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種族対抗闘技大会3

思った以上に長くなってしまいました……

 特別席から会場を眺めるように視線を送っているトイノは、主人であるエトゥカンナの様子を注意深く窺っている。


 教会関係者の為に特別に用意されたスペースに居るのは、エトゥカンナとトイノ。

 各国の権力者が集まる中で、ひときわ異彩を放つ2人には至る所から視線が向けられている。そのほとんどがエトゥカンナへの視線であり、美しいとしか形容しようのないその容姿に惹かれて視線を送る者。教会のトップである存在に対しての、警戒心を含んだ視線。明確な敵意を持っての視線など、様々な視線が投げかけられていた。

 そのため、用意された豪華な椅子に腰掛けているエトゥカンナの後ろで、その心中を探ろうと必死に、それでいて表面上はいつも通りの穏やかな雰囲気でトイノは静かに佇んでいる。

 不躾な視線に晒され続けている主人が、もし不快な思いをしているのであれば観戦する場所の移動が必要である。だが、場所を移動したところで視線を集めてしまうだろう。見た限りでは、完全な個室での観戦席は見当たらない。最悪、どこか空き部屋を設けさせ【ビジョン】を使い、空中に会場の様子を映し出して観戦する他ない。


「ふふっ」


 突然漏れたエトゥカンナの笑い声に、トイノは意表を突かれた。

 内心では動揺しつつも、ゆっくりとエトゥカンナへと顔を向ける。

 口元を手で隠しながら上品に笑うその姿に、またも視線が集まった。誰もが毒抜かれた表情でエトゥカンナの笑顔を見つめており、その美しさに見惚れているようだ。


「如何されましたか?」


 変化した主人の感情を読み解くように観察しながら、トイノは問いかける。

 表に出ているように、ただ単純に面白いことがあり笑っているのか。不躾に視線を送ってくる輩を蔑む、皮肉めいた笑いなのか。すぐには判断できない。

 だからこそ、問いかけた。


「大したことではないわ。

 ただ、トイノが可笑しくて……ふふっ」


 笑いが収まらないといった様子で笑顔を見せるエトゥカンナは、ちらりとトイノに目を配ると再び笑い始める。


 『可笑しい』

 そう言われたトイノは、今度ははっきりと焦りの表情を浮かべる。何か醜態を晒すような事をしてしまったようだが、それが思い当たらない。知らず知らずのうちに、主人に笑われてしまうような事をした自分自身に激しい怒りを感じながらも、その感情を噛み殺して深く頭を下げた。


「申し訳ございません」


 主人に笑われてしまった無様を懺悔するように、様々な意味を含ませた謝罪を口にする。

 しかし、それに対してエトゥカンナは首を振って答えた。


「ごめんなさい、そういう意味で言ったのではないの。

 ただトイノが気を遣いすぎているのが気になっただけだらか、頭を上げなさい」


 命令に従うように頭を上げたトイノは、主人に自身の内心を読み取られていた事を理解した。


「お気づきでしたか……。

 そんなにも、わかりやすかったでしょうか?」


「いいえ、おそらく妾以外に気づく者は居ないでしょう。妾とトイノの付き合いが長いからこそ、簡単に予想できただけ。だから、気にすることはないわ」


 そう言って普段通りの微笑を浮かべたエトゥカンナは、会場へと視線を向ける。


「ここへ来る前から、こういった好奇の目に晒される事は予想していたのだから、トイノが考え込む必要はないの。

 それに、少し気になることがあるから、騒ぎ立てずにここで観戦を続けたいわ」


 軽く会場を見渡すように視線を巡らせてから、入場門の所でそれを止める。試合の始まりを待ち侘びるかのように、そのままその場所から視線を動かさない。

 トイノもそれに倣うように入場門に視線を合わせてから、主人の言葉に対しての疑問をぶつける。


「気になること、でしょうか?」


「ええ……。

 トイノの調査通り“役に立ちそうな3人”は、こんな辺境の大陸(はきだめ) で生まれるには珍しい強さよ。あまり考えたくないけれど、パシクルゥの影響も少なからずあるのかもしれないわ。強大な存在の影響によって、それに少しでも対抗しようと力を付けた……。無駄なあがきだとは思うけれど、いま以上に力を持った存在が生まれるとすれば無視もできない。戦争を誘発したタイミングは間違っていなかったでしょう。

