種族対抗闘技大会4
中途半端ですが、書いていた所までを投稿します。
この小説はこれ以上更新致しません。
詳しくは、活動報告をご覧ください。
日も暮れ、王都の町並みに無数の光が灯された。
民家や商店、宿など様々な建物の窓から淡い光がこぼれている。
そんな夜道を、闘技大会を観戦していた客達は列をなしながら歩みを進め、仲間内の行きつけであろう酒場へと身を入れていった。
酒場の中では、興奮冷めやらぬ様子でエールを片手に、テーブルの上に置かれた料理へと手を伸ばしている者達が多く見受けられる。そんな者達の料理以外に酒の肴となっているのは、もちろん闘技大会の話題だ。人間族を代表する2人が準決勝へと駒を進めた事もあり、酒場に居る者達は自分の事のように誇らしげに、その事を褒め称えている。
そんな中で、2つあった試合の内、第一試合を話題とする話は多く聞こえてくるのだが、第二試合を話題とする話はあまり聞こえてこない。時折、第一試合の内容を話し尽くした者が第二試合へと話題を変えようとするのだが、周りからの反応がイマイチな事もあり、すぐにその話題を打ち切ってしまう。
それも、そのはず。
第二試合の内容は、第一試合と比べ大きく見劣りした。特別枠として出場したセグとヴィムスがあまりにも弱すぎた為、あっという間に勝敗が決してしまったのだ。
確かに、圧倒的な力を見せてけてくれた2人(正確にはジェシカ)に、己の内から沸き起こる興奮を感じることができるが、強者同士の壮絶な死闘を期待していた者達からすれば、物足りない内容であった。その事に加え、圧倒的な強者が格の違う力を見せつけ勝者となる。そんな試合の内容は、5年に一度開催される人間族の闘技大会でクラウディスが何度も実演してみせた。
そのため、どうしても“見慣れた”感が拭えないようで、観客らの反応が思わしくないのだろう。
サナトリア王国第3王女、シンリアス・バァル・サナトリアの専属護衛騎士であるリータ・オルディア。邪気ない少女を思わせる華奢な身体と、整った可愛らしい顔立ちをした可憐な少女である彼女からは、大人の女性の色気を感じることはないが、保護欲をそそられるその容姿ゆえに美少女と形容され、同業の騎士達からは勿論の事、国民達からの人気も高い。
【王国の聖女】と謳われ親しまれるシンリアスの側で、太陽のように眩しい無邪気な笑顔を振り撒くその姿に、心奪われた男は大勢いる。王都に住む国民であれば誰もが知っている有名人だ。応援の熱も、他の参加者に比べると一味違っていた。
そんなリータとタッグを組んだのが、こちらもまた美少女。しかし、リータよりも更に幼く見えるその容姿から、美幼女と形容するのが正しいと感じる、小さな女の子だった。
美形が多いとされるエルフ族の噂に違わぬ美しい顔立ちをしており、エルフ族は見た目と実年齢が一致しないという事を理解しても、『こんな子供が試合をするのか?』と、心配そうな表情で見つめる観客らも多かった。
美少女同士の組み合わせとなったふたりは、今大会の出場者の中で観客からアイドル的な立ち位置で注目を集めた。血なまぐさい闘技大会には不釣り合いな少女たちというギャップもあり、すぐに応援しようと心に決めるファンを作ってしまう程である。
第一試合は各国指折りの実力者が集まったと納得する、素晴らしい試合繰り広げられた。そんな闘いを目の当たりにし、観客達の興奮度合いは最高潮に上がっている。だからこそ、次に行われる第二試合への期待も高まっていた。
絶大な人気を誇るリータとジェシカが入場門から姿を見せると、男達の大歓声が巻き起こる。騎士、兵士、一般人の違いなど関係なく、観客席中からふたりへの声援が送られていた。
そんな事態にふたりは、不思議そうでどこか戸惑ったような表情を浮かべる。観客席のあちこちから自分達の名前が叫ばれている事に、動揺を隠せないでいた。
