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闘技大会4

 参加者専用の特別席に着くと、次の試合が始まっていた。

 実力が均衡しているのか、試合が白熱しており、観客も大いに盛り上がっている。


 その光景を眺めているとある事に気づく。


「よく見える。会場に遠見の魔法がかけられているのか?」


「左様です。お客様が快適にご覧になれますよう配慮しております。その他にも、選手控え室では他の参加者様の対戦をご覧になれるよう、魔法で写し出しております」


「便利な事だな。大会運営の者が魔法をかけているのか?」


「いえ、腕の立つ魔導師様に依頼させて頂きまして、大会期間中は遠見の魔法をかけております。魔法を使用出来る方は限られておりますので」


「なるほど」


 全ての人間が魔法を使えるというわけではないのか。だとしたら、これも人間の戦力が落ちた要因か……。

 高レベルの魔法を使用するには天性の才能が必要となるが、初級レベルの魔法であれば訓練さえすれば誰でも使えるはずだ。正しい術式が伝わっていないか、もしくは昔の術式が廃れ新しく創りあげた術式は使う人間を選ぶということだな。


「お前は魔法を使えないのか?」


「はい。私には魔力がありませんので」


「なに…?」


「? はい?」


「あぁ……いや、こちらの話だ」


「左様でございますか」


 戸惑った表情で見つめてくるアーシャに軽く首を振ってから顔を逸らし、下の戦いを眺める。


『では、なぜアーシャから魔力を感じ取れる?』


 量は多くはないが、下級魔法程度なら問題なく発動できる魔力がアーシャには存在している。魔法が使えることを他の人間に伝えることが出来ないのか?

 いや、そうであれば魔導師などという職業が生まれない。アーシャの個人的な事情でそれを隠しているということか?

 理由はわからんが、魔法が使えることを隠さなければならないとは、難儀なものだな。


「カドウィン様は、魔法をお使いになられるのですか?」


「下級程度なら使える」


「ほっ、本当ですか?!」


 驚きの表情で声を張るアーシャは、口を押さえると謝罪してくる。

 それに首を軽く振り問題ないことを伝え試合を眺めていると、アーシャがそわそわと落ち着かない様子でこちらを覗っている。


「どうした?」


「そ、その……属性は何を?」


「火だ。【ファイアーボール】は好んで使っていた」


「【ファイアーボール】をお使いになれるのですか?!」


「あ、ああ、数発放てる程度だが」


「すごい……剣だけでなく、魔法にも精通しておられるのですね」


 呆然とした顔で見てくるアーシャの目には、尊敬の眼差しを含んでいる。


 魔法が使える事にそこまで驚かれるのは予想外だった。

 リータの話では、魔法を使う騎士が居たとの報告を受けており、この大会にも治癒魔法士が駐在している事から少なくない人間が魔法を使用できると考えていたが、どうやら違うらしい。


「そんなに驚くことか? この大会にも治癒魔法士が居るだろ」


「全然違います! 治癒魔法は教会にて修練を積むことで使用出来るようになります。しかし、使えるのは治癒魔法だけです。全5属性のうち、火・水・風・土属性は天性の才能を持った方々にしか使用出来ません」


 アーシャが得意気に説明してくる人間の魔法への認識に、頭が追いつかなくなる。


 なぜ治癒魔法だけ使用出来る? それに、全5属性ではない火・水・風・土・闇・光・無の全7属性だ。

 治癒魔法が使えるという事は水属性が使える事になる。【ヒール】が使えるのならば【ウォーターボール】の使用も容易いはず……にも関わらず、治癒だけ出来るのは術式を知らないからなのか?


「【ウォーターボール】を使える者は居るか?」


「【ウォーターボール】ですか? 水属性の魔法をお使いになられる方なら使用出来ると思われますが…?」


「治癒魔法は水属性ではないか」


「違いますよ! 治癒魔法は無属性です!!」


「すまない」


「い、いえ! こちらこそ興奮してしまいました! 申し訳ありません!」


 ペコペコと頭を下げるアーシャから視線を外し、思考に耽る。


 治癒魔法士たちが使っていたのは【ヒール】ではないのか? 【ヒール】でないとしたら、どうやって治療している……。

 無属性だと言っていたが、無属性の治癒魔法を創り出したのか? ならば、私でも知らぬ魔法だ。人間たちは無属性、主に治癒魔法に特化しているという事か?


