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三国同盟1

 王国会議から5日後。

 再び王城で執り行われた円卓会議にて、本格的に龍族との敵対が決定した。

 

 王国会議が実施された翌日には、国民にも会議の内容が公示されたことによって、龍族との敵対が明確になる。しかし、現状ではさほど大きな動揺や混乱は起こっていない。

 龍族と敵対すると言っても、元々友好関係は皆無であり、単にその状態を維持するだけだと思っている国民が殆どで、どちらかと言えばエルフ・獣人族との同盟が結ばれるいう事の方で不安が広がっている。今まで全くと言っていい程、互いに不干渉を決めていた種族が、突然友好関係を持てと言われ、はいそうですかと、すんなり受け入れられる筈もない。個体としては龍族には及ばないものの、人間から見ればいずれも強い力を持った種族だ。その事に、抵抗を示す国民も少なくない。

 しかしそれは、国民達が龍族との国家的敵対の本当の意味に気づいていないからだ。いずれは、戦争に発展する大きな問題であり、その為の同盟関係なのだが、どういう訳か国民に悟られる事がないように、わざと曖昧な表現での公示がされている。

 その事に気づいた国民も居るが、それは比較的少数であり、エルフ・獣人族との交流が活発になることに意識が向いてしまっている国民が大部分を占めている。

 それに拍車をかけているのが、近日中に3ヶ国協議が行われるという知らせもあったからだ。龍族との戦争に備え、人間・エルフ・獣人族の連携強化が急務となっており、教会の主導のもと、3ヶ国間での協議の場が設けられていた。


 場所は、エブングランド教会の総本山。

 領土として保有している訳ではないが、各国の暗黙の了解により、昔からその地は教会によって独占されている。

 各国が領土を分かつ中心部に位置しており、あるのは教会のみ。街などが存在するわけではなく、周りには高原が広がっている為、その地に赴く者は殆ど居ない。

 しかし、教会側も気軽にその地に足を踏み入れる事を殆ど許さない。理由などは不明だが、教会関係者であっても例外ではないようで、エトゥカンナとトイノ以外では、司教ですらおいそれと訪れることの出来ない場所となっているようだ。



 ――だが、今日はその地に、計10の影が存在していた。



「オレが獣人族、族長。グルテニラ・ゾフトだ」


 そう名乗ったのは、豪快なたてがみを生やし、鋭い牙を剥き出しにした、優に2メートルは越える大男である。


 纏っている布は、必要な部分を隠すだけの少量しかなく、身体のあちらこちらには獣毛が垣間見えているが、人間のような肌をしている部分も多く見受けられる。さほど人間の容姿と変わらない部分の方が目立つ為、人間たちの中には羞恥によって目を逸らす者も出てしまいそうな恰好だ。


 獣人族が統める地は、王国の西方に位置し、湿地帯や森が大部分を占めた土地である。デルダイ共和国と名付けられているが、国というには些か人口が少ない為、昔からの名残により獣人を纏め上げる王は、族長と呼ばれ親しまれている。

 獣人と一括りにしてはいるが、その姿形は様々であり、グルテニラの様な獅子に近い姿をしている者も居れば、鳥似た姿をした鳥人や、豹に似た姿をした者も多く存在している。その為、獣人族間でも更に細かく種族が存在するが、似ている形態同士で結託するような事はなく、同じ獣人族としての仲間意識が非常に強い為、特定の者に対して迫害が起きるといった事例は存在しない。