しかし、すぐに事態を飲み込んだようで、観客席から聞こえてくる声援に応えるようにそれぞれ手を振り始める。リータは笑顔で嬉しそうに手を振っており、こういう状況での対応にも慣れている様子だ。その一方で、大人しい性格のジェシカは声援を無視することはないが、リータのように笑顔を見せることはなく、無表情で控えめに手を振るだけだった。捉え方によっては、可愛げのない対応と思われそうな姿だったが、男達にはそんなジェシカの姿が初の大舞台に緊張している、か弱い幼子のように映った。緊張した面持ち(ただ単に無表情なだけなのだが)をして、小さく手を振るその姿は、実力など関係なく応援したくなる気持ちを抱かせる。
観客席がリータ、ジェシカコールに包まれる中、セグとヴィムスは居心地悪そうに黙々と入場していた。
ふたりにとってもホームグラウンドである筈の場所だが、心境としては敵地に足を踏み入れた気分だろう。一切、自分達への歓声が聞こえぬ中、足早に会場の中心へと進み、対戦相手が到着するのを今か今かと待ち構えている。
観客からの声援に応えながら、ゆっくりと進んできたリータとジェシカがセグ達と向かい合うと、その動作を止め、一瞬で引き締まった表情をさせる。今まで観客らへの対応で見せてきた愛くるしく、穏やかな表情からは想像の付かない、敵を射抜くような鋭い視線だ。それを向けられたセグとヴィムスは、大きく心を抉られた気分になる。それに加え、凶悪な魔物を目の前にしているかのような、圧倒的な死の予感を本能が訴える殺気を感じており、すぐにでもその場から逃げ出したくなる心境であった。
そんなセグ達の心の内などお構いなしに、審判からの試合開始の合図が出される。
合図に気付いた時にはすでに、対戦相手であるリータとジェシカが目の前に移動してきていた。震える身体を叱咤して目の前の敵に集中するぐらいの心構えは、セグとヴィムスとて持ち合わせている。本能が警報を鳴らすほどの相手だ、否が応でも目の前に居る相手に意識を集中させられていた。
しかし、意識を相手に集中させていたのにも関わらず、気がついた時は目の前まで接近を許していた。迎撃や防御の構えを取る時間など無い。やっと脳から伝達が届き、腕が動き始めたところで、セグの腹部にジェシカの強烈な掌底が打ち込まれた。
最近開発されたヴェノム鉱石を使った鎧を、凹ませる程の衝撃を受けてセグは吹き飛ぶ。
10メートル以上空中を飛ばされてから地面へと落ちるが、勢いが収まらずゴロゴロと転がり、ようやく止まった頃には試合会場の外壁近くまで辿り着いていた。それだけの威力の攻撃を受けたセグを、観客らは呆然とした表情で追う。
『死んだ』
誰もがそう思ったことだろう。大の男、それも鎧を身に付けている騎士が、吹き飛んだのだ。その衝撃は、誰が見ても人ひとりが死ぬには十分な威力であったと理解できる。
起こりえる事態であるとはいえ、目の前で人が死んで歓声を上げるような狂った感性の持ち主は観客席には居ない。そのため、会場は先程までの歓声が嘘のように静まり返っていた。
しかし、予想に反してセグは意識を保っているのか、腹部を押さえて呻いている。
その事に、安堵したようにため息を吐く音が観客席から大きく響いた。誰もがセグの死を予感したが、最悪の事態には至らなかった。その事を確認し終え、再び会場の中心へと視線を向けると、リータのレイピアがヴィムスの首に突きつけられおり、レイピアを向けられているヴィムスが降参を示すように両手を上へと挙げている光景が映った。
観客達同様に、その事を理解した審判が試合終了の合図を出す。そして、観客席から歓声が沸き起こった。
「やり過ぎじゃないの?」
終了の合図と同時に、レイピアを引いたリータがジェシカへと問いかける。
「手加減、間違えた」
自分が吹き飛ばしたセグを見つめながら、ジェシカはそう答える。
「間違えたって……」
「もう少し弱めでも、問題なかった」
呆れた表情で返すリータに、ジェシカは掌底を繰り出す動作をして加減の感覚を確かめている。
「……手加減して、“あれ”かよ――」
会話を聞いていたヴィムスは顔を引き攣らせながらボソリと呟いて、医療班に治癒を受けているセグへと視線を向けた。
そんなやりとりを知ってか知らずか、観客席から興味深げにリータとジェシカを見つめるエトゥカンナは、確信したように小さく頷く。
「やはり、レベルが違いますね」
「はい。ガドウィン同様、実力を隠しているようです」
