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闘技大会5

『いよいよだ。この試合で実力を示す』


 クラウディスと並び、闘技場の通路をゆっくりと歩く。


「君との勝負を楽しみにしていた」


「奇遇だな、私もだ」


 顔を見合わせることはせず、互いに緊迫した雰囲気を放ちながら淡々と紡がれる言葉に、前を歩くアーシャが僅かに身体を震わせている。


『王国一、なるほどな』


 臨戦態勢に入るクラウディスの気迫を間近に感じ、この者の実力が本物であると確信した。今までの対戦相手は当たり前だが、ラシュモアなど比べ物にならない程の力を持っている。

 こいつだけ、なぜこんなにも強いのか疑問は尽きないが、人間最強の男との闘いに僅かにだが心を躍らせた。


「それではご入場ください」


 アーシャの言葉に2人で頷き、会場へと入っていく。

 門を潜り中央へと進んでいく。観客のことなど気にならない、今はクラウディスとの戦いが楽しみで仕方がなかった。


 中央で距離を取り立ち止まると、大剣を抜き放ち肩に乗せる。それを見て、クラウディスは腰から長剣を抜くと目をつぶり、胸の前で剣先を天へと向け掲げる。

 しばらく経つと儀式が終わったのか、柄を握りる両手を右肩の上に持って行くと、剣先を私に向けた。


『くっ……はっはっ』


 クラウディスの殺気を向けられ、思わず笑みが零れそうになる。人間に向けられる事など思いもよらなかったそれに、私も応じるように殺気を放つ。

 こちらの殺気に気づいたクラウディスは、眉を一つ動かすと笑みを浮かべた。


『騎士の皮を被っているようだな』


 クラウディスの目は狂喜に満ちており、これから始まる戦いを待ちわびる1人の戦闘狂ようであった。


「始め!!」


 開始の合図と共に接近してくるクラウディスと剣を交える。力が均衡し金属が擦れる音だけが会場に響く。

 互いに引かない状態が続くと、クラウディスの長剣をを弾き、後方へ大きく距離を取る。体勢を整えてから、追撃してくるクラウディスを目に捉えながら、大剣を逆手に持ち替え、後ろから前へ横薙ぎするように一閃する。

 大剣の刃から斬撃が飛び、クラウディスが横に転がりながらそれを避けると、すかさず後ろに大きく飛ぶ。それと同時に、クラウディスが居た位置へ大剣を振り下ろすと地面が割れた。

 地面に突き刺さった大剣を持ち上げ、右横へ向けると長剣の一撃を防御する。そのままクラウディスの腹に右足を振り上げ、蹴りを放つ。――が、空を切り、上空に跳躍したクラウディスは一回転すると頭上に長剣を振り下ろしてくる。それを、素早く大剣を頭上に持っていき防いだ。


「「強い!」」


 声が重なる。

 一瞬視線が交差するが、互いに剣を振りその反動で後方へ下がる。

 再び構え直すクラウディスを警戒しつつ剣先を下に向け、柄の中心部で合わせるように両手の指先を揃える。そして、大剣を半分に引き裂かんと力を込めた。

 大剣が中心から綺麗に縦に半分になり、片手剣程度の大きさになった2本の剣を、片方ずつ両手で構える。


「双剣?!」


 変形した私の剣を見たクラウディスは驚きの声を上げる。

 動揺を見せるクラウディスに一気に詰め寄ると、双剣を振るう。流れるように、だが濁流の如く左右から振るわれる双剣に、必死に長剣を動かし防ぐクラウディスの顔には焦りの表情が浮かび始めていた。

 表情の変化に好機と攻め続けると、足元から土が盛り上がるのを感じる。異変を感じ取り、後ろへ数回地面を蹴りながら大きく距離を取ると、先程まで立っていた地面から先を尖らせた針のような岩が突き出していた。


