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戦力強化5

 目を見開いてこちらを見つめる、リータとシンリアス。

 未だ、伝えられた言葉の意味を理解していないのか、その表情は固まったままだ。

 突然、人間の中では間違いなく最強であった我々よりも、更に強い人間が居たと聞かされては当然の反応だろう。


 たしかに、可能性としてはゼロという訳ではなかった。

 まだ見ぬ強者など都合よく出てくるものではないが、シンリアスなどからすれば、4年前に現れた私とリータがいい例だろう。

 闘技大会で不動の地位を築き、他の追随を許さなかったクラウディスと互角の勝負をしてみせた者。そして、その者から条件さえ揃えば、勝ちを得られるであろう者。


 そんなふたりが、突然表舞台に現れた。 

 そのときの、シンリアスら王族はどんな心境だっただろうか。


 いまの私たちのように、驚きと戸惑いの感情を持ったでだろうか?

 危険だと感じ、手に負えなければ排除するよう仕向けたであろうか?

 都合のよい駒となるよう、籠絡したであろうか?

 

 実際にはシンリアスが接触してきたように、王国の発展に役立てようとしてきた。

 しかしそれは、人間最強の地位にあったクラウディスと同程度の強さだったことが大きいだろう。実際に今でも、私とリータよりもクラウディスの方が僅かに強いとされている。

 だが、今回はそのときの状況とは全く違う。


 クラウディスを遥かに凌ぐであろう人間が現れた。

 この瞬間、人類最強の地位がクラウディスからトイノという男に変わったのだ。


 エルフ族や獣人族にも、上級魔物を単独で仕留めることができる存在が居ることから、人間の中にも上級魔物を単独で仕留めることのできる存在が居たとしてもおかしくはない。

 しかし、あまりにもクラウディスとの差が大きすぎる。上級魔物を単独で、満身創痍な状態で仕留めた、となればまだ分かるが、トイノはそうではない。圧倒的な実力を持って、危なげなく仕留めることが出来るだろう。

 それほど、強大な力を持っていることを感じさせた。



 私と同様に、様々な疑問や疑惑の念が頭の中で渦巻いている様子のリータとシンリアスに、落ち着くよう声をかけ、抱きついているリータをそっと引き離してから、椅子へと移動する。

 それを、ふたりは呆然とした表情で追いながらも口を開けずに、ただただ視線を送ってくるだけだ。


「詳しく説明する。話を聞いてくれ」


 椅子に腰を下ろしながらそう言うと、未だ反応を見せないふたりに座るよう促した。

 その言葉でやっと動きを取り戻したようで、リータとシンリアスは静かに椅子に座る。そして、こちらを凝視するような形で見つめてきた。

 焦る気持ちを抑えながら、なるべくゆっくりと今日起こったことを説明していく。


「まずは、なぜ武器屋の前でふたりから離れたのか。

 これはもう、リータとシンリアスが知っての通り、町中で付けてきた男を尾行するためだ。十中八九、シンリアスが標的だと考え、どういった目的で後を付けてきたのか確認するために後を追った。

 また、もし組織的なものであれば、それの特定。特定は出来なくとも、隠れ家として使っているであろうアジトを突き止めようとした」


 順を追って説明する話に、ふたりは口を挟むことなく黙って聞き入っている。反応を示すような動作も、軽く頷く程度だ。

 自分の頭の中で整理をしつつ、語られる言葉に耳を傾けているふたりを眺めながら説明を続ける。


「それからは気配を消しつつ男の後ろを尾行し、身を潜める場所に向かうのをひたすら待ち続けた。

 そうしている内に、1軒の酒場に男が迷う仕草を見せずに入り込んでいく。

 そんな男の様子から、その酒場がアジトであると推測し、私も少し間を置いてから中に入った。中は高級感あふれる造りになっており、酒場と言うよりかはレストランと言った方がよいかもしれない。

 しかし、男は個室に入ったしまったようで姿が見えなかった。そのため、やむなく客を装って男が出てくるまで時間を潰していた」


 そこまで話してから、喉の渇きを潤すために紅茶を一口煽る。それに倣うように、リータとシンリアスも紅茶を取って口を付けるが、その顔はこちらに固定されたままだ。それほど、真剣に聞き入っているのだろう。

