闘技大会3
窓から陽の光が差し込む。
「まだ早いか」
顔に光が当たり目が覚める。
決勝トーナメントの開催まで時間があるが、身支度を整える為ベッドから起き上がった。
洗面台へ行き、籠に入れられている魔力石を一つ掴む。水色をした小石程度の大きさで、用意されている桶の上で軽く潰すと、欠片が水に変わり桶に溜まっていく。その水で顔を洗ってから、布を濡らし身体を拭いていく。
使い終わった桶と布を持ち、部屋から出て1階へ降りると、宿の娘が掃除をしているため忙しく駆け回っていた。それを横目に裏口から外へ出ると、桶と布を指定の場所へ置きに行く。
『よくこんなにも面倒な事が毎日出来るな』
こんな事をしなくとも【フレッシュ】の魔法を身体にかければ、身体を清潔な状態に保つことができ、水にしても【ウォーターボール】で必要な分だけ集め自由に使えるからだ。
しかし、桶や布を全く使わないのは不自然に思われてしまう、敢えて消耗品や備品を使い人間を装っている。
裏口から宿の中へ戻ると、動き回っていた宿の娘が私に気が付き近寄ってくる。
「カドウィンさん! おはようございます!!」
「朝から元気だな」
「駄目だよ、ガドウィンさん! 挨拶をされたら、挨拶を返さないと!」
「あぁ、そうなのか。おはよう」
「はい! おはようございます!」
挨拶を返したことで満足したのか、鼻歌を歌いながら、また掃除を始めた。
「食事は取れるか?」
「もう少し待ってください! 今準備中です!」
「なら、食堂で待っている」
「どうぞ!」
食堂へ入ると隅の椅子に座る。まだ客は居ないようだが、厨房で料理をしている男が見える。これならば、ゆっくりと食事が取れそうだ。
リータ達と過ごしていた頃は、誰かしら隣で食事をしていた。何かと世話を焼きたがる為、ゆっくりと食事が出来なかったが、楽しくもあった。
リータ達との食事風景を懐かしみながら座っていると、料理をしていた男がこちらに向かってくる。
「おはようございます!」
「あぁ、おはよう」
「トウナから聞きましたよ! 今日は決勝トーナメントだそうで」
「トウナ? 掃除をしている娘か?」
「あぁ! すいません、つい。そうです、宿の看板娘ですよ」
「まぁ、元気はよいな」
「それだけが取り柄ですから。それより、今日のために精がつく料理を作ります!」
そう言う男に軽く頷くと、また料理をしに厨房へ戻っていく。
実際は食事など取らなくとも、自身の魔力を消費することで身体を健全な状態に保てる。そのため、食事は稀に娯楽で取る程度だったが、人間を装う必要がある事と、ここの料理はなかなかに旨いという理由で足を運んでいた。
「ガドウィンさん!」
私の向かい側の椅子にトウナが座ると声をかけてくる。
「どうした?」
「宿の宣伝! ……してくれました?」
「いや、闘技大会で宿の宣伝する機会などない」
「そうですよねぇ……残念」
そう言いながら、机に両手を伸ばして突っ伏した。
立地と外装の問題で客が集まらいこと、金が無いために外装には手を出せないことなど愚痴を言われ続けていると、トウナの後ろに料理を作っていた男が現れ、頭を叩く。
「いたっ!」
「馬鹿なことしてんじゃねぇ!」
「だって……」
「まったく……すいません、娘が余計なことを」
手を頭に添え、頭を下げてくる男に軽く首を振りながら口を開く。
「いや、構わない。機会があれば宿の宣伝をしよう」
「ありがとうございます! お気持ちだけでも嬉しいです」
そう言うと厨房へ戻って行った。
忙しい男だな、料理に集中しなくてよいのか?と考えながら見送ると、トウナが不機嫌そうな顔を向けてくる。
「なんだ?」
「機会が無かったら宣伝してくれないんですか?」
「それはそうだろ、いちいち触れ回ったりはしない」
「うぅ~、ガドウィンさんのいけず……。私の事は遊びだったのね!!」
