王国会議2
「これより、王国会議を開始する」
大講堂の中心部で、サナトリア王国12代目国王、クレニフェル・バァル・サナトリアは、宣言した。
それに呼応するように、集結した貴族たちは臣下の礼で応える。その数、ざっと100人程度。貴族の中でも比較的位の高い地位の者だけが集まると言っても、これだけの数が会議に参加している。
クレニフェルが椅子に深く腰を下ろすと、立っていた貴族も静かに腰を沈める。
王と向かい合うように参加者用の席が設けられているようで。前方から、位の高い貴族が順になるように、公爵、候爵、伯爵、男爵といった並びになっているようだ。同じ爵位であれば、誰がどこに座るといった取り決めはないが、派閥の代表である公爵を中心とし、扇型に広がるよう派閥に属する貴族らが陣取る形を取っている。
王の右横には、鋭い目つきをさせた、独特の雰囲気を持つ男。宰相の位を持つ、ラディ・フォン・ブルガイクスが腰を下ろしており。左横には、第1王女のルリシア・バァル・サナトリアと第3王女であるシンリアス・バァル・サナトリアが優雅に座っている。
「ではまず、市場における独占的利益水準高騰物品について――」
単眼鏡を押さえつつ、進行役である宰相が淡々と会議を進めていく。
大講堂の中を宰相の声だけが響き。時折、議題内容に該当する貴族が質疑に答える声と、議題に賛成する者が席を立つ音が聞こえてくる程度であり。終始、事前に示し合わされていたかのように、会議が進められていく。
何事もなく終わりへと近づいてきているが、今回は最後に最も重要な議題が残っている。その為、幾分いつもよりも、そわそわとした様子の貴族が目立っていた。
それを感じ取りつつも、クレニフェルはジッと目を瞑ったまま腕を組み、静かに鎮座し続けている。
「最後に、龍族との国家的敵対及びエルフ・獣人族との同盟強化について」
宰相が最後の議題を読み上げる。その声色は、どこか怒気を含ませているように感じられた。
だが、それに気づいたのは少数の者だけだったようで。この場に居る殆どの貴族が、宰相のそれに気づいた様子はなく、今まで以上に真剣に耳を傾け始めただけだ。
どこからか息を呑む音が講堂に響いた時、クレニフェルがゆっくりと瞑っていた瞼を開く。
その視線の先には、静かに立ち上がった、ヨシペタイ公爵、ポンコタン侯爵、チャランケ伯爵が居た。その3人には、宰相・ルリシア・シンリアスからも鋭い眼光が向けられており、異様な雰囲気がその場を包む。しかし、4人からの視線など全く意に介した様子のないヨシペタイ公爵は、扉付近に立つ兵士に向かって手を挙げた。
それによって、大講堂に居る全ての者の視線がひとつの扉へと集中する。それを待っていたかのように、兵士がゆっくりと扉を開いた。
そこには、ひとりの男が立っており、開かれた扉を隙を見せない足取りで潜ると、大講堂の中へとその身を入れた。
「お初に、お目にかかります。我が名は、トイノ。トイノ・グライギス。お見知り置きを」
視線が集まっている事など気にした様子もなく、トイノはそう言うと優雅に一礼をする。
突然現れた男の存在感に、貴族らは言葉を失う。その中で、聞き覚えのある名に、シンリアスが小さく息を呑んでいた。僅かに動揺する姿が見て取れるが、その様子に気づくことなく、貴族たちはざわめき始める。
本来であれば、この場に第3者を入れることなどあってはならない行為。しかし、事前に打ち合わされていたかのように登場したのは、王であるクレニフェルが許可をしていたからだ。でなければ、いくら公爵であろうと、このような振る舞いが許される筈もない。
「この度、是非とも皆様のお力添えをいただきたく、御前に参上致しました」
トイノの言葉に、ざわめき立つ声が一斉に止む。
今から話されるその内容に、貴族達は興味をそそられたようだ。その中でも、最も関心が集まっているのは、龍族と事を構えるだけの秘策があるのかどうか。
もし、龍族との戦争が可能であるとすれば、資源豊富な領土を奪い取ることが出来る。奪い取った領土には、眠ったままの鉱山が多く存在する為、掘り起こせば莫大な財産へと生まれ変わる。
欲にまみれた視線ではあるが、トイノは視線が集まったことを満足げに頷いたあと、語り聞かせるように話しだす。