 それに、形態の似ている者同士でしか繁殖できないのかというと、そうではない。

 獣人同士が子を成す場合、母方の形態の子が生まれる。例えば、鳥に似た形態の男と、豹に似た形態の女が子を成せば、豹に似た形態の子が生まれるといった具合だ。

 その為、グルテニラは獅子であるが、前族長であったグルテニラの父は鳥人である。



「では、次はボクが。エルフ族次期国王、ティリ・クロス・タユノリスです。一応、次期国王ではありますが、当分は皇子ですので」


 容姿は人間と酷似しているが、エルフ族特有の尖った耳を持つ青年……というには幼い顔立ちをした少年が、にこやかな笑みを浮かべつつ名乗った。


 エルフ族が統める地は、王国の東方に位置している。

 領土の半分程は獣人族と似たように森で覆われているが、この大陸は中央部に平地が多く存在しており、そこは人間が領土として保有している。北側には山脈が聳え立った特殊な地形が存在しており、こちらは龍族の領土として保有している。全体の3分の1を森が占めているこの大陸で、必然的に他の種族は森で生活する事を余儀なくされてしまった。

 だが、エルフや獣人はどちらかと言うと、森での生活を好む傾向にある。その為、平地を占領する人間に侵略戦争を仕掛けるような事は無く、大きないざこざも起こっていない。それは龍族も同様で、王であるパシクルゥが住まう山に村落を構えており、無理に平地へと領土を伸ばすような事はしない。



「最後は、わたくしですね。サナトリア王国第3王女、シンリアス・バァル・サナトリアと申します」


 人間族代表であるシンリアスは、愛想の良い笑みを浮かべながら、ゆっくりと頭下げた。



 それぞれの代表の前には、円形の大きな机が置かれており、4人でそれを囲うように椅子に腰掛けている。そして、国の代表が座る後ろには各2名ずつ、護衛として選ばれた者達が立っていた。

 シンリアスの後ろにはガドウィンとリータ。ティリ皇子の後ろにはジェシカと、もうひとりエルフ族の男が立っており、グルテニラ族長の後ろには、豹型獣人の男女が控えている。



「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます」


 各国の代表以外に机を囲う、教会代表としてその場に参加したトイノは、静かに立ち上がって丁寧に一礼する。


「それでは、早速ではありますが、話を進めさせて頂きます」


 そう言うと、一枚の大きな紙をテーブルに広げる。

 それは、この大陸の地図になっているようで、事細かに地形や各国の首都、街などの位置が描かれていた。

 その地図の精密さに、代表たちは感嘆の声を漏らす。

 どの国に行ってもここまで精密に描かれた大陸の地図は存在しない。そもそも、自分達の領土としてる土地以外の地形など知る由もない為、初めて見る部分も多くあるようだ。

 大々的に国家間の交流が行われていないこの大陸では、他種族を自分達が住まう土地で見かけてしまえば、たちまち混乱が起こってしまう。その為、気軽に他国の領土へと足を踏み入れる事が出来ず、また凶悪な魔物が生息している事によって、未知なる地へと赴くという探究心を抱く者が少ないのだ。稀に、殻を破るように未だ到達していない地へと冒険に出る者が居るが、誰ひとりとして帰ってきた者は居ないと噂されている。

 そんな言い伝えがある事で、さらに未知の土地への探究心が奪われてしまっており、自分達が長年住み着いている大陸でありながら、未踏の地が多く存在していた。



「まずは、龍族の領土」


 そう言いながら、トイノは大陸の北側に位置する山脈地帯を指差す。


「ご覧頂いている通り、ほとんどが山脈地帯となっております。その為、ここへ侵攻を仕掛けるのは、些か困難であると想定致しました。ですので、戦場は……」


 指差していた龍族の領土である山脈から、少し下へ指をずらしていく。


「皆様にお集まり頂いたこの地より、やや東方に広がる高原を戦場に選びたいと考えております」


 トイノが指差す位置を確認した各国の代表は、不満はないと軽く頷いて肯定を示す。

 山脈地帯が戦場となってしまっては、地形的に不利な状況となってしまう。その事は、全員が想定していた事であり、出来るのであれば避けて通りたい。

 しかし、そんなに都合よく龍族がこちらの思惑通りに動くだろうか?