「あぁ、遊びだった」
「ひどっ! これでも私モテるんだよ! この前なんか武器屋のジョルに……」
「それは良かったな」
「流さないでください!」
「そう、いきり立つな。私がそこそこ活躍すれば、その者が泊まった宿と触れ込めばよい」
「それでお客さん来ますか?」
「そこまでは保証できん」
「はぁ……でも、ありがとうござます! カドウィンさんが活躍したら宣伝に使わせてもらいますから、頑張ってくださいね!」
「「程々にな」ガドウィンさん、そればっかり。あははっ」
私の声にかぶせるようにトウナも声を出し、ニヤついた顔で見てくる。
いたずらが成功したことが嬉しかったのか、声を出して笑い始めた。
「おい」
「ごめんなさい。でも、予選2位通過なんて凄いですね! 噂だと魔物と戦うって聞きましたけど、ホントなんですか?」
「あぁ、今回はマッドタートルだった」
特に口止めなどはされていない、口外してもよいだろう。
「マッドタートル!? だ、大丈夫でした…?」
「駄目だったら、ここに居ない」
「そうですよね……ガドウィンさん見かけによらず強いんですね!」
「まぁ、それなりにな」
無邪気な顔で失礼な事を言ってくるトウナに曖昧に返すと、こちらに身を乗り出して顔を近づけてくる。
「宿の仕事が落ち着いたら応援に行きます!」
そう言い笑いかけてくるトウナに軽く頷く。
「おい、トウナ! 出来たから持っていってくれ!」
「はぁーい!!」
料理を作っている男から声がかかり、トウナは返事をしながら厨房に向かう。トレーに乗せた朝食を2人分持って戻ってくると、片方を私の前に置き、もう片方を椅子に座りながら自身の前に置いた。
「こんなに可愛い子と食られるなんて、ガドウィンさんの幸せ者!」
「そうか」
「えぇ~、反応が薄い……まぁ、いっか。いただきます!」
「いただこう」
パンとオニオンスープにサラダ。肉が無いので少々物足りないが、スープに舌鼓を打ちパンにも手を伸ばしていく。。
「やはり、旨いな」
「でしょ! お父さん絶品のオニオンスープ!」
「あぁ、パンとの相性がよい」
「うんうん、ガドウィンさんわかってるぅ~」
煩わしい受け答えをしてくるトウナに反応を返さず、また黙々と料理を口に運ぶ。時折トウナが、自身がいかに健気で献身的に宿の仕事をしているかを熱弁してくるので、適当に相槌を打ちつつ労いの言葉をかけてやった。
「ごちそうになった」
「おかわりもありますよ?」
「いや、あまり食べる方ではないからな」
「そうなんだ、羨ましい……」
何やらお腹の肉を摘みブツブツと言っていたが、首をふると食器を片付けていく……おかわりは諦めたらしい。
席を立ち大剣を背負って荷物を持つと、食器を厨房に片付けにいったトウナがこちらに戻ってくる。
「もう闘技場に行くんですか?」
「そうだな、そろそろ出よう」
「目指せ準決勝! いってらっしゃい!」
「あぁ、いってくる」
笑顔で手を振りながら送り出すトウナから視線を外し、宿から出る。
ゆっくりと闘技場へ向け歩みを進めた。
※
予選順位の発表が終わり、参加者が帰っていくのを眺める。悔しそうに顔を歪める人、怪我や疲労のため苦し気な表情を浮かべる人など様々だ。
「アーシャ!」
「どうしたの、ダサナス?」
「さっきは大丈夫だったか?」
「さっき?」
「参加者に絡まれてたろ」
その言葉に思い出したように頷く。
ガドウィン様の演技で怒られていた事を言ってるのだ。ダサナスはその時に助けに来てくれたんだった。
「ああっ! うん、大丈夫だよ。来てくれてありがとね」
怖かったから、ダサナスが来てくれたのは心強かった。
「よかった。変に捕まってたみたいだから、何かされてたのかと思ってさ」
「席にご案内してからも、いろいろと聞かれてただけだよ」
「そうか、安心したよ。そうそう、ラシュモア様がお怒りだったぞ」
