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闘技大会2

「怖かったぁ~」


「どうしたの?」


 ガドウィン選手を案内し終わった後、息を整えながら一息つくと、近くにいた同僚が不思議そうな顔をして近寄ってきた。


「予選会場までご案内した人のこと怒らせちゃって……」


「馬鹿ね、あんた」


 そう言って同僚の女性は呆れたのか、軽く頭を小突くように叩いてくる。


「だ、だって! 初参加で逃げない人なんてあんまり居ないじゃない!」


「そうだけど、逃げないってことは自信があるのでしょう?」


「そうだろうけどさ、そんなに強そうに見えなかったから、つい……」


「あんたに強さを見極める力なんて無いでしょ」


「うるさい!」


 図星を付かれたことで躍起になり、抗議の声を上げながら先に階段を同僚に続く。あと少しで観客席に出るというところまで登ると、顎に手を当てながら推察するように同僚が呟いた。


「でも、怒るってことは相当な実力者ね」


「そうかな? 確かに怒った顔は怖かったけど……」


 歯ぎしりする音が聞こえ振り返ると、恐ろしい雰囲気を持ってこちらを睨みつけていた。その怒りの表情を思い出すと、また身体が震え出す。


 階段を登り終え観客席に着き、会場が一番良く見渡せる位置まで移動する。すると、突然なにかが砕ける大きな音が聞こえ同僚と2人で身をびくつかせる。

 慌てて2人で身を乗り出すように最前列の手摺りから下へと顔を向けた。

 そこにはマッドタートルが地面に頭を埋め、停止している姿があった。頭頂部は陥没していて、受けた一撃の威力を物語っている。その横には先程会場まで案内し、怒りを買ってしまった参加者が静かに佇んでいた。


「……もう少しであんたも、“ああ”なってたわね」


 そう言って同僚が指差すのは、マッドタートルの死骸。その横で服に汚れすら付けずに佇む、怒らせた選手。全身が震えだすのを抑えられなかった。






「お疲れ様でした!」


 入場門を潜り抜け通路に入ると、案内役の女が落ち着かない様子で立っており、私に気づくと一礼し労いの言葉をかけてくる。


「……疲れることなどない、ただ殴っただけだ」


 労いをかけられる程の事もしていないので、正直に応える。だが、先の女の発言に苛立ちを覚えているのか、少し突き放す形になってしまった。

 そんな自身の言動に『我ながら器量が狭いな』と自虐していると、女は怯えた表情でこちらを覗うようにしている。


「さ、左様でございますか……。そ、その……先程は失礼なことを申し上げ、大変申し訳ありませんでした!」


 そう言うと勢い良く頭を下げ、腰を直角に折り謝罪の言葉を叫ぶ。それにはどこか悲鳴を上げるような声色を含ませていた。


「なんだ? 私の力を知って怯えたか?」


「けっ、決してそのようなことでは! 私の配慮に欠ける発言を許していただきたく……」


「ならばなぜ、今なのだ? 案内をしている間に謝罪すればよい」


「はい! 仰る通りです! どうか、お許しください!!」


 仕返しにと少し意地の悪い返しをすると、女は瞳を潤ませ何度も頭を下げながら謝罪する。先程、器量が狭いと自虐したというのに、この対応とは些か羞恥を覚えるな。しかし、私を不快にさせたのは事実だ。人間如きに逃げるなどと言われて、面白いはずもない。

 それに、この女の怯えた姿を見ているととどこか妙な気分なってしまう。


『私にそういう趣味はないはずなのだがな……』


 すでに怒りの感情は飛散している、このまま謝罪を受け入れても問題はない。だが、この状況を上手く利用すればこの女から参加者の情報を引き出せるかもしれない。そう思い付くと、背にある壁に向かって腕だけを振り、拳を叩きつけた。