 けれど、もっと気になるのよ……あの3人が……」


 頭の中で考えをまとめているのか、目を瞑りながらエトゥカンナは言葉を止める。


「あの3人と言うと……ガドウィン、リータ、ジェシカの3人でしょうか?」


 確認を取るトイノに、頷きながら肯定を示すエトゥカンナ。


「何らかの方法で力を抑えているような気がするわ……強さに違和感を感じるの。どの程度制限されているのかは判断出来ないけれど、もしかしたら “役に立ちそうな3人”よりも強いのかしら……?」


「……申し訳ございません。

 我では、気付きもしませんでした」


 再びトイノは深々と頭を下げた。

 その表情は大きく歪んでおり、自身の失態を悔いているようだ。


「いいのよ。頭をあげなさい。

 妾であっても、“気がする”程度。強さも気になるけれど、どんな方法で力を隠しているのかも気になるわ……」


 エトゥカンナは顎に指を当てつつ考えながら、興味深そうな表情を浮かべる。

 その表情から、犯した失態の事など微塵も気にした様子がないことに、トノイは内心で安堵の溜息をついた。


「来てよかった」


 小さく呟いたエトゥカンナの言葉は、トイノにすら拾われることなく消えていった。











 第一試合を行う4人が入場門の前まで着くと、ゆっくりと門の鉄格子が上がっていく。

 気合の乗った真剣な表情をさせている男性陣を余所に、エナは心の底から愉しそうな様子で笑みを浮かべている。

 門が開くまでの間、エナは健闘を誓い合うかのように笑顔で手を差し出して握手を要求し、その相手であるミュラーは毒抜かれた表情で条件反射的に手を握り返していた。意識を試合へと集中させていたところでの不意打ちの行動であったために驚きを見せていたが、ラウオが呆れながらも微笑ましそうな表情をしている事で、ミュラーも釣られるようにはにかんだ笑顔を見せていた。

 次にラウオとも握手を交わすのかと思っていた周囲の予想とは裏腹に、恨めしそうにキッと睨みつけるとすぐに顔を背ける。それにやれやれといった様子で肩を竦めたラウオは、慣れているのか気にしているようには見受けられなかった。可愛げのない態度の妹が自分のパートナーであるガドウィンに寄っていくのに軽く視線を送ってから、ミュラーへと真剣な表情を向けると軽く頷く。

 それに呼応するように再び引き締まった表情をしたミュラーが頷き返すと、鉄格子が上がりきった事を知らせる大きな音が鳴り響いた。


「ご入場ください」


 案内の男がそう告げると、4人はゆっくりと会場の中へと入っていく。

 自身のパートナーと肩を並べて歩きながら、対戦相手であるふたりと一定の間隔を保ちつつ会場の中心へと進んでいく。

 観客席からは出場者が姿を見せたことで、大きな歓声が上がる。興奮した様子の観客たちは腹の底から声を出しており、普段出すことなど滅多にない声量のためか、喉に負担が掛かりむせている者もちらほら見受けられた。


 そんな中をゆっくりと観客たちを焦らすように歩いていた4人だったが、ガドウィンだけが一瞬、金縛りにあったのかのように足を止める。そして、そのまま顔を巡らせある一点で固定した。


「どしたの?」

 

 急に足を止め観客席の方を見ているパートナーに、エナが不思議そうな表情で問いかける。


「いや……バケモノが居たのでな。少し気になった」


 声を掛けられるとすぐに顔をエナへと向けたガドウィンは、投げかけられた質問にそう答えた。


「バケモノ……?

 ああ! あのおじいちゃんでしょ!? トイノ……とか言ったっけ?

 あの人はちょっと異常だよねぇ~、絶対戦いたくない」


 ガドウィンの言葉に心当たりがあったのか、少し考えてから閃いたと言ったように手を叩くと、その人物の名前を上げる。そして、腕を組みながらしみじみとした表情でうんうんと頷く。


