスがこちらを覗っている事に気づく。

 それを盗み見ると、僅かにだが焦りの表情が見て取れた。


 大方、すぐに承諾すると考えていたのだろう。

 名誉ある専属護衛騎士に任命されると誘いを受けて、断る方が珍しいからな。

 だが、これ以上引っ張ったとしても意味は無い。会ってから心変わりがあるとは思ってはいなかったが、予想通りだった。さっさと終わらせ、マノリの護衛の件について話を詰めるか。


「失礼しました。申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」


「断る…?」


「はい。サルディニア公爵家の一人娘である、マノリ様の護衛を引き受けました」


 驚愕の表情を見せるシンリアスは、少し言葉を荒げる。


「そちらと天秤に掛け、サルディニア公爵家での護衛を取るのですか?」


「天秤に掛けたつもりはありません。私を護衛にと、声をかけてくださったマノリ様の言葉に、私は惹かれました」


「その言葉とは…?」


 そう聞いてくるシンリアスの顔は、信じられないといった表情をしていた。

 最初から断られる事を予想していなかったのは明らかだが、そこまで取り乱す理由がわからない。

 単に王族の誇りから来るものなのか、別の理由があるのか……。


「力ではなく、私が欲しい……と」


「――それは婚約者として、ですか?」


「いいえ、そういった考えはないでしょう。単純に護衛として、私が欲しかったようです」


「その心は、わたくしと同じです」


「そうでしょうか? 失礼ですが、第3王女様のお言葉は私に響きませんでした」


「そう、ですか……」


 私の答えに、シンリアスは落胆の表情で俯く。

 そして、先程から見え隠れしていた焦りの色がより濃くなっていた。


『何をそんなにも焦っている?』


 私が断ったとしても、他にも候補が居るだろう。確かに、クラウディスが本気を出した事実は重要だ。ガロードやラシュモアでは、奴に本気を出させることは出来ない。突然現れた私の力に、興味を抱く気持ちもわかる。


 しかし、クラウディスが居る。

 私に勝利し、未だ揺るがぬ王国最強の地位に立つ者を、王族は雇い入れているのだ。私が奴に勝利したのであれば、今この時でも執着心を見せるのは理解できるが、そうではない。


 湧き上がる疑問を、苦い顔を浮かべるシンリアスに投げかける。


「なぜそんなにも、腕を立つ者を探しておられるのですか?」


「ぇっ…?」


「第3王女様は焦っておられるご様子。何か、すぐにでも強き者を雇い入れなければならない理由がお有りになるのですか?」


「……よく観ておわれますね」


 私の問いに目を見開き驚くが、すぐに諦めた表情になり弱々しく頷いた。


「理由を聞いても?」


「ええ。……実は、クラウディスの事なのです」


「クラウディスの?」


「はい。貴方は試合の最中、クラウディスに何か思うことはありましたか?」


 そう真剣な表情で聞いてくるシンリアスの言葉に、思い当たる節があった。


「彼は戦いを楽しんでいる様に見受けられました。どこか、狂いを感じさせる程に……」


「お気づきでしたか。その通りです。クラウディスは、自ら危険な戦いへと身を投じるのです」


「やはり」


 シンリアスの言葉に頷き、クラウディスとの戦いを思い出す。

 私の殺気に当てられたクラウディスの目は、戦闘狂のそれだった。

 剣を交えていても表情には出さぬが、強き相手を求め、飢えているのだと感じさせる。


「わたくしの姉である第2王女のカーラは、そんなクラウディスの姿に心を痛めています。公務の為、彼を同行させて、今まで一度も傷を負わなかった日が無いと……。近年では、わたくしも同行する事が多いのですが、やはり傷を負わぬ日はありませんでした」