「あ、あの……ガドウィン様?」


「どうした?」


 考えを巡らせていると、アーシャ不安げな顔で声をかけてくる。


「お、怒っていらっしゃいますか?」


「いや、怒る理由がない」


「左様でございますか。失礼しました」


 ほっとした表情を浮かべるアーシャは一息つく。だが、すぐに眉をハの字にして申し訳無さそうな表情をさせた。


「申し訳ございません。そろそろ仕事に戻ります」


「あぁ、時間を取らせた」


「とんでもありません。私もガドウィン様とお話ができ光栄です。それでは」


 一礼して去っていくアーシャに頷いてから、目を離す。


 弱いが治癒は発達している。人間たちの戦力は落ちたが、それを補うため治療を強化したということか……。

 私の知らない魔法を人間が使えるのは釈然としないが、現に予選で治癒魔法士が治療する様子を目撃している。

 それに、アーシャの態度には疑問が残る。アーシャは個人的な事情で、魔法を使用出来ないと言ったのかと考えたが、あの態度から察するに魔力がある事に気づいていないようだ。


『魔力があるかどうか判断できないのか?』


 そんな筈はない、だとすれば魔法を使える者はどうやって知った? それに、人間の魔導師は他の者の魔力を感じ取る力がないのか?


『まだまだ情報がいる』


 今のままでは答えは出ない。改めて探りを入れつつ人間たちの情報を集めるしかないか……。







 闘技場に入り、案内された席に座るとトーナメントが始まるようで門が少しずつ開いていく。


「丁度だな」


「はい! 間に合ってよかったです!」


 父の言葉に賛同し、ホッと胸を撫で下ろした。


 門が開き、最初に対戦する参加者が出てくる。


「あっ……」


 黒い髪をした男に見覚えがあり小さく声が漏れた。

 その男を目で追っていると、中央で大きな剣を抜く。


「大きい剣ですね」


「あぁ、あれは大剣だ。身体に似合わず、相当力があるようだな」


 何の苦もなく右腕だけで大剣を持ち肩に担ぐと、こっちに顔を向けた。


「……やっぱり」


 顔がはっきりと見えたことで、あの時に見た漆黒の瞳の持ち主だと確信する。 


「知り合いか?」


「い、いいえ。直接お話をした事はありません」


「直接はない?」


「王都に着いた日、馬車で外を眺めていた時に目が合いました」


 馬車から王都の景色を眺めていた時に見た、深い漆黒の瞳を思い出す。

 どこか惹き込まれる魅力を持った眼がずっと気になっていた。


「あの男はマノリを知っておるのか?」


「わかりません。ですけど、私を見ていた人はたくさんいました」


 馬車から街の人たちに向かって声をかけたり、手を振ったりしていた。

 初めての王都で気分が高揚してしまいあのような事をしたが、今思い出すと恥ずかしい気持ちになってくる。


「大剣をお持ちですから、ガドウィンという名ですね」


 エリスが闘技場に入場する時に配られていた、決勝トーナメントの組み合せ表を見ながら教えてくれる。


「ガドウィンか……聞かぬ名だ」


「私も存じ上げません。ですが、予選は2位だったようです」


「ほぅ、ガロードやラシュモアを抑えたのか」


 父は驚愕の顔を浮かべ、ガドウィンに視線を向けている。

 私もそれに倣い会場へと視線を固定すると、開始の合図が出された。


 そこからはよくわからない。あまりに一瞬で……。いつの間にか、ガドウィンが倒れている対戦相手の横に大剣を突き立てていた。


「強い」


「……はい、剣を振る速度が早すぎます」


 呆気にとられていると父が呟き、それに賛同するようにエリスも小さく頷いた。


「大剣をあんなにも軽々と扱うとは」


「す、すごいです!」


 父の声にやっと言葉を搾り出せ、呆然とこちらに向かってくる姿を見つめる。

 ガドウィンが近くまで寄ってくると、下から声が聞こえた。


(ガドウィンさ~ん! すご~い!)