「どうやって、龍族をそこに誘き出す?」


 グルテニラが腕を組むと、トイノに視線をやり、この場に居る全員が考えたであろう疑問を投げかける。


「ご安心ください」


 その視線を、トイノは微笑みながら受ける。 


「龍族は誇り高き民族。こちらが真っ向から、正々堂々と宣戦布告を申し入れれば、臆する事なくこの地にやってくるでしょう」


 確信を持っているような物言いに、シンリアスは不思議そうな表情を向ける。


「何故、その様な事がわかるのですか?」


「龍族の王は、今回の戦争に意欲を見せております」


「えっ!?」


 驚きの声を上げたシンリアスと同様に、グルテニラとティリも驚愕の表情を見せている。


 龍族の王には、すでに戦争が起ころうとしている事が伝わっている。それは、教会側が龍族に使者を放ち、あらかじめ日時や場所を指定していた為だ。

 そう言い放った事に、代表である3人は呆然とした表情をさせた。


「そ、それは……いつから……?」


 絞り出すように声を出したティリは、動揺した様子で尋ねる。


「2ヶ月程前になります」


「に、2ヶ月前!?」


 トイノから出された答えにって、再び驚きの声が上がった。


 皆が考えていたよりも前の段階で、龍族に戦争の意を表明していたことに、代表達は更に同様の色を濃くする。

 2ヶ月前と言えば、まだ各国で龍族との戦争の話など持ち上がってすらいない時期であり、3ヶ国間で同盟が結ばれるなど考えてもいなかった時期だ。にも関わらず、教会は龍族に対して、事実上の宣戦布告を言い渡していた。

 どう考えても、早計としか思えない行動だろう。教会側としては、何か確信めいたものがあったのかもしれないが、代表たちからすれば寝耳に水だった。


「に、日時は!?」


 聞いていないぞと言った様子で、グルテニラが声を張り上げる。


「来年の春。今より、ちょうど1年後となります」


 その答えに、3人の顔には、少しだけだが安堵の表情が浮かんだ。


 最悪、数ヶ月後には戦争になるのではないかと想定していた。しかし、決して長い年月ではないが、1年間の猶予がある。その事に、僅かながらでも戦争に向けての準備を整えることが出来ると、焦っていた気持ちを鎮められたようだ。


「しかし、急な話だな……もし、龍族との戦争の話がこじれていれば、指定日に間に合わなかった可能性もあるぞ?」


 グルテニラが尤もな質問を返した。


 各国で龍族との戦争が持ち上がったのも突然であり、言ってしまえば教会の強引な先導により、結果的に3国が集う形となった。しかし、どこかの国で戦争の話が中々進まず、最悪指定日になっても3国が揃うことがなかった可能性も存在したのだ。


「その心配はしておりませんでした。それは――皆様が一番良く、理解しておられると思いますが?」


 どこか含みを持たせた言葉に、3人の表情は苦いものへと変わる。


 トイノの言った通り、それぞれの国が教会と手を組まずには居られない状況を作り出されていた。それは、いわゆる脅迫であることは間違いないのだが、教会の提案を突っぱねるような事をしてしまえば、国の存亡が危ぶまれる事態に発展してしまう可能性があった。それだけ、各国に対して教会の影響力が大きく働いており、教会と対立するよりは龍族との戦争を決行した方が良いと思わせる程の、根回しが行われていた。

 気づいた時にはすでに遅く、教会の思惑通りに動くことを悟っていてなお、回避することが出来ない状況になっている。



「申し訳ございません、話が逸れてしまいました。……ですので、この1年の間に、3国間で戦力の増強を急務としていただきたい。その為に、3ヶ国合同での訓練を実施していただきたいのです」