「そこまで……」


「はい。ですから、貴方様にわたくしの専属護衛騎士となってもらい、彼の負担を軽減させようと考えていました」


「……そういった理由がお有りでしたか」


 組む手を震わせながら言うシンリアスの言葉に、納得する。

 どこか焦りの表情を見せていたのは、クラウディスがいつ死んでもおかしくない状況にあるからだったとは……。

 確かに、その様な無理をしていれば、いずれ身体が壊れる。しかし、そんなクラウディスを酷使しなければならないという、板挟みの状態であるようだ。


『私としても、クラウディスに死なれるのは困る』


 奴が死ねばおそらく私を専属護衛騎士にと、王族が囲い込むよう動くかもしれない。クラウディスの言葉もあり、今の時点で私が奴の後釜に当てるには最適と判断するだろう。

 しかしそれでは、私の目的に支障が出る。あくまでも、マノリの護衛としての立場が最適だ。


『あまり気が進まんが……仕方がない』


 多少支障が出るだろうが、私が動きにくくなる事態は避けたい。少し不安もあるが、今後の憂いを絶っておいてもよいだろう。幸い、いま任せていることは急を要するものでもないからな。


「ひとり、心当たりがあります」


「えっ?」


「私と同程度の力を持つ者です」


「それは本当ですか!?」


 私と同等ということで驚いているのか、シンリアスは動揺と期待が入り混じった声で叫んだ。

 それに、静かに頷き話を続ける。


「はい。闘技大会には体調を崩し出場を見合わせましたが、実力的には私とほぼ変わりません」


「その方とは!?」


「リータ・オルディア」


「リータ・オルディア…? 聞かぬ名です」


「そうでしょう。私もですが、王都へは最近訪れました」


「今まではどこに?」


「リータはあまり過去の話をしたがらないので詳しくは知りませんが、2年程前から共にゴルディシア山付近にて生活をしておりました」


「ゴルディシア山!?」


 シンリアスも、アーシャに話した際と同じような反応してきた。

 『意外と反応は素直に取るのだな』と、シンリアスの反応を見てきて思う。王族として常に取り乱さず、冷静に物事や事態にあたるよう心掛けろ、と内心助言しつつ頷いた。


「貴方様の強さの秘密だったのですね……。わかりました、その方をご紹介いただけますか?」


 私の肯定に呆然とした表情で頷きながらそう言うと、縋りつくような態度で頼んでくる。


「はい。確認を取りますので、また明日にお時間を頂いてもよろしいですか?」


「もちろんです。場所はここ、決勝の試合が終わった後でお願いします。運営の者たちには、わたくしから話をつけておきましょう」


「わかりました。では、また明日お会いしましょう」


 そう言いながら立ち上り頭を下げると、応接室を出るために扉まで向かう。


「今日はありがとうございました」


「とんでもありません。私も、第3王女様とお話が出来て光栄です」


 扉の前に行くとシンリアスが礼を言ってくる。

 それに微笑みながら応え、再び一礼してから応接室を出た。


「ガドウィン様」


 応接室の前ではアーシャが待っていたようで、私に気づくと近寄ってくる。


「待たせたな」


「いえ」


「第3王女様から話があると思うが、また明日この場所で話をする」


「断り切れなかったのですか?」


「いや、私の知り合いを専属護衛騎士に推薦したのでな」


「知り合いですか? ずっと、おひとりだったのでは?」


「2年ぐらい前からだが、共に暮らして居た者がいる」


 私がそう言うと、アーシャは僅かに顔を顰め、怒ったような表情をする。


「……初耳です」


「すまんな。本人からあまり自分の事は喋るなと、口止めされていた」


「そうですか……」


 アーシャは頷くと、「サルディニア公爵様の元までご案内します」と、先導していく。

 その後ろに続きながら、リータへと連絡を取るため、右手の人差し指に嵌めてある指輪に、魔力を少し流す。

 しばらくすると、指輪の宝石が赤く揺らめく。リータからの承諾の合図だ。

 この指輪で連絡をした際は、根城に一旦帰還しろとの命令を出している。後でリータと、今後について話をしなければならない。