 ドン! と、大きな音が通路に響き、叩きつけた拳は壁にめり込む。そこから拳を引き抜くと、壁の一部が凹み欠片がぱらぱらと音を立てて床へ落ちた。


「ひぃぃ……!!」


 その光景を見た女は引きつった悲鳴を上げ、体を大きく震わせながら数歩後ずさる。

 少しやり過ぎた感が否めないが、演技のためと割り切り、絞り出すように低い声で女に告げた。


「ふざけるなよ。大会運営の人間だからといって、参加者の我々より強者にでもなったつもりか?」


「ぅ…ぁっ…。そ…そのようなつもりは全くございません!!」


「では、なんだというのだ!」


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください!!」


 軽く声を張ると、緊張の糸が切れたのか子供のように泣きじゃくり謝罪し続ける。やはりやりすぎたかもしれないと、複雑な気分で女を眺めていると、騒ぎを聞きつけたのか男が駆け寄ってきた。



「如何なさいましたか? こちらの者がなにか不手際でも…?」


 女が必死に私に頭を下げる様子に、状況を察したのか男が私に向き直ると、困惑した表情で尋ねてくる。


「お前には関係ない。私とこいつの問題だ」


 男が来たことで、壁を殴ったのは失敗だったと後悔したが、この女から情報を聞き出すために男へ立ち去るよう仕向ける。このままこの女と引き離されるのはよくない。この機会を逃すと、女が私に近づくことはなくなるだろう。


「ガドウィン様はすでに予選競技を終了しております。ご用意しております参加者専用の特別席にてお待ちいただきたますので、ご案内致します」


「それはこいつの仕事ではないのか?」


 助け船が来たことで安心していたようだが、私がまだ逃すつもりがないと思ったのか、女が小さく身体を跳ねらせる。それを見て、男は身体を震わせる女を背で庇うように私の前に立った。


「左様でございます。しかし、この者ではガドウィン様にご不快な思いをさせてしまいます。事実確認の後、この者へは私どもから注意・指導を致しますので、何卒お怒りをお鎮めください」


「こいつは私に許しを乞うているのだ。謝罪をしたいのであれば、誠意を見せ私への仕事を全うするのが筋であろう。私はこいつが案内役で一向に構わん」


 女を私の案内役から外すことに失敗し男は苦い顔をする。

 「早くどこかへ行け、私はこいつと2人になりたい」……など言えるわけもない。早々に立ち去ってもらいたいが、尚も身を引かず食い下がろうとする男に苛立ちを覚ていると、意を決したのか女が顔を上げた。


「かしこまりました。私がご案内させていただきます。ご不快と思いますが、しばし御辛抱ください。こちらです」


 泣いていたため顔が悲惨なことになっているが、私にそう言うと通路を進んでいく。それを心配そうに男が見ているが、なにを言うわけでもなく見送っていた。

 あれほど私の力を見せつけられ、脅されたにも関わらず気丈な態度が取れるとは、謝罪のためなのか、仕事への誇りなのかは知らないが、少し女の評価を上げる。


 ゆっくりと通路を進む女の後に私も続き、男を撒けたことに安堵した。

 なんとか女と2人だけで話ができる状況を作り出せた。しかし、私に怯えているとは言えどこまで口を割るか……。多少強引になっても、この女が持っている参加者の情報だけでも――と、ここまで考え、この状況が強引に作り出したものだと思い出し苦笑いを浮かべる。