 その声に反応するとガドウィンが顔を上に向け、左拳を軽く上げて応えている。


「下に知り合いが居たのだな」


「そ、そうみたいですね……」


 私を見ていたわけではなかった。下に知り合いを見つけ、こちらに顔を向けていたのだ。

 下の女性は祝福の言葉をかけ、それを受けたガドウィンの表情が和らぐ。その顔に惹き込まれ、自分に向けられたものではない事に、なぜか少し胸が痛んだ。


 その様子を上から眺めていると、不意にガドウィンが私を見てくる。


「ぁ……」


 私が見ているのが気になったのか、視線を向けられた事に戸惑い声が漏れる。そして、無意識に身体が動き、手を振ってしまっていた。

 しかし、ガドウィンは手を振られる事に少し困惑した表情を浮かべて私を見ている。


『手なんて振られても困るよね……』


 反応してくれない事に寂しさを覚えると顔が俯きそうになる。

 視線を外すため顔を下に向けようとすると、ガドウィンが軽く頭を下げてから手を振り返してくれた。


「っ…!」


 嬉しくて身体が熱くなる。そんな気持ちが表れてしまったのか、いつの間にか手を大きく振ってしまっていた。

 そんな私の姿に微笑えんでくれると、門に向かったのか姿が隠れる。


「よかったですね、お嬢様」


「う、うん……」


 エリスがにこやかな顔でそう告げてくると、急に自分の取った態度が恥ずかしくなり顔を伏せる。


「顔が真っ赤です、お嬢様」


「エ、エリス!」


 意地の悪い顔でからかってくるエリスに恥ずかしさを誤魔化すように声を出した。


「ふふ、申し訳ありません」


「もぉっ!」


 口に手を当てながら謝ってくるエリスから顔を背ける為そっぽを向くと、父が怖い顔で何やら小さく呟いている。


「あんな得体の知れん男に娘はやらん」


「お、お父様…?」


「あ、あぁ! いや、なんでもない……」


 戸惑いながら父に声をかけると、首を振って歯切れの悪い言葉で応えた。

 そんな父の姿に首を傾げたが、深く追求することはせず忘れ、目をつぶる。


『ガドウィン』


 心の中で名前を呟き、胸に手を当てる。

 不思議な、それでいて心地良い感覚が沸き起こった。







 「それでは、準決勝進出を果たした4名の方に意気込みを聞いていきます!」


 今日までの大会日程が終了し、準決勝進出者が決まった。準決勝進出者の4人が会場の中央へと集められ、明日への意気込みを語らせるらしい。

 司会の者が順に質問を投げかけ、それに答えている者を眺めながら自身の番を待つ。


『予想通りだが、つまらん』


 準決勝進出に駒を進めたのが、クラウディス、ガロード、ラシュモア……そして私だ。大方の予想通りだが、この4人以外の者たちが弱すぎた。


『いや、私が予想外か』


 前回の準優勝者であるソリウスに代わり、私が新しく出てきた実力者ということになる。そんな私に興味が有るのか、他の3人は様々な視線を向けてきていた。

 クラウディスとガロードは実力を見極めようとする目で、ラシュモアは先のアーシャとの一件があることから、憎しみの篭った目でこちらを覗っている。


 ジロジロと目を向けられる事に不快感を感じていると、司会が私の前にやってきた。


「それでは、初出場にして準決勝進出を果たしたガドウィン選手にお話を伺います! 初出場ですが、緊張はされましたか?」


「いや、特にはない」


「さすがですね、自信がお有りのようです」


「まぁな」


 私の答えに他の3人の目が厳しくなる。

 くだらん。私がいい気になっていると判断したのだろうが、未知の強者など山ほどいる。人間たちの中では強者に分類されるだろうが、他種族を合わせればお前たち程度ならいくらか居るであろう。