 じっくりと3人の顔を見渡したトイノが、意見を出すように伝える。

 それは提案と言うよりは、むしろ指導であり、厳命である。しかし、それを知っていて異を唱える程、知恵のない者はここには居合わせていない。



「……それはいいですが、具体的にはどういった事を?」


 ティリが首を傾げつつ、トイノに問いかける。


 3ヶ国合同と言っても、それぞれの種族にはそれぞれの戦い方が有る。足並みを揃えるのはいいが、それによって種族ごとの良い部分が削られ、戦力が低下してしまっては意味が無い。

 そうティリが付け加えると、想定の範囲内の質問であると言ったように、再びトイノが微笑む。


「正しくその通り。ですので、地力を上げる為に、種族間での技術交換をお願いしたいのです」


「技術交換……?」


 シンリアスが訝しげな表情で呟いた。


 それぞれの種族に、得て不得手が存在する。それは、戦闘の際に種族として優れている部分を最大限に利用するのだから当然だろう。


 エルフ族は、保有する魔力量が3種族の内で最も多い。その為、魔法の能力に長けた者が多く、他の種族では扱える者が存在しない強力な魔法を容易く行使する者が、幾人も存在している。それに、視界の悪い地形であっても問題なく獲物を捕らえる事のできる、驚異的な視力によって裏付けされた弓の名人であるとも云われている。

 獣人族は、種族の身体的特徴を生かした個性的な戦闘方法を取っており、獅子型であれば、力。豹型であれば、素早さや小回り。鳥人であれば、上空からの攻撃など、獣人だからこそ可能とする戦闘をしている。


 その中で人間は、接近戦が得意な者も居れば、魔法や弓などを使った遠距離からの戦闘が得意な者も居る。接近戦にしても、力と素早さを兼ね備えた者も居れば、重い装備を身に纏い素早さを捨てて、力だけに全てを注ぐ者。装備を最小限にし、素早さ重視した者など様々だ。

 もちろん、エルフや獣人であっても近距離戦闘型や遠距離戦闘型と個性の違う者が居る。しかし、人間としての上限が存在してしまう為、エルフ族の中で魔法や弓の達人と謳われる者に敵う者は存在せず、また獣人族の獅子型に力で勝てる者も居なければ、豹型に素早さで敵う者も居ない。

 どんな事もそつなくこなすことが出来るが、これといった大きな特徴を持っていない為、器用貧乏な種族となってしまっている。


 様々な独自の特徴を持つ種族が、技術交換といっても何をすればよいのか?

 そういった疑問が代表たちの中で湧いており、首を傾げつつ難しい顔をさせている。

 だが、トイノは予めどういった技術交換をさせるのか決めていたらしく、またも意見を出すように自分の思い通りに事が進むよう、3人を操作していく。



「エルフの皆様には、魔法を。人間の皆様には、装備を。獣人族の皆様には、龍族との戦闘を想定した模擬戦闘訓練をしていただきたい。さすがに、秘伝の術を伝授して欲しいとは申しません。技術の交換として、納得のいく範囲で皆様が出せる技術を交換してください」


 トイノの言葉に、3人は納得したように頷きを返した。


「なるほど……確かに、わたくし達としても、エルフの方々の魔法は是非ともご教授いただきたいです。それに、龍族との戦闘を考えれば、身体的に最も近い特徴を持った、獣人の方々との訓練は得るものが大きいでしょう」