「ガドウィン様」


「どうした?」


 前を向いたまま、少し拗ねたような声で私の名を呼ぶアーシャに返事をする。


「ご推薦なされた方は、大事なお方なのですか?」


「そうだな……家族のような者だ」


「その方は女性ですか?」


「あぁ、そうだ」


「――そうですか」


「……どうした?」


「いえ、なんでもありません」


 どこか落胆した様子のアーシャに首を傾げるが、何も言うことなく足を動かしていく。


『リータには悪いが、少し探ってもらう』


 危険もあるが実力的には何も問題はない。所詮は人間だ、いざとなれば自身の力だけで切り抜けられるはずだ。


『それに、この役割にはリータが最適だ』


 リータは、私や他の2人に比べ社交性が非常に高い。そのため、すぐに周囲に溶け込む事が出来る。その才能は天性の物だろう。

 その能力を活かし、王族の情報を手に入れてもらいたいが、有力な情報を手に入れる為に焦っているのか、稀に突拍子のない事をする。

 その意志はよいのだが、こちらの計画に支障が出てしまっては意味がない。悪い癖が出なければ良いのだが……。


 しかし、それを差し引いてもリータには助けられ、色々と面倒を背負わせてしまっている、何か労力に酬いる事をしたいが。


『何か欲しい物が無いか聞いてみるか…?』


 そう考えると、リータ達に褒美などを渡した記憶が一切ない事に気づいた。


『……よく今まで、愛想を尽かされずにいたな……』


 これだけ、部下である3人を使いまわしていて褒美の一つもない。配慮の欠片すらない自身の振る舞いに、落胆していると、アーシャが立ち止まった。

 少し視野を広げると、前方にマノリ達が見える。

 いつの間にやら、ここまで来ていたらしい。


「私はここで」


「あぁ、世話になった」


「いえ、失礼致します」


 そう言うと頭を下げ、また来た道を引き返して行く。

 アーシャの後ろ姿から視線を外すと、マノリ達がいる場所へと進んだ。


「ガドウィン!」


「ただいま戻りました」


 私が近づくと、マノリは嬉しそうに近寄ってくる。

 ヴォルガとエリスも、こちらに気づき顔を向けてきた。


「どう……でしたか…?」


「はい。明日に私が推薦した者と面会して頂く事になりました」


「推薦ですか?」


 おそるおそる聞いてくるマノリに微笑みながら答えると、また問うてくる。

 それに頷き、ヴォルガへと顔を向けた。


「申し訳ありません。第3王女様にご紹介する者と連絡を取りますので、護衛の話は日を改めさせてください」


「あぁ、構わない。だが、腕は立つのか?」


 ヴォルガは頷くと、疑いをかけるような表情で聞いてくる。

 それに、自信を込めた表情で大きく頷いた。


「はい。条件さえ揃えば、私よりも強いです」


「なっ…!?」


 その言葉に3人は驚きの表情を見せる。

 準決勝に進出し、クラウディスと互角と戦った私より、更に強いとされるものの存在に驚きを隠せないのだろう。


「なぜ、闘技大会に出場しなかった!?」


「予選当日になり体調を崩しまして……。初めて王都に訪れた事で、少々はしゃぎ過ぎたようです」


 急かすように聞いてくるヴォルガにそう答えると、表情が呆れに変わる。

 そして、なぜか恥ずかしそうな表情を見せるマノリを見たエリスが、小さく笑い出した。


「ふふ、お嬢様のようですね」


「エ、エリス!」


 慌ててエリスの口を閉じるようと腕を伸ばすが、身長差がある為全く届いていない。必死に飛びながら、口を押さえようとパタパタと手を振っている姿は、じゃれつく小動物のように見えた。


「なるほど、それで馬車から顔を出しておられたのですね」


「うぅ……」


 私が納得したようにそう言うと、マノリは顔を真っ赤にさせて俯く。それを見て、エリスは更に笑いを強くする。

 自分の主人がいじられていて笑っているのもどうかと思うが、比較的フランクな主従関係なのだろう。下手にギスギスしてるよりかは、遥かにマシだろうしな。


 しかし、さすがに弄られたままでは可哀想だと、俯いたままのマノリを励ますように頭を一つ撫でる。すると、こちらに視線を向けてきたので、優しく微笑んでやると、笑顔を見せてきた。