「まぁ、そうだな……。

 それより、獣人でも老いた人間を判断できるのか?」


 歯切れの悪い受け答えをしたガドウィンは、エナの言葉で引っ掛かった部分を尋ねた。


「人間は見た目が大きく変わるからねぇ~。

 そんなに細かくわかるわけじゃないよ? 子供、大人、老人って大雑把に判断できるだけ。

 エルフなんかは全然わからない。子供みたいな顔して、あたしの何倍も年寄りだったりするし……って、やばっ! 遅れてるよ!」


 律儀にガドウィンの質問に答えたエナだったが、立ち止まっていたせいで大きく離れてしまった対戦相手の2人との距離に気づくと、慌てた様子でその距離を縮めていく。

 そんなエナの姿に小さく笑ったガドウィンは、前を進む3人に追いつくため早歩きで会場の中心へと進み始めた。


「どの程度かと気になってはいたが、まさかここまでとはな……。

 本当に、パシクルゥと互角にやり合える。

 ……教会とは一体、どういった組織なのだ……?」

 

 観客席からこちらを眺めている、別次元の美しさを要する女。

 比較的容姿の整った女性を多く見てきたガドウィンでさえ、その危うさを孕んだ妖美な美しさに魅了され目を奪われてしまった。

 しかし、それ以上に内包される強大な力の気配に多くの意識を取られ、すぐに正気を取り戻す。龍族の王であり、最上級魔物でもあるパシクルゥと互角に戦闘を行える存在であるということに、本音を言えば半信半疑であった。

 それもそのはずである。この大陸に住む種族の実力から考えれば、パシクルゥは神の如き力を持つ存在だ。この地で生まれる者であれば、どう足掻いても太刀打ちの出来ない相手である。

 だとすれば――


「こんな場所にまで、手を伸ばしているのか……」


 そう呟くと、ガドウィンは小さくため息を吐いて、苦虫を噛み潰したような表情を一瞬させた。

 しかし、すぐに表情を引き締めると、急かすように手を振って呼んでいるエナの側に寄っていく。




 そんなガドウィンの姿を、エトゥカンナは興味深そうな表情を崩すこと無く常に視線を向けていた。入場してからすぐにガドウィンがこちらへと顔を向けたことで、“気がする”程度だった認識が“確信”へと変わる。

 足を止めてから、周囲を探すような素振りを見せずに、すぐにエトゥカンナへと視線を向けていた。これは、会場に居る強大な力を持つ存在をすぐに感じ取り、その力の気配がある場所を正確に探し当てることが出来るということである。

 それを確認するために、敢えて入場する前から抑えていた力を開放した。突然、力を開放した事によってトイノが驚愕の表情を見せていたが、エトゥカンナが唇に人差し指を当てると、何も言わずに表情を戻して押し黙る。

 トイノの態度に満足したエトゥカンナは微笑んでから、くるりと会場を見渡した。しかし、見渡した限りでは大きな力の発生に気付いた素振りを見せる者は居ない。それはエトゥカンナもあらかじめ予想してした。だからこそ、すぐに入場門から姿を見せる出場者の態度を注意深く観察する事に集中したのだった。

 その結果、どこか気付く事に期待を寄せてしまっていたであろう、大剣を背にした大柄な人間族の男が反応した。他の“役に立ちそうな”3人は全く気付いた様子はない。


「……あの者は、エトゥカンナ様の力を感じ取れるのか……!」


「そのようですわね」


 トイノが信じられないといった様子で、絞り出すような声を出した。

 それにエトゥカンナは賛同するように頷きながら、小さく返す。


 ある一定以上の力を持つ者同士だからこそ、気付く事の出来る相手の力量がある。あまりに実力の違いがあり過ぎると、それが分からずに見た目や風格などで力量を判断する。この大陸であれば、その判断方法であっても大きく見誤ることはないだろう。

 しかし、容姿と戦闘力が必ずしも比例する訳ではない。それを理解してる者が、“この辺境の大陸”に居ることは今までにない異常な事態である。


「あとは、あの方の実力がいったいどの程度なのか……ね」


 一番最後に会場の中心へとやってきた事を叱りつけるように、エナが軽く腕を小突いて文句を言っている。それに、苦笑を浮かべて短く謝罪しているガドウィンを、エトゥカンナは食い入るように見つめ続けていた。




 ガドウィンが来ると、すぐに試合を仕切る審判が姿を見せる。


「構えてください!」


 会場に響き渡る声でそう告げると、こちらの準備を待つように顔を向けてくる。

 相手との間隔を開き、それぞれが戦闘の構えを取った。エナとラウオは腕にナックルを嵌めているので、武器を抜くことはない。ミュラーは腰に差してあった杖を抜いて構え、ガドウィンも背から大剣を抜き取って肩に掛ける。


