種族対抗闘技大会2
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「明日、ですね……」
複雑な表情を浮かべたシンリアスが、誰に言う訳でもなく呟いた。
言葉に出したのだから誰かに向けての、今この場で食後の休息を取っている私達3人に向けたものなのだろうが、いかんせん声量が小さ過ぎた為、比較的シンリアスに近い場所に座っていた私にしか届かなかったようだ。
シンリアスの言葉であればいち早く反応を示すであろうマノリは、澄ました表情で紅茶をすすっており、リータは部屋の隅に置いてあるソファーで満腹感から眠気が襲ってきているのか瞼を重たそうにしながら横たわっている。
各々が独自に休息を楽しんでいる為、もう少し声量を大きくしなければ全員には届かない。なので、シンリアスの言葉に反応を返す者は居なかった。
だが、聞こえてしまった私は何とも言えない使命感に苛まれてしまっている。
このまま無視を決め込んでもよいのだが、もし誰かが拾うことを期待して発した言葉だとすれば、何か反応を返す必要を思わせる。言葉の内容から読み取れば、確実に明日開かれる闘技大会の事であろうが、それについてはさんざん今までにもこういった場で話題として上がってきた。今更、改めて話すような事もないのだが、シンリアスの複雑そうな表情が気に掛かかる。
前代未聞の特殊な大会である為、それに対して王族としての責任から心労を抱えているのであろう。
しかし、開催の主導はあくまでもエブングランド教会だ。開催国であるからといって、他国と立場はほぼ変わらない。大会を開くのに都合のよい闘技場という建物が、たまたま王国にあっただけのことだ。大会が滞りなく進行するかどうかなど、シンリアスが気に病む必要ない筈だが……。
「何か、気になることでもあるのか?」
だいぶ返事が遅くなってしまったが、また要らぬ気苦労を背負い込もうとしているのであれば、それを和らげてやろうと、空を彷徨っていた言葉を拾ってやる。
ゆっくりと顔を動かしながら問いかけると、シンリアスは意表を突かれた表情をこちらに向けてきた。
「声に……出していましたか?」
「あぁ、蚊の鳴くような声量だったがな」
「そ、そうですか……」
そう言うと、頬を染めて俯いてしまう。
どうやら反応を見る限り、心の中で呟いたはずが思わず声に出てしまっただけの独り言だったようだ。思いもよらず私に拾われてしまい、羞恥心を抱かせてしまったらしい。
こうなると、こちらも気まずい。やはり拾わなければよかったか、と後悔しているとシンリアスが恥ずかしさを押し殺した表情で顔を上げる。
「あ、明日の闘技大会……ガドウィン様はどのようにお考えですか?」
「どう、と言われてもな……」
少し言葉を詰まらせながら問いかけてきたざっくりとした内容の質問に考え込む。
教会が提案してきた事だ。なにか裏があることは間違いないだろう。勘ぐるような簡単な推測だけならいくらでも立てられる。
そう思いながら視線を彷徨わせ答えを考えていると、私とシンリアスが話を始めたことで休息を楽しんでいたリータとマノリも暇つぶしがてら耳を傾けているのに気がついた。だが、口を挟むことをしてこないので、私がどう答えるか気になっているのだろう。
しかし、期待されたところで意外性のある答えを返せるわけでもない。3人からの注目が心なしか期待感を含ませたものに見えてしまい、居心地の悪い思いをしながらも頭に浮かんだことを素直に言う。
「建前としては、軍の士気を高める為の催し事。
その為、一般の観客よりも優先して兵士達が観戦できるよう、便宜を図っているようだしな」
トイノが言っていたように、あくまでも今回の大会は兵士達の士気を高める為に実施されるものだ。
手に汗握る強者同士の戦闘を観せ、兵士達を決起させる。試合を観戦した後に抱くであろう高揚感を訓練、戦争へと向けさせる算段であろう。
「建前……ですか?」
シンリアスは何かを確認するかのように、そう聞いてくる。
「建前であろうな……。