「えっ! なんで?」
この闘技大会に参加し、去年は見事3位に輝いた親友が急に出てきたことに驚いた。
華奢な女性だが、巧みに槍を使いこなし相手を翻弄する姿はとても勇ましく可憐で、親友としてラシュモアが活躍している事を誇らしく思っている。
そんな彼女が怒っていたという事が気になり理由を促す。
「俺がアーシャが絡まれたって話をしたら、「親友に何て事を」って」
「ちょっ、余計なこと言わないでよ!」
さすがにそんな事を言われたら困る。私の中では既に解決してることで、ラシュに余計な心配をかけさせたくない。
「ご、ごめん! でも、心配だったから」
「気持ちは嬉しいけど、私が悪かったの。だから……」
「そうは言うけど、あんなにまで怒らなくてもいいだろ! 何があったかは知らないけど酷すぎる。どうせ、気に入らない事があって八つ当たりでもしたんだろ。器の小さい奴だ!」
「そんな言い方……」
言い返したいが、ガドウィン様の個人的な情報を伝えてしまうのは気が引ける。只でさえ、一度怒らせているのだ。もし、知られたくない事だとしたら、また怒りを買ってしまうかもしれない。
誰でも自分の知られたくない事を他人に話されていい気はしない、今の私のように。
「とにかく私は大丈夫だから心配しないで! ラシュにもそう言っておいて!」
「わ、わかった! でも何かあったらすぐに言えよ」
「うん、ありがとう」
私の事を気遣ってくれる気持ちは嬉しい。この仕事を始めてからもダサナスにはいろいろと世話をかけさせてしまっている。そんな彼に感謝の気持ちを表した。
そのことに、ダサナスは何故か顔を少し赤らめ頷くと、仕事があるのかまた場内に入っていく。
ダサナスを見送ると、余計な心配をかけさせてしまった事に小さくため息を吐く。それに私のせいでガドウィン様にも迷惑をかけてしまっている。
「小さくなんか……ない」
ダサナスの言葉に言い返せなかった事へ少し悔しさを感じた。
怖い思いもさせられたが、それ以上に優しく、気遣ってくれる方だと知りダサナスの言葉に小さく胸が痛んだ。
元はと言えば、私が怒らせてしまった事で余計にややこしくなってしまったのかもしれない。あの事がなければ、普通に接してもらえ、ガドウィン様の印象を悪くする事もなかった。
そう考えていると、ガドウィン様に言われた言葉を思い出す。
「大会運営の人間だからといって、参加者より強者にでもなったつもりか……かぁ」
そうだったのかもしれない。大会運営の仕事にやりがいと責任を感じ、5年に1度の名誉ある大会を取り仕切っている事に、優越感から驕りの感情を持ってしまっていた。現に、予選前に逃げるように辞退をしていく参加者に冷ややかな目を向けていたこともある。
私たちは大会を支える立場。参加者たちが安全に安心して大会に挑めるよう勤めるのが仕事だ。決して、大会の主役である参加者たちよりも上になる事はない。
それにも関わらず、驕りから出てしまったのが、初参加の参加者を侮辱する言葉。
「情けない…!」
思わず口から漏れる。
その言葉を噛み締めていると、自分がどうしようもなく小さい人間に思えた。
※
「お嬢様出来ました」
「うん! ありがとう!」
笑顔でエリスにお礼を言い、父にドレスを見せるように一回りする。
「それでは、行こうか」
私の姿を見て微笑みながら言うと、外で待っている馬車に向かう。
馬車に3人で乗り父が合図を送ると、ゆっくりと馬たちが動き出し馬車が走り出す。
今日は初めての闘技大会。どんな雰囲気なのか、私の護衛になってくれる方はどんな人なのか、たくさんの期待で心が弾む。
「まだ着かないのかな?」
「今、出発したばかりですよ……」
「そ、そうよね」
「そんなに楽しみにしているとはな。マノリは血の気が多いのか?」
