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戦力強化3

「えへへ~」


 隣から上機嫌な声が聞こえてくる。

 横に視線を巡らせると、ニコニコと笑顔で歩くリータの姿があった。

 ヴェノム鉱石を採掘する為、この森に入ってから、ずっとこの調子だ。時折歌を歌いながら、本当に楽しそうにしている。


「どうかしました?」


 私が見ていることが気になったのか、こちらに顔を向けて首を傾げる。


「採掘が楽しみなのか?」


 そんなリータに上機嫌な理由を尋ねた。

 鉱石を採掘することが好きだとは知らなかったが、嬉しそうにツルハシを振りながら歩いている。リータの隠れた趣味だったのかもしれない。もしくは、人間の戦力強化が成功すれば、私やリータに掛かる負担がかなり軽減されることもあって、張り切っているのか?

 しかし、そんな私の予想とは裏腹に、リータは頬を膨らませ首を振っていた。


「違いますよ! ご主人様とのデートが楽しいんです!」


「……そうか」


 これをデートと呼ぶのはどうかと思うが、余計な事を言って不機嫌にしては可哀想だ。リータが楽しんでいるなら、そっとしておこう。


 今回の目的であるヴェノム鉱石は、王国の管理する鉱山では極希にしか発掘されない鉱石だ。その為、希少価値が非常に高く、上流階級の者たちが一種のステータスとして手にしていることも多い。

 アクセサリーなど、身に付ける宝石として所持する事もあれば、細工を施した彫刻品などとして所持していることもあるようだ。サルディニア家にも、ヴェノム鉱石を龍の形に細工した品が飾られており、掌ぐらいの小さなものだが、そのサイズでも相当値が張る代物らしい。

 一度、マノリが過ってその彫刻品を台から落としたことがあった。その場に居合わせたヴォルガとエリスは絶叫を上げ、落とした本人であるマノリは呆然とした表情で、その場に崩れ落ちた。

 しかし、それなりの高さから落下したにも関わらず、龍の彫刻は欠けるどころか、傷ひとつ付かずに無事であった。それを確認したマノリは、絶望の淵から救い上がられたかのような表情を見せていた。


 そんな体験をマノリは笑い話のつもりでシンリアスに話していたが、思惑とは裏腹に興味深そうに聞き入いられしまい、困惑した表情を浮かべていた。

 それからはシンリアスなりに色々と調べたようで、細工師などから、鉱石の強度が相当な硬さであると情報を得たと聞いた。細工を施す繊細な作業よりも、鉱石を削ることが困難であり、製作に膨大な時間を必要とするらしい。


 そんな鉱石を、今回は武器や防具として利用しようとしている。

 価値を知る者であれば卒倒するであろう使い方だが、ヴェノム鉱石の性質を考えれば予想以上の結果をもたらせるはずだ。


「でも、いいんですか…? 人間を強くするようなことをして?」


「あぁ、問題はない。リータは不安か?」


「いえ、そうじゃなくて、その……何か理由があるのかなって……」


 リータは気まずげにそう告げると、視線を逸らす。


 私の臆病心からリータ達には話せていないが、目的の為には人間たちの戦力強化も必要になってくる。そのために、リータとジェシカには戦力を確認するよう行動してもらっていた。そして、それによって知り得た情報が、あまりにも弱すぎる――ということ。

 はっきりと言ってしまえば、このままでは私の計画の駒にすらならない。


 しかし、劇的に強くしてしまっても怪しまれてしまう。調べる者が調べれば、人間の戦力強化に私たちが関わっていることが悟られてしまうだろう。特に、エトゥカンナの情報網を持ってすれば、確実に気づかれてしまう。そういった事の対策として、マノリやシンリアスの存在は大きく、巧く誘導していくことが大切になってくるはずだ。


「すまん、詳しく話していなかったな。不満な思いにさせてしまった」


 そう声を掛け、どこか寂しさを見せているリータの頭を軽く撫でた。


 信頼していなかった訳ではなかったが、リータの性格を考えると伏せておくことが懸命であると判断した。リータのことだ、私を喜ばせようと必ず無茶をするだろう。そうなると、人間が急激に力を付けてしまう可能性がある。しかし、それでは駄目なのだ。