トイノも賛同するように頷く。
その視線はジェシカへと注がれており、その瞳には疑問の色が浮かんでいる。
「先程の一撃、純粋な腕力だけではありません……どういった方法で、あれ程の威力を……?」
「“氣”ですね」
トイノの疑問に、エトゥカンナは即答する。
「“氣”、でしょうか? あのような使い方など聞いたことがありません」
「そうでしょうね……妾も、実際にこの眼で見たのは初めてです。
けれど、知識としては持ち合わせています。有名なのは、【黒の拳】と【氷姫】が好んで用いていたそうですが――“そう伝えられている”程度の情報しかありません。それほど、攻撃に“氣”を使うという技術は希少で、使い手はほぼ存在しないとされています」
「【黒の拳】に【氷姫】とは、我の世代ではお伽話でしかありません」
「ふふっ、それは【氷姫】を実際に見聞きした妾を、年寄り扱いしているのかしら?」
可笑しそう笑いながら、エトゥカンナが横目を向けると、トイノは恐縮するように姿勢を正して頭を下げる。
「滅相もありません。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
「いいのよ、気にしないでちょうだい。妾がトイノより歳上なのは事実なのだから」
「ありがとうございます。
しかし、エトゥカンナ様が見聞きされておられるのに、“伝えられている”程度の情報しかないというのは、何故でしょう?」
「それは単純に、妾の世代で【氷姫】に戦いを挑むような命知らずが存在しなかっただけでしょう。
そもそもが、簡単に会えるような方ではありません。なんの気まぐれか、国にお出でになられた事があった際に、遠くからそのお姿を拝見しただけですから。
あの時は、君主、諸侯、師団総出でお迎えしたわ。名の通り、氷のような冷たい表情をした、美しい女性でした。終始表情は変わらず、淡々と口だけが動く、まるで人形のようなお方でした」
懐かしむように語るエトゥカンナは、愉しそうな笑みを浮かべている。
その横で、トイノは納得した表情で大きく頷いた。
「【氷姫】がお出でになられたとあっては、そうならざるを得ないでしょう」
「そうね……でも、師団が集められたのはお迎えをする為だけではないわ。有事の際の、護衛の役割も兼ねていましたから」
「有事でしょうか?」
「そう……もし【氷姫】のご機嫌を損ねるような事があれば、国ひとつ簡単に消えてしまうの――遠くで見ていた妾は、恐怖で身動きひとつ取れませんでした」
はっきりと恐怖の色が浮かぶエトゥカンナの表情は、まるで子供のように弱々しく映る。
その表情を見て、トイノはそれ以上の質問を止める。聞かなくとも、【氷姫】の存在が嫌というほどに理解できた。
気を紛らわせるように、再び会場へと視線を戻したトイノの眼に映ったのは、仲睦まじく会場を去っていくリータとジェシカの姿だった。決して届くことのない、遥か高みの更に彼方。そんな存在を知らないでいる2人を、トイノは羨望の眼差しで見つめている。手を取り合ってはしゃぐように会場を出て行く2人を見終わると、空を見上げた。
この時、2人の会話を注意深く、または魔法を使って聞いていれば、また違った表情をすることになっていたとは、夢にも思わないだろう。
「でも、さすがは【氷姫】! 御見逸れしましたぁ~」
茶化すように頭を下げるリータに、チラリと視線を送ったジェシカは小さく頷く。
「苦しゅうない」
そう答えが返ってくると、リータは嬉しそうな表情でジェシカの手を取り、引っ張るようにして会場を後にした。
※
「やめてください!」
人通りの少ない路地裏を歩いていると、前方から女の声が聞こえてきた。
「そう、つれない事言うなよ。ちょっと、一緒に呑もうってだけじゃねえか」
酔っ払っているのか、若干呂律の回っていない男の声がすると、賛同する2つの男の声が後に続いた。
「また、面倒な……」
自然とため息混じりの声が漏れてしまった。
まだ日は沈んでおらず、夕焼け色に空が染まっている時間帯だが、人通りが少ないためか周りを見渡せど通行人は私と、隣で今にも声のした方向へ走り出そうとしているマノリのみだ。