「違います! 闘技大会は武を極めた方々の試合だと聞いていますから、それが楽しみなのです!」
父の勘違いに慌てて否定する。怖い気持ちもあるが、武を極めた人たちが私の目の前でどんな戦いを繰り広げてくれるのか。
たまにお屋敷でソリウス達の訓練を見学する事があった。真剣に武器を交えている姿は尻込みする迫力があったが見入ってしまい、そんな私を不思議そうな顔でエリスが見ていたのを思い出す。
「お嬢様は騎士たちの訓練も真剣に見つめていらっしゃいました。武術に興味がお有りになるのかもしれません」
「むぅ……マノリが武術か。護身用に多少は剣や体術を習うのも悪くはないが……」
考え込むように顎のひげを擦りながら俯く父を見て、自分でも武術を習うことを想像する。
体力をつけるために習うのもいいかもしれない、この前のように魔物から逃げることが出来ず、エリスに抱えて走ってもらうのはもう嫌だ。武術に心得があればあの時とは違った結果になっていたかもしれない。
「お父様、よろしければ武術を習いたいです」
「やはり興味があるのか?」
「興味もあります。ですが、体力を身につける為に嗜みたいと思いまして。先日の魔物の件もありますから……」
「なるほどな……。身を護る術を身につける事に異存はない、だが他を疎かにするなよ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
握り拳を見せ、やる気を表現する。それに微笑むと、父は窓から外を眺める。
「そろそろ着く」
「はい。3階の特別席での観戦になりますから、関係者の方にご案内して頂きます」
「楽しみですね、お父様!」
「あぁ、だがクラウディスの1位は揺るがないだろう」
父は大きく頷くと、どなたかの名を口にした。
エリスが私に前回の優勝者の方だと教えてくれる。とても強く、騎士たちの憧れの的で、第2王女様専属の護衛騎士らしい。
「クラウディス様は王国に敵無しと謳われる方です。今大会も制覇され3連覇するのは間違いないでしょう」
「おそらくな……。ソリウスも今回は出場せんから、止められる者は居るまい」
父とエリスの会話に入れず、どこ寂しい気分になる。
それを悟られたのかエリスがこっちを向くと、微笑えむ。
「お嬢様の護衛の方も楽しみですね。お強くて、お優しく、聡明な方がよろしいかと」
「うん。でも、一番は信頼し合える方がいいかな」
「確かに信頼関係は大事だ。命を預ける者が信用出来んのでは、有事に安心して任せる事が出来ないからな」
「はい! 素敵な方に巡り会いたいです」
※
決勝トーナメント進出者が集まる控え室に運営の者が入ってくる。それに気づいた周りの者達が顔を強ばらせながら顔を向ける。
「おはようございます。これより、決勝トーナメントの組み合わせを発表致します。まず、予選上位4名の方々から発表させて頂きます。Aブロック…ガドウィン様。Bブロック…クラウディス様、Cブロック…ガロード様。Dブロック…ラシュモア様に決定致しました。次に……」
組み合わせを発表をしている者から視線を外す。
どうやら、準決勝の相手はクラウディスになるようだ。願ってもない相手だが、どの程度まで追い詰めるか……。
「以上で組み合わせ発表を終わります。皆様、ご健闘をお祈り致します。早速ですが、第1試合、ガドウィン様、スーリン様、会場までご案内致しますので、こちらに」
その声に立ち上がり、私と同じく立ち上がった者を流し見る。
無駄に大きい身体をした筋骨隆々の男だ。興奮しているのか、頭から血管が浮き出ている。
さっさと片付けてしまえばよい。圧勝したところで、クラウディス相手に善戦すれば周りを納得させられるだろう。
控え室を出ると、案内役の女が立っていた。
「それでは、こちらへどうぞ」
先導していく女に続き歩く。スーリンは戦いが待ちきれないのか、足早に歩き女を急かせている。