「それでは、これより第一試合を開始致します。

 ――始めッ!!」


 審判の合図と同時に、ガドウィンとエナは一直線に走りだす。

 それを迎え撃つようにラウオが前へと飛び出し、ミュラーは大きく後ろに飛び退ってから詠唱を始める。

 ガドウィンが大剣を振りかざして振り下ろす。それをラウオは腕を交差させ、受け止めた。どちらも押されることなく、力比べをしているかのように譲らない。

 足を止めてガドウィンの相手をするラウオに見向きもせず、エナが素早くその横を通り抜けていく。


「行ったぞ!」


 大剣の刃の圧力を受けながら、ラウオはエナが向かっていることをミュラーに伝えるため叫んだ。

 ミュラーがその声に気付いた時には、すでにエナはすぐ側まで迫ってきている。大きく相手との距離を開けていたミュラーだったが、エナの脚力を持ってすればすぐに縮められてしまう。

 しかし、その“すぐ”の時間でミュラーの詠唱が終わった。


「【スロウ】」


 ミュラーは杖の先端部分を標的であるエナに向け、詠唱を終えた魔法を行使する。


「げぇっ!?」


 喉が潰されたような声を出したエナは、魔法を回避するために横へ大きく跳躍する。

 それによって、寸前のところで【スロウ】を躱した。


「ふぅ……」


 飛びながらエナは、安堵の溜息を吐く。

 もし、【スロウ】の魔法に掛かってしまえばエナの長所である速さを活かすことが出来なくなる。最初から、エナの特性を封じる事を決めておいたのだろう。試合開始と同時にミュラーは【スロウ】の詠唱に入っていた。

 そう推測しながら、エナは空中で身体を捻って着地する。


「油断するなっ!」


 突然、ラウオの相手をしているガドウィンが叫ぶ。

 それに反応してハッと顔を上げた時には、エナの眼前に炎の矢が飛来してきていた。

 再び横に転がりながら【ファイアーアロー】を避けるエナだったが、【スロウ】を避けたことでの安堵による油断があった為、数瞬反応が遅れてしまった。直撃は避けたものの、左腕にかすってしまい炎が纏わりついている。


「ぐぅぅ!!」


 地面を転がりながら左腕の残り火を消しているエナは、苦痛の声を上げる。

 そんなエナの状態を見てガドウィンが助けに向かおうとするが、ラウオがそれを許すわけもなく畳み掛けるように拳を振るう。ガドウィンは舌打ちをすると、大剣を使ってそれを防ぐ。だが、ラウオの押し寄せるように繰り出される拳の連打から逃れられず、足止めを食らってしまう。

 その間にも、ミュラーは魔法の行使を休めない。左腕の激痛によって顔を歪めて荒い息遣いのエナに、次々と攻撃を仕掛けている。【ファイアーボール】【ウォータボール】【ライトニング】、多種多様な魔法がエナを襲い、それを避けることに精一杯になっている為、思うように攻撃へと転じる事が出来ない。


「くそっ!」


 エナは何もさせてもらえず、何も出来ない自分に苛立ち悪態をつく。

 その姿は見るからに激昂しており、冷静さを欠いた思考になっているのがはっきりと分かる。このままでは相手の思う壺だろう。それが分かっていながら、ラウオを振りきれずにいるガドウィンもまた、焦りを感じ始めていた。




 試合を眺めている観客達も、優勝候補のふたりの戦いぶりに舌を巻いている。同じ各種族の代表であるガドウィンとエナが、防戦一方になる程巧みな試合運びである。接近戦を得意としないミュラーが穴になるだろうと思わせたが、留まることのない連続した魔法行使によって寄り付くことさえ出来ないでいる。

 そんなミュラーの活躍ぶりに、観客からは大きな歓声が上がる。今まで目にすることなどなかった、魔法を主とした戦法。様々な種類の魔法を、流れるように繰り出すミュラーの姿は人間同士の戦闘しか観戦したことのなかった者達からすれば、新鮮で刺激的な光景であった。


