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王国会議1

 王国会議。


 年に一度、比較的位の高い貴族が王都へと集まり、様々な政策について討議する場である。国の繁栄の為、統治する領土に暮らす民が、より安全で豊かな生活を送れるよう、知恵を絞り、意見を交わし、時には激論を繰り広げる、そんな情景を思わせる場だ。

 自身が抱く信念こそが、未来の国を創造する基盤となす。

 そう信じて疑わない人間たちが、一同に介する場であり、国の行く末を担う重要な場であることは間違いないだろう。



 と言っても、その実態は、恒例化された形式的なものであり、あらかじめ取り上げられる議題についても、王から各貴族らへと事前に通達される。

 そのため、王国会議にて議論される議題について、いかに自分の利益に釣り合うのかを、十分に吟味してから可否を決めておくことができる。


 自身の利となるのであれば、賛成。ならないのであれば、反対。と、貴族の思惑が渦巻く黒い部分をはらんだ場であることも、また事実であった。



 では、如何にして、自分の利益となる議題を可決させるか?


 そこで重要になってくるのが、同じ信念と言う名の思惑を同じくさせた、同志と呼ばれる存在であり、それが集い合う、派閥だ。他の貴族よりも、より大規模な派閥に身を置くことによって、おいしい蜜を啜り合う。

 そのため、派閥に属することなく、己の信念を貫き通し、他の者とは相容れない。そういった態度を取ってしまえば、若く力を持たない貴族は瞬く間に失脚してしまうだろう。

 出る杭は打たれる。たとえ王国の為と言っても、その実態は変わらない。己が不利益を被るであろう事は、すぐさま排除する。そう、考えている貴族は少なくないからだ。

 権力を持った人間がどうなるのか、分かりやすく、そして的確に表現されたのが貴族であると言われたとしても、仕方のないことだろう。



 そんな貴族の思惑が飛び交う王国会議にて、今回は異例の事態が発生した。同じ派閥に属さぬ者同士が連立を組み、1つの議題を持ち出したのだ。

 もちろん、連立自体は珍しい事ではない。派閥は違えど、利益は共有できる。ならば、互いの損得が一致する我々も同志だ。

 王国の為、革命的な政策を取り入れる。その為には、更に多くの貴族が集う必要がある。


 (皆、今この時こそ、手を取り合おうではないか!)


 その鶴の一声によって、蜜に群がる蟻の如く、我さきにおこぼれに与ろうと、貴族が集まる。

 そんな場面は幾度とあった。



 しかし、今回は"異例”だ。

 これまでの、そういった茶番とは異なる。



 では、何が違うのか?


 1番の要因は、これを提議した貴族。王国会議に集まる貴族の中でも、派閥の顔である貴族同士が連立を組み、提議してきた。

 出る杭は打たれる。

 しかし、その出てきた杭が、強大であった場合はどうすればよいのか。

 貴族の中でも一握り、大貴族と云われる貴族を、普段おこぼれに与るだけの貴族が叩いたとしても、ビクともしないだろう。ただ、弾き飛ばされるだけだ。

 ならば、提議した大貴族に対抗しうる、大貴族らに打ってもらえばいい。


 しかし、本当に叩いて良いのだろうか?


 龍族との戦争など、王国にとっても、貴族らにとっても、不利益しか生まない。そのような議題など、否決以外の選択肢などありはしない。

 だが、それを提唱した大貴族は、利があると考えている。もし、未だ見えてこぬ利益が膨大で、是非ともおこぼれに与りたいと思うモノだったとしたら、叩いた貴族はどうなる?

 単純な事だ。おこぼれに与れなくなる。

 そうならない為に、本当にその杭は叩くモノなのか、十分に吟味しなければならない。



 普段おこぼれに与る多くの貴族らは、必死に頭を働かせた筈だ。

 もし、安易に不利益であると否決を示してしまった場合、思いがけぬ利益を逃すことになりかねない。


 ……だが、十分に吟味に吟味を重ねた結果、多くの貴族は感じたことだろう。


 やはり、不利益しか生まない――と。











 半年ぶりとなる王都に来ている。

 だが、半年ぶりと言っても、登城するだけのマノリの付き添いとして訪れただけで、王都の中は馬車で通過するだけであった。その為、王都に身を置いて過ごすことになるのは、実に4年前の闘技大会以来である。