 だが、リータ達に目的を伝えずに使い回していることも、また事実。ただ単に命令に従っていろ、という態度は褒められた事ではなかったな。


 そう考え、謝罪の意味を込めて頭を下げる。

 主である私が頭を下げたことに、一瞬呆けた表情をさせたリータは、激しく動揺した。

 

「そ、そんなことやめてください! 不満だなんて思ってないです!」


 慌てた様子で頭を上げるよう言ってくる。

 それに、礼を言いつつ素直に従い、微笑んだ。


「だが、しっかりと話しておくべきだったな……ジェシカにも話しておかなければならない。――そうだ、私の目的の為に、人間たちには力を付けてもらう必要がある」


「や、やっぱりそうなんですね!」


 リータは少し誇らしげに頷く。

 どうやら、私の考えを読んでいたようだ。その事に感心し、感嘆の声が漏れる。


「ほぅ……気づいていたのか?」


「ジェシカが「ご主人様は人間・エルフ・獣人が弱いことをよく思ってないみたいだ」って言っていたので。でも、じゃぁ、強くすればいいかな? って言ったら、怒られちゃいました……えへへ」


 そう言って、恥ずかしそうに頬を染める。

 やはり危惧した通りの展開になりそうであった。だが、ジェシカが巧みに手綱を引いてくれたのだろう。ありがたいことだ。


「流石だな。確かに簡単に言えば、リータの考えている通り強くなってもらえばよいのだが、ただ単に強くするだけでは性急過ぎて怪しまれる。敢えて、私たちの存在を隠したまま人間たちには強くなってもらわなければならない」


 リータが突っ走らないように、釘を刺すように説明をする。

 そのことに気づいたのか、一瞬ギクリと顔を引き攣らたが、納得したように頷いた。


「な、なるほど。でも、隠すなら今の状況は危ないんじゃ…?」


「そうなのだが……私たちがそれなりの強者である必要もあった。この4年間で、マノリやシンリアスは勿論のこと、王国にとっても私とリータは重要な人物になったはずだ。それは、今の立場にあってこそだろう。シンリアスはそれなりに頭が切れるようだが、根は純粋だ。そして、マノリも純粋で扱いやすい。その2人に取り入ることが出来ているこの状況は、まさに私が望んでいた状況だ」


 まぁ、その為に良いように使われてやったのだ、そうでなければ困るのだが……。リータの話では、私とリータの関係性にシンリアスが疑問を抱いたらしいが……概ね巧く誤魔化せている。


「今の私たちの立場なら、疑心を抱かせずに人間たちを強く出来るってことですよね? なら、魔法も教えたりします? 私、騎士たちに訓練つけてますから」


 リータの提案に、少し考える。

 確かに、リータの育成指導の立場を使えば騎士に魔法の技術を広める事が出来る。しかし、魔法が選ばれた人間にしか使えない特殊な技能となっているこの大陸で、急に多くの者が使用できる技能になってしまうのはどうだろうか……。

 教会が治癒魔法を独占している時点で、魔法の技術を習得させる訓練は問題があるだろう。どう転んでも、教会に目をつけられる。


「いや、魔法はやめておこう。教会の事もある……それに、私たちが教えなくとも、別の者に教させればよい」


「別の者、ですか?」 


「エルフだ」


 奴らに人間に魔法の技術を伝授してもらおう。

 その為には、エルフとの交流をより大々的に行なってもらわなければならない。幸いなことに、先の上級魔物の件で、エルフ・獣人との交流に積極性を見せている。それを利用するとしよう。