一語一句聞き逃すことなく聞き入る貴族からは、時折驚愕や感嘆の声を漏らす。
龍族とて、無敵ではない。傷を負えば、疲弊もする。人間・エルフ・獣人族の連合の力を持ってすれば、いくら個が強かろうと数には太刀打ち出来ない。3種族の同盟を強め、合同での訓練をすることによって戦力を拡大すれば、龍族を滅ぼすことが可能である。
そうトイノは力説するが、貴族らの反応はイマイチだ。話が進むにつれて、やはり自分達が想像していた通り、利益よりも不利益が勝ると考えたようで、期待が外れたと呆れた表情をさせる。
トイノが提案する通り、3種族間の同盟が実現し、合同で訓練を行えば、他の種族から技能を盗むことが出来る。それによって戦力の向上が見込めれば、龍族とも戦えるようになるだろう。
しかし、龍族の王はどうする。
その程度の戦力の向上で、立ち向かえるような相手ではない。誰もが、そう思っている。
「……あまりに短絡。あまりに無謀。正気の沙汰とは思えんな」
吐き捨てるようにトイノの言葉を遮ったのは、王の右隣に座る男だった。
宰相であるラディ・フォン・ブルガイクスは、幾度となく王国の行く末を決める決断を下してきた。その経験から、今回の議題を持ち込んだ黒幕であろう男に、最大級の警戒心を向けている。
王国の大貴族を籠絡し、国を裏から支配しようと企てる者であるからには当然だが、それ以上に男の存在そのものが危険であると感じ取っているようだ。
「ただ闇雲に、戦争などと、声を高らかにしているわけではありません」
ゆっくりとラディへと視線を向けたトイノは、肩を竦めると首を振って答える。
「それは?」
静かに成り行きを眺めていたヴォルガが、勿体つける物言いに、苛立つように先を促した。
「皆様が最も警戒されているであろう、龍族の王。その者の相手は、我らが女神――エトゥカンナ様が直々にお相手くださいます」
恭しさを含ませた声色で、そう宣言する。
「なっ…!? ありえん!」
ヴォルガの声に同調するように、集まった貴族らも口々に驚愕の声を上げた。
エブングランド教会の象徴であり、この世で最も美しいとされる女性が、この世で最も恐ろしいとされる龍族の王を相手に戦う。そんな事、出来よう筈もない。
あまりにも飛躍的な言葉に、場は騒然とする。
「直々に……、とは?」
目を瞑ってトノイの言葉を聞いていたクレニフェルは、静かに問う。
それにより、雑音が止み、再びトノイへと全ての視線が注がれた。
「文字通り“直々に”です。エトゥカンナ様は、龍族の王を相手に、互角以上の戦いを繰り広げてくださるでしょう」
視線をクレニフェルへと真っ直ぐに向け、確信を得ているかのように答える。
「……にわかに信じがたいな」
「そうでしょう。しかし、事実です」
トノイは王の意を汲むように頷くが、言葉が揺らぐことはない。
「強者を集めるというのは?」
「エトゥカンナ様の支援をしていただきたい。より、勝利を確実なモノとする為に」
「助けになるとは思えんが?」
「そのような事はありません。龍族も精鋭を率い、エトゥカンナ様を標的としてくるでしょう。それを防ぐため、龍族の精鋭の相手をしていただき、エトゥカンナ様が龍族の王に集中出来ますよう、動いてもらいたい」
「……そうか」
クレニフェルが再び考え込むように目を瞑る。それを見たトノイは、もうひと押しと感じたのか、力強い言葉をかけた。
「我ら教会も全力を尽くします。人間・エルフ・獣人族の更なる繁栄を約束致しましょう」
トノイの言葉を最後に、場には静けさが漂う。
エトゥカンナという名が出てきた際に、薄々感づいてはいたが、教会がこの議題の発案者であったということが明かされた。
なぜ教会は、このような方法を使ってまで、龍族を滅ぼそうと考えているのか。
教会が龍族を目の敵にしているなど、聞いたことがない。それに、どの種族に対しても中立な立場を貫いてき、種族間のいざこざにも傍観を決め込んでいた。
その教会が、3種族の同盟を訴え、ひとつの種族への武力行使を提言した。龍族が教会の逆鱗に触れるような事をしたのか、はたまた強大過ぎる力に警戒をしているのか。その場に居る者の頭の中で、様々な憶測が飛び交う。
「……わかった」
そんな中、瞳を閉じたまま思考を巡らせていたクレニフェルが、大きく頷いた。