 3人の態度に呆れつつ、投げかけられる司会の質問に答えていく。


「では、最後に何か一言お願いします」


「特にないが……あぁ、王都の外れに外装は古いが過ごしやすい宿がある。その宿が提供する料理はなかなかに旨い、ぜひ足を運んでみてくれ」


「や、宿の宣伝ですか…?」


「頼まれたのでな。だが、食事は大事だ。私がこの大会で活躍できているのも、そこの料理のおかげかもしれん」


「なるほど! ガドウィン選手の躍進の秘訣はその宿で提供される料理だったのですね。ありがとうございました!」


 司会は頭を下げると離れ、観客の方へ顔を向ける。


「皆様、本日はありがとうございました。また明日の準決勝も、ぜひお越しください」


 そう言うと、頭を下げ私たちにも解散するよう促す。

 それを見て各自、会場をあとにするため出口へと足を向けていった。


 私もそれから漏れず会場をあとにし宿へと向かう。


「料理は旨いが、やはり遠い」


 魔法で飛んで行きたい気分だが、そういう訳にもいかぬ歯痒さを感じながら大通りをひた歩く。


 今日でまたいろいろと情報を掴めた。だが、情報を得る度にまた新たな疑問が生まれる。

 人間たちの衰退と進化。今の情報で判断することは出来ないが、魔法もまた大きく関わっている事に間違いないだろう。


『本格的に情報収集を始めるのは、人間たちの中に溶けこんでからだな』


 信頼を得、自信を認めさせれば、おのずと深い情報を手に入れることが出来る。今は情報を得るための準備段階に過ぎない、結論を急ぐ必要はない。


『やけに人間が多いな……』


 昨日まではほとんどすれ違う者が居なかった通りに人の流れが出来ている。

 すれ違う者の中には、私に視線を向け何事かを隣で歩く者と話していた。


 そんな人間たちの態度に不快感から、訝しげな表情をして宿まで着くと、中から喧騒が聞こえてくる。

 騒ぐ者など居ない、寂れていた宿から聞こえる音に疑問を感じながら扉を開いた。


「ガ、ガドウィンさん!!」


 宿の中に入ると、私に気づいたトウナが慌てた様子で駆け寄ってくる。


「お……おっ……おおお客さんがいっぱい来た!!」


 魔物でも出たかのように報告してくるトウナは、突然宿の客が増えた事に焦っているようだ。


「それはよかった、存分に稼げ」


 私がそう告げると、頭だけを動かしコクコクと頷いて、また仕事に戻っていこうとするのを引き止める。


「待て、部屋の鍵をくれ」


「は、はい!」


 トウナは返事をすると、部屋の鍵を取りにカウンターへ向かった。

 食堂が賑わっているようで、従業員が忙しく駆け回っている。


『こんなにすぐ効果が出るものなのか?』


 宿の宣伝をする絶好の機会だとあの場でしたが、その日からすぐに客が押し寄せるとは思いも寄らなかった。


「部屋の鍵です!」


「あぁ」


 鍵を受け取り2階の部屋へと足を向ける私を、トウナが何か言いたげに見ている。


「どうした?」


「え、えっと……」


「忙しいのだろ? 仕事に戻れ」


「は、はい! ごゆっくり!」


 トウナの言葉に軽く頷き階段を登っていく。

 2階に上がると人間はあまり居ず、今までと同様にすれ違う者が居ない。どうやら、繁盛しているのは1階の食堂だけのようで、宿泊客はあまり増えていないようだ。


 部屋に入り、すぐにベッドで横になる。肉体的な疲労はないが、精神的には少々疲れているらしい。

 この2日間で人間と会話を交わし、人間ばかりの場所で過ごしてきた事が、思いの外効いているようだ。


『重要なのは明日だ』


 ここまでは計画通りに事が運んでいる。