 リータにも協力してくれるよう言うと、嬉しそうに頷いた。

 張り切り過ぎないよう忠告をするが、やる気でいてくれる事は頼りになる。



 話をしているうちに、大分奥まで進んでこれたようだ。ハイ・オーガが住処として使用している洞窟に入り、奥へと進んでいく。

 この中にヴェノム鉱石の採掘場がある。以前立ち寄った際に、ひと通りハイ・オーガを駆逐しておいたが、また何体か戻ってきたようだ。無謀にも襲い掛かってくるハイ・オーガを2体ほど殺してやると、太刀打ち出来ないと悟ったのか、蜘蛛の子を散らすように洞窟の外へと逃げ去っていった。

 進みやすくなった洞窟内を闊歩し、広い空間に辿り着く。そこは、周りの全てがヴェノム鉱石で覆い尽くされた空間であり、どこを掘り起こしてもヴェノム鉱石が手に入る。


「よいしょー!」


 リータは気の抜けた掛け声を上げながら、目の前の岩壁に向かってツルハシを振るった。

 華奢な少女が振り回す事さえ心配になるツルハシを使って、岩壁を掘ろうとしている。どう見ても岩の強度に弾かれそうな図だが、目の前の岩壁は轟音を立てて、大きく抉られた。

 砂埃が辺りを舞い、視界が狭まる。パラパラと天井が崩れているが、落盤が起こるほどではないようだ。これも、ヴェノム鉱石の強度のお陰だろう。


 視界が徐々に晴れ、リータの姿がはっきりと見えてきた。

 大丈夫か? と声を掛けようとするが、肩を落とした様子に首を傾げる。

 特に怪我をした様子のないリータの手には、岩を叩いた衝撃で先の部分が吹き飛んで、柄の部分だけが残ったツルハシが握られていた。


「……壊れちゃいました」


 手に残る木の棒を悄気た様子でジッと見つめながら、泣きそうな声で報告してくる。


「仕方ない。これを持ち帰ろう」


 リータの一撃でゴトリと落ちた鉱石を指差す。

 両手で抱えるぐらいの大きさだが、この全てがヴェノム鉱石なのだ。武器と防具をひとつずつ作っても余りが出る量だろう。

 それを掴んで、持ってきた大きな麻袋に入れ、肩に担ぐ。


「ご、ごめんなさい! 私が持ちますから!」


 涙目で顔を歪ませているリータはそう言うと、麻袋を持とうと手を伸ばしてくる。

 しかし、それを首を振って制止させた。


「いや、気にするな。こんなものをリータに持たせ手ぶらで帰ってみろ。シンリアスに何を言われるかわからん」


 確実に、「女の子にこんな重い鉱石を持たせるなんて、男として恥ずかしくないのですか!?」と、文句を言ってくるだろう。

 まぁ、リータがヴェノム鉱石を抉り取った状況を見れば、そんな発想は生まれないだろうがな。よろめきもせずに、軽々と担いで歩いて帰ることが出来るだろう。それは分かっているが、一緒に居ながら私が持たないのは少々気が引ける。


 そう説明すると、リータは渋々といった様子で頷いた。

 しかし、すっかり元気を無くしてしまった姿を不憫に感じ、何か手伝ってもらおうと小さめの麻袋を差し出す。


「では、リータにはこの麻袋に魔法石を採取して詰めてもらおう」


「は、はい! 任せてください!」


 パッと表情を輝かせ、麻袋を手にしたリータは、嬉々として周囲を散策している。失態を払拭しようと励むのはいいが、そこまで気にする必要はない。私が大剣で岩を削っても良かったのだ。

 ――まぁ、楽しそうに魔法石を集めていることだ。好きにさせるとしよう。







 サナトリア王国の王城の一室にて、ヴォルガとマノリが緊張した面持ちで豪華な椅子に腰を落としている。王国公爵サルディニア家の人間に、これだけの緊張感を持たせることが出来る人間は限られてくるだろう。

 彼らの前に座るその人物こそ、サナトリア王国12代目国王、クレニフェル・バァル・サナトリアである

 建国200年の歴史を持つサナトリア王国。その始まりは、小さな町で暮らしてきた先祖からだとされている。

 その状態にあったのが、300年程前。それ以降の古い記録は残っていないが、大きく繁栄することなく、少人数の種族として生きていたと推測されている。

 しかし、建国される100年の間に脅威的に文明が発展していった。その影には、魔物の脅威と闘いながら、神に導かれるように今に至る王国の礎を築いた、先人たちの努力があってこそだ。建国時には人口100万人にも満たない小国であったサナトリア王国は、今では人口2000万人を超える大国となっている。