「「陛下!?」」
ラディとヴォルガが、信じられないと言った表情で叫ぶ。
「決定だ」
声を発したふたりを見回すと、異論は許さぬといった雰囲気で、可決を宣言する。
王国会議の可否は、集まった貴族達の3分の2以上の賛成を得らるかどうかで決まる。しかし、王であるクレニフェルには、特例として王が可決すると判断した議題を、円卓会議に上げることが出来る。本来、王国会議で持ち上がる議題が、円卓会議で審議される事は無い。それは、王国会議で決議された内容が、民衆に知れ渡ってしまう為、国家機密にあたる円卓会議での議題を王国会議で審議することがないからだ。現に、今になるまでクレニフェルはこの権力を行使した事が、一度もない。
それに、この権力は謂わば両刃の剣。王の独断と偏見によって決定が下されれば、貴族達に不満が募り、独裁者のレッテルを貼られ、最悪革命と謳い反逆に合う可能性もある。
それほどのリスクを負いながら、クレニフェルはこの議題を円卓会議に上げた。
それによって、ラディとヴォルガにはひとつの疑惑が頭を過ぎる。
トイノが王国会議に現れた事。トイノが――教会が持ち出した計画に加担するように、クレニフェルが議題を可決させた事。
どう考えても示し合わされていたとしか思えないこの状況は、教会側が何らかの方法でクレニフェルに接触していた。そして、クレニフェルに議題を通すよう圧力をかけていたと推測できる。
教会が保有する戦力が強大であることから、武力での脅しも考えられるが、それ以上にしっくりとくるのが、先日行方不明となった第2王女、カーラ・バァル・サナトリア、及びクラウディス・シークバントの身柄を交渉材料に使われた可能性だ。
クレニフェルとて、一国の王である。身内を人質に獲られ、国を危機に晒すのであれば切り捨てる。それぐらいの、心構えはある筈だ。しかし、ただ切り捨てるだけでは済まない何かがあったのだろう。それが何なのか、ラディにもヴォルガにもわからないが、クレニフェルはそれに屈してしまった。
「ありがとうございます。では、後日」
クレニフェルが決定を宣言したことに、トノイは心からの笑みを浮かべ、優雅に一礼をする。
そして、ゆっくりと向き直り様々な反応を見せる貴族達にも頭を下げると、颯爽と大講堂を出て行く。
それを、ヴォルガとラディ、そしてシンリアスとルリシアは、殺気を含ませた鋭い眼光で、去っていく背中を睨みつけていた。
※
「シンリアス! お疲れ様!」
扉を開いて中へ入ってきたシンリアスに気づくと、リータが嬉々とした様子で立ち上がる。私とマノリも、開いた扉の方へと顔を向けた。
王国会議が終わるまで、私とリータ、そしてマノリの3人で城の一室で雑談をしつつ、会議が終わるのを待っていた。
待っている際中、リータは頻りに私にベタついてきていた。恥ずかしそうにしながらも、腕を組んだり、膝の上に座ったりとやたらと甘えてくる。なんでも、私に嫌われたのかも知れないと不安な日々を過ごしたことの反動らしい。食事も喉を通らなかったらしく、「ちょっと窶れた」と淋しげな表情で訴えてきた。
私がリータを嫌うことなど有りはしないのだが、不安な思いをさせてしまったのは事実だ。そんな後ろめたさもあり、リータの好きなようにさせていた。
しかし、マノリは常時不機嫌そうな様子でこちらを睨みつけており、窶れてしまったと言うリータに対して、「それで、胸も萎んでしまったのですね?」と、黒い笑みを浮かべたまま聞いていた。横から聞き捨てならない言葉を聞いたリータは、一瞬で喜びの表情から、額に青筋を立てる程の怒りを込めた表情になり、マノリに顔を向ける。
黒い笑みを浮かべるマノリに、歯ぎしりしながら睨みつけるリータ。見えない火花が散っているふたりを眺めながら、これから不毛な言い合いが始まってしまうことを、憂うように小さくため息を吐いた。
「私が萎んでいるのでしたら、マノリ様なんて蕾にすらなっていませんよ?」
視線をマノリの胸へと向けたリータが、鼻で笑うと、そう言う。
「着痩せするタイプなので、ドレスの上からではわからないだけです。それに、私はリータさんと違って、未来がありますから」
一瞬顔を歪ませたが、余裕の表情でマノリが言い返す。