スーリンの進言に従い歩みを早めようとする女は、私に視線を向ける。それに軽く頷いてやり、私も歩みを早めた。
『血の気の多い奴だ』
ズカズカと通路を進んでいくスーリンを後ろから眺めながら観察する。
武器は拳なのか、手に鉄で覆われたナックルを装備し、足も同様に武器として使う為のブーツを履いていた。
力押しなのが丸分かりだが、どう沈めるか……。あの体格でそれなりにスピードがあるなら厄介だが、そうも見えない。力だけでねじ伏せていくタイプだろうな。
入場門まで着くと、女が立ち止まり門を開くよう合図を送る。上にいるものが扉を開ける操作を行うと、少しずつ開いていく。多くの観客が入っているのか、外から歓声が聞こえてきた。
完全に門が開くと女が一礼する。
「それでは、ご入場ください」
声に従い門を潜る。
観客は満員のようで、2階3階と人間で埋め尽くされていた。
私たちが門から出ると歓声がより一層強まり、興奮した様子で手を振り上げている者も居る。
そんな会場の雰囲気を感じながら、ゆっくりと会場の中央へ歩みを進める。
「わりぃが、勝たせてもらうぜ」
隣を歩くスーリンが前を向いたまま挑発してくる。
それに応えず沈黙していると、気に食わなかったのか、こちらに顔を向け舐めるように睨みながら小さく呟いた。
「事故で死んじまっても恨むなよ」
ニヤリと笑い、走って中央まで進んでいくと立ち止まった。己の技を見せつけているのか、身体を動かし拳や蹴りを繰り出している。
そんなスーリンの姿にため息が漏れた。
『事故なら殺しても構わないのか?』
そう出来ればどれだけ楽か。
「弱いお前が羨ましい」
ポツリと呟き、スーリンの前まで進むと少し距離を取り立ち止まる。
私が前に来ると、スーリンは腰を深く沈め構える。隙だらけで構えている意味があるのか甚だ疑問だが、それに合わせ私も背中から大剣を抜き、肩で担ぐように乗せた。
「なんだその構え?」
「気にするな」
「まぁいい、合図を待とうぜ」
そう言うスーリンから視線を外し、観客席に目を向ける。
『来ているな』
3階席の特別席で見ている金髪の娘を見つける。私が顔を向けている事に驚いているようだが、緊張しているのか表情が固い。
その下に目を向けると、大きく手を振りながら何かを叫んでいるトウナの姿があった。隣に見知らぬ男を連れており、困惑した表情でトウナを見ている。
「ご両者ともよろしいでしょうか?」
拡声魔法を使っっているのか、会場全体に響く声が届く。観客席から視線を外し、声がする方へと向くと試合を取り仕切る審判の者がこちらを見ていた。
審判に頷くとスーリンへと顔を向け、右脚を少し後ろへ引く。
スーリンも拳同士を合わせ、待ち切れないと顔を興奮で真っ赤にしていた。
「それでは、予選2位、ガドウィン選手! 対するは予選6位スーリン選手!」
視線が交差する。
「始め!!」
声と同時にスーリンがこちらに走り出した。
1歩目、腕に力を入れる。
2歩目、大剣を肩から持ち上げる。
3歩目、スーリンが間合いに入る。
スーリンの左側面に狙いを定め、右脚を前に出し後ろから大きく大剣を振るう。
「はや…がっ!!」
スーリンが左腕を後ろへ下げたタイミングを見計らい、薙ぎ払うように大剣の腹部分を左脇にぶつけた。剣を振るう速さに対応出来なかったのか、防御が間に合わず吹き飛んでいく。
吹き飛んでいく後を追い、数回転がり仰向けに止まったスーリンの顔の横に大剣を突き立てる。
「ひぃっ…!」
悲鳴を上げながら顔の横に突き立てられた大剣を目だけで見ている。恐怖からか、ガチガチと歯を鳴らし小刻みに身体を震わせていた。
「止め!! 勝者、ガドウィン選手!!」
勝者の名が叫ばれると、観客が一気に沸き歓声が巻き起こる。