 そんなこちらの考えなど一切わからないであろう女は、早く私を案内したくてたまらないだろう。無言で黙々と歩くそんな姿から視線を外し後ろを振り返る。

 男との距離が十分に離れたことを確認し、話をするため立ち止まった。


「おい」


「っ……はいぃっ!」


 声をかけると女は立ち止まり、振り返りながら声を裏返させ返事をした。私が急に声をかけたことで、気丈に振舞っていた態度が崩れたのだろう。

 その姿に少々呆れたが、情報を聞き出すため話を切り出す。


「謝罪を受け入れる代わりに、私の質問に答えろ」


「へっ? し、質問でしょうか?」


「そうだ」


「私が知っていることでよろしければ……」


 予想していなかった事に戸惑ったのか、困惑した表情で女は承諾してくる。


「前回の大会で優秀な成績を収めた者は、予選には参加しないのか?」


「いえ、そのような事はございません。前回優勝者であろうと、予選には参加していただきます」


「この大会に、前回までで優秀な成績を収めた者は出場しているか?」


「はい。前回2位のソリウス様は怪我のため出場されておりませんが、4位のガロード様、3位のラシュモア様、そして、2大会連続優勝のクラウディス様が出場されております」



 その言葉に頷く。心当たりがある。


『おそらく、あの人間たちだな』


 どの者がそうなのか分からないが、控え室で他の参加者とは違う雰囲気を持っていた数人を思い出す。その3人のいずれかと初戦で当たる可能性がないか、更に質問をする。


「決勝トーナメントの組み合わせ方法は?」


「私たち大会運営が決めさせていただいております。予選上位4名は準決勝までは当たらないよう、決勝トーナメント進出者4名を1ブロックとした、計4ブロックのいずれかに先に割り振られます。予選上位4名の方々意外はその後、各ブロックへ振り分けております。」


「私の予選時間は何位に入ると思う?」


「おそらくは4位以内は確実かと……」


 女の説明を聞き、内心ほくそ笑む。どうやら準決勝まで進出でき、更には準決勝対戦する相手は前大会の上位が有力候補、惜しくも敗れることがあっても不思議ではない。あとはその3人がどの程度の実力かで準決勝を勝つか負けるか決めておこう。


「先に言った3人も私と同等の時間で予選を終わらせそうか?」


「確信はありませんが…。ですが、クラウディス様は確実に同等の時間で終了するはずです。一瞬で魔物を倒し、2大会とも予選は1位通過しております」


「ほぅ……クラウディスとやらは他の2人と比べ、そこまで実力差があるのか?」


「はい、私が言うのもなんですが、圧倒的な実力差がございます。前回2位のソリウス様を相手にされても、苦戦はしておられましたが、追い詰められているようには見受けられませんでした。」


 あの騎士に苦戦するのでは高が知れているが、人間の中ではクラウディスが一番の実力者なのだろう。その者の実力が分かれば、ある程度人間たちの中での最大の力が見えてくるはずだ。このまま人間に紛れ行動するために、力はその者を最大値として動いた方が得策だな。

 行動するうえでの曝け出す力の程度を決めていると。まだ質問が続くのかと不安気な顔でこちらを覗き込む女に大きく頷き、質問は終わりだと伝える。


「は、はい! そ、それで、その…」


「ああ、お前の発言には目をつぶる」


「ありがとうございます!!」


 安心からかまた目に涙を溜めながら、感謝の言葉を口にする。そして、気が抜けたのか腰が抜けたようにその場に座り込んだ。


「おい」


「も、申し訳ありません! あ、脚に力が入らなくて……」


 慌てて起き上がろうとするが、腰を浮かせては落とし、浮かせては落としを繰り返す。

 その状態に呆れつつも手を差し出す。それに気づき恐る恐る差し出してきた女の手を掴み、引き寄せた。


「あの……ありがとうございます」


「構わん。お前には役に立ってもらった」


「質問のことでしょうか?」


「そうだ。得になる話が聞けた、これでいろいろと対策が立てられる」


「さ、左様ですか」


 びくびくと私の言葉に受け答えする様子は煩雑な気持ちにさせる。


 ――人柄に問題がなければ――


 女の姿を眺めていると、ある言葉が頭をよぎった。


『不味い……。私の今までの態度が知れれば、人柄に問題ありと判断されるやもしれん』


 護衛対象として雇い入れる際に重要とするのが、実力と人柄だと言っていた。もし、今ここで私がしてきた事を知られると、気に入らなければ力に訴える者だと判断されてしまう可能性がある。口止めを強制してもよいが、この女以外に駆けつけてきた男にも現場を見られてしまった。それに、極秘に護衛候補の人物像を調べていると貴族から情報提供を要求されれば口を割ってしまうだろう。