「シンリアス様に推薦する者は、私たちにも紹介してくれるのか?」


 ヴォルガが、私とマノリの間に入り込むように身を滑らせながら聞いてくる。


「ご興味がお有りですか?」


「あぁ、無いと言えば嘘になる。お前以上の実力者ならば当然だろう」


「わかりました。明日、ご紹介します。――それでは、私はこれにて失礼します」


「あぁ、明日の3位決定戦頑張れよ」


 そう言うヴォルガの言葉に、首を振った。


「いえ、明日の試合は辞退します」


「そうなのか?」


「軽く動く程度ならば問題はないのですが、戦闘となると身体が思うように動きませんので……」


「なるほどな……クラウディスとあれだけの死闘を繰り広げたのだ、当然と言えば当然だな」


「前回戦ったソリウスは、一週間ほど満足に動けませんでしたからね」


 ヴォルガが私の言葉に理解を示すと、エリスも同意するように頷いた。

 それを見ていたマノリが、心配そうな顔でこちらを覗ってくる。


「心配入りません。3日もすれば元に戻ります」


「よかった…! では、また明日ここに来てください! 一緒に決勝戦を観ましょう!」


「わかりました。楽しみにしています」


 そう言い、3人に一礼してから背を向け、歩き出す。

 そのまましばらく、人気のない場所を探しながら歩きまわり、調度良い所を見付けたので、すぐに転移魔法を展開し根城へと飛んだ。

 転移の影響で視界が歪むが、すぐに長年見慣れた光景が目に映る。


「ご主人様!」


 先に来ていたリータが、私が転移してきたのに気づくと、嬉々とした声を上げながら飛びつこうとしてくる。

 いつもの様にそれに手を上げ止めようとしたが、もしかするとそういった関係に見せた方が楽かもしれない。2年間とは言え、共に暮らしてきたのだ。ある程度は親しく見せた方がよいだろう。リータの性格上、抱きついてくることも慣れ親しんだ者から見れば、そうおかしな行動ではない。

 だが、さすがに主従関係のままでは居られない。家族として暮らしてきた女に、「ご主人様」と、呼ばせている奇天烈な奴だとは思われたくないからな。


 そう思い立ち、リータが抱きついてくるのを待つ。


「えっ!?」


 いつものように止めない事に驚いたのか、目の前でリータが固まる。

 そして、ゆっくりと後ずさると、顔を赤らめながら後ろで手を組み、恥ずかしそうに身体を振り出した。


「い、いいんですか…?」


「あぁ、これから話をするが、私とリータをそういった関係に見せようと思ってな」


「そっ、そういった関係!?」


 しばし驚きの表情で硬直したリータはヘニャリとだらしない顔になり、両頬に手を当て激しく揺れる。恥ずかしそうな声色で、「で、でも……そんな急に…!」と呟いていたが、グッと握り拳を掲げると、真剣な表情でこちらを向いた。


「不束者ですが、よろしくお願いします」


 そう言うと、満面の笑みで微笑んだ後に、ゆっくりと頭を下げた。


「……んっ? なんだそれは? 嫁いできたような言い方だな」


 リータの態度の意味が分からず問いかけると、リータは勢い良く頭を上げる。そして、鼻を突き合わせる程顔を寄せきた。

 リータの顔が眼前に迫ったことに驚いたが、私がなにか言うよりも早く矢継ぎ早に捲し立ててくる。


「結婚するんじゃないんですか!?」


「なぜ、そうなった…?」


 心の底から信じられないといった表情で言うリータの言葉に呆れ、近すぎる顔から離れるように後ろに下がろうとする――が、離れただけ距離を詰め近寄ってきた。そのため、顔の距離が変わらず、息づかいが聞こえるほど近づいたままだ。