「私が行く」
走り出すのを止めるようにマノリの肩に手を置く。
こちらを見上げてきたマノリが小さく頷いたのを確認してから、少し歩みを早めて声のする路地へと向かった。
するとそこには、1人の女が3人の男に囲まれている姿が見て取れた。女は後ろ姿しか確認できないが、男達は女の行く手を塞ぐように前に1人、後ろに2人と陣形を組んでいる。
「だから、嫌だって言ってるでしょ!」
腕を掴もうとした男の手を振り払うと、女は強気な態度で言い放つ。
なかなかに気が強いようだが、ここで相手を激昂させるような態度を取ると、次に取る相手の行動が簡単に予想出来てしまう。
「面倒な女だ。黙ってついてくればいいんだよ!」
予想通り強行手段に出た男はそう言うと、後ろの2人に合図を送る。そして、3人で挟みこむようにして、ジリジリと女との間合いを詰めていった。
逃げ場を探しているのか、頭を激しく動かしている女の横顔を見て、私はすぐにその場へと近づく。
「お前らの誘い方は不合格だ。残念だが、別の方法を考えてから出直せ」
そう声を掛けると、4人は一斉に私に顔を向ける。そして、全員が驚愕の表情で固まった。
「あっ……」
小さく声を漏らしたのは、見知った顔の女だ。あちらも、私が誰だかすぐに分かったのだろう。
それは男達も同様だったようで、すぐに表情が恐怖に染まる。怯えた様子でこちらを凝視しながら数歩後ずさると、脱兎の如く逃走した。
いつかのマノリを狙った誘拐犯に襲われた時とは違い、それなりに顔が知れ渡っている為か、こういった時には何をせずとも勝手に蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
『便利なことだ。闘技大会で活躍するのも、捨てたものではないな』
そんな事を考えていると、私の側に駆け寄ってきた女が嬉しそうに手を握ってくる。
「ガドウィンさん! ガドウィンさんだよね!?」
女は私の手を掴んだまま、興奮した様子で激しく上下に振り嬉しそうにはしゃいでいた。
「あぁ、そうだ。そうだから止めてくれ――トウナ」
そう言って、4年以上振りの再会となる女の名前を呼んだ。
4年以上の月日が経っているので当然と言えば当然なのだが、昔に比べ女らしい体つきになっている。元々整った顔をしていたが、成長した事によって美人と言って差し支えない女性へと変貌していた。
まぁ、行動は昔とそんなに変わっていないが。
「ご、ごめんなさい! 嬉しくって、つい……」
恥ずかしそうに腕を振るのを止めたトウナは、今度は少し強く手を握ってくる。
ついでに手も離してもらいたかったのだが、離せとも言いづらいのでそのままにして声をかける。
「久しぶりだな、元気そうでなによりだ」
「うん! ガドウィンさんも!」
満面の笑みでそう答えたトウナには、薄っすらと目尻に涙が浮かんでいる。
「すまんな、もう少し早く助けるべきだった」
男3人に囲まれていたのだ、いくら強気な態度を取っていたとはいえ怖かったのだろう。
声が聞こえてからすぐに駆けつけていれば、恐怖は最小限で済んでいたはずだ。その点で言えば、マノリが条件反射的に駆け出そうとしたのは正しい反応だったのだろう。
「そんなこと無いよ! 来てくれただけで、本当に嬉しい……怖かったから、余計にガドウィンさんの顔を見て……ほっとしちゃって――」
堪らえていた涙が一筋頬を伝ったが、すぐにそれを拭うとまた笑顔でこちらを見つめてくる。
「おほん!」
トウナの笑顔に応えるように表情を緩めると、後ろから咳払いのお手本のような声が聞こえてくる。
ニコニコと笑みを浮かべているが、その表情からは黒いオーラが滲みでているように感じた。
「ガドウィン、その方はどなたかしら?」
そう言ってこちらへと近づいてくるマノリは、表情こそ笑っているものの私とトウナの関係を観察するような鋭い目つきをしている。
あの目はよく見る目だ。私が自分以外の異性と親しげにしている際に、リータやジェシカ、そして目の前でその目を披露しているマノリから、度々晒される視線である。
改訂版は、今しばらくお待ちください。