 記録が残る300年前から建国までの100年間。それと、建国から200年の現在に至るまでの合計300年で、人間の文明の発達の速度は異常である。その指導者たる歴代の国王が国民に神格化されているのは当然の事だろう。

 そんな偉大な血筋が身体に流れる人物に、緊張するなと言う方が無理だろう。数え切れない程も顔を合わせて居るヴォルガとは違い、マノリは10歳の時の初対面を皮切りに、今日で6回目。未だに慣れる事が無く、大人としての自覚が出始めた年齢になった事で、子供の頃よりも格段に緊張感を持った雰囲気を醸し出していた。


「会う度に美しくなるな、マノリは」


 クレニフェルはマノリの緊張を解くように、優しげな表情で微笑みかける。

 それにマノリは顔を真っ赤に染め、俯いてしまう。


「陛下。娘を口説くのはお控えいただきたい」


 娘を守る親の顔を見せるヴォルガ様子に、クレニフェルは愉快そうに手を叩いた。


「流石に自分の娘より年下の女を口説くほど、甲斐性がないわけではない。それに、マノリを側室に取るなど言ってみろ、シンリアスに殺されるわ」


 最近、より一層貫禄を持ち始めた愛娘の顔を思い浮かべているのか、クレニフェル苦い表情をさせた。一切の迷いを断ち切った表情で「お父様が死ねば、マノリは望まぬ結婚をせずに済むのですね」と言いながら、わしの胸にナイフを突き刺さす姿が想像出来ると、乾いた笑い声を上げている。


「お姉さ――シンリアス様はそのようなこと為されません!」


 興奮した様子で言い放つマノリに、クレニフェルは一度驚愕した表情を見せる。が、すぐに優しげな表情に戻ると、嬉しそうに頷いた。


「わかっておる、ただの冗談だ。だが、マノリがシンリアスを慕う気持ちは嬉しく思うぞ」


 本当に嬉しそうに笑うクレニフェルの姿に、マノリは毒気が抜かれた表情をする。そして、徐々に自分が不敬な振る舞いを取ったことに思い出したのか、みるみる顔が青く染まっていった。

 しかし、無礼な物言いを気にした様子もなく、必死に謝罪するマノリを宥める。そして、これからもシンリアスと親しくしてくれるよう伝え、恥ずかしがりつつも力強く返事をする姿に、満足げに頷いた。


「それにヴォルガ、マノリ。今回の事態にすぐに駆けつけたくれた、その忠義。真に大義である」


「滅相もありません、その言葉だけで報われます。早速ですが、龍族との戦争……陛下はどうお考えでしょう?」


「どうもこうもない……到底、無理な話だ。龍族の力はヴォルガもよく理解しておるだろう……人間が立ち向かえる存在ではない」


 険しい表情でヴォルガに答えるクレニフェルは、深く椅子に座り直し背を預ける。

 この大陸に存在する4種の種族。その中で単体であれば、最大の能力を持った存在が龍人だ。いかに人口が少数と言えど、その少数の数だけで王国の戦力と渡り合える程の力を持っている。それに加え、王である最上級魔物の龍の存在。

 エルフ・獣人と連合を組み戦力を拡大させたとしても、敵う存在では無いことは十分に理解している。龍族の王に戦争に出て来られてもみろ、鷹が蟻の群れを狩るかの如く蹂躙される――と、深いため息を吐きながらクレニフェルは愚痴る。


「仰る通りですな。暴れられでもすれば、我ら蟻は巣に篭って鷹がどこか遠くへ去っていくのを、ひたすら待つ他ありますまい。しかし、それ提議した者たちは、そのことが分からぬ愚か者でもありません」