審判の声を聞き大剣を持ち上げ背にかけると、スーリンの呻き声が聞こえてきた。肋骨が折れたのか、左脇を押さえながら必死に痛みに耐えている。
その姿に担いで運ぼうと考えたが、スーリンが自力で動けないと判断したのか、治癒魔法士たちがこちらへと向かってくるの見えた。
それに任せようと考え、会場を抜けるため門へと足を向ける。
「ガドウィンさ~ん!! すご~い!!」
門に近づくと声が聞こえてくる。顔を上げると、両腕を振りながら叫んでいるトウナが映った。
それに応えるため、左手の拳を軽く上げると、トウナが嬉しそうな顔をして激しく両手を振って祝福の言葉をかけてくる。
トウナの姿に笑みを浮かべてやると、隣の男が苦い顔で私とトウナを交互に見ていた。あれが朝、好意を持たれていると言っていた男なのだろう。私とトウナのやり取りが面白くないようだ。
男の嫉妬に呆ていたが、ふと気になり少し視線を上げ金髪の娘を見る。
急に私が顔を向けたことに驚いていたが、恥ずかしそうな表情を浮かべるとおずおずと手を小さく振ってきた。
『どうするか……』
娘にどう対応するか迷う。
まだお互いに正式な面識がない。大通りで一度視線を交わしたが、言葉を交わしたわけではない。視線を向けてしまった私も悪いが、どう反応していいか困惑する。しかし、このまま反応を返さずにいるのもよくない。心象を悪くすれば後で面倒になる事が予想できる。
対応を模索しているうちに、私が反応を示さないことに不安になったのか娘の顔に影が差す。
その姿を見て、軽く頭を下げてからこちらも小さく手を振り返した。私が手を振り返したことで不安気な表情が消え笑顔になり、先より大きく手を振ってくる。
それに表情を和らげ微笑むと、門へと向かった。
門を潜ると、昨日会話を交わした女が立っている。
「お疲れ様でした」
「疲れてなどいない、剣を一度振るっただけだ」
「ふふ、予選の際と同じですね。さすがはガドウィン様です」
女の言葉に軽く首を振る。
「世辞はよい。相手が弱かっただけだ」
「お世辞などではありません! それに、スーリン様はBランク冒険者です、決して容易な相手ではございません!」
やや興奮した様子でそう言うと、自身の態度が恥ずかしかったのか小さく咳払いをする。
それにしても、あの程度でBランクとは……。冒険者の中で高ランクの者は、それほど強くないのか。
「Aランクの者はスーリンより少し強い程度なのか?」
「とんでもございません! 1ランクの違いは、大きく実力に差があります。特定の条件が必要な方もいらっしゃいますが、ガドウィン様と同様にスーリン様を倒すことが出来ると思われます」
「ほぅ……この大会に出ているのか?」
「ガロード様はAランク冒険者です。ガロード様以外の方々は参加されておりません」
「参加しない者たちは興味がないのか?」
「興味がない方もいらっしゃると思われます。ですが、魔導師の方や、魔物を討伐する事に特化された方々がほとんどですので、1対1の対人戦は分野が違うと敬遠されているのかと……」
「なるほどな。Aランク冒険者は多いのか?」
「いえ、王国で5名しか居りません」
「少ないな」
「はい、Aランクへの昇格は人間を超えた証と云われる程ですから」
人間を超えた……か。ガロードの予選を見たがあの程度で人間を超えられるなど、低い限度だな。
「なら、ガロードよりも予選順位が高い私とクラウディスは人間を超えているのか?」
「クラウディス様は王国一の実力者です。既に人間の枠から飛び出しているでしょう。神に選ばれし勇者だと称されている程です。カドウィン様は……そもそもゴルディシア山付近で過ごされていらっしゃったのですから、普通の人間とは思えませんが?」
ジト目で言ってくる女に苦笑いが漏れる。
「耳が痛いな。だが、慣れさえすればなんとでもなる」
「慣れでどうにかなると考えておられる時点で、普通の人間とは思えません……」