『【アースニードル】……クラウディスは魔法も使えるのか』


 クラウディスの力に驚嘆していると、魔法の効果が切れたのか岩が消えていく。

 双剣を合わせまた大剣に戻すと、【ファイアーボール】を右手に発動し、大剣の刃を柄頭から剣先へなぞるように這わせる。すると、刃に炎が纏い赤く揺らめき始めた。

 その光景を見たクラウディスは驚愕の表情を浮かべるが、すぐに苦虫を噛み潰した表情に変わる。


 脚に力を込め、地面を砕く勢いで一気にクラウディスへと向かって駆け出し、上へ振りかぶる。それをその場で動かず、長剣を横にして防御の態勢で受けようとするクラウディスに近づくと、柄を握り直し上から下へ大剣を持っていく。刃に纏う炎が地面を焦がす程、深く沈めた大剣を垂直に、長剣を弾き飛ばさんと振り上げた。

 急な軌道の変化に対応できず、クラウディスは防御の体勢を崩した。


「しまっ…!」


 焦るような声を上げるクラウディスの無防備晒された身体に、振り上げた大剣を左上から斜めに振り下ろす。


「がぁああ!!」


 右肩から左脇腹までを一直線に斬り傷が刻まれ、呻き声を上げながら後方へ飛ばされていく。それに追撃をかけようとするが、ナイフが飛来してくる事に気づき、立ち止まり大剣で払う。

 空中で身体を捻り地面に着地したクラウディスは、大きく息を荒げてこちらを覗っている。鎧が抉られ、そこから見える傷口は炎によって焼かれた事で止血されているが、火傷のため皮膚がドス黒く変色している。


『そろそろよいか……』


 そう思うと、大剣を気だるそうに持ち軽くよろめくと、大剣の刃を纏う炎を消し息を荒げ、疲労しているよう装う。開始と同時に全力を出し、最速で仕留めようと仕掛け失敗した事を示すかのように、苦い顔でクラウディスを睨みつけた。

 私の状態を見たクラウディスは、呼吸を軽く整えるとこちらに向かってくる。それに軽く舌打ちをしながら応じるように駆け出し、再び剣を交差させる。

 傷の痛みにより思うように身体を動かせずにいるのか、苦悶の表情で必死に長剣を振るうクラウディスの動きは明らかに悪い。鈍い動きに合わせるよう大剣を振るい、クラウディスが気づく程度の隙を作ってやる。

 何合か打ち合っていると、私の隙に気づいたのかクラウディスの表情が変わり、先程より剣を振るう速度を上げた。徐々に押し込まれているかのように後退しつつ、長剣を避け切らないことで、身体の至る所に斬り傷を作り目立たせる。

 長剣の軌道を見極め身体を後ろに引き避け、右上から大剣を大きく振り下ろすが、クラウディスも地に伏せるほど身を屈ませ躱した。


「ハァアアア!!」


 気迫の篭った雄叫びを上げ、大剣を振るい無防備な状態になっている私の右肩に、長剣を深く突き刺す。


「ぐぅぅ……」


 呻き声を出し、力が抜けたように右手から大剣を放すが、地面に落とす前に左手で掴み取り、下から振り上げた。

 それを身体を捻り紙一重の所で、またもや躱したクラウディスが、長剣を右肩から引き抜くと、私の首に当てる。


「止め! 勝者、クラウディス選手!!」


 審判が勝ち名を上げると、観客から怒号のような歓声が沸き起こった。

 合図と歓声を聞きこえると、クラウディスはゆっくりと長剣を引く。だが、もう握っている力すら残っていないのか、地面に落としてしまった。

 私も大剣を地面へ落とし、気を失ったようにその場で前のめりに倒れ込む。それから、すぐに私の背中の上にクラウディスが倒れ込んできた。


『なぜ、私の上に倒れるのだ……』


 クラウディスが上に乗っている事に不快感を覚えながら、治癒魔法士たちが駆けつけて来るのを待ち続けた。



 試合の後、駆けつけてきた治癒魔法士たちにその場で軽く治癒魔法を受けると、すぐに治療室に運ばれた。ベッドで横になり、しばらく治療をしていたが、傷口が塞がると薬草を塗り包帯を巻かれる。