3種族の中で、一番優れている種族を決める大会。もしくは、戦争で龍族の王と戦闘をする際に役立ちそうな強者の選定。あとは、教会が各国の最大戦力を把握する為の情報公開の場」
取り敢えず、考えられる事を羅列するように述べる。教会側が何を考えているのか正確なところは判断が付かないが、少し考えればこれぐらいの推測は立てられる。
3種族でどの種族が優れているかを決めるといっても、闘技大会であるのだから単純な個人の戦闘力になってしまうが、それでも自分達の種族が優勝したとなれば力を示すことが出来る。優れた種であることを他種族に認識させ証明出来るだろう。それによって、意識的に大会で優勝した種族が優秀であると他種族に植えつけ、脅威な存在とさせる。今はまだ良い、脅威を感じさせる存在である龍族という共通の敵が存在しているのだから。
しかし、もし龍族の脅威が去ったとすれば、次に恐怖の対象となるのは大会で優勝した種族だ。その種族が馬鹿な野心に駆られ、大陸を占領するのではないかと他種族は疑問と不安を抱く。表立っては良好な同盟関係を結ぶことが出来るだろうが、問題なく友好を保っていたとしても脅威であることは変わらない。
となれば、その対処法として残った2種族が秘密裏に同盟を組む可能性が高い。3種族間で問題なく共存できていれば有事の際の保険であるとして口約束のようなもので済むだろうが、今回のように教会が絡んでくれば第2の龍族となる可能性もある。
それ以外に、戦争までに教会側が得たい情報は各種族の強者の正確な戦闘能力であるとして、自分達の駒と成りえるのか、または脅威となるのか、事前に見定め戦力を把握しておきたいと考える筈だ。だが、脅威となるような存在が出てくるとは考えていないだろう。あくまでも、戦争で役に立ちそうな強者を見定めるのが目的。
もちろん、駒に成りえると判断されたからといって、パシクルゥを相手に善戦するような者を期待している訳ではないだろう。一瞬でも盾として機能するかどうか、そんな小さな価値しか求めていない。
パシクルゥの力はこの大陸の者達にとってそれほど強大なものであり、本来であれば不干渉を貫くべき存在だ。捨て駒であっても、各種族で一番の実力者にしかなれないのだからな。
「いずれかが正解……ではなく、全て正解なのでしょうね……」
私の答えに頷いたシンリアスは、憂うようにため息を吐いた。
「だろうな、教会がどこまで考えてこの大会を提案してきたかは分からないが、兵士の士気向上だけではないのは確かだ」
シンリアスも同じような推測を立てていたのだろう。だからこそ何もしていない時間に、ふと闘技大会の事が気になってしまい無意識の声が漏れてしまうほど考え込んでいるのだろう。
だが、シンリアスがそこまで頭が回っているのであれば、私が今回の事に頭を悩ませる必要はない。薄情な気がしないでもないが、未来の心配などひとまずは龍族との戦争まででよい。それ以上先の戦争が終わってからの心配をしたからといって、戦争に負けてしまえば何もならないし、教会の脅威を撥ね退ける事が出来るわけではない。
「今は、流れに身を任せるしかない」
「……口惜しいですが、その通りです」
他人事のようにそう言うと、シンリアスが苦い表情浮かべて返してくる。そして、そのままこちらに顔を向けてきたと思うと、憎らしげに睨んできた。
「何故、睨む?」
「恨めしいからです」
恨めしい……ただの八つ当たりだな。
他人事で片付けられる私と、王族という立場のシンリアスでは物事への責任が違う。だからこそ、厄介な問題を丸投げできる事が恨めしく、羨ましいのだろう。
まぁ、シンリアスの立場上、羨ましいなどと口が裂けても言えないだろうがな。
肩を竦めてシンリアスの視線から逃れると、ソファーで横になっていたリータが勢い良く立ち上がる。
「こらっー! ガウィを睨むな!」
「はいはい……リータは相変わらずね」
リータの反応を受けて、シンリアスはすぐに表情を戻す。小さくため息を吐いて、ティーカップを手に取るが、冷めてしまっていることに気づいたのか口に持っていくのを止め、新しく紅茶を淹れるため立ち上がる。