「かなり押されてますね……」


「ええ……やはり、相手が相手だもの。ガドウィン様の実力を持ってしても、勝つのは難しいのでしょう……」


 ギュッと両手を合わせて握りしめているマノリが、食い入るように試合を見つめて呟くと、シンリアスが頷きながら答えた。

 ふたりの眼には、パートナーであるエナを気にしながらも、ラウオの対処に追われてしまっているガドウィンの姿が映っている。顔を顰め苦戦した様子のガドウィンを見て、ふたりは少なからず衝撃を受けていた。人類にとって大きな脅威である中級魔物でさえ、ひとりで何とかしてしまうような男が、思うように戦わせてもらえないのだ。改めて、獣人族の強大さを思い知らされる。


「でも……」


 心配そうな表情で試合を見つめるシンリアスが何かを言いかけると、マノリが不思議そうな表情を向けて首を傾げる。


「でも……少し無茶をする、と言っていました。

 このまま終わることはないでしょうね」


 そう言うと、マノリを安心させるように笑顔を向ける。


「……はい!」


 シンリアスの言葉によって、マノリは嬉しそうな表情で返事をした。











 ラウオの攻撃を防ぎ、時に躱しながらエナの様子を目端で覗う。

 善戦してはいるようだがあまり良い状況とは言えず、なんとかミュラーの魔法を避けてはいるものの限界も近いはずだ。腕の痛みによる精神的な疲労感により著しく体力を消費している。そろそろ状況を変えなければ、このまま何も出来ずに試合に負けてしまうだろう。

 リータとの約束がなければそれでもよかったが、あれだけ私と戦うことを楽しみにしてくれているのだ、無下には出来ない。

 それに――


「このまま何もせずに終わっては、私の名が廃る」


 そう言って、ラウオが振るった拳に合わせうように大剣を振り払って弾く。


「なにっ!?」


 今までとは違い、上体を反らすほど強く弾き返された事にラウオは動揺の声を漏らした。

 それによって出来た隙で、腹に狙いを定めて蹴り飛ばす。


「ぐあっ!」


 大きく飛ばされたラウオは数メートル空中を彷徨ってから地面を転がる。それを確認することなく、ガドウィンはミュラーに向かって駆けだした。

 ガドウィンの接近に気付いたミュラーは、標的をガドウィンへと変え【ファイアーボール】を飛ばしてくる。

 ガドウィンはその行為を待っていたかのように、飛来してくる炎の玉に大剣をぶつけるように振るった。


「そんなっ!?」


 驚愕の声を上げたのは、【ファイアーボール】を放ったミュラー。

 大剣で【ファイアーボール】を振り払ったのかと思いきや、炎は消えることはなく大剣の刃に纏わりついている。

 そして、炎に覆われた刃をかざしながらガドウィンはスピードを緩めることなく突進してくる。

 慌てて【プロテクション】を使い魔力防御壁を出現させ、ガドウィンの攻撃を防ぐ。【プロテクション】に亀裂を入れながらも破壊することは出来なかったが、すぐさまその場を飛び退いてエナの方へと駆け寄っていった。

 予想だにしなかった攻撃を受けながらも、追撃がなかった事を不思議に思ったミュラーは呆然とガドウィンを見つめている。


「そこから離れろっ!」


 ラウオは起き上がりながらミュラーに向かって、そう叫んだ。

 しかし、状況を理解できていないミュラーは咄嗟に動くことが出来ない。地面が盛り上がるような感覚を覚えた時にはもう遅く、ミュラーの足元から勢い良く鋭く針のように尖った土が突き出る。

 【アースニードル】をまともに受けてしまったミュラーは、突き飛ばされるように空を舞った。


「ちっ!」


 ラウオは駆け出すと、上空から落ちてくるミュラーを地面に叩きつけられる前に抱きとめる。【アースニードル】を無防備で受けてしまった脚からは血が流れており、苦痛に顔を歪めている。だが、意識ははっきりとしているようで、すぐさま【ヒール】の詠唱に入り脚の治癒を始めているようだ。


 その間にガドウィンはエナへと近づくと、いったん距離を取るために脇に抱きかかえて大きく跳躍する。大きく間隔が開いた所でエナの左腕を治癒するため、ミュラーと同様に【ヒール】を唱えた。


「ごめん……」


 大人しく治療を受けているエナは、悔しげな表情で謝罪をする。


「気にするな、こちらの作戦が読まれていたようだからな。

 それに、ミュラーがあそこまで立ち回りが上手いとは予想外だった。接近戦に持ち込んでさえしてしまえばこちらのものだと思っていたが、近づくことさえさせてもらえないとはな……」