 問題なく準決勝進出を果たし、あとはクラウディスに善戦すれば終了だ。3位決定戦もあるが、クラウディスと互角程度に戦えば、適当に理由を付けて辞退してもよい。


『次は金髪の娘の護衛になる』


 この為だけに闘技大会に出場した。なれませんでしたでは、今までの労力が水の泡だ。

 心象は悪くないだろうが、別段良くもないだろう。あくまで候補の1人なだけだ。どうやって自身を売り込むのかだが、屋敷の者たちの護衛の決め方がわからない。

 アーシャを使って屋敷の者たちに口添えさせる方法もあるが、それをさせる上手い理由が見つからない。


『何かきっかけが必要だな』


 私を護衛にと考える程の、明確なきっかけが必要になる。また強引な手段を使ってもよいが、不自然に私の都合の良い事態が続くと疑いをかけられるかもしれん。

 良い方法も思いつかず、思考を中断させると目を閉じる。


『もし、護衛に選ばれず終わった場合はどうするか……』


 護衛になる事に失敗する可能性もある。もしそうなった場合は、他の貴族の護衛または冒険者として名を上げるかだ。

 王国の騎士になる事も出来るかもしれんが、それでは国に縛られ動きづらくなる。重要な情報を手に入れる易くなる反面、情報が出揃ってからの計画に支障が出る。あくまでも、戦闘における強者であり続ける事が望ましい。


『先は長いな……』


 だが、やらねばならん。







 ふわりと身体を支える大きな椅子に、希少価値の高い鉱石から削り出した長い机。赤く毛の長い絨毯の上に置かれたそれらは、一般人では到底手の届かぬ代物であることが一目でわかる。

 周りを見渡せば、部屋の壁一面に大きな絵画が掛けられており存在感を放っていて、隅には植栽や芸術備品が置かれ、ひっそりと優雅な部屋の雰囲気を支えていた。


「久しいなヴォルガ」


「はい、陛下」


 前に座る小柄な男は、父に声をかけると微笑むと、父もそれに笑顔で応えていた。そして、顔を下げると私に視線を向ける。


「お前の娘か?」


「ええ、一人娘のマノリです」


「お初にお目にかかります、国王陛下」


 父に紹介されてから、立ち上がり一礼をする。

 それに柔らかい笑みを浮かべてくださると、頷き座るよう促した。


「将来はコーリアに似て、美しい女性になるだろう」


「ありがとうございます」


 容姿を褒められた事と母に似ると言われた嬉しさから、顔が熱くなる感覚を覚えながらも礼を述べた。


「いくつになるのだ?」


「今年で10になります」


「お前に10の娘が居るとはな、ヴォルガ」


 そう言うと椅子の背もたれに背中を預け大きく笑い出す。それを父が苦笑で受け、私の頭を一つ撫でる。


「コーリアとは20も離れておりました、仕方ありますまい。大事な一人娘です」


「あぁ、そうだったな。わしの側室にもそのぐらい離れた者も居る、人の事は言えぬわ」


「第3王女様は今年でおいくつに?」


「14だ。シンリアスもマノリと同様に美しいぞ」


「シンリアス様とだなんて、恐れ多いです」


 シンリアス様の事を考えているのか、陛下は父が私に向けるような優しい笑顔を見せた。だが、王国の聖女と呼ばれるシンリアス様と並んで称された事に、不相応な気持ちになり慌てて自分を蔑む。


「そんなことはない。これでもわしは女を見る能力に長けてるからな、間違いなかろう」


「そう、娘をいじめてくださるな」


 恥ずかしさから俯くと、父が助け舟を出してくれる。それに陛下は、「どこか、いじりたくなるオーラを持っている。マノリの魅力だろう」と、エリスにも言われた事がある言い訳をされた。