「あら? 本来、“胸が強調される”筈のドレスで、着痩せするなど聞いたことがありませんわ。今でそれでは、未来もたかが知れてしまいますね」
その返しに、呆れた表情でリータが答えると、マノリが机を叩いて立ち上がった。
「女性の魅力は、胸ではありません!」
そう、力説するようにマノリが言う。
しかし、最初に胸の話題を出したのはマノリだ。私にリータが甘えているのが面白くなく、とっさに出た言葉だったようだが、自分で自分の首を絞めただけだったな。
「それは同意しますが、好きな人の好みでなければ意味が無いですよ? ……ガウィは、大きいのと小さいの、どっちが好き?」
マノリの言葉に大きく頷いたリータは、私に振り返る。
我関せずと無視を決め込んでいたが、急にこちらに話題を振ってきた。それも、言い難いことこの上ない話題を。
はっきりと言って迷惑極まりなく、個人的に言えばどうでもよい。しかし、不安げな表情でこちらを見つめてくるふたりの視線に耐え切れず、少し考えてから答える。
「……どちらでもよい」
特にこれといって、女の容姿にこだわりが有るわけではない。大きかろうが、小さかろうが、全体のバランスが良ければ、それが適切な大きさになるだろう。
そう付け加えるように持論を展開させると、リータとマノリは顔を輝かせる。
「さっすが、ガウィ! よくわかってる!」
「はい。素晴らしい考えですね、ガドウィン!」
どうやら、なんとか切り抜けられたらしい。下手な答え方をしてしまえば、シンリアスが戻ってくるまで居心地の悪い空気で過ごすことになっていただろう。
そんな一幕もあった事で、安心感を含ませた視線を向けながら、入ってきたシンリアスに抱きついているリータを見つめる。
シンリアスは急に抱きつかれて出迎えられたことに、驚いた表情をさせたが、すぐに微笑みながらリータを抱き止めた。
「ありがとう。お待たせ」
そう言いながら子供をあやすようにリータの相手をしているが、どこか疲れた様子を感じさせる。そのことにリータも気づいたようで、心配そうな表情でシンリアスの顔を覗き込んだ。
「何かあったの?」
「ええ……、思ったより厄介なことになりそう……」
暗い表情で呟かれた言葉に、一斉に場の雰囲気が重苦しいものへと変わる。
詳しい内容を伝えると、シンリアスも椅子に座り、全員で話し合う態勢を取った。
「龍族との戦争ですが……。このままでは、そう遠くない時期に実現しそうです」
「「えっ!?」」
苦い表情で言い放ったシンリアスに、リータとマノリは驚愕で返す。
言葉にこそ出さなかったが、私もふたりと同じ気持ちだ。もうしばらくは、龍族との戦争に賛成派と反対派の平行線で留まるだろうと考えていたが、会議で何か不測の事態が起こってしまったらしい。
詳しい内容を知るために、なぜ急激に事態が進行しようとしているのか、シンリアスに続きを促した。
それから、シンリアスが語った内容に3人で言葉を失う。
まさか、トイノが教会関係者であったとは思いもしなかった。王国会議にまで現れ、自ら王国を手駒にしようと動いてくるとは……。
そして、エトゥカンナ。
確かに、パシクルゥから命を狙われていると伝え聞いていたが、奴自身がそれ程の力を持った者だとは考えもしていなかった。絶世の美女と謳われるその容姿から、地上に舞い降りた女神であると、種族を問わずに讃えられている。教会の象徴と云えば聞こえは良いが、実際はただのお飾りであり、エトゥカンナ自身は何の力も持っていないだろうと思っていた。――が、どうやら、権力・実力ともにトップであったらしい。
「円卓会議で、否決となる可能性はあるのか?」
苦い表情で頭を押さえているシンリアスに、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「勿論、その可能性もあります。……ですが、父の様子からすると何か教会と裏がありそうなのです……」
「裏?」
「はい。カーラお姉さまとクラウディスは、教会に捕らえられていると考えられます」
「だろうな。トイノが教会の人間であったのなら、その可能性が高い。……しかし、それによって王国を危機に晒すのか?」
確かに、カーラとクラウディスは王国にとって重要な存在だ。
しかし、そのふたりと引き換えに、龍族との戦争を進めようと考える程、王は甘い人間なのか?