「……あぁ。何故このような議題を王国会議に持ち込んだかは不明だ。あの者たちを裏から操る存在も、皆目見当が付かぬ」


 ただの新米領主の戯言であれば良かった。若く血気盛んで未熟な若者が提案する議題であれば、どれほど気が楽だったか。そう憂いを含ませる声色で語るクレニフェルの姿に、ヴォルガは顔を顰める。


 爵位の違いはあれど、王国の発展に大きく貢献してきた名家の貴族。代々に渡り国王に絶対的な忠誠を捧げ、それを受けていた国王もまた、絶対の信頼を寄せていた者たち。そして、それぞれがその名家の当主の座を継いで、数十年の実績も経験も兼ね備えた人物たちである。絶対に陛下を、王国を裏切ってはならない立場の人間たち。

 その者たちが、王国に不利益になるであろう議題を持ち出した。これが意味する最大の目的は……。


「ヨシペタイ公爵、ポンコタン侯爵、チャランケ伯爵は、王国への忠義を捨てました」


 ヴォルガの言葉にクレニフェルは弱々しく頷く。

 そして、2人の様子を黙って見つめていたマノリが、その重大な意味に気づいたのか小さく息を呑んだ。


 そもそも、なぜ口裏を合わせるように、龍族への戦争を提議してきたのか。人間が立ち向かえる存在でないことを十分に理解している3人が、なぜ今になって龍族への敵意を強く示したのか。

 簡単な話が――そうするよう命じた人物が居るからだ。

 ヨシペタイ公爵・ポンコタン侯爵・チャランケ伯爵は、それぞれ真に忠誠を捧げているであろうその人物に従ったということ。そして同時に、王国への不義を示した。

 そのことで、裏に居るであろう人物は、己の存在を王国に明確にしてきたのだ。


 いつから3人を懐柔しているのかは分からないが、これだけ王国に影響力を持った人間を手駒にしている。それだけで、王国にとって脅威であることは違いない。

 王国を内部から崩壊させ、我がものとするつもりなのか。はたまた、本当に龍族と事を構える算段がついており、それに王国を利用しようとするつもりなのか。


「わしは国を守ることが出来るだろうか……?」


 誰に問いかけるわけでもなく、小さく吐き出したクレニフェルの言葉に、ヴォルガとマノリは俯くしかなかった。







「お帰りなさい」


 そう笑顔でシンリアスは、私を出迎える。

 それに軽く頭を下げて、待たせてしまった? と尋ねた。


「いいえ、今出てきたところです」


「嘘! ちょっと身体が冷えてるよ!」


 シンリアスの答えにリータは頬を膨らませる。その事にシンリアスは少し困ったように眉を寄せた。


 リータはティルスの屋敷近くまで来ると、入り口で佇むシンリアスを目ざとく見つけ、走り寄って行った。そして、シンリアスに抱きついて戯れつき、今も背中に引っ付いている。


「すまんな。心配をかけさせた」


 すっかり日も落ちてしまい、辺りは暗くなっている。そんな中で外に居たのだ、身体を冷やしてしまったのだろう。

 少し帰りが遅くなってしまったからな、何かあったのかと不安になっていたようだ。


「謝らないでください。わたくしが勝手に心配していただけですから」


 恥ずかしそうに告げるシンリアスに、微笑みながら礼を言う。そして、背に担いでいるヴェノム鉱石の入った麻袋を掲げてから、屋敷の中に入ろうと促した。



「足りなければまた採ってくるが、取り敢えずはこの量で事足りると思う」


 部屋に入ってから麻袋を開け、中に入れておいたヴェノム鉱石の塊を取り出す。


「これ……全部、ヴェノム鉱石ですか?」


「そうだ」


 シンリアスは呆然とした表情でヴェノム鉱石の塊を見つめている。今まで一度もこの量のヴェノム鉱石を見たことが無かったのだろう。本物か確認するように手を触れ、軽く叩いたりもしている。