 治療が終わると部屋を出ていき、入れ替わるようにアーシャが入ってきた。私が眠るベッドの横にある椅子に座り、ずっとこちらを覗き込んでいる。

 アーシャが隣に居ることに煩わしさを感じ、目を開いた。


「ガドウィン様!」


「アーシャか……」


 意識を取り戻したかのように、ずっと側で見つめていた者の名を呼んだ。


「すまんな、負けてしまった」


「そんなことより傷は?!」


 泣きそうに表情を歪め、私の身体を心配してくるアーシャに微笑みながら頷くと、安堵の表情を浮かべる。


「どのぐらい時間が経った?」


「そんなには経っておりません。もうすぐ、準決勝第2試合が開始されます」


「そうか」


 わかってはいたが、「お前が見ていて気が休まらん」とも言えんので、不自然が無いよう問う。

 だが、アーシャがいつまでもそこを動かないことが気になった。


「ラシュモアの応援はよいのか?」


「……はい」


 アーシャは気まずそうに顔を伏せ返事をする。

 先日の事もあり、素直に応援に行くことが出来ないのであろう。しかし、いつまでもここに要られても気が散るだけだ。アーシャも本当は行きたいと思っているはず、軽く背を押してやればよい。


「行ってやれ」


「えっ?」


「ラシュモアは親友なのであろう? あの時は、アーシャの事を思って突拍子な行動に出てしまったようだが、心配していた事に変わりはない」


「はい……」


 ラシュモアの事を考えているのか、険しい表情で俯くアーシャを見やる。


「晒し者にされていても、本当に見ていて欲しい者がその場に居れば、自然と力が湧いてくる」


「え?」


「試合が始まってしまえば観客など気にならんが、不思議と気にしている者の声は聞こえてくる。ラシュモアは、何よりもアーシャの声援を待っているかもしれんぞ?」


「あっ……」


 何かを思い出したのか、そう声を上げると立ち上がり、私に向かって一礼した。


「ありがとうございます!」


 その言葉に頷いてやると、アーシャは治療室を静かに出ていく。扉が閉まると駆け出したのか、テンポの良い音が聞こえ遠ざかっていった。

 アーシャが居なくなったことで一息つき、自身が発した言葉を噛み締め、私の耳に届いた声の持ち主の姿を思い浮かべる。


『あの娘の声が聞こえた……』


 特別席からでは決して耳に届かないはずだが、私を鼓舞するような声に気がついた。

 いつの間にやら、そんなにも好かれていたのか疑問だが不思議と穏やかな気持になる。


『久しく、戦闘中に声援を受ける事などなかったからな』


 声援など受ける間もなく終わってしまう戦いに意味など無く。ただ、前に立ち塞がる敵を消していると、いつの間にか立ち塞がる敵さえ居なくなり、焦燥感に駆られていた。

 強すぎる力を持つ者には孤独が付き纏う。その力ゆえに、迫害されることを身を持って感じ、今でも自身の奥底には黒い感情がくすぶっている。


『あの娘は、私をリータ達と居る頃の気持ちにさせる』


 私を慕い側に寄り添い続ける、3人の姿を思い浮かべた。

 一時的に離れることはあれど、必ず私の元に戻ってくる3人が居たからこそ、たがが外れず己を保つことが出来たのかもしれない。


『この私が、1人の人間に興味を抱くとはな』


 今の私を見た3人は、どんな表情をするだろうか?

 戸惑うだろうか? 喜ぶだろうか? それとも「腑抜けるな」と、叱咤するであろうか?