 作戦と言うほど大したものではないが、セオリー通り後方支援であろうミュラーを先に片付けてしまう事を狙っていた。試合開始と同時にエナを一直線にミュラーへと向かわせ、戦闘不能に持ち込む。一撃で仕留められなくても、接近させしてしまえば問題なくエナだけでミュラーを倒せただろう。その間、ガドウィンはラウオの足止めを担っていた。そして、ミュラーを倒したところでガドウィンとエナでラウオを一気に攻め立てる。いくら実力があると言っても、2人がかりの攻撃に支援のない状況ではどうしようもないだろうと考えての事だった。

 考えていた通り全てがうまくいくとは思っていなかったが、予想以上にミュラーの戦い方が巧みであった。エナがスピード重視であることは、ラウオからの情報があったのだろう。だからこそ、開始と同時に【スロウ】の詠唱に入っていた。


「中級魔法である【スロウ】の詠唱も早かったな……流石は、エルフ族を代表する実力者だ」


「うん、躱すので精一杯だった。それで距離を取らされて……ホッとしたところで【ファイアーアロー】もらっちゃって……ホント、ダメダメだね……」


 試合前の意気込みはどこへやら、見るからに凹んでいるエナは意気消沈してしまった。

 そんな弱気になっているパートナーを叱咤するように、ガドウィンは治療の終わった左腕を軽く叩く。


「もう大丈夫だ、痛みは無いだろう?」


「うん、ありがと……」


「では、これからだ。

 お前の自慢の速さを見せてもらっていないからな、どの程度か私に教えてくれ」


 ガドウィンがそう言うと、エナは弱々しく俯いていた顔を上げる。


「ミュラーの戦闘スタイルも把握できた。

 今度は先程とは違う、お前のペースに引きずり込めばよい。魔法など、当たらなければどうという事はない。それに、あれだけ連続して魔法を行使していれば、そろそろ魔力切れを起こすだろうからな」


 そう言って、脚の治療が終わり立ち上がろうとしているミュラーに顔を向ける。怪我は治ったようだが、肩で息をしており汗も滲んでいる。そう長くは、先程までのような戦いを続けることは出来ないだろう。

 エナもそれに気付いたようで、少しだけ顔が綻んだ。


「了解。

 これから、飽きるほど見せてあげるよ」


 ふわりと飛び上がったエナは可憐に地面に足をつける。

 続くように、ガドウィンもゆっくりと立ち上がり大剣を構えた。


「作戦は変えない、早々にミュラーを潰してくれ!」


「わかった!」


 ガドウィンの掛け声を合図に、ふたりは大地を蹴った。

 再び突っ込んでくるふたりを迎え撃つラウオは、ミュラーから身体強化魔法を掛けてもらったようで薄く全身から魔力光を放っている。


「今のままではキツイな」


 ただでさえ基礎能力の高いラウオがミュラーからの魔法強化を受けているのだ、先程までと同じように簡単には足止めをさせてもらえないだろう。

 そう判断して、ガドウィンは大剣の制限を外す。出来るのであれば一回戦で使用することはしたくなかったが、これだけの強敵相手であれば仕方がないだろう。

 割り切るように自身を納得させると、大剣の刃が朱く染まり熱を持ち始める。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!?」


 ガドウィンの変化に気づいたエナが、心配そうに声を掛けてくる。

 大剣の変化にも驚いているのだが、それ以上にガドウィンの両腕に広がる切り傷に驚いていた。


「問題ない、いつものことだ」


 そう言って相手に集中しろと促すように、顎を前へ振る。

 エナは心配そうな表情をさせながらも、距離を縮めていく対戦相手を見据えた。エナ同様に、対戦相手のふたりもガドウィンの変化に驚きを隠せないでいるようだ。だが、すぐに迫ってくる敵に集中するように顔が引き締める。


 距離が近づくとガドウィンは大剣を縦に振り上げた。すると、刃から炎の斬撃が放たれ、地面を這うように炎が立ち上がりながらラウオとミュラーを襲う。物凄い速さで迫ってくる炎の斬撃を、ラウオとミュラーは左右に分かれるように転がりながら避けた。

 狙い通りに分かれた相手を追いかけるように、ラウオにガドウィンが、ミュラーにエナが向かっていく。


「面白い武器を使うな!」


 ガドウィンが振り下ろしてくる大剣を後ろに飛んで躱したラウオが、そう声をかける。


「今なら切り傷に加え、火傷のおまけ付きだ」


「それは是非とも勘弁願いたい……なっ!」

 