 話の続きを待つふたりを焦らさぬために、更に状況を説明していく。


「しばらく待っても男は姿を見せず、さすがにひとりで長居するには不自然だと感じられてしまう時間が経過していた。

 今日のところは諦め、また後日訪れようと考えていた時に、ひとつの個室の扉が開いた。

 そこから出てきたのは、目的であった男と、後ろからもうひとり。

 年齢としては初老だと思うが、そんな雰囲気は全く感じさせず、圧倒的な存在感を持つ男だった。

 ――強い。

 ――強すぎると言ってもいい。

 あれは異常だ……。

 桁が違いすぎる…!」


 吐き出すように男の印象を伝える。どう転んでも、トイノは私の計画の邪魔になる。

 そんな苛立ちから、知らず知らずのうちに顔が歪み、膝の上で組んでいる手にも力が入ってしまい、ギシギシと皮膚が擦れる音を立てていた。


 私の苛立った様子もあってか、シンリアスが今まで見たこともないような表情で動揺している。


「あ、ありえません…! ガドウィン様がそこまで危険に感じる者など、聞いたことがありません!」


 そう言うと椅子を蹴るように立ち上がり、机を叩く。

 興奮した様子で息づかいも荒くなっており、綺麗な顔の眉間には大きくシワが寄っていた。


「しかし、事実だ」


 取り乱したシンリアスに視線を固定させ、現実を受け止めされるように淡々とした口調で告げた。

 しかし、効果はなかったようで、激しく左右に首を振ると詰め寄ってくる。


「でもっ!!」


「落ち着け!」


 更に声を荒げて迫ろうと錯乱する姿に見かねて、一喝する。

 強者の威圧を持って出された声に、シンリアスは身体を大きく震わせた。そして、怯えた表情で逃げるように後ずさると、椅子に倒れ込む形で身体を預ける。

 そんなシンリアスの姿を、黙っていたリータが軽く視線を送ったあと、真剣な表情で問いかけてきた。


「ガウィが感じ取った強さは、どのくらいだったの?」


「上級魔物よりも強いことは確かだ」


「そうなんだ……」


 私の答えに、リータは短く返すと困惑した表情をさせる。おそらく、私と同様にクラウディスと実力差があり過ぎることに戸惑っているのだろう。

 

 実際に戦ってみなければ正確な判断を下せないが、もしかするとこの大陸で、私・リータ・ジェシカ・パシクルゥを除いた存在の中では、トップかも知れん。

 

 ――いや、今日のようなこともある。私が知らぬだけで、まだ見ぬ実力者が居る可能性もある。常に悪い状況を考慮した上で動かなければ、いずれ足元を掬われてしまうだろう。


「そ、そんな……上級魔物以上だなんて…!」


 驚愕の表情をさせているシンリアスが、リータに答えた言葉を聞いて絞りだすような声で呟いた。


「実際に確かめた訳ではないが、おそらくそうであろう。……そして、一番厄介なのが、その男……名はトイノと言うらしいのだが――シンリアス、お前を狙っていたらしい」


「……ぇっ?」


 今回の、最も重要な部分に触れる。


 4年前に現れた私とリータのように、王国にとってその発展に大きく貢献するであろう者としてではなく。王国に害をなすであろう危険な存在として姿を現した。

 トイノがシンリアスを狙っていた目的は不明だが、王族を誘拐、もしくは殺害しようとしているのであろう。それによって、王国が酷く混乱することは間違いない。

 目的の為に誘拐し、王国への交渉材料に使ってくるのか。はたまた、殺害することによって王族へ恐怖心を植え付けようとしているのか。

 いずれにせよ、王族の身辺警護を厚くせざるを得ない状況になった。


「わ、わたくしを狙っていた……?」


「シンリアスを諦める、そう言っていた。なぜ、諦めたのか分からないが、私とリータがいた事で予定が狂ったのかもしれん」


 盗み聞いた内容を伝えると、シンリアスは呆然とした表情で視線を彷徨わせている。その目からは、はっきりと恐怖の感情が読み取れた。


「目的は、シンリアスを誘拐すること?」


 腕を組みながら俯いていたリータが、顔を上げて問いかけてくる。 


「わからない。王族の殺害を目的としている可能性もある」


 それに首を振って答える。そして、その言葉によってシンリアスは顔を歪ませた。

 王族として、何度も身に危険が及ぶ経験をしてきただろうが、今回のような緊迫した状況になるのは初めてであろう。リータさえいれば、下級魔物どころか中級魔物に襲われようと対処できる。そして、私とリータで上級魔物の脅威も退けてきた。


 しかし今回は、それの更に上をゆく脅威に直面している。それほど、トイノという男は強い。今の状態にある私とリータ、そしてクラウディスの3人で掛かったとしても返り討ちに合うだろう。