 そんなシンリアスの反応に気を良くしたのか、リータは得意げな表情で胸を張っていた。


「どうだ! 私がツルハシを代償に採掘した鉱石は!」


「す、凄いわ! 正直言って、こんなに持ってくるとは思ってなかったもの」


 シンリアスを驚かせた事が嬉しいのか、リータは更に得意げな表情を強くさせる。少々興奮しているのか、鼻息も荒くなってきていた。

 だが、そんなリータの変化も気づかないほどヴェノム鉱石に釘付けになっている、シンリアスの視線を遮るように、リータから小さな麻袋が差し出される。


「これは? ……っ!」


 差し出された麻袋を不思議そうに受け取ると、口を開いて中身を見た。すると、驚愕の表情で言葉を詰まらせる。

 そこには多種多様の魔法石が入っており、それぞれの魔法石が放つ色鮮やな強い光が、麻袋の口から漏れている。


「どうだ! 私が帰りに拾ってきた魔法石は!」


 更に気を良くしたリータは、ふんぞり返るほど胸を反らし、自慢気な表情をさせている。

 失敗を払拭しようと、シンリアスを驚かせようと、かなり熱心に純度の高い魔法石を選びながら拾っていた。思惑通りになって嬉しいのだろう。……まぁ、そのせいで帰りが遅くなり、シンリアスを心配させてしまったがな。


「貴方達はとんでもないことを、何でもないことのようにやり遂げるわね……」


 呆れを含ませた表情をしたシンリアスは、今日採ってきたこの量だけで王国で一財産築ける価値であると、脱力した様子で伝えてくる。そして、先程から褒めて欲しそうにアピールを続けるリータに微笑むと、頭を優しく撫で始めた。


「全部リータが採って来たの?」


「そうだよ! ヴェノム鉱石も私が掘ったし、魔法石も私が純度の高いのを選びながら拾ってきた!」


 気持ちよさそうに頭を撫でられているリータの話に、シンリアスはこちらに顔を向けて首を傾げる。


「ガドウィン様は何を?」


 不思議そうに尋ねてくる予想外の内容に、苦笑いを返した。


 確かに、今までのリータの話では私の役割はただの荷物運びだろう。しかし、この重量のヴェノム鉱石を担ぎながら、中級魔物がうろつく危険地帯を歩いて来たのだ。それだけで賞賛に値するはずなのだが……。

 乾いた笑みでシンリアスを見ていると、すぐにシンリアスもその事に気づいたのか、慌てた様子で深く頭を下げた。

 

「す、すみません! 失礼な事を言ってしまいました! わたくしの頭がどうかしていましたわ!」


 必死に謝ってくるが、そこまでされると逆に気を遣ってしまう。


「気にするな。シンリアスを混乱させる程の成果であったということだろう。こちらとしても鼻が高い。それに、実は私も少し珍しい物を拾ってきた」


 ペコペコと頭を下げるシンリアスに、あまり王族が軽々しく頭を下げるなと諭しつつ、懐に入れておいた物を取り出す。

 顔を赤くさせながら恥ずかしげに私の忠告に頷き、頭を上げるシンリアスにそれを差し出した。


「こ、これ…! そんな……嘘っ!」


 差し出されたそれを両手で受け取ったシンリアスは、取り乱した様子で首を左右に振っている。

 その様子から、シンリアスはこの石のことを知っていたのだろう。少し意外だったが、説明する手間が省けた。


 私がシンリアスに渡したのは、太陽石。魔法石以上に魔力が凝縮されたその特殊な石は、軽く熱を帯びていることから、太陽石と名が付けられた。魔法石と同じように、内に秘める魔力の量や大きさでその価値が変わり、秘める魔力の量が多くサイズも大きければ、その恩恵を強く受けることが出来る。

 今回拾って来た物は、シンリアスの小さな掌に余裕を持って乗る程度の大きさだが、指の爪程度の大きさで十分に効果を実感できる代物だ。このサイズであれば、喉から手が出るほど欲する者も居るだろう。


「その石については知っているようだな。察している通り、太陽石だ。一度試しに使ってみたが、【ファイヤーボール】の火の玉が、私の頭ほどの大きさから、身体を飲み込むぐらいの大きさになったぞ」