シンリアスは簡単に流したが、マノリはリータの横やりな言葉が気になったようで呆れた表情をしている。
「睨むぐらい、いいじゃないですか」
「ダメ! だって、ガウィは何も悪くない!」
「それは、そうですが……」
マノリの言葉にムッとした表情で返したリータ。
マノリもそれ以上は無駄だと思ったのか多く突っ込む事はせず、自分もシンリアスに倣って紅茶をおかわりしようとカップを持って腰を浮かせる。
「いいのよ、マノリ。
リータはわたくしとガドウィン様が、ふたりだけで話していたのが面白くなくて口を挟んできただけなのだから」
ゆっくりとカップへ紅茶を注ぎながら、シンリアスはマノリを宥めた。
「あぁ……そういう事だったのですか、なるほど」
シンリアスの横で順番を待っていたマノリが納得した表情で大きく頷く。そして、ふたりで顔を見合わせると、示し合わせていたかのように小さく笑い合った。
「ち、ちがっ……!」
シンリアスの推測通りだったのか、頬を染めてわかりやすく動揺した様子を見せるリータが抗議の声を上げるが、申し訳程度の否定の言葉を上げただけで口篭ってしまう。そして、憎らしげに面白がって誂い遊ぶふたりを睨み、悔しそうにうめき声を上げていた。
そのリータの姿に満足したのか、シンリアスは笑顔を浮かべながら席に戻ってきてカップを置くと、こちら側に視線を配る。
「ガドウィン様も、おかわりなさいますか?」
空になっている私のカップを目ざとく見付け、尋ねるように首を傾げながら手を差し出してくる。
しかし、その申し出を首を振りながら断った。
「いや、明日に備えてもう眠ろうと思う」
「そうですか……。余計なお世話だとは思いますが、無理は為さらぬように」
「心得ている。それに、出来る以上の事は出来んさ」
立ち上がりながらそう答えると、シンリアスは安心した様子で頷く。
シンリアスもそうだが、今回の大会で人間族代表の私達に対しての期待は薄い。マノリのように面白半分で期待を寄せるような者も居るが、大方の者はエルフか獣人のどちらかが優勝すると考えているようだ。
それもそのはず、圧倒的な魔力を保有するエルフと、驚異的な身体能力を有する獣人。この2種族は人間族から化け物扱いされている種族だ。【人間】である以上、この2種族には勝てない、そう思っている者が大部分を占めている。私やリータも人間の枠に収まらない程の化け物だが、あくまでも人間。エルフと獣人が先天的に保有する種族的な特長と比べてしまえば、著しく見劣りしてしまうのだ。
そういった理由で今回の大会は、人間族がどこまでエルフ・獣人族と戦えるのか、という事も焦点になっている。勝てはしないだろうが、どの程度戦えるのか。そんな風に思われているのが、私達人間族代表が置かれている立場だ。
だからこそ、そう思われている事に腹を立ててると思った為、シンリアスは無理をしないようにと声を掛けてきたのだろう。特別枠で参加する2人は、そういった風評に腹を立てるだろうが、私とリータがそんな事で怒りを感じるはずがない。現に、私とリータが居なければ、多少善戦する程度で勝てはしないだろうからな。
そんなことを考えながらシンリアスと軽く話を交わしていると、いつの間にやら動揺から立ち直っていたリータが私の側まで寄ってきた。
「ガウィ……私は明日、本気で行くよ」
真剣な表情で言うリータの目には力強い意志が感じられる。初めてリータと出会った時の表情に近い、鋭く闘志を含ませた視線だ。
「……それは面白いな」
リータの言葉と視線を受けて、思わず笑みがこぼれる。
言葉通り、持てる力を全てを出し切った本気で来るような事は無いだろう。
だが、私との対戦になればそれなりに力を解放するという意思表示だ。おそらくそうなれば、他の参加者とは一段違った実力を見せつけることになる。
ギリギリで許容範囲内に収める程度。そこまで実力を出すと宣言すると同時に、私の許可を取るために敢えてこういった言い方をしたようだ。