 答えの出ない疑問を頭の中から消し去ると、ゆっくりと目を閉じ意識を手放した。







「お疲れ様、クラウディス」


「ありがとうございます」


 準決勝が終わり、すぐに魔法による治療を受けたクラウディスは、闘技場より少し離れた場所にある王族専用の治療院に運び込まれた。

 ベッドで横になり目を覚まさないクラウディスを心配そうに見つめる姉は、いつもの王族としての雰囲気とは異なり、ただ愛しい人を気遣う1人の女性であった。

 クラウディスが目を覚ますと、美しい笑顔で労う言葉を優しくかけ、目端の涙を拭う。そんな姉を安心させるように声を出すクラウディスもまた、優しい笑顔で感謝の言葉を伝えた。


そんな2人をにこやかな笑顔で眺めていたが、躊躇いがちに賛辞を送る。


「クラウディス、素晴らしい試合でした」


「ありがとうございます、シンリアス様」


 爽やかな顔でわたくしに応えるクラウディスとは対照的に、姉は拗ねた表情で『邪魔をするな』と訴えてくる。

 そんな2人の違いに笑いを噛み締めながら、クラウディスの元に来た目的を伝えるため、話を続ける。


「目覚めて早々に申し訳ないのですが、ガドウィンについて問いたいのです」


「はい、わたしが感じた事でよければ」


 そう言うと上半身だけを起こして、座りながらも姿勢を正した。


「貴方も知っての通り、わたくしは彼を専属騎士にと考えています。彼はそれを務めるだけの実力が有りますか?」


「実力だけでしたら十二分に。ですが、騎士としての忠義、礼儀は分かりません。」


「そうですか。……忠義や礼儀に関しては後で覚えもらえば問題ないでしょう。今重要なのは、王族専属護衛騎士の名を汚す事のない、強さを有しているのかどうかです」


「はい、実力だけでしたら本物です。わたしが本気を出す相手ですから」


 クラウディスの言葉に、わたくしと姉の顔が驚きの表情に変わる。

 王国最強にして、力の象徴であるクラウディスに本気を出させる相手など、魔物以外に存在しなかった。それが、突如現れた謎の男に対して、全力で戦うことの異常さに顔を見合わせる。

 わたくしと姉の様子に「そんなに驚かれなくても……」と、苦笑を浮かべるが、準決勝の戦いを思い出しているのか、すぐに真剣な顔になる。


「彼は強い……わたしが勝てたのは運によるものでしょう。あの試合はどちらが勝っても、おかしくはありません」


「そ、そんなにも強かったの?」


 クラウディスの言葉に、信じられといった表情で姉が驚きの声を上げる。


「はい、わたしを倒し切れなかったのは、僅かに踏み込みが浅かったゆえ。もう一歩……いえ、半歩踏み込まれていたら、この傷を受けて倒れていたでしょう」


 そう言い、包帯が巻かれている上半身を、右肩から左脇腹まで手でなぞっていく。


「そんな…! ありえません、クラウディスが負けるなど!」


 姉は首を振りながら、取り乱す様子でクラウディスの言葉を否定する。

 そんな姉にクラウディスは優しく微笑むと、歓喜の表情を浮かべて顔を下に向けた。


「嬉しかった…! わたしと互角に戦える人間が居たのかと、身体が震えました!」


 膝の上で手を握り締め、僅かに身体を震わせながら呟くように、クラウディスは喜びをあらわにする。

 その姿に姉は、悲しそうな顔で握られている拳に手を添えた。


 クラウディスの孤独を痛いほど感じてきた姉だが、時折見せる戦いを楽しむかのような表情をする事に、密かに胸を痛めていた。

 自ら危険な魔物へと挑み、多くの傷を負いながらも戦い続けるクラウディスを、姉は失くしてしまわぬよう必死に手を取り続けている。


 何度、無茶は止めるように諭したのでしょう……。

 笑顔を浮かべ、「心配入りません」と、ボロボロの身体で言うクラウディスが、見ていられないと姉に泣きつかれた事が幾度もあった。

 そんな大好きな姉の為に、わたくしは1つの決心をする。それは、クラウディスに及ばなくとも、王国で2番目の実力を持つ者を、専属護衛騎士にする事。


 わたくしと姉は、護衛が必要となる移動には必ずと言ってもよいほど、行動を共にする。それならば、わたくしの専属護衛騎士が優秀であればあるほど、クラウディスの負担も軽減されると考えた。