 闘技大会から、早4年。もう1年も経てば、次の闘技大会が開かれることになる。

 時間が経つのは早いものだと、感慨深い心情に浸りたくなるが、乗っている馬車の中は重苦しい雰囲気に包まれている。



 カーラとクラウディスが行方不明になったと報告があってから、2週間後。

 予定通り、王国会議が実施されることとなった。


 王都にはヴォルガ・マノリ・エリス、そして私。あとは数名の使用人だけで赴いた。

 道中は比較的安全な道を通る為、護衛の騎士を多く連れて行くことはない。しかし、護衛のための騎士を全く同行させなかったのは、私が付いているからだ。

 下級魔物程度しか現れない道であるため、私だけで事足りると、数年前からそうなってしまった。


 基本的には、余程長居しない限りは日帰りで帰れる距離に王都がある。態々、多くの護衛騎士を連れて行くには、些か経費がかかり過ぎると思っていたらしい。

 そこで、私に白羽の矢が立ってきた。


 中級魔物すら討伐してしまう人間が護衛として1人居るとなれば、下級魔物しか現れない道中で他の護衛は必要ないだろうと、王都への行き来の際は全ての騎士達を屋敷で待機させるようになった。

 その為、道中で魔物が現れた場合は、全て私が相手をしなければならない。しかも、移動の最中に下級魔物に遭遇しなかった事が、今までに一度も無い。必ずと言ってもいいほど、下級魔物に襲われる。わずかでも、魔物の気配が感じたとなれば、馬車を降り襲撃に備えなければならない為、気の休まる隙がない。それが護衛の仕事だと言われてしまえば、反論はできないのだが、私にとっては煩わしい事この上ない布陣である。



 そんな道中を終えて、王都へ辿り着いた。

 王国会議は明日、執り行われれる予定になっているので、今日は王都で1泊することになる。闘技大会の際に利用した、貴族らが好んで宿泊する高級宿に宿泊する予定だ。

 私としては、闘技大会の際に世話になったトウナの宿に泊まりたいと思うが、護衛だけ別の宿に泊まるなど出来よう筈もない。

 あの寂れて、周りが閑静であった雰囲気を好んでいた。高級宿も快適に過ごせはするが、それとはまた違った良さがある。風のうわさで、あの頃に比べると相当繁盛するようになったらしい。改装も施したようで、王都の有名宿のひとつとして並び称される程になったそうだ。

 そんな事を聞いてしまっては一度立ち寄って、見るだけ見てみたい気持ちになるのだが、当分は無理であろうな。



「……ガウィ?」


「どうした?」


 目の前に座る重苦しい雰囲気の原因のひとり、リータが声を掛けてきた。

 その隣には、シンリアスが座っており、向かい合う形で私とマノリが座っている。



 宿泊する宿に着いてから、馬車を降りようとしていると、何故かリータとシンリアスが待ち構えていた。

 話があると近寄って来たので、どうするか悩んでいると、ヴォルガが宿泊予定の部屋で話をするよう薦めてくる。しかし、出来れば3人で話がしたいと言うシンリアスの言葉に続いて、リータが馬車の中を貸して欲しいと言うと、二つ返事で了承していた。


 降りようとしていた馬車へ再び戻り、リータとシンリアスが中に入ってくる。少々、気まずげな様子で居るふたりに内心ため息を付いていると、何故か当然のようにマノリまで中に入ってきた。中の3人が呆気に取られて事など気にした様子もなく、当然のように空いていた私の隣に腰を下ろす。

 その、堂々たる振る舞いに意表を突かれたが、我に返って外に出るよう促すと、泣きそうな顔でこちらを見てくる。

 私たちの何とも言えない雰囲気が気になって仕方ないのだろう。その我儘な振る舞いに呆れ果てるが、リータとシンリアスに目線を配らせると、黙って頷いてきたのでそのまま同席させた。



 予定外のマノリの同席もあるが、話し合う準備は整っている。

 しかし、話があると言って時間を取らせたにも関わらず、ふたりは中々話を切り出さない。時折、気まずげに覗き見るような視線を送ってくるだけで、基本的には俯いたままだ。ただでさえ、重い空気が更に重苦しくなり、どんどんと声を出しにくい雰囲気となっている。

 そんな中で、ようやく均衡を破るようにリータが声を掛けてきた。

 呟くような、吐いた息がたまたま声になったような。そんな小さく細い声であったが、聞き漏らすことなく反応する。

 普段通り聞き返したつもりだったのだが、緊張している事もあり、リータは小さく身体を震わせ、怯えるような表情をさせた。

 脅すような口調では無いはずなのだが、そういう態度を取られると一方的にこちらが悪いような気がしてくる。気まずくなる別れ方をしてしまったので、ふたりの態度も仕方ないとは思うが、さすがにそこまで怯えられると罪悪感が湧いてきてしまう。


「そ、その……えっと……ヴェ、ヴェノム鉱石の装備ね! か、完成したんだよ!」


「そうか、それは何よりだ」


「う、うん! セグなんか、張り切って実験に付き合ってくれたよ! ……あっ! 