 そんな魅力なんて飛散して欲しいと思いながらも、父と陛下の会話に耳を傾ける。


「先日、我々の領内にハイ・オーガが出現しました」


「ああ、聞いている。あの領地に中級魔物とは穏やかではないな」


「はい。すぐに騎士を派遣させ領内の視察を行いましたが、目撃したのは下級魔物だけだと報告を受けています」


「そうか。にわかに信じ難いが、中級魔物が突然現れたということか……」


「最初に目撃した商人もそう言っておりました。しかし、だとすると危険です」


「召喚された可能性があるという事だな?」


「はい。遠距離から指定された場所に中級魔物を移動させるなど、悪魔の所業」


「計算通りなのか、指定した場所から外れたのかはわからんが、実験であったことは間違いないな。指定されたのが王都などであったら、大虐殺が起こる」


 陛下の言葉を聞いて血の気が引く。あんな魔物がこの王都に突然現れたりしたらどんな事になるか、想像するだけでも恐ろしい。

 身を強張らせる姿に気づいたのか、父が安心させるような顔を私に向けた。


「マノリはハイ・オーガに追われたのです」


「それで護衛を探しているのだな。良い者を見つけたのか?」


 陛下が優しい声で私に聞いてくる。

 陛下の問いかけに、頭にある男の顔が過ぎった。 


「1人、気になる方が居ります」


「ほぅ、それは?」


「ガドウィンという方です」


 私の出した名に陛下は驚愕の表情をすると、笑い出した。

 その姿に呆気に取られていると、こっちに向き直り謝罪してから愉快そうな表情をする。


「まさか、そこまで同じだとは思わなくてな。シンリアスもガドウィンを専属騎士にしたいと言っておったわ」


「シ、シンリアス様もですか?!」


「闘技大会から帰ってくるなり、わしにせがんできたわ」


「そうなのですか……」


 シンリアス様も、あの方の不思議な魅力に惹かれたのだろうか。もし、私とシンリアス様に声をかけられたら、どちらを選ぶのだろう?


『きっと、シンリアス様よね』


 王国の聖女と呼ばれるシンリアス様は、気品溢れるお姿に物腰の柔らかい性格だと聞く。王国の民に接する姿を見た者たちがまるで聖女のようだと称した事から、そのような異名が付いたと父から聞かされていた。噂に聞くだけでお会いしたことはないが、きっと素敵な女性なのだろう。

 シンリアス様のお姿を想像して、あの方が側に控える姿を思い浮かべる。そうすると、私の側に控えるより何倍もしっくりときてしまった。

 そのことが、私では駄目なのだと言われているようでチクリと胸が痛む。


「それにしても不愉快だな」


「ええ、全くです」


 父と陛下が顔を見合わせると顔しかめる。

 突然の事に驚き、目を白黒させる。なにか不愉快なことがあったのだろうか?


「大事な娘だということもあるが、将来間違いなく、王国で有数の美女になるであろう2人に仕えさせたいと思わせるなど」


「はい、親としても男としても許せませぬ」


 男にしかわからない、何か許せないことがあったのだろうかと首を傾げていると、怖い顔をして2人で確かめ合うように頷く。


「中級魔物を召喚または転移させる技術、是が非でも手に入れる」


「はい、早急に術者を割り出しましょう」


 そう言って2人でほくそ笑む姿を、ただ呆然と見つめていた。







 料理の準備をしている音が聞こえてくる食堂に入るとお父さんに声をかける。


「おはよう! お父さん!」


「おう、おはよう! 早いじゃねえか」


「うん! でも、ぐっすり寝れたから大丈夫!」


 私がそう言うと、ニッコリと笑ってまた料理の下準備を始めた。

 挨拶を終えて掃除を始めようと食堂を出て裏口から外に向かい、水魔石を割って桶に水を溜める。


『お礼、言えなかった』


 話しかける口実が欲しくて口から出た言葉だったけど、本当に宣伝してくれるとは思ってもいなかった。

 ガドウィンさんの試合が終わってからすぐに宿に戻って仕事の手伝いをしていたら、直接見ることは出来なかったけど、準決勝に進出を決めて宿の事を話してくれたらしい。


 夕方になると急にお客さんが増え始め、お父さんや従業員の人達と目を見合わせて驚いた。忙しく駆け回りながらも食堂が空くのを待っている人になぜうちの宿に来たのか聞くと、ガドウィンさんがここの宿の料理が美味しいと話していたと教えてくれる。