 そのため、今回の闘技大会に出場する者の中から実力者を選出するため、クラウディスの応援に行くと嘘をつき、姉と共に闘技場に出向いた。

 ガロードとラシュモアは、Aランク冒険者に、貴族の私兵騎士であることから、誘いを受けても興味を示さないと候補から外し、必然的にガドウィンという者だけが候補に残る。

 予選を2位で勝ち抜いており、準決勝にも危なげなく進出を決めたその姿に、この者だと確信した。


 闘技場から戻るとすぐに、ガドウィンを専属護衛騎士にしたい旨を伝え、今日の試合で見極め最終判断を下すと、父に許可を取る。

 そして、目の前に居るクラウディスの言葉と態度を観て、ガドウィンを専属護衛騎士にする事は、わたくしの中で決定した。

 王族の側に控える心得は、後から教育すれば何も問題ない。クラウディスと互角に戦える者などこれから、彼以外には当分現れることはないでしょうから。


「ありがとう、クラウディス。わたくしの心は決まりました」


「では…!」


「はい、ガドウィンをわたくしの専属護衛騎士にと誘いをかけます」


「はい!」


 わたくしの決心にクラウディスは嬉しそうな表情を浮かべる。今日対戦した相手と共に、時には訓練で剣を取ることが出来るのを喜んでいるのでしょう。

 そんなクラウディスを複雑な気持ちで見つめ、これから対面するガドウィンの姿を思い浮かべた。







 外から感じる気配に目を覚まし、ベットから身体を起こす。


『誰だ?』


 寝ている間に、先程出て行ったアーシャが帰って来たのか? しかし、それなら入るのを躊躇うように扉の前に居るのはおかしい。いっこうに部屋へと入ってこない人物に不信感を抱き、ベッドから起き上がり扉へと向かう。そして、ゆっくりと扉を開けると、急に扉が開いたことに身体を跳ねさせ、驚いた表情でこちらを見上げる、金髪の娘が居た。


「何をしている?」


「あ、あの、えっと……」


 急に私が出てきたことに動揺しているのか、しどろもどろになりながら言葉を詰まらせる。


「まぁ、中に入れ」


「は、はい!」


 踵を返し、再びベッドへと向かい、先程までアーシャが座っていた椅子に座るよう促す。娘は遠慮がちに中に入るとこちらまで歩み寄り、ドレスにシワがつかないよう手を添えながら浅く椅子に腰掛けた。