 でも、ひとりで中級魔物に奮闘してたんだよ? さすがに仕留め切れてはいなかったけど、セグの実力であそこまで戦えるなんて奇跡なんだから、やっぱりヴェノム鉱石を使った装備は凄いよ! 

 え、えへへ…!」


 そう言うと、どう見ても作り笑いにしか見えない笑顔でリータは笑いかけてくる。


 こういう時に、リータの性格は助かる。

 率先して、自分から場を盛り上げようとしてくれるからな。作り笑いだということが丸わかりではあるが、ずっと黙ったままの私よりも何倍も勇気がある行動だ。

 それに、どうやら予想通り、ヴェノム鉱石は武器防具の素材に適した鉱石だったようだ。新米騎士が中級魔物に善戦できるというのは、リータの言った通り奇跡に近い。装備だけでそこまで変わるとは思っていなかったが、十分過ぎる成果を挙げられたようだな。今はまだ実験段階であろうが、いずれはヴェノム鉱石を使った装備が主流となるかもしれない。……まぁ、鉱石の入手手段や価格設定など、問題は山積みだろうが。


 今後の問題の解決策などを考えている内に、私が表情を変えないことで振り絞った勇気が消失してしまったのか、リータから笑みが消え、また俯いてしまった。

 迂闊だったな。もう少し反応してやるべきだったか……。不機嫌な態度を取っているわけではないのだが、リータにはそう見えてしまったらしい。

 しかし、そもそも私は性格上、リータのような大きな反応を返すタイプでもない。無表情でいるだけなのだが、よく無愛想だとか、常に不機嫌そうだと言われる始末だ。それぐらい、付き合いの長いリータなら理解しているはずだが、今はいつも以上に私の反応に過敏になっているのかもしれない。

 最近は人間に紛れている事もあり、私への態度が軟化してきていたのだが、さすがにいつものような態度を取れないのだろう。基本的には主従関係にある為、こういった状況の時はリータの方から強く出てくることはない。


 だが、これ以上は耐えられない。シンリアスも、いつもの気概はどこいったのか、借りてきた猫のように縮こまったままだ。私が、話題に触れ、気にしていないことを伝える他ないだろう。

 そう考え、声を出そうと息を吸ったところで、隣に座るマノリが勢い良く立ち上がった。


「もう見ていられません! どうしたのですか!? ガドウィン! 答えて!」


 重苦しい空気を振り払うような声でそう言うと、私を指差して命じてくる。

 急に主導権を握り出したマノリに、リータとシンリアスは唖然とした表情を向けているが、そんな事は構いもせずに、私を睨みつけながら言葉を待っている。

 このタイミングで言い放つとは、間の悪いことだが、マノリなりに空気を変えようと考えていたのだろう。

 訳も分からぬくせに居座っているマノリもマノリだが、私たちもいただけない部分はあった。その事で気を揉ませてしまったようだな。

 まぁ、単純に、煮え切らない様子に苛ついていただけなんかもしれないが、今回は助かった。


「大した事ではない。私が空気を悪くするようなことを言っただけだ」


「なら、ガドウィンが悪いのですか!?」


 叱りつけるように確認してくるマノリに頷こうとする。

 しかしその前に、向かい側に座っているシンリアスが小さく声を漏らした。

 

 その事で、一斉に3人の視線がシンリアスに集まる。

 シンリアスは俯いたままではあったが、小さく身体が震えており、膝に置かれている手でドレスのスカートを力強く握り締めていた。


「ち、違います! ガドウィン様は悪くありません! わたくしが判断を誤ったのです!」


 そう悲痛な声でシンリアスが叫ぶ。

 俯いているため表情はわからないが、握られた手の上には、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちていた。