 シンリアスは思考を巡らせながら、例え王国の技術が多少流出したとしても、それを補えるであろう技術が手に入ることに、利益を見出していた。


「同意見ですね。ボク達も人間の方々の、武器や防具の性能の高さには興味を抱いていました」


 ティリもシンリアスに同調するように、頷いて答える。


「がははは! 俺達としても、こんなにいい話はない。模擬戦をするだけで、人間とエルフの技術が手に入るのでは、受けない理由はないからな!」


 豪快に笑いながら、グルテニラは満面の笑みを浮かべて、了承の意思を示した。



「決まりですね。それと……軍の士気を高める為に、もう一つ、お願いがあります」


 トイノは不敵に笑いながらそう言うと、各国代表の後ろに控える護衛たちを見回した。


 急に視線を向けられた護衛たちは、緊張したように顔を強張らせるが、その中で、ガドウィン・リータ・ジェシカだけは無表情を貫いたままだった。


「半年後、サナトリア王国の闘技場にて、各国の強者が相まみえると言うのは……どうでしょう?」


 その言葉に、各国の代表たちは、自分が引き連れてきた護衛たちへと振り返る。

 グルテニラは、活を入れるように豹型の男女を叩いており、ティリは首を傾げながら、意見を聞くような素振りを見せている。

 シンリアスも例に漏れることなく、不安げな表情でガドウィンとリータに顔を向けるが、なんてこと無いと言った表情でふたりが同時に頷く。その姿に、心から頼もしさを感じたようで、不安げな表情から一転して笑みがこぼれ始めた。

 ガドウィンとリータの反応を目端で捕らえるように覗っていたジェシカは、ふたりの反応を確認するとティリに頷いて答える。それに、隣に立つエルフの男も慌てて了承の意を示した。


「決まりですね。我も、今から楽しみでなりません」


 微笑みながらトイノがそう言うと、詳しい日時などは後日改めて決める手筈となり、今日のところは会談を終了することになった。

 今後も密にこういった場を設けたいと言うのに対して、各国の代表たちもそのつもりで居たと、了承を示す。

 すぐさま了承を示した3人に、満足げな表情を浮かべると、トイノは扉を開いて出口へと誘導していく。それに従うように、代表たちも立ち上がり、護衛を引き連れて出口へと向かっていった。




 外に出てからは、トイノが丁寧に感謝の言葉を述べたあと、見送りもそこそこに再び教会の中へと姿を消していく。

 トイノの姿が見えなくなると、代表たちの緊張が一気に解け、一仕事終えて綻んだ表情が浮かび上がる。そして、強張っていた身体をほぐすように、3人が同時にマッサージを始めると、示し合わせたかのように同じ動作をしたことで顔を見合わせる。数瞬、呆気にとられた表情で見つめ合っていたが、誰からでもなくおかしそうに笑い声が上がる。


「今後とも宜しくお願い致します」


 シンリアスの言葉を皮切りに、苦労を分かち合う者同士で妙な仲間意識が芽生えているのか、代表たちは雑談に花を咲かせる。

 帰国の準備が終わった護衛たちは、手持ち無沙汰げにその様子を眺めているが、妙に馬が合ってしまったらしい3人は、途切れることなく話をしている。

 その中で、護衛たちもそれぞれ暇をつぶすように雑談をしていたが、ジェシカはおもむろにガドウィンとリータの元へと近づいていった。それを、エルフ族の護衛の男が、困惑した表情を見送っているが、後を追うような事はせずにその場に佇んでいる。



「久しぶり」


 軽く手を上げながら、ジェシカがふたりに声をかける。


「久しぶり、ジェシカ! 相変わらず、ちっこいね!」


 微笑みながら、応えるようにリータが手を上げ返す。そして、手をジェシカの頭の上に持っていき、身長を測るようにぽんぽんと叩いた。

 頭を叩かれているジェシカは、心持ちムッとした表情をさせている。


「リータも。相変わらず、失礼」


 そう言いながら、鬱陶しげに頭に置かれている手を振り払った。それに、リータは軽く謝罪をして、頭を撫で始める。今度は満更でも無いようで振り払うことはせずに、無表情ながらもされるがままだ。

 ガドウィンはそんなふたりの様子を穏やかな表情で見つめていたが、やり取りが一段落したことを見計らってジェシカに声を掛けた。

 