リータの真剣な表情を黙ったまま見つめ、何も言うこと無く視線を外す。そして、普段とは違った私達の様子に戸惑った様子で狼狽えているシンリアスに向き直った。
「先の言葉は撤回だ。少々、無理をするかもしれん」
「えっ……?」
状況に付いていけないのか、驚いた表情で私を見つめたまま固まってしまったシンリアスを尻目に、部屋を出るため扉へと向かう。
「楽しみにしているぞ、リータ」
お前の好きにして良いという意味も込めて、すれ違いざまに声をかける。
表情を崩して嬉しそうに頷いたリータに微笑み返すと、そのまま寝室へと向かった。
※
5年に一度開催される闘技大会。
毎回、王都が沸き立つほどの賑わいを見せるその催しを、心待ちにする国民は少なくない。5年に一度という間隔が長すぎると、訴え続ける熱狂的なファンも多く存在しており、3年に一度または毎年開催するようにと望む声が国へと多く寄せられている。闘技大会自体は短い期間で行われながらも、開催される前後一週間は遠方から王都へと集まる人々や物資によって商業が活性化し、莫大な経済効果を生み出している。
しかし、生み出されるのは金だけではない。闘技大会で優勝した者は王国一の実力者として名を上げる。3大会連続優勝を果たした、王国の勇者と謳われるクラウディウスも、元は闘技大会で優勝したことでその名声を得た。一介の冒険者からたちまち勇者へとなったクラウディウスは、若い冒険者達にとって憧れであり、いずれは自身もという夢を抱かせる存在である。実力さえ伴えば、誰でも勇者や騎士になることができ、名を上げたい者達からすれば登竜門とも言うべき大会だ。だからこそ多くの者達が、5年に一度という間隔を焦れったく感じ、国へと懇願を続けている。
しかし、国側からすれば間隔を狭められない理由がある。それは、治安の問題だ。
闘技大会とは人間同士の殺し合い。血気盛んな者達、他人を蹴落として上へと登っていく強い意志を持った者達が集まる場所だ。その者達にあてられ、国民たちも大いに興奮し熱狂する。闘技大会中は興奮冷めやらぬ者達が暴力沙汰を起こすことも少なくなく、犯罪者が最も多く生まれる行事でもある。
その為、道徳や倫理観からより厳重なルール作りや闘技大会自体を廃止するようにとの声が上がっている事もまた事実であった。
2つの相反する意見を汲み取った結果、5年に一度という長い間隔を設けた催しとなっている。
なので、今回開催される種族対抗闘技大会は、闘技大会を心待ちにする者にとっては朗報だ。
あと1年待たなければならなかった闘技大会が、今年開催される。名を上げたい者達にとっては眉唾ものだが、対戦相手が相手なだけに尻込みする者が殆どで、純粋に観客として楽しむ方へと気持ちが流れていったようだ。
今回の大会は来年開戦される龍族との戦争に備えた、兵士の士気向上を目的とした大会。
その為、会場には多くの兵士が見受けられ、観客たちもその光景に異様な緊張感を覚えているようで、素直に盛り上がるといった態度が取れないでいる。兵士達も、素直に闘技大会を楽しんで良いのか、軍の行事として規律を守った態度を取らなければならないのかといった葛藤により、困惑した表情を浮かべている者が多い。
その中で大きく態度が変わらないのが、特別席で観覧している上流階級の者達。前代未聞の闘技大会ということもあり、王国でも地位の高い貴族達が多く顔を揃えている。それだけ注目度の高い大会であり、会場には観客たちでさえも緊張感漂うピリピリとした雰囲気になっている。
物静かな闘技場。
大きく騒ぐ者の居ない静まった会場の光景は、異例とは言え闘技大会が開催される状況ではありえない光景であった。
――そこへ、鉄格子の上がる大きな音が鳴り響いた。
自然に会場に居る者達は音の鳴る場所へと視線を集める。
そこから出てくるのは、今回の大会の出場者達。
大会の運営者である男を先頭に、人間族代表であるガドウィンとリータ、エルフ族代表のジェシカとミュラー、獣人族代表のラウオとエナと入場し、最後に特別枠で出場することが決まったセグとヴィムスの順番で次々に会場へと姿を現した。