「そういうものか?」
「そういうものです」
「ふむ……。まぁ、よい。それより案内を頼めるか?」
「はい、ご案内させて頂きます。こちらへ」
先へと進む女の後に続き歩く。
どうやら、昨日と同じく3階の参加者用の席へ向かうようだ。
しかし、この女と出会えたのは幸運だ。怒りを買った罪滅ぼしなのか、様々な情報を聞き出すことが出来ている。変に情勢に疎いのは、ゴルディシア山付近で生活していたとの嘘で誤魔化せているのだろう。
「ガドウィン様」
「なんだ?」
「クラウディス様との対戦に勝算はお有りでしょうか?」
通路で立ち止まり、こちらを向くと真剣な顔で聞いてくる。
負け方をどうするか決め切れずにいるが、余裕を残させたまま負けるのは釈然としない。クラウディスの力を見つつ戦う他ないのだが、加減を間違えれば真っ二つにしてしまう。
2回戦までにそれなりの相手との戦いを見ることが出来れば対策も立てられるが、予選を見ていた限りでは私を含めた上位4人の実力が突出していて、それも望めそうにない。
「難しいな。負けるとは言いたくないが、勝てる気もせん」
「左様でございますか……。申し訳ありません、無粋なことを」
「気にするな。負けたとしても、ただでは負けん。決勝で全力を出せない程、手傷を負わせてやる」
「ふふ、勇ましい限りです。Bブロックの方々は、皆様沈んだ顔をされておりました」
「だろうな。相手が勇者など、自分たちは倒される魔物かと思わせる。悪い冗談だな」
「本当ですね……時間を取りまして申し訳ありません、進みます」
通路を進もうとする女に首を振り動きを止める。
「いや、しばし待て」
「なにかお有りでしょうか?」
女の問いに応えず、背中から大剣を抜く。
「えっ!?」
「どうした?」
女は怯えた表情で私を見ると数歩後ずさり、戸惑いの声を上げる。小さく身体を震えているようだ。
その態度に訝しげな表情をして返した。
「な、なにかお気に召しませんでしたでしょうか?」
「気づかないのか?」
「は…ぃ…。い、いえ! 申し訳ございません!!」
慌てて何事か気がついたのか、昨日無礼を詫びてきた時と同じ姿勢で頭を深々と下げる。
急な女の変化に戸惑うが、思い当たることがあり勘付く。
『昨日の今日だ。当たり前と言えば当たり前か』
昨日の私の態度に危険を感じての対処なのだろう。
確かに警戒されても仕方のない行動を取った、女はもちろんだが運営も私を要注意人物に指定したようだな。
それにしても、私が気づいた事で頭を下げているのはよいが、監視が居るのだからそこまで怯えなくてもよいだろう。
「いや、仕方のない事だ。私にも問題があった」
「そんなことはございません! 元は私の責任です!!」
そう言いながら、女は真剣な顔で私に歩み寄ると口を開く。
「私が至らないばかりに、ガドウィン様にはご迷惑をお掛けしました。昨日話していた者には私から改めて誤解を解くよう働きかけます。ですが、ガドウィン様の個人的な事情もお有りになります。私の独断でお伝えして良いか判断に迷い、あのような対応になってしまいました。どうぞお許し下さい」
真摯に謝罪してくるが、女の言葉の意味が分からず困惑する。
「なんの話をしている?」
「えっ? あの……昨日、私と駆けつけてきた運営の者との会話の事ですが……」
「なぜそんな話になった? 私が言っているのは殺気のことだ。そこの通路の影に隠れている者が居るだろう」
「はい?」
私が顎で殺気の発生元を示すと、女は少し先の通路に視線を向ける。
すると、通路の影からは、軽装の胸当てをして槍を背に背負った女が姿を見せた。
「さすがに気づいたようですわね」
「ラシュ!」
「アーシャ、その男から離れていなさい」
ラシュと呼ばれた女が背中から槍を抜き、こちらに向けてくる。
それに大剣を肩に乗せ応じた。