 軽口を叩き合いながら大剣を振るうガドウィンと、必死に避けるラウオ。

 ミュラーのおかげで身体能力は上がっているものの、高熱を放っているガドウィンの大剣を受けて防ぐ事は極力避けたい。その為、刃に触れぬよう躱す事しかしていなかった。

 次々と繰り出される刃を紙一重で躱し続けるラウオは、攻撃へと転じる隙を窺っている。大剣という武器はその大きさと重量から振るう動作にどうしても隙ができてしまう。だが、ガドウィンはまるで片手剣を扱うかのように軽々と操っている。自身の身体の一部であるかのように振るう事に、ラウオは内心で賞賛の言葉を投げかけていた。


 『しかし、それでも避ける事が出来ている』


 躱すことしか出来ていないが、言い方を変えれば躱し続けられている、とラウオは考えを切り替える。

 大剣の変化により殺傷能力は向上したが、振るう速度が上がったわけではない。その分、ミュラーからの援護を得ているラウオの方が、ガドウィンより速度の面で上回っている。

 このまま避け続け、いずれ訪れるであろう好機を待つのがラウオの心算だった。



 ガドウィンとラウオの一進一退の攻防が続く中、エナとミュラーもまた激しい戦いを見せていた。

 ミュラーが距離を図りつつ魔法でエナを攻め立てる事は変わっていないが、先程とは違いエナが避けるしか出来ないでいるのではなく、ミュラーが魔法を当てられないでいる。

 傍から見た状況は変わらないだろうが、当人たちからすれば精神的な負担が大きく違ってくる。逃げ惑うエナをジリジリと追い詰めるように魔法を放っているのでなく。そこに来ることが分かっているかのように驚異的な速度で縦横無尽に動き回りながら、相手を嘲笑うかのように避け続けられる事にミュラーの苛立ちは募るばかりだ。効果範囲の広い中級魔法を使えば足を止める事が出来るだろうが、エナの速度を考えれば詠唱中に接近されてしまう恐れがある。だからこそ、無詠唱で連発できる初級魔法を使うしかない。魔力量には自信のあるミュラーだが、初級魔法を続けざまで行使して全く平気な訳もなく、徐々に動きが鈍くなってきていた。

 それに比べると、エナの動きは悪くなるどころか先程よりも良くなっているとさえ感じさせる。身体的に大きな変化はないのだが、ミュラーの戦いに慣れてきたことで戦闘の立ち回り方が巧みになっているのだ。

 それこそがエナの言う、“勘”であった。

 類まれな戦闘センスを持つエナは、相手を理解する事が早い。それは注意深く相手を観察し続ける、眼の良さにある。相手の一挙手一投足を逃さず、癖や動作の僅かな違いを見極める事で、相手の行動を先読みする事が出来るのだ。

 しかし残念な事に、それを“勘”として片付けてしまっているのは、エナ自身がその事を理解していないからである。

 『あっ、今度は【ファイアーボール】を使ってくるかも?』と、ミュラーの行動を読んではいるのだが、何故【ファイアーボール】を使うと読めたのかが自分自身でも分からない。エナからすれば、『なんとなくそんな気がして、結果的に当たっただけ』と納得してしまう為、“勘”になってしまうのだ。


 ――そして、そのエナの勘が攻撃へと転じる好機を告げてくる。


 すぐさまエナはミュラーとの距離を縮めるように動きを変える。あらゆる魔法を避けながら、今までとは違いミュラーへと近づくような避け方をしていた。その事にミュラーも気付いているが、後退するばかりでエナの進撃を止めることは出来ない。ジワジワと距離を縮められ、とうとうあと数メートルの距離まで接近を許してしまった。


「くそっ!」


 もう一度攻撃魔法を使えば、懐まで忍び込まれてしまう。そう判断したミュラーは悪態をつくと、身を守るために【プロテクション】を張ろうとした。


「は……?」


 ミュラーがエナが迫ってくる前方へ【プロテクション】を発動したとか思うと、今まで眼前に迫っていたエナの姿が消える。

 突然敵が姿を消したことに、素っ頓狂な声を上げたミュラーの耳元にエナの声が届いた。


「おやすみ」


 いつの間にか背後に回っていたエナがそう言うと、ミュラーの首筋に手刀を叩き込む。

 振り返って姿を捉えることさえ出来なかったミュラーは、エナの声を聞いて、手刀を叩き込まれる寸前で自分が背後を取られていた事を理解した。しかし、理解した瞬間に襲ってきた首への強烈な衝撃によって、必死に保ってきた意識を手放したのだった。