「久しいな、ジェシカ。元気だったか?」


 優しげな口調でそう問いかけると、ジェシカがパッと顔を上げる。


「元気。……兄様あにさま……も、元気?」


 言いながら、息災であったことを伝えるように両拳を胸の前で掲げて示す。ガドウィンへの新しい呼び方にまだ慣れていないのか、どことなく照れを含ませた表情だ。

 それを微笑ましそうな表情を向けながら、ガドウィンは息災であったと頷き返す。


 今回、ガドウィンとリータ、そしてジェシカの3人は、この場で顔を合わせることを事前に知っていた。その為、初対面で通すか、元々の知り合いで通すか話し合う必要があり、折を見て根城へと集まり、関係性をどうするのか考えていた。


 その中で、ジェシカの強い希望により、元々の知り合いであると通すことになった。

 ガドウィンとリータも、その方が都合が良いとすぐに了承し、細かい設定を詰めていく。その途中、当然の事だが、ジェシカがガドウィンをどう呼ぶかを考えなければならなかった。

 ジェシカは普段ガドウィンの事を、「主様あるじさま」と呼んでいるが、リータの時と同様に、その呼び名のままで通すことは出来ない。見た目が幼い少女であるジェシカに、「主様」などと呼ばれていれば、ガドウィンの品性が疑われてしまうだろう。真の関係性を知っていれば、そう呼ばれても違和感を感じることは無いだろうが、関係を偽るのであれば呼び名を変える必要もある。

 問題はどういった呼び方をするかだったが、こちらもジェシカからの強い希望によって、義理の兄妹として通すことになった。提案された際は、驚いた表情を見せていたガドウィンだが、ジェシカが希望するのであれば、余程妙な関係でなければ断るつもりは無かったようで、すぐに了承を返していた。

 しかし、リータは面白くなかったらしく、少し渋るような表情をさせていた。

 それを見て、「兄妹は結婚できない」と、ジェシカが耳打ちをすると、途端に嬉しそうな笑みを浮かべて、それがいいと機嫌を直していた。


 トントン拍子に話が進んでいき、自分の思惑通りになった事で、ジェシカは一瞬黒い笑みを浮かべる。だが、その事にガドウィンとリータが気づくことはなかった。



「おんぶ」


 そう言って、ジェシカはガドウィンに向かって両腕を上げる。

 普段は決して見せることのないジェシカの甘える姿に、それを受けたガドウィンは呆気にとられた表情で見つめ返すだけだ。同様に、隣にいるリータも目を見開いたまま固まっている。


 そんな、時が止まったように動かないガドウィンに、ジェシカは不満気な表情をさせた後、素早やく背後へと回り込み、勢い良く背中へと飛び乗った。

 それに、動きを取り戻したガドウィンは、慌てた様子でジェシカを落とさぬように腕を後ろに回す。

 その対応が、大切に扱われているようで嬉しかったのか、ジェシカは抱きつく力を強めると、目を瞑って気持ちよさそうにガドウィンの背中を頬ずりした。



「ちょっ……ちょっと! 何してんの!? 離れろ!」


 ジェシカの奇行に意表を突かれた表情をしていたリータは、頭で状況を理解すると憤慨した様子で腕を伸ばして、ガドウィンから引き離そうとする。


「離れない」


 ジェシカは回している腕に更に力を込めると、引き剥がそうとしてくるリータに抵抗する。鬱陶しげに伸ばされる手を片腕で払いながら、もう片方の腕でガッチリとガドウィンにしがみついていた。

 そのままふたりの攻防が続くが、すっぽりと収まっているジェシカは中々離れない。それを、忌々しげに睨みつけていたリータは、ジェシカの背中に回って両腕で掴まえるようにして引き離そうとする。