「……いいえ。国の為ならば、身内ですら切り捨てるぐらいの覚悟が、わたくし達にもあります。ですから、おそらくもう一つ。……もう一つ、何か……大きな圧力を掛けられているのではないかと……」
俯きながらそう言うと、シンリアスは唇を噛み締める。
身内ですら引き換えに国を選ぶだけの覚悟があるのだとしたら、シンリアスの言った通り、そう考えた方が納得がいく。
となると、その圧力が何なのかだが……おそらく、武力であろう。
龍族と戦争をしなければ、教会によって王国が滅ぼされる。エルフ・獣人族の出方もあるが、その2種族を手駒としたのならば、人間側に選択肢はない。
仮に龍族と戦争をしなくとも、教会とエルフ・獣人族が王国に戦争を仕掛けてくる。どちらにせよ、王国が危険に陥ることに変わりはなくなってしまう。
「王国を守るためには、教会と手を組む他ないということか……」
ため息混じりにそう呟くと、シンリアスは弱々しく頷いてくる。
心労が絶えないのか、シンリアスの表情はどこか青白く染まっていた。それを、マノリは心配そうに見つめているが、掛ける言葉が見つからなかったのか、そのまま俯いてしまった。
「ガウィ、ちょっといい?」
リータが立ち上がると、私に外に出るよう促してくる。
急に、私だけを誘ったリータの意図が分からず困惑する。同様に、マノリとシンリアスも不思議そうに顔を向けていた。
「どうした?」
「もし、本当に龍族と戦争になるなら、確認しておきたいことがあるの」
真剣な表情でそう言うリータは、私をジッと見つめている。
「……わかった」
頷きながら立ち上がり、リータと席を外そうとするが、慌てた様子でマノリが引き止めてきた。
「ちょ、ちょっと待って下さい! ここで話せない事なのですか!?」
そう言ってリータに詰め寄っていく。
マノリの主張は尤もだ。この場を離れ、ふたりだけで話がしたいというリータの態度は些か不自然だろう。だが、それほど急を要する事なのだろうが、皆目見当もつかない。
「聞かせてもいいですけど、耐えられます?」
詰め寄ってきたマノリに視線を向けたリータは、冷たい表情で答える。
先程のふざけ合っていた時とは全く違った、拒絶するような態度に、マノリは怯えた様子で後ずさる。
「わたくし達には、話しにくいことなの?」
恐る恐るといった表情で、シンリアスが尋ねる。
それに対してリータは、「せっかく黙って出ようと思ったのに」と、愚痴りながらため息をついた。
「龍族と戦争になったら、私たち死ぬだろうから、それについて色々と……」
歯切れ悪く答えたリータの言葉に、マノリとシンリアスは言葉を無くす。
実際、リータの言う通りだろう。
いくらパシクルゥの相手をエトゥカンナがするといっても、龍族の恐ろしさはそれだけではない。龍族の能力は極めて高く、トイノであっても多くの龍人を相手にすることは難しい。
その為に、私たちのような強者が集められるようだが、おそらく体の良い捨て駒なのであろう。エトゥカンナがパシクルゥに集中できるよう、倒すまでの時間稼ぎとして、龍人共の相手を私たちにさせようということだ。
リータなりに気を遣ったようだが、裏目に出てしまったようだ。
だが、それにしては短絡過ぎるような気がするが……? もう少し、違ったやり方もあっただろうに。
「ガウィ、出よ?」
首を捻りながら考えていると、再度リータが声をかけてくる。
今度は、マノリもシンリアスも止めようとはしてこない。青い表情をさせたまま、黙って俯いているだけだ。
そんなふたりを横目に、リータと共に部屋を出る。そして、そのまま少し歩いた場所で、人の気配がしないことを確認してから、リータが口を開いた。
「ご主人様は、龍族の王と知り合いなんですよね? いいんですか……?」