 慌ててそのことをお父さんに話すと軽く頭をこづかれる、相変わらずよく手が出る親だ。叩かれた事にムキになって、私がガドウィンさんにお願いしたおかげだと言うとまた叩かれた。

 ちゃんと礼を言っておけと怒鳴られ、しぶしぶ了解してからガドウィンさんの帰りを待ち続ける。お客さんに対応しながら、扉に視線を配らせているとガドウィンが入ってくるのが見えてすぐに駆け寄った。

 いつもとは違う宿の様子に頭が混乱していたのか、お客さんが増えた報告をして鍵を渡しただけで終わってしまう。次の日の朝にでもと気持ちを切り替えて、夢にまで見た繁盛する宿の光景を目に焼き付けつつ動きまわった。


 次の日、私が起きるとカウンターにお金と鍵、そして紙が置いてあった。首を傾げてその紙に書かれている文字を読むと、頭が真っ白になる。


(世話になった)


 一言だけ書かれた紙の下には、ガドウィンと名前が添えられていた。お礼なのだろうか、お金まで置いて去ってしまったガドウィンさんを探すため宿を出て、周りを探したが見つからない。

 肩を落として宿に戻るとお父さんが立っていた。


「礼なら俺が言った」


「えっ…?」


「朝早く出て行く姿が見えたからな、追いかけたんだ。気にするなと言ってくれた」


「そうなんだ……」


 私の声を聞いた父が、眉毛を釣り上げる。


「お前はなんで言わなかった?」


「今日言おうと思って」


「馬鹿が…!」


 お父さんの声に身をすくめた。なんであの時に言わなかったのか後悔が押し寄せてる。でもまた、闘技場に行ってガドウィンさんにお礼を言えばいいと、そう思った。


 ―――そう思ってしまった。


 その日も宿の食堂にお客さんがたくさん来てくれて、ガドウィンさんの事が気になりながらも宿の中を駆けずりまわる。気づいたら準決勝が終わる時間になっていて、慌ててお父さんに一言だけ伝えてから宿を飛び出し、闘技場に向かった。


 着く頃には試合が終わってしまったのか、闘技場から帰ってくる人が多くいて気持ちが焦ってしまう。闘技場に入ると、すぐに近くに居た係りの人にガドウィンさんの事を聞いたが会うことは出来ないと言われた。なんとか食い下がったが、身分の高い人と大事な話をしていると許可してもらえなかった。

 結局その日は会えず、また次の日になってしまう。でも、その日にはもう私の手の届かない人になってしまっていた。闘技場の人に聞いた話だが、偉い人に仕えるようになったらしい。

 呆然とその事を聞いた私はどうやって帰ってきたかのか覚えてないが、気づいたら自室に閉じこもっていた。心配したお父さんに明るく振る舞って、ガドウィンさんの事を忘れるように宿の手伝いをひたすら続けている。



 ――この宿もいよいよ改装することが決まった。今まで休んでいた分を取り戻すぐらい必死に働いて、一つの目標を達成することが出来ると思うと胸が高鳴る。

 きっかけはガドウィンさんにお願いした宿の宣伝だった。ここまでこれたのはガドウィンさんのおかげだ。本当に感謝してもしきれない。


『初恋は実らないって、本当だったんだ』


 自分の気持ちに気づいた時にはもう終わっていた。

 いつから好きになったのか? 一目惚れだったのか? 本当に好きだったのか?

 ……今はもうわからない。


「ありがとう、ガドウィンさん」


 もう何度も心の中で繰り返した言葉を声に出すと、目から涙が零れる。


『また会えるかな…? ガドウィンさん』


 僅かな希望に縋りつくように。

 今度こそはお礼が言えるように。

 そんな願いを込めて、心の中で呟くが、涙は止まってくれなかった。

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