それによって、物静かであった会場が嘘であったかのように歓声が上がる。一般人も兵士も関係なく叫ぶようにして声を出した。反射的に出てしまった歓声であったようだが、気づけば周りも同じ反応をしている。そうなれば、自分の今の反応は間違いでないのだと自信が出る。となれば、自重すること無く叫び続ける。
そうして歓声は次第に大きくなっていき、参加者が会場の中央に集まる頃には怒号のような歓声が飛び交うまでになっていた。
「これより、第一回種族対抗闘技大会を開催致します!」
参加者を先導してきた男が魔法によって強化された声量をもって、闘技場全体に響き渡る声で開会を宣言した。
それによって、またも凄まじい歓声が沸き起こる。立ち上がって両手を突き上げる者達まで出始めており、様々な葛藤を振り払い今の状況を楽しもうという吹っ切れた様子で声を上げている。
そんな観客の姿を見て満足げに頷いた運営の男は、入場してくる際に抱えていた上に穴の空いた四角い箱を持ち上げる。
「本日行われる一回戦。
参加者の皆様にはこの箱からくじを引いていただき、同じ番号の参加者の方とペア組んでいただきます。
一回戦は、2対2のタッグマッチとなっております!」
男の説明に、会場からはどよめきの声が上がった。
それは参加者達も同じ気持だったようで、困惑の表情を浮かべている。勝手知ったる相手とのタッグであれば問題ないが、そうでなければ互いに力が存分に出せず、最悪足の引っ張り合いになってしまう。それに、タッグを組ませるなら種族ごとで分ければ良いのではないか。
そんな疑問を抱く参加者をよそに、男は参加者の前へ行きくじを引くよう促した。会場に入ってきた順番で、人間族代表であるガドウィンから次々にくじを引いていく。
男は全員が引き終わったのを確認すると、くじに書かれた番号を確認するよう言い、参加者が引いたくじを確認していく。
「それでは、1の番号を引いた方は前へ」
男がそう言うと、人間族からガドウィンが、獣人族からエナが前へと進み出る。
促されるままに男が提示する場所へと移動して、2人が隣り合った。互いにタッグの相手を確認するように顔を合わせると、エナがガドウィンに向けて笑顔で声を掛けて手を差し出す。一組目ということもあり固唾を呑んで2人を眺めていた観客にも、それが『よろしく』と言っているのが聞こえなくても分かった。
それに対して、ガドウィンは応えるように微笑むと差し出された手を握る。
そんな2人の光景に会場から拍手が起こる。
そして観客たちは、今回の大会がこういった他種族との交流を目的とした大会であるのだと悟った。今でこそ急に交流を始めた種族だ、観客はほぼ全てが人間であり、他種族といえば各国の代表の護衛として付いて来た少人数だけである。
しかし、これから更に他種族との交流が進めば、この会場に人間以外の種族も観客として訪れるようになるかもしれない。小さな一歩であるが、まずは闘技大会を利用して他の種族同士が手を取り合い、共に戦う姿を見せたかったのではないか。それによって、少しずつ閉鎖する人々の心を開いていき、友好を築き上げさせていこうとしているのではないか。
そんな大会の意図を推測した観客は、談笑するガドウィンとエナの姿に注目している。積極的に話し掛けているエナに対して、穏やかな表情で質問に答えるかのように時々頭を動かしながら受け答えするガドウィン。
そんな2人の姿は、他種族という壁を一切感じさせない。だからこそ、観客に強い印象を抱かせた。
だがこれは、物怖じしない好奇心旺盛なエナと、獣人に対して全く恐怖を抱いていないガドウィンであったからこそ可能だったこと。2人の意志とは関係なく、予期せずに感銘を受けさせる光景を観客に見せていた。
ガドウィンとエナが呼ばれたあとも、次々にタッグの相手が決まっていく。
2の番号を引いたのは、エルフ族のミュラーと獣人族のラウオ。3の番号を引いたのは、人間族のリータとエルフ族のジェシカ。そして、4の番号を引いたのは特別枠で選ばれた、人間族のセグとヴィムス。なんの因果か、ここでも2人が選ばれてしまった。