 無理もないだろう。仮定の話であったとはいえ、本当にカーラとクラウディスが狙われ、行方不明となってしまった。

 もし、私が提案した通りにしておけば、こんな事態は免れたかもしれない。そうやって、自分を責めてきたのだろう。

 だが、民のためにと、武器防具の強化を優先したシンリアスの判断は、決して間違っていたわけではない。見えない恐怖に怯えるのではなく、堂々と己がすべき事を全うしようとした。

 今回はその途中で、たまたま不測の事態が発生してしまい、結果的にはカーラとクラウディスが行方不明となる方向へと進んでしまったが、それは運が悪かったとしか言い様がない。

 ようやく、新たな武具で騎士が中級魔物とひとりで対峙することに成功した。今まででは考えられない、画期的な発明だろう。

 それを優先したことで思わぬ事態が発生してしまい、シンリアスの中では果たした成果の価値が薄れてしまったのだろうが、他から非難される言われもない。



「シンリアスの判断は、間違ってなどいない」


「っ…! 本当ですか…?」


 縋りつくような表情で、勢い良く上げられたシンリアスの顔は酷い。

 眉を限界まで寄せて、止めどなく涙が流しながら、目を真っ赤に充血させている。シンリアスの心を、これ以上ないほど表現したその表情は、見ていて痛々しい。

 そんなシンリアスの姿が見ていられなかったのか、マノリも大きく顔を歪ませて抱きつく。悲しみを分かち合うように、泣きじゃくるシンリアスを精一杯抱き締めていた。

 それを黙ったまま見つめ、私とリータは何とも言えない雰囲気になる。だが、言葉を発する空気でもないため、落ち着くのを待とうと頷きあった。



 しばらくすると、シンリアスの嗚咽も次第に弱くなっていき、抱き締めているマノリに一声かける。それによって、マノリはゆっくりとシンリアスから身体を離して、座っていた元の場所に戻った。


「すみません。取り乱してしまいました」


 まだ若干上ずってはいるが、聞き取るには問題のない声でシンリアスは謝罪を口にする。

 それに、3人で首を振って、問題ないことを伝える。その事で、シンリアスの表情から笑みが浮かび、リータとマノリも釣られるように笑みを浮かべた。そして、軽くハンカチで目元を拭ったシンリアスは、悲しみの篭った表情でこちらに顔を向けてくる。


「今回の姉とクラウディスの件は……わたくしがガドウィン様の忠告に耳を傾けなかった、罰だと思います。ガドウィン様が言われた通りにしておけば、こんな事態は起こらなかった。