 さすがに距離が近すぎると、またも後ろに下がろうとするが、腕を捕まれそれを止められる。


「おい」


「結婚でないなら、そういった関係ってなんですか!?」


 鬼気迫る表情で言ってくるリータの必死さに少々動揺する。

 さっきの言葉でどうして結婚することに繋がったのかわからないが、暴走しているリータを落ち着かせるため、私の考えていたことを伝える。


「家族のような関係という事だ。他人だが、一緒に暮らしている。謂わば、同居人というものだな」


「どっ……同居人…?」


「そうだ。そして、リータにはこれから別の任に就いてもらう」


「……はぁ~」


「サナトリア王国の第3王女の専属護衛騎士として、王国の情報を探ってくれ」


「はあぁぁ~……」


「……聞いているか?」


 何やら上の空でため息を吐いている事に、首を傾げながら確認する。

 しかし、無を見つめるかのように目の焦点が合っていない様子に、気を持たせるためリータの肩を掴んだ。


「……へっ!?」


「しっかりと聞け!」


「はっ、はいぃ!!」


 慌てて姿勢を正し私を見つめてきたリータに、満足感を示すため大きく頷く。


「いいか? リータにはサナトリア王国第3王女の専属護衛騎士になってもらう」


「その……専属護衛騎士って、なんですか?」


「私も詳しくは知らぬが、明日に第3王女と話をする。そこで聞いてくれ」


「わかりました。ですが、同居人っていうのは?」


「あぁ、私とリータの仮の関係だ。私たちはゴルディシア山付近で2年間、一緒に暮らしてきたという事にしている。主従としてではなく、親しい仲だと思わせるように振る舞って欲しい」


「なるほどっ! それで抱きつくのを止めなかったのですね! わかりました!! ……ですが、そ、その…お――お嫁さんじゃ駄目なんですか!?」


 必死な様子で聞いてくるリータは、耳まで赤くなるほど顔を真っ赤に染めている。それほど、慕ってくれているのは嬉しいが、リータには私などよりも、もっと相応しい男が居るだろう。

 仮の関係としてそう見せてもよいが、あまり固執した関係にすると、後々厄介事に巻き込まれる可能性もある。取りあえずは、同居人という関係で落ち着かせよう。


 そう決めると、恥ずかしげにこちらを覗うリータに優しく微笑み、悪いと思いつつも首を振った。


「それでも構わんが、家族のような者と言ってしまった。妻ならば、家族のような者ではおかしい。それに、今更変更もできんからな」


「そうですか……がっかり」


 落胆を全身で表現するリータの姿に、疑問が湧き起こる。

 そんなに夫婦の関係が良いのか?


「私の妻になりたいのか?」


「へっ!? も、もちろんです! ……できればですが」


 そう言って、照れた様子で上目遣いで覗ってくるリータを見ながら考え込む。

 リータが望むのであれば、それでも良いのだが……。やはり、先程考えた通り厄介な状況に陥る可能性がある。だが、もし夫婦関係であったほうが得策である判断した時は、リータには悪いがそういった振る舞いをしてもらおう。


「私としてはそういった関係に興味はないが、しなければならない事態になれば、リータと結婚しよう」


「ほ、本当ですか!?」


 突然、叫ぶように確認してくるリータに意表を突かれたが、取り繕うように頷いて肯定してみせた。


「あ、あぁ。人間たちに溶け込む為に必要であればそうする」


「そうじゃないんですけど……でも、それでいいですから、結婚しましょう!」


「必要になったらな」


「はい!!」


 嬉しさが全身から滲み出る程に、喜びを表現するリータの姿に自然と表情が緩む。


 そしてその後は、明日のために人間たちの前で見せる力の程度や、私たちの接し方、関係などの部分を話し合っていく。

 あまり細かくは決められないが、人間たちの情報を探りつつ臨機応変に対応するしかない。しかし、なるべく不自然が出ないよう、互いに情報を交換しつつ、密に連絡を取り合うことも重要になってくるだろう。


 だいぶ話し込んでいたようで、終わる頃には夜が明け、朝になっていた。

 そろそろ闘技場へ向かわなければならない。


「こんなところか」


「そうですね、大丈夫だと思います」


「では、闘技場に向かう」


「はい!」


 リータの返事を聞いてから、転移魔法を発動する。

 王都の外れへと移動し、そこからゆっくりと闘技場へ向かって歩き出した。


「楽しみだねっ、ガウィ!」


「そうだな」


 予め決めておいた呼び名で、私にそう言うリータはどこか浮かれている。

 『人間同士の戦いがそんなにも楽しみなのか?』と、疑問に思うが、リータの嬉々とした表情を見て、深く考えるのを止め同意した。


 裏道を抜け、大通りに出ると人間たちの量が一気に増える。決勝戦ということもあり、いつも以上に闘技場へ向かう者が多いようだ。

 その流れに乗るように歩いていると、リータがこちらに顔を向ける。


「どうした?」


「なんかチラチラ見られる」


「私を見ているのか?」


「多分、そうだと思うんだけど……」


 闘技大会の準決勝へ進出し、敗れはしたがクラウディスと互角の戦いを見せ、それなりに顔が知れている、好奇心で覗いてくる者も居るだろう。それに並んで歩く者がいれば自然と視線が集まってしまう。