 だが、何もしない訳にもいかない。トノイがそう簡単には手を出せない状況を創り出せばいい。各地に赴くような公務をなるべく控え、王都に留まる。そして、護衛として私・リータ・クラウディスの3人を側に置く。できれば、拘束することが可能な実力者も、集められるだけ集めたい。それぐらいやらなければ、トノイからの脅威を防ぐことはできないだろう。


「早急に王都へと戻り報告をしよう。最善の状態で王族の警護にあたる必要がある。その為にも、ヴォルガ様やマノリ様にも助力を要請した方がよい」


「で、ですが……今回のヴェノム鉱石を使った装備の件は…?」


「王国の王族が命の危険に晒されているのだぞ? シンリアスが対象から外れたとなれば、次に狙われるのはカーラ様だ。クラウディスだけではトイノに対処できない」


「それは分かっています! ですが、民を守る約束があるのです!」


 必死の形相で訴えてくるシンリアスに、呆然とする。


 何故だ? 何故こんな状況でそれを優先しようとする? 命を狙われているのだぞ?

 ……わからん。シンリアスを対象から外すと言っていたが、もしまた狙われるような事になれば、確実にシンリアスは奴らの手に落ちる。それが分かっているのに、なぜ?


「シンリアスがそうしたいなら、そうすればいいよ。私はシンリアスの側に居ることが仕事だから」


 そう言うと、リータはシンリアスに微笑みかけた。それを受けて、シンリアスの表情も緩む。


「リータ……お前まで……」


 まさか、リータがシンリアスの肩を持つとは思ってもおらず驚愕する。

 そんな私に、シンリアスは強い意志の篭った目を向けてきた。


「きっと、ガドウィン様の言われた通りにするのが正しいのでしょう。――ですが、この機会を逃せば、いつ魔物の脅威に怯えることなく、民が安心した生活を送れるようになるのかわかりません。それでは、いけないのです。なにより、わたくしが納得出来ません……。もちろん、今日起こったことを報告するために、父に使いを出します。ですが、わたくしはここに留まるつもりです」


 宣言するように、そう言ってきた。

 これが聖女を云われるシンリアスの魅力なのだろう。自身の身よりも、民の身を優先する。立派な心掛けだな。


 ――反吐が出るほどに。


「そうか……」


 好きにすればよい。

 シンリアスがそう決めたのであれば、私はなにも言わん。


「申し訳ありません。ガドウィン様のお気持ちは十分に「必要ない」……えっ?」


 目を伏せながら申し訳無さそうな表情で謝罪してくる、シンリアスの言葉を遮る。

 それによって、シンリアスは驚いた表情をこちらに向けた。


「最終的な判断を下すのはシンリアス、お前だ。私の気持ちなど、どうでもよい」


 そう言いながら、席を立つ。リータも私の態度に戸惑っているのか、困惑した表情を向けていた。

 しかし、更に言葉を続ける。


「私は部外者だ、お前がそう決めたのなら好きにするといい。ヴェノム鉱石を使った装備の件も、ふたりで進めろ。私は自分の仕事に戻らせてもらう」


 見下すような視線でシンリアスを見ながら、そう言って扉へと向かう。


「ガ、ガウィ!!」


 リータが追いすがって来ようとするが、軽く手を上げてそれを静止させる。


「お前の仕事は、シンリアスの側に居ることだ。そして、私の仕事はマノリ様の側に居ること。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 その言葉にリータは泣きそうな表情をさせる。シンリアスも未だ呆然としたままだ。

 そんなふたりを一瞥すると、部屋を出て扉を閉めた。











 とある高原に悠然と佇む、建物がある。

 