 全てが上手くとは限らないと、嫌気が差してくる。

 しかし、目的のためにはこのままでは良くない、取り繕って置く必要があるな。


「それにしても私に怯えていたとはいえ、そこまで情報を出してよいのか?」


「た、確かに、決勝トーナメントの組み合わせ方法は決勝進出された方々以外にお伝えすることはしませんので、まだ確定されていないガドウィン様に申し上げるのは好ましくありません。ですが、先程の予選時間であれほぼ確実ですので、特に問題はないと思われます」


「参加者の情報提供は?」


「あの御三方は有名な方々ですよ? クラウディス様はもちろんですが、ラシュモア様、ガロード様も名高い実力者です。そこまで詳しいことは私も存じ上げておりませんから、一般人が知っている程度のことです」


「で、では、普通に聞いても今の質問には答えたか?」


「は、はい……組み合わせ方法は言い淀むと思いますが、ガドウィン様の予選時間を存じておりますので、問題ないと判断し、お伝えしたかもしれません」


「……そうか」


 あんな演技をしなくとも、参加者の情報を女から引き出せたのだ。それを知りどっと疲れが湧いてくると同時に、ため息を吐いた。


「あの……」


「すまん、演技だった」


「へっ?」


「お前から情報を引き出すために殺気立った振りをしていたのだ」


「そ、それはいつから…?」


「案内されていた時の発言は確かに腹立たしかったが、予選選考が終わってからは魔物を殴ってすっきりしたのか、そんな感情はもう無かった」


「……左様でございますか。ですが、元はといえば私の失礼な言動に責任があります。ガドウィン様の実力も知らず侮辱するような事を申し上げてしまいました」


「そうだな、それは反省すべきだ」


「は、はい! 申し訳ございません!」


 再び頭を下げ始める女に軽く手を上げ止めさせる。少々長く立ち止まってしまった。席まで案内するよう促すと、女は慌てて進行方向へ身体を向け先導していく。



 通路を進むと螺旋状になっている階段が見えてくる、一般用の観客席とは別の特別席用に続く階段らしい。その階段を登ると、一般用の観客席を見下ろせる程高い位置にある観客席に出た。椅子も一般用とは違い良質な物を使っている。

 特別席の椅子に座り、懐からハンカチを取り出し女へ渡す。


「あ、あの…?」


「涙を拭え、少々酷いことになっている」


「へっ…? あっ!」


 ポケットから手鏡を取り出し自分の顔を確認すると、慌ててまたポケットから自身のハンカチを取り出そうとするが、押し付けるように女にハンカチを渡すと、「ありがとうございます」と小さく礼を言い目元を拭い始める。拭い終わったの見計らってまた手を差し出すが、女は軽く首を振る。


「こちらは洗ってお返し致します」


「気にせんでもよい」


「いえ、気になって夜も眠れませんので」


「好きにしろ」


 そう言うと女は私のハンカチを懐へ仕舞いこむ。それを横目で確認していると、下で魔物と戦っている参加者の人間に違和感を覚える。マッドタートルを今一歩のところで仕留め切れずにいるようで、疲労からか動きも鈍くなってきている様子だった。


「おい、あいつ死ぬぞ」


「え?」


 私の言葉に女も予選を見始める。しばらく眺めていたが、首を傾げながら尋ねるように聞いてくる。


「確かに苦戦しておられるようですが、まだ戦えていますし問題はないと思いますが?」


「予選の終了は勝つか死ぬかなのか?」


「そんなことはございません! こちらがこれ以上は危険だと判断するか、参加者が辞退を宣言されますと、魔物を檻に強制送還致します!」


「なら今すぐ止めろ、殺される」


「で、ですから!」


 女がまたも説明をしようとすると、なにかが潰れる嫌な音が聞こえてきた。疲労により足がもつれたのか、バランスを崩し地面へ倒れ込んだ参加者を、マッドタートルが上から踏み潰すように足を振り落としていた。