 そう思い、特に気にせず歩いていくが、リータは視線が気になるのかこちらに身を寄せてきた。


『まぁ、不躾に見られて良い気はせんか』


 多少歩きづらいが、リータと歩調を合わせるため少し速度を落とす。

 それに気づいたのか、リータが私を見ると笑顔で礼を言い、腕を組んできた。


「そこまでするのか?」


「ダメ?」


「まぁ、よいが……」


「やった!」


 喜びの声でそう言うと、更に腕を組む力が強くなる。それに苦笑いを浮かべるが、不自然なく装うリータの演技力に感心した。


 しかし、リータが腕を組んだことで殺気の篭った視線が、私だけに集中する。

 ……どうやら、私が有名で見られていたのではなく、リータの容姿に惹かれて視線を送っていたらしい。

 だが、それほど珍しい事ではない。リータは端正な顔立ちをしている為、街を歩けば振り返る男がいても、何らおかしな事ではない。

 艶やかな紅い髪に、幼いながらも可愛らしさを感じさせる顔立ちによって、その容姿に男が見惚れてしまうのも当然だ。

 まぁ、本人からすれば迷惑きわまり無いだろうがな。女の中には、自分に男からの視線が集まることで優越感を感じる者もいるらしいが、リータは自分に男の視線が集まることを不快に感じるようだ。

 それに、何故だかわからないが、リータは自分が男に好かれるということを、頑なに私に隠したがる。それなりに長い付き合いであり、傍から見ていて確実に好意を寄せているであろう男が幾人も居た。そのため、リータに慕われている私が気に入らないのか、憎しみの篭った目線を送ってくる者も多く、私からリータを奪おうと目論む輩も、少なからず存在した。


 そういった事もあり、それについてリータと話し合おうと話題にしたことがあったが、そんな事実はないと、一蹴された。しかし現に、我がものとする為、露骨にリータに近づく者が居たであろうと問うと、鬼気迫る表情で「居ません!!」と、叫ばれてしまった。何をそこまで必死になることがあるのか分からなかったが、触れられたくない事だったのだろうと考え、その話題については早々に打ち切った。

 だが最後に、真に側に居たいと思う男ができた時は必ず相談しろ、リータが決めたのであれば私はなにも言わずに祝福しよう、と言葉をかけておいた。

 私に気を遣うことで、自分の気持ちを誤魔化すようなことは絶対にせずに自身の幸せを考えるようにしろ、という意味だったのだが、うまく伝わっていなかったようで、大粒の涙を流して泣き出してしまった。

 あまりに突然の事で訳が分からず混乱したが、そんな予定はないので側に居させて欲しいと、必死に懇願された為、リータが良いのであれば側に居続けて欲しいと伝えた。


 そんな事があってからは、なるべくそういった話題を出すことをせぬようにしてきた。リータなりに色々あるだろうが、今でも変わらず側に居続けてくれている。それに対しては、感謝の気持ちしかない。