 私もベッドに座ると、緊張した面持ちで私を見つめてくる娘に問う。


「それで、どうした?」


「そ、その……怪我は大丈夫ですか?」


「あぁ、治癒魔法で傷口も塞がっている。痛みもない」


「よかった……」


 笑みを浮かべ安堵の声を上げた娘は、「あっ」と、何かを思い出したのか小さく声を出す。すると、真剣な顔で立ち上がり一礼した。


「初めまして、王国公爵サルディニア家長女、マノリ・コール・サルディニアと申します」


 幼いながらも優雅に、それでいて気品を感じさせる姿に驚嘆を覚える。

 その姿に応じるように、私も立ち上がった。


「ガドウィン・レナン・スマルト、お見知りおきを」


 名を名乗り、一礼する。

 頭を上げると、マノリは目を見開いて私を見つめていた。


「どうした?」


「い、いえ! なんでもありません」


 首を傾げ問うと、慌てて首を振りながら歯切れの悪い返事をする。

 それに頷き、また椅子に座るよう促してから、自身もベッドに腰掛けた。

 マノリは椅子に座ると、ゆっくりと息を吸い口を開く。


「スマルト様」


「ガドウィンでよい。それに、貴女の方が身分が上だ、敬称は要らぬ」


「は、はい! あ、あの、ガドウィンさ……にお願いがあり、ここに来ました」


「願い?」


「はい、突然で申し訳ないのですが、私の護衛になっていただきたいのです」


 身を乗り出し、縋るような顔で私を見つめると、そう言ってきた。


『まさか、誘いを受けるとは……』


 目的の方から自身の元へやってきた事に驚きを隠せない。それが悟られぬよう、考え込むように顔を軽く伏せる。


「ありがたい申し出だが、なぜ私なのだ?」


 しばし心を落ち着けてから、不自然がないように問いかける。


「闘技大会での貴方の活躍を観て、是非にと」


「なるほど……」


 やはり、クラウディスと互角に戦っていた事が幸いしたようだ。

 しかし、このまま誘いに乗ってもよいものか。

 ……そもそも、なぜ1人なのだ? 本来であれば、父親と使用人を連れて来るだろう。それに、こんな病室ではなく、自身たちの取っている部屋などに呼び出し、幾つかの審査をされるはずだ。その後、認められれば、護衛にと正式に誘いを出すものではないのか?

 マノリの行動に疑いの目をかけていると、私が言葉を出さないことに不安になったのか、徐々に落ち込むような表情を見せ始める。


「ガドウィンは、第3王女様のお誘いを受けるのですね……」


「第3王女? いや、そんな誘いは受けていない」


「えっ?!」


 諦めたかのように呟いたマノリの言葉を否定すると、驚いた顔でこちらを見てくる。

 そのうち目が零れ落ちるのではないかと思う程に、よく目を見開く。

 マノリの目が大きいのはそれが原因かと考えていると、声を張りながら問いかけてきた。


「お誘いを受けていないのですか?!」


「あぁ……まだなのか、候補から外れたのかは知らんが、受けていない」


「そうなのですか……。そ、それで、その……私の護衛には?」


「その前に確認しておきたい。なぜ1人で来たのだ?」


「それは……ガドウィンが倒れたのを見たら、居ても立ってもいられなくて。父とエリ……私の専属メイドには、黙ってここに来ました」


 ――馬鹿なことをする。ここまで来る間に、攫われていた可能性があった。

 そうなれば、引き換えに金を要求されるか。奴隷に落ち、特殊な性癖を持った者に買われ、死ぬまで犯され続けるぞ。

 呆れた表情でマノリを見ていると、自身が愚かな行動をしたことに気づいたのか、険しい表情で俯く。


「そんなにまで私の力が欲しいか?」


「違います! そうではありません! 私にもよくわからないのですが、大通りで目が合った時から気になっていました」


 私の言葉に顔を上げると、首を振りつつ必死な表情で訴えかける。


「あの時か……」


「はい」


 よもやあれがきっかけとは。

 顔を見るだけのつもりだったが、確かに目が合った。しかし、それは一瞬だ。

 その一瞬だけで、私からなにかを感じ取ったのか…?