「だから止めろと言ったのだ」


「ぁ…」


 対戦相手を潰したあと、すぐにマッドタートルは光に包まれ消えていく。おそらく、強制送還されたのだろう。マッドタートルが消えた足元には、夥しいほどの血を流した人間だけが残っていた。骨が砕けたのか腕と足はありえない方向へ曲がっている。

 マッドタートルが消えると入場門が開き、そこから数人の人間たちが飛び出していく。潰された男の元まで向かうと、手から光が放たれ男の身体が淡い光に包まれていく。


「治癒魔法が使える者たちが常駐しているのだな」


「ぇ…? あっ、はい。毎回負傷者が尽きませんから……」


 人が潰れたショックから顔を蒼白に染め状況を見つめていた女が、私の言葉に反応し弱々しい声で肯定した。


「なんだ? 人が死ぬことに慣れていないのか?」


「何度か目撃したことはございますが、慣れることなどありません」


「人間は簡単に死ぬぞ。魔物と戦えば尚更な」


「はい……仰るとおりです」


 口元に手を当て身体を小刻みに震わせながら応える女は、下の状況から目を離さなかった。僅かな希望に賭け、潰された男の生還を願っているのだろう。下では治癒魔法士が懸命に治療をしているが、尚も血が流れ出している。

 数分、治療の状況を見つめていたが、治癒魔法士たちが魔法の行使を止める。これ以上は無駄だという判断だろう。それを見た女は落胆の表情を浮かべていた。


「予選で人が死ぬのは珍しいのか?」


「いえ、毎回お亡くなりになる方が1名以上はいらっしゃるそうです。前回は3名おられました。それ以前は、私も大会運営に所属しておりませんでしたので、具体的な人数は存じ上げておりません。ですが、最大で5名の方がお亡くなりになられたそうです」


「お前たちの判断も完璧ではないという事だな」


「……返す言葉もございません」


 私の皮肉に女は悔しそうに顔を曇らせる。実際は参加者が危険な状態だと判断し、止める権限を持った者の責任だ。大会運営の人間として建前上の謝罪でないのは、それだけこの仕事に誇りを持っているからだろう。先にも、私に怯えていたにも関わらず、逃げることなくここまで案内してきた。

 だが、この女のことより、この予選方法だ。普通ならば5年に1回とはいえ、毎回死人を出すようでは倫理的に問題が発生する。それでもなお続けているのは、なにか理由があるのか?


「なぜ、それだけの死人が出て予選で魔物と戦わせる?」


「それは…、申し訳ありませんが、私の口からはお教えすることはできません」


「そうか。これも脅して聞いておけばよかったな」


「そ、それは……」


「冗談だ、真に受けるな。あのことには目をつぶった、今更掘り返す気などない」


「掘り返されたのはガドウィン様では……」


「だまれ」


 納得がいかないという顔で私を見ている女から視線を外し考え込む。

 口止めをされているという事は、もっと上の存在があるのだろう。簡単に予想がつくのが国だ。国からの指示でこのような予選を実施させ、王国各地に埋もれた強者を発掘するのが目的。あとは、前回2位の騎士が貴族の騎士をやっていることから、貴族たちも私兵の戦力向上のため、この制度を黙認し利用している可能性がある。