 そう思うと、悔やんでも悔やみきれないのです……」


 そう言うと、またも泣きそうになるシンリアス。言葉にしているうちに、再び感情が込み上げてきてしまったようだ。

 そのため、それを止めるように首を振って答える。


「……罰などありえない。

 先程も言った通り、シンリアスの下した決断は、間違っていたわけではない。称賛をされることはあれど、非難を受けるような事では絶対にない筈だ。

 ……少なくとも、私はそう思っている」


 力強くシンリアスの瞳を見ながら、そう言葉をかけてやる。

 そのことに、心底意外そうな表情をしてリータとシンリアスが視線を向けてきた。


「で、ですが……、わたくしの認識の甘さに愛想を尽かされて、出て行かれたのでは…?」


 困惑した表情でそう聞いてくるシンリアスに、隣のリータもそうだと思っていたと言わんばかりに、コクコクと首を縦に振っている。


 確かに、あの状況だ。そう思っても仕方ないだろう。

 それに、自身でも最初はそうだと思っていた。

 ――しかし、今の感情に気づいてからは、その感情が妙にしっくりきてしまった。

 自分で認めるのは非常に腹立たしく、軟弱な気持ちだが……。



「どうやら私は、シンリアスに嫉妬していたらしい」


「「「えっ!?」」」


 ありえない事を聞いたかの如く、3人して目を見開いてこちらを凝視してくる。

 非常に失礼な奴らだ。


「ガ……ガドウィンも、嫉妬するの…?」


 最初に気を取り直したマノリが、失礼な質問をしてくる。


「私をなんだと思っているんだ?」


「ご、ごめんなさい! でも、意外だったから……」


 困惑した表情でそう言うと、マノリは「それなら、私が婚約を迫られてる時も嫉妬してよ」と、小さく呟いた。

 なぜ私が、マノリが婚約を迫られる事に嫉妬心を抱かなければならないのか知らないが、聞かなかったことにしておき、何事もなかったかのように続きを話す。


「嫉妬と言うよりも、羨望だな……おそらくそうなんだと思う……。

 自身に危険が迫っていようとも、心を強く持ち、民の為の行動をとった。それを躊躇いなく決断したシンリアスに嫉妬し、同時に羨ましくもあった」


 間抜けな顔をして聞いているシンリアスに、そう伝える。

 しばらく固まったままであったが、ようやく褒められている事を頭が認識したのか、シンリアスの顔が次第に赤く染まっていく。そして、照れを隠すように顔を伏せようとするが、気になることでもあったのか、途中で困惑した表情で首を傾げてこちらを見てくる。


「わたくしは……ガドウィン様こそ、そういった決断の出来る方だと思いますが…?」


「おそらく、無理だろう。私は……臆病だからな」


 シンリアスの言葉にそう言って、首を振る。そして、そのまま顔を伏せた。


 そうだ、臆病だ。

 私に強い心があれば、もっと色々と違うのだろう。

 警戒している。様々な可能性を考え、最善の方法を模索している。そう言えば聞こえは良いだろうが、単に不確定要素が怖いだけの、臆病者だ。

 何も考えずに行動する事がよいとは思わないが、時にはそうする事も必要になる。その決断が出来ない自身を、憂うことが何度かあった。リータ達にも、私のせいで不便な思いをさせてしまっている。

 私にそう思わせるのが、シンリアスがヴェノム鉱石を使った装備の件を優先すると判断した際に、リータがすぐに賛成の意思を示したことだ。

 それは、私の臆病な態度よりも、シンリアスの強い意志に惹かれた結果なのだろう。私であれば、不測の事態を避けるために、早々に計画を切り上げて事態に備える為の行動をとった筈だ。もしかすれば、あまりにも弱気な態度の主人に、リータ達は嘆いているのかもしれないな。