「これより1時間後に最初の試合、ガドウィン・エナ選手対ミュラー・ラウオ選手の対戦を開始します。
それまでは選手控室にて、互いに情報交換や戦術の組み立てを行ってください。試合が始まりますまでは、皆様にはこちらが用意したショーをお楽しみいただきます。
それでは、存分に闘技大会をお楽しみください!」
男がそう締めくくると、参加者達はタッグ相手と交流を図りながら選手控室に戻っていく。
そんな参加者と送るように、会場からは拍手が沸き起こっており、兵士からリータへの声援やセグへの激励が飛び交っていた。
各選手が案内に従い控室に入ると、それぞれ一定の間隔を持って決まったタッグ相手と言葉を交わしている。
ミュラーとラウオは真剣な表情でお互いの情報を交換し合っており、試合に向けて出来る限りの準備をしていこうとする心構えが窺えてくる。
そんな真面目な2人とは真逆に、のんびりとした様子を見せているのがリータとジェシカだ。暇そうな表情のリータと、相変わらず無表情なジェシカ。時間を潰すように時折簡単に言葉を交わすだけで、試合に向けて準備しているといった様子には全く見えず、気心知れた仲の友人が雑談しているようにしか見えない。
そして、運命的に選ばれてしまったセグとヴィムスは、なにやら落ち込んだ様子で沈んでいるセグを苦笑いで慰めるヴィムスといった構図になっている。セグとしては、リータとペアになりたかったのだがそれが叶わず、あまつさえリータと対戦することになってしまい不幸のどん底にいるような表情で呻いていた。会場に居る同僚からも、「リータ様にボコボコにされろ!」、「リータ様に怪我でもさせたらどうなるか分かってんだろうな!?」といった、脅迫じみた辛辣な激励が飛んできていた。その反応からも分かるように、リータは異様に騎士や兵士達から人気があるのだ。だからこそ、他を出し抜いてリータとペアになれればと淡い期待を抱いたが叶うことはなく、それに加え対戦することになってしまった。なまじリータの実力を知っているからこそ、闘志も失せてしまいこんな姿を晒しているのだ。
そんなセグの相棒となるヴィムスは、その様子を慰めるだけで叱咤することはない。それはヴィムス自身も、この大会で勝利をあげられるとは初めから思っていないからだ。化け物じみた強さを持つ相手ばかりなのだから、それも仕方がない。最初から出場することに乗り気ではなかった。
では何故参加したかというと、全くと言っていいほど特別枠で出場したがる者が居ないために、ギルドの仕事として報奨付きで国から依頼が出されたのだ。その報奨の為に参加したのであって、大会の結果にそれほど執着が無い。だからこそ、相棒がやる気が消え失せていようと気にならなかった。
最後に、一番最初にタッグとして決まったガドウィンとエナは、遠目から見ると仲睦まじく話をしている。それこそ、リータとジェシカが不機嫌そうに様子を覗ってしまう程に。
しかし、見た目とは裏腹に話している内容は試合に向けてのものだ。
「じゃぁ、ガドウィンは前衛なんだ?」
ガドウィンに幾つか質問をすると、エナが確認するように問う。
「そうだな、多少は魔法が使えるが微々たるものだ」
ガドウィンは頷きつつ補足を加えて、肯定を示した。
「あたしもそうなんだよね。速さと身のこなしで撹乱しながら戦う感じ。なんていうか、押せ押せタイプな組み合わせになっちゃったね」
くじ引きにより決まった運頼みの組み合わせであるため、得意とする戦闘スタイルが偏ってしまうのは仕方ない。しかし、ガドウィンとエナが対戦する相手は、ミュラーとラウオ。魔法の達人であるエルフ族に、近距離戦闘の達人である獣人族の組み合わせ、まず間違いなくこの組が優勝候補であると考えられているだろう。
「なら、その特徴を活かして早々に試合を決めてしまおう。
お前は小細工などは苦手そうだからな、力で押すほうが得意であろう?」
「失礼だなー、人を攻撃馬鹿みたいに!