『だから、私もこの大会に参加した』


 ここで名を売れば、国または貴族お抱えの戦力になることができる。しかし、逆にそういった不自由を嫌う者たちは参加しない、あるいは誘いを断るのであろう。

 そう思考を巡らせていると、女がこちらへと顔を向けていた。


「あ、あの……」


「ん? どうした?」


「ガドウィン様は今までずっとご自身をお鍛えになられていたのですか?」


「なんだ? 不躾に」


「失礼しました。ですが、あれほどの実力を持っているのにも関わらず、未だ無名のはずです。仕事柄、大抵の実力者のお名前を記憶しておりますが、ガドウィン様のお名前を耳にしたことはございません」


 不思議そうに尋ねてくる女の言葉に内心焦る。

 確かに……今の私は突然現れた強者だ。

 ギルドで仕事を請け負い徐々に名が知られていくのが一般的な中、ギルドに登録もせず、軍にも所属していない。突然現れるにしても、もっと若く子供の頃から才能を発揮する天才だ。私の年齢は人間には20代に推定される背格好をしている。そんな男が急に闘技大会に現れ、前回優勝者と同等の時間で予選を終えている。不思議に思っても仕方がないだろう。


「も、申し訳ありません! 過去を詮索するような質問をしていましました! お許し下さい!」


 私が黙っていたことにまた地雷を踏んだと思ったのか、女が頭を下げながら謝罪してくる。このまま流してもいいが、今のうちに都合よく経歴を作っておくのが得策かもしれない。


「いや、構わん。言って信じるか疑問だったのでな」


「左様ですか。しかし、過去を聞くなど私も配慮に欠けた発言でした。重ね重ね申し訳ございません」


「お前は口を開けば私に謝罪するな」


「はい……」


 女は肩を落とし、今まで私に謝罪した回数でも数えているのか指を折っている。「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください。3回でしょ」……それは1回で数えないのかと内心突っ込みたくなるが、話を続ける。


「ゴルディシア山は知っているか?」


「へっ? も、もちろんです!」


「さすがに登頂などはしないが、あの付近で過ごしてきた」


「は…?」


「あの付近の魔物は強い。生きていくためには強くなるしかなかった」


「さ、左様でございますか……あ、あはは……ご冗談ですよね?」


「だから、言うか迷っていたのだ」


「申し訳ございません……」


 私の過去を聞いて「また1回増えた」と言いながら、顔を引きつらせている。


「なのでな、魔物から逃げるということは私に取って死を意味する」


「え?」


「自分よりも強い魔物に囲まれて生きてきた。弱いものは殺される。私を餌とするために立ち塞がってきた魔物を殺し生き延びてきた。だからだな、予選の相手が魔物だと聞かされ、それから逃げると思われたのが腹立たしかった」


「ぁ…」


「謝罪はするな。もう目をつぶったのだ。そうだろう?」


「はい……」


 女が気まずそうに顔を伏せる。己の言動を反省しているのであろう。


『まぁ、嘘なのだが』


 貴族の屋敷での商人の言葉から手に入れた情報だ。恐ろしくて近寄ることも出来ないと言っていたことから、ゴルディシア山付近の魔物は人間にとって恐怖の対象なのだろう。


「ですが、どうしてゴルディシア山の近辺で生活を?」


「ゴルディシア山からそれほど遠くない場所にあった小さな集落の出身なのだ、私がまだ成人手前の頃に突然、中級魔物が群れで現れてな。私以外はその時、皆死んでしまった」


「そ、そんな場所に集落が…! 中級魔物、それも群れでなんて……」


「原因は不明だが、魔物たちが山から遠ざかり私たちの集落を見つけたのだろう。それからは1人で生きていくため、力をつけ無我夢中で生活してきた。さすがに、中級魔物などには手が出せんがな。見つからぬよう息を潜め、やり過ごすだけだ」


「当たり前です! 1人で中級魔物など無謀すぎます!」


「あぁ、死んでしまったらそこで終わりだ」


「はい」


 やはり、1人で中級魔物に挑むことはないのか。クラウディスという人間がどれほどの腕かは知らんが、その者をしても無謀なことなのかもしれない。だとすると、相当人間は弱い。中級魔物にすら個の力で及ばなければ、上級・最上級魔物などはどうする。国ですら対応出来ないとなると身を守る術がない。