 ―――だとしたら面白い。


「いいだろう」


「へっ…?」


「貴女の護衛になろう」


「ほ、本当ですか!?」


「あぁ。細かい事は後で決めるが、無理な要求さえ出されなければ、断るつもりはない」


「っ…! ありがとうございます!!」


 嬉々とした表情で立ち上がると、勢い良く頭を下げ感謝の言葉を伝えてくる。

 顔を上げると、表情を和らげながら頷いてやる。だが、すぐにマノリの顔は不安気になる。


「あっ…! でも、第3王女様からのお誘いは?」


「それは誰からの情報なのだ?」


「昨日お会いした、国王陛下からです。第3王女様に、ガドウィンを専属護衛騎士にしたいとせがまれたと……」


「うむ。候補から外れた可能性もあるが、仮に誘いがあったとしても断る」


「よいのですか?」


「あぁ、問題ない。私に騎士は向かん」


「そうですか……」


 安堵の溜息を吐くと、笑顔で見つめてくるマノリに頷き、立ち上がる。


「送っていこう」


「で、でも」


「身体なら大丈夫だ。それに、これから護衛する貴女が、帰りに攫われでもしたら敵わん」


「……はい」


 私の皮肉に、消沈した表情で顔を俯かせる。肩まで落とし、全身で落胆を表現する姿に笑いが込み上げてきた。

 こちらに気づく前に笑いを堪えると、そんなマノリの頭を軽く撫でる。


「あっ……」


「安心しろ、これからは私が護る」


「はい!」


 満面の笑みを浮かべて見上げてくるマノリに、微笑みを返す。

 しばらくすると、身を翻し部屋を出て行こうと歩き出す後ろに、ゆっくりと続いた。




 マノリに付き従い3階の特別席に行くと、壮年の男と緑の髪をした女が居る場所に向かう。


「マノリはまだ見つからないのか?」


「はい。ただいま騎士たちに捜索させております。大会運営の方々にも協力を要請しました」


「そうか……身代金の要求などは?」


「ありません。誘拐だとすれば、攫った者は逃亡中かと――」


「王都から逃す前に見つけ出せ!」


「は、はい! 全力を持って捜索致します!」


 騒然とした雰囲気を放つ2人を眺めてから、マノリに目をやる。

 顔を青白く染め、自身が犯してしまった事態の大きさに、後悔の念を抱いてるようだ。


「諦めて叱られろ。私も一緒に謝ってやる」


「はい……」


 2人を見ながら顔を引き締め頷くと、進んで行く。


「マノリ!!」「お嬢様!!」


 2人は近づいていくマノリに気がつき、驚きの声を上げながら駆け寄る。

 立ち止まり顔を伏せ、身体を震えさせているマノリを男が身を屈め、抱き締めた。


「無事だったか!」


「よかった…!」


 2人は目尻に涙を浮かべながら、マノリの無事を喜んでいるようだ。

 そんな2人の様子に、更に罪悪感が沸き起こったのか、恐る恐る顔を上げると、泣き出しそうな顔で口を開く。


「ごめんなさい」


 涙声で謝罪すると、声を発した拍子で大粒の涙が流れ出した。

 そんなマノリの様子に戸惑う2人に近づき、声をかける。


「私の見舞いに来てくださっていました」


 突然声をかけられた2人は私を見ると、驚愕の表情に変わった。

 男は未だ啜り泣くマノリから離れると、立ち上がり、動揺しながら問いかけてくる。


「見舞い?」


「はい。私が倒れたのを見て、居ても立ってもいられなくなったと」


「そうか……」


 そう呟くと、男は再び身を屈める。俯くマノリの顔をそっと上げ、顔を見つめた。

 怯えた表情で見つめ返すマノリに優しく微笑む。が、すぐにその顔は怒りの表情に変わり、頬を叩いた。


 パンッ


 乾いた音が鳴る。

 女は、その光景を口に手を当て、驚愕の表情で見つめていた。

 目を見開き、呆然した表情で叩かれた頬に手を当てたマノリは、男にゆっくりと顔を向ける。


「なぜ、叩かれたか分かるか?」


「は……ぃ……」


 消え入りそうな声で返事をすると、再び目から涙が溢れ、頬をつたう。


「お前の身勝手な行動で、どれだけの者に迷惑をかけたか…。お前はただの子供ではない、貴族なのだ」


「はい……」


「お前を手に入れれば、サルディニア家から莫大な金を毟り取れると考える輩が居る。それが分かるか?」


「わかります……私を使えば、一生遊んで暮らせるだけのお金が、手に入れられます…」


「違う!!」


 男はマノリの返答に、怒鳴り声で否定する。

 その声にマノリは、一度大きく身を震わせ、驚愕の顔で男を見つめた。

 男はマノリから視線を外すと立ち上がり、私を見てくる。


「お前にはわかるか?」


「はい。身代金の要求額に応じて対応が変わりますが――最悪、マノリ様を見捨てる事になるでしょう」


「そうだ」


男は私の返答に頷き、再び視線を下げマノリに目を向けた。


「サルディニア家は公爵家。多くの富を有していると考えるのは当たり前だ。マノリを攫い、金を手に入れようとする輩も居る。だが、それで莫大な金が手に入るわけではない。私が統める領地には、多くの民が暮らしている。マノリを救う為に課税し、屋敷で雇い入れている者を解雇し、あまつさえ、サルディニア家を傾ける程の金を絞り出す事は出来ない」