 雰囲気も重苦しいこともあって、少々自虐的な思考になってしまった。

 気持ちを切り替えようと、軽く首を振って一度頭を空にする。


「ガウィは、臆病なんかじゃないよ!」


 らしくない私の様子を見かねたのか、前に座っているリータが苦しげな表情を見せていた。

 主人の情けない姿など、見たくはなかっただろう。


「もっと自信持ってよ! ガウィはホントに凄いんだから!」


「……すまない。気を遣わせてしまった」


 必死に励まそうとしてくるリータに感謝する。

 こういった気分の時は、いつも助けられる。

 それに単純なものだが、リータにそう言われると自然と自信が湧いてくる。 


「気なんか遣ってない! ホントのこと言ってるだけ!」


 そう言ってリータは頬を膨らませ、拗ねた様子でこちらを見ている。

 それに苦笑いを浮かべながら、手をリータの顔へと伸ばしていく。

 突然手を伸ばされたことで軽く身構えているが、逃げることはせず何をされるのか怯えながら硬直していた。

 なので、気になっていたリータが膨らませている頬を指で軽く押してやる。すると、ポヒュッと奇妙な音を出しながら空気が抜けた。

 そんな私の行動に相当驚いたようで、リータは目を大きく見開いている。


「そうか。では、少し自分に自信を持つとしよう」


 固まったままのリータに微笑みながら、そう伝えた。


「っ…! うんっ!」


 それに、驚愕から嬉しそうな表情に変えたリータが、大きく頷いた。











 日も落ち始め、空が夕焼けなった頃に、リータとシンリアスは城へと引き返していく。

 ゆっくりと大通りを歩いているふたりは、行きの頃に見せていた沈んだ表情とは打って変わって、清々しい表情をさせていた。


「よかったわね」


 そんな中、シンリアスが優しげな表情で、隣を歩く護衛の少女に言葉をかけた。

 隣を笑顔で歩いているリータは、ガドウィンを笑顔に出来たのが相当嬉しいようで、かなりご機嫌な様子で足を動かしている。


「うん! 怒られなくてよかったよ!」


 行きの際はビクビクと震えていたことなど、今となっては笑い話だ。

 シンリアスに付いていくと言ってしまったばっかりに、主人を怒らせてしまったのかもしれないと思っていた。もしそうならば、必死に謝ろうと考えていた。


 あの日、ガドウィンが出て行ってしまってから、ふたりはいつも以上に元気がなかった。その姿を、ティルス伯爵やセグに心配されてしまうぐらいに。

 その中でも、特に酷かったのはリータの方だ。もしかしたら、このまま主人に捨てられてしまうのではないか。そう思ってしまったらしく、酷く衰弱した様子を見せていた。

 新作の装備を実験するなど、何かやらなければならない事がある時は、そういった態度を見せずに明るい態度で振舞っていた。

 しかし、シンリアスと2人きりになる、馬車の中や寝室などでは常に落ち込んだ表情で俯いており、苦しげな様子で過ごしてばかりであった。


 そのことにシンリアスは、リータの普段の元気な姿が印象に残る分、余計に衰弱しきってるように見えてしまい心を痛めていた。

 自分のせいで、ガドウィンとリータが仲違いしてしまうかもしれない。そんな事態に、気持ちとしてはリータにガドウィンを追いかけて欲しいと思っていた。

 しかし、思っていながらも、様々なしがらみにより、そんな事は言いたくても言えない。気持ちが判っていながらも、縛り付けることしか出来ない自分に、激しい憤りと無力さを感じていた。


 そして、そこにきて姉とクラウディスの失踪だ。

 ガドウィンが忠告した通りの事が起きてしまった。それは、自分の認識がどれだけ甘かったが、否が応でも思い知らされる事態であった。

 心が潰れてしまいそうになりながらも、態度にはおくびにも出さず、必死に人前では取り繕ってきた。そのため、自分でも知らず知らずのうちに、吐き出したくても吐き出せない感情を胸の内に秘めてしまっていたのだろう。

 だからこそ、ガドウィンの言葉に本当に救われ、不覚にも泣きじゃくってしまった。



「ガドウィン様には、助けられてばかりね……」


 まだ、恥ずかしいような照れくさいような感情が残っているのか、シンリアスは顔を赤く染めながら、憂うように呟いた。


「そうだね。なんだかんだで、ガウィは優しいから!

 ――でもまぁ、その優しさが時に辛いけど……」


 肯定するように頷きながらも、リータは寂しそうな表情でそう言った。

 それに、シンリアスは不思議そうな表情を向ける。


「例えば?」


「そうだなぁ~……「リータには、私より相応しい男が居る」とか、「嫌であれば、無理に私の側に居る必要はないぞ」とか、「そうやって好意を向けてくれるのは嬉しいが、本当に好きな男ができた時に困るぞ?」とか、言われる」


 言っているうちにその時のことを思い出してしまったのか、だんだんとリータはどんよりとした雰囲気になっていく。

 一筋縄ではいかない相手だとわかってはいるが、さすがにそこまでいくと、わざとではないのかとさえ思えてしまう。

 周りからは、押しが強すぎるとか、当たり前になってしまい有り難みが薄れいるなど言われ、たまには少し引くような態度を取ってみたらいいと、助言を受けたりした。しかし、そんな小細工を仕掛けて男の気を引く技術など、持ち合わせてはいない。


 それに、敢えて引くような態度なら、すでに1回やってしまっている。

 作戦としてやった訳ではなく、様々な偶然が重なり合ってそうなっただけだが、その結果は、本当に遠ざけられてしまいそうな危うい事態になった。

 突然の事過ぎて頭が真っ白になり、何故ガドウィンがそう思ってしまったのか必死に考えた。自分がなにか不快に思う事をしてしまったのか、自分のことが煩わしくなっていまったのか、原因を突き止めるために奔走した。そうしてやっと、ガドウィンが誤解しているだけだとわかり、なんとかその誤解を解いて、必死に謝って許してもらった。

 今思い出しても、誤解されたままだったらどうなっていたか怖くなり、寒気がしてくる。もう二度と、あんな思いはしたくない。依存しているとか、恋に盲目になっているとか、そんな事は自覚しているし、それで構わない。あんな思いをするぐらいなら、依存でもなんでも側に居られる理由になればそれでいい。


 淋しげな表情でそう語るリータの苦労を、分かち合うようにシンリアスは微笑みかける。

 「大変ね」と声をかけながら、ガドウィンのあまりにも鈍感で無頓着な態度に呆れているのか、ため息をついていた。


 頼りになるが、変なところで弱気になる。

 そんな、重さは違えど信頼と好意を寄せている面倒な男の事を考えながら、ふたりは城へと帰って行った。

恋愛小説っぽくなってるような気がする……。

ですが、キャラが惹き立てばそれでいいかなって思います。


……惹き立ってると願いたい。

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