……まぁ、その通りなんだけどさ」
ブスッとした表情でガドウィンの言葉に反論したが、すぐに諦めた表情になって渋々と頷く。簡単に自分の性格を見破られてしまったのが面白くなく、不機嫌な気持ちを表した表情を隠すことなくガドウィンへと向けた。
「そう怒るな、別に馬鹿にした訳ではない。確認を取っただけだ。」
「よく言うよ……。
それで、どうするの? 気の弱そうな顔してるけど、兄さんは強いよ。あたしよりもね」
肩を竦めて言い逃れするように答えるガドウィンに、エナは胡散臭そうにしながらも試合の進め方を問いかける。
対戦相手が兄であることから、ラウオの情報はふんだんに持ち合わせている。実力的な強さは勿論だが、頭も切れるため状況判断に優れている。勘とセンスに頼って戦うエナよりも、冷静な判断力で戦闘をするラウオは地味でありながらも非常に戦いづらい相手だ。
ただ頭が切れる程度なら問題ない。相手が補足できない動きで勝負を決めてしまえばいい。どんなに相手にこちらの情報が漏れていようと、圧倒的な実力差の前では何も出来はしない。
しかし、厄介なのはエナと純粋な戦闘力も互角以上であること。だからこそ、はっきりと自身よりも強いと断言している。
「そうか……では、お前が弱いことを期待するしかないな」
「これでも獣人族の中じゃ、兄さんと【最強の兄妹】って云われてる。
サイクロプス程度なら、1人でも朝飯前だから!」
得意げな表情で自慢気に答えるエナは、片目だけを開いてガドウィンの反応を覗うように見ている。
「……なるほど、それは恐ろしい。
これはもう、負け戦だな」
澄まし顔でガドウィンがそう言うと、エナはがくっと崩れた。
「ちょ、ちょっと! 諦めないでよ!」
エナはズイッと顔を寄せると、ガドウィンに食い掛かる。
最初から負ける事を予想して試合に挑むなど許さない。エナからは、そういった気持ちが強く伝わってくる。
だが、そんなエナの様子など全く気にしていないリータとジェシカは、ガドウィンに必要以上に顔を近づけたエナに対して更に不機嫌さを増した。リータは色濃く表情にそれが出ており、ジェシカは無表情ながらも怒っている事が容易に感じ取れる雰囲気を纏っている。
そんなふたりの様子を知ってか知らずか、ガドウィンはエナに離れるよう促すと怒りを鎮めるように宥める。
「落ち着け。別に負けようなどとは思っていない」
「だって、負け戦だって!」
「話を聞いた限りでは、だ。
だから、勝つ為の方法を取る必要がある」
「おぉ……!
それで? その作戦って!?」
「それを今から考える」
「あっ、そう……」
上げて落とされたエナは、脱力した様子で肩を落とした。
しかし、落ち込んでなどいられないといった表情で気合を入れるように頷くと、真剣な表情でガドウィンと意見を交換していく。
しばらく経つと、控室のドアがノックされ運営の男が入ってくる。
まもなく第一試合が始まるということで、ガドウィンとエナ、ミュラーとラウオは入場門付近まで来るよう促された。その言葉に従い、4人は立ち上がって案内役となる男の後に続いていく。
退出する際に、ガドウィンはリータに視線を配ると、軽く頷いた。それに応えるようにリータも頷き返して、ガドウィンを見送る。そして、4人が部屋を出て行ったのを確認するとジェシカに小さく耳打ちした。
『この試合は勝つ』
エナからの情報を聞き出して、最終的にガドウィンが下した判断だ。その合図であり、リータとジェシカも勝ち上がってくるようにとの指示である。
「まっ、私達の方は楽勝だろうけどね」
セグとヴィムスに軽く視線を向けたリータがそう言うと、ジェシカも賛同するように頷き返す。ガドウィンの状況とは違い、いつも通りの手加減で勝ててしまう相手だ。さっさと試合を決めてしまっても不審に思われる事もない。
リータとジェシカの気持ちは、すでに明日の試合へと向けられていた。