 しかし、背中で暴れられている事に、大きくため息を吐いたガドウィンが、ジェシカをリータから遠ざけるように半回転した。


「ああっ!? なんで!」


 ジェシカを掴もうとした両腕が空を切ったことで、間抜けな叫び声を上げたリータは、眼前に向けられたガドウィンの顔に泣きそうな表情を寄せる。

 その一方で、助けられた事に更に嬉しそうな表情を強くしたジェシカは、埋める程にぐりぐりと背中に顔を押し付けて、頭を揺らしている。


「落ち着け、リータ。あまり騒ぐな」


 暴走するリータを宥めるために声を掛けたようだが、この状況でその言葉は逆効果だったようで、リータは更に取り乱した様子になる。


「そんなこと言ったって! こんなの見せられたら、冷静で居られないよっ!」


 泣き出しそうな声色でそう叫ぶリータに、ガドウィンは困った表情をさせている。さすがに、この場で騒がれては不味いと思ったのか、ジェシカに背中から降りるように促した。我関せずと、ガドウィンの背中の感触を堪能していたジェシカであったが、リータをこのままにも出来ないと思ったようで渋々ながら地に足をつけた。


 それによって、どうにかリータが大人しくなるが、場が収まってからはもう遅く。周りからは注目の的になっており、騒ぎに気づいたシンリアスとティリが3人に近づいて来ていた。


「リータ! 騒がしいわよ」


 自分の護衛達が騒いでいる事を見かねたのか、少々怒った表情でシンリアスが注意する。


「だって! ジェシカが、ガウィの背中に!」


 訴えるようにそう言うと、ガドウィンとジェシカを指差す。

 それに促されるようにシンリアスが視線を向けると、背中からは降りているが、今度は小さい身体をいっぱいに伸ばしてガドウィンの腕に纏わりついているジェシカを見つめる。


「ジェシカと知り合いなのですか?」


 後から追いついてきたティリが、初めて見るようなジェシカの態度に驚きつつ問いかけた。その表情は、若干嫉妬を抱いているように覗え、ガドウィンに鋭い視線を送っている。


「兄様」


 ティリの問いに、疲れた表情で答えようとしたガドウィンよりも早く、ジェシカが口を開いた。

 その答えに、ティリは慌てて愛想笑いを浮かべて、ガドウィンに擦り寄っていく。好意を抱いている女性の兄と聞かされて、自分をアピールしようと考えたようだ。

 ジェシカがどれほど自分の役に立ってくれていてるかを述べ、魔法の腕も良く、人としても素晴らしい品性を兼ね備えていると、ベタ褒めだ。だが、好かれようとしているのが見え見えなティリに、ガドウィンは内心ため息を吐きつつ、失礼のないように当たり障りの無い受け答えをする。

 それを横で聞いているジェシカは、誇らしそうに胸を張っており、リータは胡散臭げな表情をティリに送っている。


 だが、ガドウィンに妹が居た事など全く知らなかったシンリアスは、驚愕の表情でガドウィンに近づいた。


「ガドウィン様に、エルフの兄妹が居たのですか!?」


「あぁ……血は繋がっていないがな。

 まだジェシカが小さい頃に、ゴルディシア山付近で出会った。親をなくした者同士、これも何かの縁だと一緒に暮らしていた」


「そ、そうだったのですか……」


 眉をハの字にしたシンリアスは、慈しむようにジェシカを見つめる。幼い少女でありながら、悲惨な現実を送っていることに、何とも言えない気持ちになっているようだ。


「大丈夫です。兄様が居るから、寂しくないです」


 シンリアスからの視線を受けて、ジェシカがそう答える。すると、一瞬驚いた表情をしたシンリアスは、優しげな表情で、「良かったわ」と返して、ジェシカにこれから宜しくと挨拶を交わす。


 それを最後に、そろそろ自国へ戻ると言うグルテニラの言葉によって、自分達の馬車の元へと進んでいく。

 グルテニラに促されるように、皆も自分達の馬車へと乗り込んでいく。ジェシカは名残惜しそうにしていたが、特に愚図ることなく、「また」と、短く再開の約束をして、ティリと共にその場を去っていった。

 ガドウィンとリータとシンリアスの3人も、それぞれ去っていく馬車を見送ってから、最後に馬車へと乗り込んで、王都に向かっていった。 

中々話が進まず、悪戦苦闘しています。


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