 そこまで言うと、男は再び見を屈ませ、マノリに顔を合わせる。


「私の個人的な資産で事足りるのなら、喜んで投げ打とう。だが、それ以上の要求になれば、お前を助け出す事は出来なくなる。それはお前の為に家を潰し、使用人たちの生活を失くし、民に負担を強い、国力を低下させるような事が出来ない…いや、してはいけないのだ」


 男はマノリを見つめていた顔を俯かせると言葉を切り、搾り出すような声を出した。


「本心では全てを捨てて、マノリを助け出したい。だが、お前1人と、多くの事柄を天秤に掛けなければならない事態になれば、私はサナトリア王国公爵として、お前を見捨てる決断をしなければならない。それが分かるか?」


「い、いいえ。わかっ……わかっていませんでした」


 泣きながら言葉を詰まらせ返事をするマノリを抱き締めると、男は涙を浮かべ口を開く。


「私にそんな辛い決断をさせないでくれ…!」


 その言葉にマノリは声を上げて泣き出し、2人の様子をずっと見つめていた女も、口を押さえて泣き始めた。

 私はそんな3人の様子を、どこか蚊帳の外に居る気持ちで眺める。



 しばらくすると、2人は身体を離し、マノリは瞳に溜まる涙を拭うと、口を開いた。


「ありがとう、お父様。ありがとう、エリス。私は自分が貴族であるという事を自覚し、多くを学び続けていきます」


「あぁ。いずれは、マノリがサルディニア家を継ぐ。お前は学び、そして未来を見通していかなければならない」


「はい」


 男の言葉に力強く頷くと、振り返り私を見上げ、笑顔を向けてくる。


「ガドウィンも、送ってくれてありがとう!」


「いえ、何事もなくよかったです」


 私がそう答えると、マノリは首を傾げる。


「敬語ですか?」


「時と場所、場合によって態度を適切にするのが、大人というものですから」


「そうですか。ふふ」


 マノリは急に笑い出し、「敬語似合わない」と、小さく呟いた。

 それに一つため息を吐くと、苦笑いで返す。


「ふふ、仲がよろしいのですね」


 そんな私たちの様子を見ていた女は、笑いながら茶化してきた。


「そうかな? でも、これからはもっと仲良くなります!」


「ど、どういう事だ?!」


 マノリが女の言葉に嬉しそうな表情でそう返すと、男が動揺を見せる。


「あの……ガドウィンに護衛になってもらいました」


「なに!?」


 驚愕の顔でこちらを向く2人に、一礼をする。


「マノリ様から護衛のお誘いをいただきました。ガドウィン・レナン・スマルトと申します」


 ゆっくりと間を取り頭を上げると、マノリに一礼した時と同じ反応を2人がしている。

 それに首を傾げていると、マノリが小さく呟いた。


「やっぱり、綺麗ですね」


「綺麗?」


「はい、礼をするガドウィンの姿は目を惹き付けます」


「礼をするのに綺麗も、何もないと思いますが?」


「いいのです! 綺麗なのです!」


「はぁ……」


 ムキになり言うマノリに曖昧に返すと、2人に向き直る。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」


「あぁ、すまん。ヴォルガ・コール・サルディニアだ」


「エリス・ルディングです。準決勝、お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


 表情を和らげそう返事をすると、マノリが腕を引いてきた。


「どうされました?」


「エリスには恋人が居ます!」


「まぁ……お美しい方です、居てもおかしくはないでしょう」


 戸惑いながらそう答えると、マノリは恥ずかしそうに俯く。

 それを見ていたエリスは、くすくすと小さく笑い出した。


「護衛の件について、詳しく話をしたい。私たちが取っている宿に来てくれ」


「わかりました」


 面白くなさそうな顔するヴォルガの言葉に、頷きながら返事をする。


『運にも助けられたが、上手く潜り込めた』


 エリスに何事かを耳打ちされ、顔を真っ赤にするマノリを眺めながら、次の目的を達成する為の計画に、考えを巡らせた。

ようやく主人公を、マノリの護衛にできました。

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