 見渡す限りでは、建物らしき建造物はそのひとつしか存在せず、人が暮らしているにしても、自給自足の為の畑なども見当たらない。

 遮るモノのない場所で、ぽつりと建物が建っている光景は美しさを感じさせるが、同時に不気味な印象も持たせた。


 その建物の外壁は全てが白く塗られ、屋根は赤い色をしている。

 外壁には一定間隔で窓が取り付けられているが、様々な色をしたガラスが使われているようで、窓でありながら絵画としての役割も果たしているようだ。

 そして、屋根から突き出るような形で塔が伸びており、頂上部分には金色の鐘が見て取れる。


 その出で立ちから、教会であろうことが判明するが、どういう訳か人里離れた場所にある。

 訪れる者が居るのか疑問を覚えるが、寂れた様子はなく、むしろ建設されてから間を感じさせないほど、美しい外見を保ったままであった。

 教会の中には、長く豪華な絨毯が通路に沿って敷かれており、陽の光を浴びたステンドグラスが幻想的な輝きを演出していた。


 そんな場所をゆっくりとした足取りで、トイノは大きな扉へと続く、絨毯の上を歩いてゆく。

 まっすぐと正面を捉えたまま、軸がブレることなく颯爽と歩く姿は、おもわず目を奪われてしまいそうだ。


「――お帰りなさい」


 トイノが音も立てずに大きな扉を開くと、可憐な声が出迎えた。


 椅子に腰掛けたまま外を眺めていたエトゥカンナは、ゆっくりと顔をトイノへと向ける。


 労う気持ちを表現するように、優しい微笑みを持って出迎えるその姿は、窓から差し込む陽の光をうけて、神々しささえ感じさせた。

 高貴な存在感漂うエトゥカンナを崇拝するかの如く、トノイは頭を垂れるように深く一礼をする。


「ただいま戻りました」


 たっぷりと時間を置いてから頭を上げたトイノは、扉を閉めるとエトゥカンナの側まで近づいていく。


「どうでしたか?」


 ゆっくりと近づいてくるトイノを眺めながら、エトゥカンナはどこか期待を膨らませた表情で問いかけた。

 そして、トイノが側まで来ると、軽く見上げるように顔を向ける。


「やはり、シンリアス王女の専属騎士は優秀なようです。また、間が悪いこともあり、サルディニア家のご令嬢を護衛する者まで側に居りました」


「そう……」


 その報告に、エトゥカンナは落胆する様子で僅かに顔を曇らせ、スッと顔を下げた。


「残念ではありますが、狙うのであればカーラ王女の方が得策でしょう」


「そうね」


 提案された言葉を憂う様子で顔を曇らせたままのエトゥカンナは、小さくため息をつく。

 それを複雑そうに見ていたトイノが、穏やかな表情を向けた


「エトゥカンナ様は、微笑まれておられた方が、お美しいですよ」


「ありがとう。でも、ごめんなさい。妾のことを美しいと評して欲しい人は、ひとりだけなの。――もう二度と、その言葉を口にはしてくれませんが……」


 そう言うと、悲しみの篭った表情を、手の届かぬ遠くのものを見つめるように、外へと向ける。


「ジルベルト様……」


 エトゥカンナの口から零れた言葉には、深い悲しみが含まれている。

 心を抉られるようなその声色によって、トイノは苦しげな表情をさせた。だが、今度は何を言うわけでもなく、ただ側に控えているだけであった。











 リータとシンリアスから離れ、久方ぶりにサルディニア家の屋敷へと戻ってきた。

 忙しなく馬を走らせても、開拓地まで片道3日は掛かる。なので、この屋敷に戻るのは一週間ぶりぐらいだ。


「お帰りなさいませ、スマルト様」


 門で仕事をしていた使用人が声を掛けてきたのを、軽く会釈をして対応する。

 ついでに、マノリの居場所を聞くと、自室に居ると教えられた。


 帰還の挨拶を済ませるために、マノリの自室に向かい、扉を叩く。

 中からの返事を待ってから、扉を開いた。


「マノリ様、ただいま戻りました」


「ガドウィン! お帰りなさい!」


 笑顔で出迎えてくるマノリに一礼する。そして、手招きに従う形で部屋の中へと入った。

 どうやら寛いでいたようで、紅茶や菓子がテーブルの上に置かれている。マノリと向かい側の椅子に座ることを促されたので、それに従い腰を下ろした。


「無事に魔物を討伐したのですね!」


「ああ、私は何もしていないがな。全部、リータが片づけいていた」


 軽く報告を済ませてから、今度はマノリの話を聞くことになった。

 龍族との戦争について、王の元まで赴いたこと。その際に、王国を貶めようと企てる者が居ること。など、シンリアスから情報を得たものが殆どだった。

 そのため、私の反応が薄いことにマノリが膨れた表情をさせる。王国の一大事なのだから、もっと驚いてもいいだろうと言うが、素直にシンリアスから聞いたと言うと、納得した表情で頷いた。


「シンリアスお姉様はお元気でした?」


「公務で忙しそうではあったが、元気そうだったぞ」


 そう聞いてマノリは嬉しそうに頷いた。

 いつの間にやら、マノリとシンリアスは仲が良くなっており、呼び方も「シンリアス様」から「お姉様」に変わっていた。

 出会った当初、マノリはシンリアスに憧れの念を持っていたようだったが、親しくなるにつれ本当の姉妹のような仲になっていった。私とリータが何かと一緒に任務に付くことが多くあり、それに伴ってマノリとシンリアスの距離が自然に近づいていた。