「い、今のは……?」


 エナがミュラーを気絶させた光景を、マノリは呆然とした表情で見つめていた。


「確かに一瞬で背後に回っていましたが、見失うほどだったのでしょうか……?」


 そう疑問を口にするシンリアスに賛同するように、マノリが首を縦に振る。

 実際に超人的な速さでエナはミュラーの背後へと回っていた、それこそ1秒も掛かっていなかっただろう。しかし、ミュラーはそれまでにその速度に対応して、逃げまわるエナへと攻撃を仕掛けていた。一瞬でその場から消えるように10メートル近く移動するエナを見失うことなく、正確に魔法を放ち続けていたのだ。

 それなのにも関わらず、最後の一瞬だけエナを見失ってしまい、背後を取られていた事に気付く事なく気絶させられてしまった。


「おそらく、“まばたき”ですね」


 そう、確信めいた言い方で、エリスと並ぶようにふたりが座る椅子の後ろで控えているソリウスが疑問に答えた。

 その声に導かれるように仲良く振り返ったふたりは、不思議そうな表情でソリウスに顔を向ける。

 そして、首を傾げたマノリが説明を求めるようにソリウスが発した単語を繰り返した。


「まばたき?」


「はい。ミュラー殿が無意識的に目を閉じる瞬間、“まばたき”をする瞬間で背後に回り込んだのです。

 ここで見ている我々にも、僅かに目で追える程度には見えていましたが、瞼を閉じていたミュラー殿からすれば、消えたように感じたでしょう」


 仲の良いふたりの様子を微笑ましそうにしながら、ソリウスがエナの行動を説明する。

 その言葉に、マノリとシンリアスは驚愕の表情を浮かべた。マノリはゆっくりと会場へと視線を戻すと、ガドウィンと息の合った連携でラウオを攻め立てるエナの姿を見つめる。その隣でシンリアスは、ソリウスに更に質問を投げかけた。


「そ、そんな事が可能なのですか……?」


「普通は不可能です。エナ殿の異常な速度と、異常な動体視力の良さによる賜物です」


 シンリアスの問いに、ソリウスは首を振って答える。

 エナの強さには尊敬もするが、呆れもする。あまりにも自身との間に能力の差があり、その事に対して嫉妬心すら湧いてこない。自身がどんなに努力しても辿り着けない場所に、この大会に出場している者達は立っているのだろう。

 そう思わせる程の戦いぶりであった。


「なんだか、わたくし達が考える“動体視力の良さ”という枠からはみ出している気がします……」


 シンリアスもエナの次元の違う戦い方に、戸惑い呆れるようにため息をついた。そして、解説を施してくれたソリウスに礼を言うと、マノリと同様に会場へと向き直る。

 そこには、ラウオが片膝をついてガドウィンに刃を首元に添えられている光景があった。


「そこまでっ!

 勝者、ガドウィン、エナ両選手!」


 審判から勝利者の名が告げられると、観客席から一斉に歓声が上がる。

 マノリ達も拍手で、素晴らしい試合を繰り広げてくれた選手たちを讃えた。

 ラウオはガドウィンとエナのふたりと握手を交わし、気絶し倒れているミュラーへと向かっていく。ガドウィンが試合が終わった事で、安堵したように息を吐くと横から感極まった様子のエナが抱きついた。突然抱きつかれた事に動揺しているようだが、全身で喜びを表しているエナの姿に毒抜かれたのか微笑みながらされるがままになっている。


「ぐぬぬ……! 早く離れなさいよ!」


 ガドウィンに自分以外の女性が抱きついていることに、マノリは怒りの表情で歯ぎしりする。それを愉快そうにエリスが眺めており、その隣でソリウスがため息を吐いて呆れていた。

 シンリアスもマノリのそんな姿を微笑ましそうに見つめながら、次に出てくる自身の専属護衛騎士であるリータの出番を心待ちにしていた。

戦闘シーンは書いていて楽しいです。

ですが、もっと爽快感のある戦闘シーンが書きたいです。

早く主人公が無双する戦闘を書きたい……

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