 隣で興味深そうに大通りに並ぶ商店を眺め、子供のようにはしゃいでいるリータを見つめる。

 その様子を微笑みながら眺めていると、あることを思い出した。


「何か欲しい物はないか?」


「え?」


「リータには色々と迷惑をかけているからな、細やかだが礼をしたい」


 日々、私のためにと文句も言わずに働くことの感謝の気持ちを、褒美として渡そうと考えた。


「そ、そんな…! そのお気持ちだけで十分です!」


 慌てたように胸の前で手を振りながら答えるリータは、相当動揺しているのか演技が崩れ、口調が戻っている。


「まぁ、そう言うな、ここは私の顔を立てて欲しい物を言え。それと、口調を変えろ」


「ご、ごめん! それじゃあ、えっと……」


 遠慮を見せるリータにそう言うと、右側にある商店を指差す。

 看板には宝石が描いてあり、高級感漂う商店だった。


「宝石が欲しいのか?」


「うん、駄目かな…?」


「いや、リータが欲しいなら構わない」


「ありがとう!」


 そう礼を言ってくると、嬉々として私の腕を引っ張りながら宝石店に入っていく。


「いらっしゃいませ」


 店の中に足を踏み入れると、店員が声をかけてくる。リータは店員に近寄ると何事か聞き、店員が案内するように進んでいく後ろをついて行った。


 宝石店の中には、様々な種類の宝石がガラスのケースの中に入れられ、綺麗に並べてあり、それぞれが独自の存在感を放っている。

 観察するように宝石を見て回るが、希少価値の高い鉱石は置いていないのか、比較的良く出回る宝石しかない。


『やはり、良質な鉱石を発掘出来ないのか?』


 武器防具に使われていた鉱石もそうだが、宝石も希少な部類の鉱石が採れないようだ。

 そのため、飾られている宝石に興味を無くし、リータを対応している者とは別の店員に声をかける。


「この宝石を換金して欲しい」


「かしこまりました。査定を致しますので、少々お待ちください」


 懐から取り出した小さめの宝石を店員に渡すと、それを持って店の奥へと消えていく。

 しばらく待つと、奥から小さな袋を持ってこちらに向かってきた。


「査定の結果、30万Gで買い取らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「あぁ、構わない」


「ありがとうございます。では、こちらをお受取りください」


 袋に詰められた金を受け取り、リータを探すため店の中を移動する。

 そして、リータがガラスケースを覗きこむように顔を近づけているのを見つけた。店員が薦めている物を、一つ一つ凝視するように選んでいるようだ。

 その場所まで行き、しばらくリータが決めるのを待っていると、欲しい物が決まったのか顔をこちらに向けてくる。


「どれがよいのだ?」


「これ!」


 リータが指差す宝石に視線を向けると、小振りのルビーが付いたネックレスであった。


「わかった、これをもらえるか?」


「かしこまりました。10万Gになります」


「これで頼む」


「はい、確かにお受け取りしました」


 袋から金を取り出し渡すと、店員が鍵を開けガラスケースの中から、リータが指差したネックレスを取り出す。


「すぐにお付けになりますか?」


「はい!」


 嬉しそうに返事をするリータに店員は微笑むと、私に差し出してきた。


「どうぞ、付けて差し上げてください」


「あぁ」


 なぜ私に渡してきたのか分からなかったが、店員の言葉で意図が掴めた。頷きながら、差し出されたネックレスを受け取り、髪を持ち上げて待っているリータの背後にまわる。そして、首にネックレスを付けてやると、満面の笑みで振り返ってくる。


「ありがとう!!」


 そう言うと、嬉しそうに首につけたネックレスの宝石を手に乗せ、光に当てながら眺め始める。

 そこまで喜ぶとは思っていなかったので少し驚いたが、気に入ったようでなによりだ。

 しかし、少し時間が掛かってしまった、そろそろ闘技場に向かわなければならない。


 そう思うと、ニヤニヤとネックレスを眺めているリータに声をかけ、宝石店から出ていく。

 店を出て、またも腕を組んでくるが、特に何も言わず好きなようにさせ、ゆっくりと歩調を合わせながら大通りを進んだ。


 道中、私とネックレスを交互に見ては、照れたように顔を赤く染め、独り言を呟く。すると、へにゃりと表情が崩れ、心底幸せそうな表情を浮かべ始める。だが、少しすると、自身のだらしない顔に気づいたのか急に顔を引き締める。しかし、それも長くは保たぬようで、徐々に表情が崩れていき、表情が元に戻る。といった具合に、表情の変化を繰り返していた。