 それが、先月の上級魔物に開拓地が襲われた際に、討伐を終えて帰ってくると急激に仲が良くなっていた。理由も尋ねたが、ふたりだけの秘密と、笑顔で顔を見合わせるだけだった。


 まぁ、それほど仲が良くなったシンリアスに強く当たって帰ってきてしまった。そのことは、隠しておいた方がよいだろう。確実に、うるさく言われるだろうからな。

 それに、シンリアスにも言った通り、好きにさせておけばよい。取りあえずは、事の成り行きを見守ろう。トイノがどう動くのかはわからない以上、今の私に出来る事はない。そして、エトゥカンナの事も同様だ。


 そのまま少し会話を交わしてから、ヴォルガにも帰還の報告をするため、マノリと共に執務室に向かう。

 その途中、エリスとソリウスとすれ違い、訪ねてきていたパシクルゥの事について聞かされた。

 私が屋敷を出て、すぐにパシクルゥも帰って行ったらしい。言付けとして、「約束を守るように」と言われたらしい。いつになるかわからないが、いずれパシクルゥに会いに行くとしよう。


 パシクルゥの言付けの内容に、マノリが訝しげな目でこちらを見てくるが、大した事ではないと首を振って答えておく。あまり余計なことを言うと、すぐに機嫌が悪くなる。特に女が絡むとそれが顕著になり、機嫌が直るのにも時間が掛かる。黙っておくのが得策だろう。

 それよりも、早く意中の男でも見付け、少しは大人になってもらいたい。それなりに良縁だと思われる縁談の話も来ているようだが、マノリは毎回のように突っぱねている。親馬鹿であるヴォルガが居ることで、多少わがままな振る舞いになっているようだが、いつまでもそういった態度を取る訳にもいかないだろう。いずれは、サルディニア家の一人娘として、婿を取るか、嫁になるかは分からぬが、サルディニア家を共に支えていく男を選ばなければならない。


 以前に一度だけ、そう諭した事があったが、「サルディニア家は私が立派に継いで見せます! そのために、ガドウィンはいつまでも私の側に居てください!」と、返された。何故だか、顔を赤くしながら言っていたが、出来るだけ側に居続けよう、と答えると満面の笑みで喜ばれた。


 そこまで喜ぶとは思っていなかったが、そんなにも私が護衛で居続ける事が嬉しいのだろうか?

 確かに、私が側に居ることで、マノリは様々な脅威を回避できる。はじめの頃は、遠征で中級魔物に遭遇した際に、この世の終わりのような表情で怯えていたが、今では呑気に馬車に座り、私が討伐し終えるのを眺めているぐらいだ。頼もしくなってなによりだが、もう少し可愛げがあっても罰は当たらぬだろう。


 そんな回想をしつつ、マノリを見ていると不思議そうな表情を向けてくる。だが、特に気にした様子はなく、ヴォルガへの報告が終わった後に、剣の稽古をつけて欲しいと言ってきた。


 マノリの護衛となってから、護身の為にと稽古をつけることをせがまれた。しっかりした師範を付けた方がよいと提案したが、どうしても私につけて欲しかったらしい。まぁ、マノリの側に居ることが仕事であり、マノリが稽古をしているところを見てるよりは、自分が稽古をつけていた方が暇つぶしにもなりよいだろうと考え、それを承諾した。

 しかし、何を思ったのか、大剣を使いたいなどと言い始めた時は驚いた。闘技大会で見た私の姿に憧れて、自身も扱えるようになりたいと思ったらしいが、到底無理な話だ。マノリの身体で、大剣など振り回せば怪我をするだけだ。

 そう説得して、まずは基本からと、模擬刀を持たせて素振りをさせた。筋は悪くなかったが、別段良くもなかった。しかし、不思議とやる気はあったようで、稽古中は文句を言わずに私の指示に従っている。

 今では、それなりに剣を扱えるようになり、様にもなってきた。いつの日か私を負かすと意気込んでいるが、期待しないで待つことにしよう。


 ヴォルガにも簡単に挨拶を済ませ、マノリの稽古も終わってから自室で寛ぐ。

 王国会議が終わるまでは屋敷でゆっくりと過ごせることもあって、平穏で貴重な時間を送ることができる。最近は色々と面倒事が起きて駆けずり回っている、エトゥカンナやトイノの件で、そのうちまた駆けずり回ることになりそうだが、当分は大丈夫だろう。


 そう思い、屋敷でゆったりとした時間を過ごしているところに、カーラとクラウディスが行方不明になったと報告があったのが、それから10日後のことであった。

少し短いですが、キリが良いので。

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