不安げな表情で、リータがそう聞いてくる。
「……なるほど、そういった話か」
本題はこっちだったようだ。
さっきの話は、抜けやすくする為の嘘だったらしい。
「それならば、問題ない。考えがある。今は、エトゥカンナの思惑通り動いてやるとしよう」
「なら、龍族と戦争する方向で動いてしまってもいいんですね?」
確認するように聞いてくるのに対して、頷いて答える。
このままでは、パシクルゥが死んでしまうと思ったのだろう。だが、パシクルゥを殺させるつもりはない。
「動くのは、戦争中だ」
「戦争中……ですか?」
「そうだ。その時には、リータとジェシカにも手を貸してもらう。頼むぞ」
「わかりました! 任せてください!」
笑顔で頷くリータに、頼りにしていると伝える。
エトゥカンナと対峙チャンスがあるとすれば、戦争中にパシクルゥと交戦している時だろう。パシクルゥにも、私の思い通りになるよう動いてもらう。それまでは、このまま成り行きに身を任せるとしよう。
そう説明して、リータと共に再び部屋へと戻っていく。
扉を開けると、深刻な表情をしたマノリとシンリアスが出迎えた。だが、こちらを黙って見つめているだけで、これといって言葉をかけてくる様子はない。
なので、そのまま黙って元居た椅子に座る。リータは澄ました顔で座っているが、それをチラチラとシンリアスが覗っている。そして、マノリが私の方を複雑そうな表情で見つめてきていた。
まぁ、触れづらい話題ではあるからな。上級魔物の時もそうであったが、なんだかんだでマノリとシンリアスは、私とリータが心配で仕方がないのだ。そのくせ、危険な仕事を私たちに回してくる。死と隣り合わせになるような事をさせておきながら、心配しているのではストレスで身が保たないだろう。もう少し、肝を据えて欲しいものだ……。
そう思いつつ、小さくため息を吐いていると、リータが笑顔を浮かべてこちらを見てくる。
「ガウィ! 約束守ってね!」
約束とはなんだ?
言っている意味が分からず、聞き返そうとする。だがその前に、リータが目配せするように、マノリとシンリアスの方へと瞳を動かした。
そのことから察するに、この雰囲気を変えようと発した言葉なのだろう。
「あ、あぁ……必ず守る」
取り敢えず、リータの言葉に乗っておく。
「……約束って?」
「ナイショ! でも、生きて帰ってこれたら、教えてあげるよ!」
遠慮がちに尋ねてくるシンリアスに、リータは満面の笑みで答えた。
それによって、シンリアスも釣られるように笑顔になる。
どうやら、リータが機転を利かせてくれたようだ。場の空気が、幾分柔らかくなる。
「ガドウィン! 約束って何ですか!?」
黙って聞いていたマノリは、立ち上がって顔を寄せてくる。
私とリータだけで通じ合っているのが、面白くないらしい。
「とぉ~っても大切な、や・く・そ・く、だよ! ねっ! ガウィ!」
嬉しそうな表情で、煽るようにリータが口を挟む。
それに、悔しそうな表情を向けたマノリは、リータを睨みつけた。
「不公平です! 納得出来ません!」
「マノリ様に納得してもらおうなんて、これっぽっちも思ってませ~ん」
「うぐぐ……! ガドウィン! 変な約束しないで!」
「変って、なんですか!? 変、って!」
「変なものは、変なんです!」
「変じゃない!」
またも、不毛な言い合いを始めたリータとマノリに、疲れたようにため息をつく。シンリアスも、呆れた表情をさせているが、心なしか表情が明るくなっている。
まぁ、下手に暗くなっているよりかは、何倍もマシか……。
そう思いながら、顔を寄せて言い合っているふたりを眺めていると、いつの間にか表情が緩んでいた。
クラウディスって、家名出してなかったですよね?
どこかで出していて、変わっていたらごめんなさい……。