 奇妙な事この上ないが、そこまで喜びを表現されるとこちらも悪い気はしないので、特に咎めることはせずに、闘技場まで足を動かした。



 しばらく歩き続け闘技場が近づくと、隣でまだ宝石を眺めているリータに声をかける。


「もうそろそろ着くぞ」


「うん、あれがそうなんだ」


 私の言葉に、ようやくネックレスから視線を外したリータは、闘技場を眺めるように首を動かした。


「あぁ、私は受付に用があるが、リータはどうする?」


「ついてく!」


「わかった」


 リータを伴いそのまま闘技場に入ると、3位決定戦の辞退を伝える為、選手用の受付に向かう。そのまま受付が見える所まで歩いてきて、リータが腕を組んだままであることに気づく。

 さすがに、女を連れ歩いて辞退の旨を伝えにいくなど常識を疑われそうだと考え、リータに腕を離すよう言うが、逆に組む力を強めて抵抗してくる。


「おい」


「だって……」


「わがままを言うな」


「……はぃ」


 そう言うと、名残惜そうに腕を離す。急にしょげた様子になったリータに小さくため息をついてから、受付に向かった。

 受付にはアーシャが立っており、私が近づいてくる事に気づくと頭を下げた。


「おはようございます、ガドウィン様」


「あぁ、おはよう」


「どうされたのですか?」


「3位決定戦を辞退したくてな」


「ええっ!?」


 アーシャは驚きの声を上げると、理由を聞いてくる。

 それに、昨日ヴォルガにも言った理由を話すと、「左様ございますか……」と、残念そうに呟いた。私が辞退する為、不戦勝で3位になるのはラシュモアのようだ。そう言えば、昨日会った際は慌ただししかった為、ラシュモアの結果を聞けなかったと思い出した。アーシャの話では、あと少しのところまでガロードを追い詰めたようだが、今一歩及ばなかったらしい。。

 自分の事のように悔しそうな表情で、それを伝えてくるアーシャに笑みを浮かべていると、離れて待っていたリータがこちらに寄ってきた。


「ガウィ! まだ!?」


 頬を膨らませ、眉間に僅かに皺を寄せているリータの表情に、先程までの幸せそうな表情はどこへいってしまったのだ、と問いかけたくなった。そこまで時間を取ったつもりはなかったのだが、時間の感覚を忘れるほど話し込んでいたのかもしれんな。


 拗ねた様子のリータに、もう終わると伝えると、頷き返してくる。

 そんな私たちのやり取りを見ていたアーシャは、突然現れたリータに驚いたようで驚愕の表情をさせていた。


「ガ、ガドウィン様? この方が、昨日仰っていた…?」


「あぁ、そうだ。リータ!」


 遠慮がちにリータに視線を送りながら問いかけてくるアーシャに頷き、リータに自己紹介をするよう促した。


「初めまして! リータ・オルディアです!」


「は、はい! 初めまして、アーシャ・グリセントと申します!」


「よろしくね!」


「こ、こちらこそ!」


 やたらと馴れ馴れしいリータに戸惑っているのかアーシャは動揺を隠せないでいるようだ。

 だが、笑顔を振り撒くリータの姿に毒抜かれたのか、徐々にではあるが緊張が溶けていき、対応が柔らかくなってきていた。


『さすがだな』


 その様子を後ろから眺め、改めてリータの社交性の高さ舌を巻いた。

 不快に思われるほど踏み込んでいくわけではないが、それでも少しずつ相手の緊張を和らげ軟化させていく。警戒心を取り払ってしまうような無垢な笑顔と、相手の状態を見て巧みに話し方を変化させる話術により、アーシャは先までの緊張していた表情とは打って変わって、笑顔でリータと話している。


「それでねぇー! ガウィったら、「これは食べられるのか?」とか言って、毒キノコ持ってくるの!」


「ふふ、それはリータ様の苦労が伺えますね」


「でしょー! 信じられないよ!」


「……おい」


 私をダシにアーシャから笑いを誘うリータに抗議の声を上げると、チロリと舌を出してきた。

 そして、アーシャはこちらに視線を向け私の顔を見ると、肩を揺すらせ堪えるように小さく笑い出す。リータにある事ない事吹き込まれたのか、私のイメージが崩れてしまったようだ。


 小声でくすくすと笑いながら話しているふたりを呆然と眺めながら、これからリータによって創り上げられる自身の人物像がどんなものになってしまうのか、心の底から不安になった。

あまり話が進まなくて申し訳ないです。

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