 改めて人間の弱さに失望していると今まで気になっていたことを女に問う。


「それにしても、お前はいつまでここにいる?」


「お邪魔でしょうか?」


「そうではない、仕事はよいのか?」


「それならば問題ありません。案内役だけで10人はおりますので、私がご案内致しますのは、あと3名ほど。闘技大会期間は一時的に多くの従業員を雇っております」


「つまり暇だということだな」


「は、はい……」


「私としてはいろいろと話が聞けて助かる」


「そう仰っていただけると光栄です」


 この女と話をしている間も予選は続いていく。私以外にもこちらの席に多くの参加者がやってきているが、一様に疲労の表情を浮かべ、怪我により医務室に運ばれて行った者も幾人かいる。腕自慢の集まりかと思えば下級魔物を必死の思いで討伐できる程度、決勝トーナメントでは加減を間違えると殺してしまうかもしれない。


「クラウディス様です」


 女の声に顔を下へ向ける。


「若いな」


「はい。この大会で初優勝を果たしたのが13の頃ですから」


「天才というやつか」


「左様でございます」


 茶色い短髪の男が入場門から入ってくる。全身には白銀の騎士鎧を纏い腰には長剣を下げていた。


「騎士なのか?」


「はい、第2王女様専属騎士をされています」


 クラウディスについて聞いていると予選開始の合図が出される。その合図と同時にクラウディスは走り出し、門から出てくるマッドタートルへ近づき長剣を抜き去る。そのまま長剣を下段に構え、マッドタートルの首下へ剣先を滑り込ませると、直角に振り上げ首を撥ねた。


「一瞬だな」


「ええ、前回もサイズ・ゴブリンを輪切りにし終わらせておりました」


 確かに人間にしては強い。だが、相手が弱すぎるゆえに実力が測れなかった、決勝トーナメントでの試合を見て改めて確認しなければならない。


「ガドウィン様、そろそろ私も仕事へ戻ります」


「サボりは終わりか?」


「ぅ……はい、終わりです」


「あぁ、いろいろ世話になった」


「滅相もありません。それでは」



 女が立ち去ったことで、ラシュモアとガロードという者は区別できなかったが、私とクラウディスより少し遅い予選時間でその2人も終わらせていた。



 最後の参加者の予選が終わり、決勝トーナメント進出者が決定する。それを報告に来た男が特別席に現れ、順位を発表していく。


「…………4位ラシュモア様、3位ガロード様、2位ガドウィン様、1位クラウディス様。以上が予選順位になります。皆様お疲れ様でございます。決勝トーナメントの組み合わせ発表は明日、開始前にお伝え申し上げます」


 そう言うと男は一礼する。それを合図に参加者は席を立ち闘技場を出ていった。

 私もそれに漏れず闘技場を後にし、部屋を取ってある宿へと向かう。『やはり移動が面倒だな』と遅い後悔をしながら、宿に辿り着くと扉を開く。

 宿に入ると娘が暇そうにカウンターに両肘をつき、両手を顎につけ顔を支えていた。扉が開いたことで私に気づくと、こちらに小走りで駆け寄ってくる。


「おかえりなさい!」


「あぁ」


「ど、どうでした?」


「予選2位通過だ」


「ええっ!? 2位ぃ? 凄いじゃないですか! 決勝トーナメント頑張って下さい!!」


「そうか? まぁ、程々にな」


「ぷっ、また程々ですか?」


「あぁ、程々だ。少し疲れた部屋に戻る」


「はい! 明日のためにゆっくり休んでください!!」


 満面の笑みで言う娘に軽く頷き、そのまま部屋へと向かう。部屋に着き、ベットに横たわると大きく息を吐いた。


「程々だ。でなければ、一瞬で消してしまう」

6話は少し時間が空くと思います。

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