「やめて!」
アーシャが私を庇うように両手を広げ、ラシュの前に立ち塞がる。
「どきなさいアーシャ!」
「どかない! 何をしてるの!?」
「決まっているでしょう。親友として貴女の敵を討つのです」
「ガドウィン様は敵じゃない!」
「ダサナスから聞きました、昨日その男に脅されたと」
「それは誤解だって言ったはずよ! ダサナスから聞いてないの?!」
「聞きましたわ。ですけど、その男に脅されてそう言わされていたのでしょう?」
「誤解よ! そんなことされてない!」
「まだその男を庇うのですか? くっ……お前! アーシャを開放しなさい!」
そう言うとラシュはこちらを睨みつけてくる。
よくわからない展開になっているが、どうやらラシュという女はアーシャが私に脅されていると思い込んでいるらしい。確かに、実際に脅したので否定は出来ないが、これ以上大会中に問題を起こすのは避けたい。
穏便に済ませるため隙を覗うが、それなりに腕が立つようでこちらの動きに合わせて対応してくる。おそらく、ラシュと呼ばれていることからラシュモアなのだろうが、なるほど前回3位という成績に偽りはなさそうだ。
ラシュモアに視線を配らせていると、前にいるアーシャが顔を俯かせ絞り出すような声を漏らす。
「――けないで……」
「なにかしら?」
「ふざけないで……」
「ふざけてなどいません!」
「これ以上私を―――惨めにさせるな!!!」
バッと顔を上げアーシャが叫ぶと、ラシュモアは驚愕の表情で硬直する。通路に響く程の声量に私も不意を突かれアーシャを見やる。
アーシャは肩でを大きく揺らしながら激しく呼吸をしていたが、数度大きく深呼吸をすると息を整えこちらに向き直る。
「お見苦しいものをお見せして申し訳ございません。再度ご案内させて頂きますので、こちらへどうぞ」
「……よいのか?」
「はい。ご心配には及びません」
アーシャは硬直したままのラシュモアを一瞥すると、私に後ろから続くよう促してくる。
それに頷き、先を歩くアーシャに続く。
「ラシュモア様、どうぞ選手控室にお戻りください」
横を通り過ぎる際、アーシャが呟いた言葉にラシュモアの身体がビクリと跳ねた。憔悴しきった顔で数回、口を開閉させるが何を言うわけでもなく俯く。
それを横目に、何を言うわけでもなく、アーシャの後ろに続いた。
しばらく無言で歩いていく。いろいろと話がややこしいが、私が口を出すわけにもいかない。当人たちで解決するだろう。
それよりも、一つ知った事を確認するために前を行くアーシャに声をかける。
「お前はアーシャという名なのだな」
「はい、アーシャ・グリセントと申します」
「そうか。ならば、グリセントと呼ばせてもらおう」
「アーシャでもよろしいですよ?」
「うむ……ではそうするか」
「はい」
なにかと世話になっている。名ぐらい覚えておいてもよいだろう。
アーシャからの情報もあり、人間の戦力をかなり把握できた。目的の為だけに参加した大会だったが思わぬ拾い物だ。それに、人間の中で一番多く会話をしているのがアーシャだ。最初よりも幾分か人間とのやり取りが軽快になってきている。
やはりある程度の力は示しておいて損はない。強すぎる力を持つものは迫害されるが、適度な力を持つ者は尊敬される。
それに気づけたのは、アーシャという人間のおかげだな。
「アーシャ」
「はい?」
「感謝する」
「えっ? い、いえ! とんでもありません!」
立ち止まりこちらを向くと、照れた様子で手を振りながら応える。
それに顔を和らげ応えると、アーシャも笑顔を浮かべた。
しばらく視線を合わせていたが、アーシャが振り返るとまた通路を進む。
『やはり、慣れさえすればなんとでもなる』
問題なく人間と会話が成り立つようになった自身の演技に満足した。
作者もアーシャさんには助けてもらっています。