「こ……これだけの大きさです。十分あり得ますね」


 恐る恐る頷くシンリアスの両手は僅かに震えている。

 シンリアスの戦々恐々とした反応に、それを横で見ていたリータはガックリと肩を落とした。


「さ、さすがガウィ……負けた……」


「リ、リータのだって十分よ! いいえ、むしろ異常なぐらいなんだから、気を落とす事ないわ!」


 天狗の鼻が折れてしまったリータを、シンリアスは必死に励まそうと身振り手振りで褒める。

 それによって、立ち直ったのか嬉しそうな表情で頷くと、シンリアスが持つ太陽石を眺め始めた。


「ガウィったらよくこんなの見つけたね。あの洞窟の中で?」


「そうだ。洞窟の壁に少し色の違う箇所を見つけてな、大剣で削ったら出てきた。運も良かったのだろう」


 リータが魔法石に夢中になっているのを後ろから追いかけていると、ふと壁に違和感を感じた。よく見ると少しだけ色の違いが見受けられる部分があり、軽く周りに付いている岩壁を剥がすとコロリと落ちてきたのだ。

 そう説明すると、リータは壁も見とけばよかったと残念そうな顔をする。


「これは頂いてもよろしいのですか?」


 そう言うと、シンリアスは両手に乗せた太陽石を戸惑った表情で差し出してくる。


「ああ、構わない。そのまま使って質を重視してもよいし、効果は下がってしまうが小さく砕いて量を重視してもよい。好きに使ってくれ」


 元々渡すつもりで採ってきたのだ。

 それに私が持っていても仕方がない。太陽石に頼らなくとも、最大威力の魔法を行使するなど容易いことだからな。


「ありがとうございます! 十分に使い道を検討して、活用させていただきます!」


 今度は心底嬉しそうにペコペコと頭を下げるシンリアス。

 それをリータに、「また、頭下げてるよ~」と茶化されると、照れた表情を浮かべた。


 ヴェノム鉱石を使った装備の件などは明日にすることにして、ティルス伯爵のもてなしを受けることにした。

 3人で食事を取り、談笑しつつ穏やかな時間を過ごし、風呂に入ることにする。質素ではあるが、十分な広さを持った浴場で、ゆっくりと疲れを癒した。

 風呂から出てくると、酷く疲れた様子のシンリアスが廊下に立って居たので声をかける。


「どうした?」


「あぁ……ガドウィン様。リータがガドウィン様の背中を流すと言って、浴場に入ろうとするのを止めていました」


 こちらに振り向いて、ため息混じりに伝えてくる。

 私がのんびりとしている間に、外は大変なことになっていたらしい。それにしても、シンリアスには助けられたな。リータの気持ちは嬉しいが、そんなことをされてもこちらが困る。入浴中にリータに入って来られたら、どう反応してよいのか……。


「そうだったのか……。すまないな、恩に着る。……それで、リータはどこに?」


 辺りにリータが居ないことに疑問を感じ、居場所を聞く。

 すると、シンリアスは恥ずかしげな表情で視線を逸らした。

 

「今度は夜伽を務めると言って、ガドウィン様の寝室に……」


 弱々しく伝えてくるその顔は、真っ赤に染まっている。

 予想していなかった事に言葉が出てこず、気まずい空気が流れる。それを振り払うため、呆れを含ませた声を出した。


「……なにを馬鹿なことを。摘み出すから連れて行ってくれ」


 私の頼みに、シンリアスは黙って頷く。

 そのまま、2人で寝室まで行くと、リータがベッドに座っていた。私が来たことで表情を輝かせたが、後ろに居るシンリアスに気づくと「シンリアスも一緒に!?」と、驚いた表情でほざく。

 リータに近寄り軽く頭を小突いて出て行くように言うと、しゅんと身を縮こませながら素直に頷いた。終始、顔を赤くしていたシンリアスはリータを慰めるように肩を抱いて、共に寝室を出て行く。


 最後の最後で酷く疲れてしまった。せっかく風呂で疲れを取ったというのに、これでは意味がない。リータが色々と世話を妬いてくる事は嬉しく思うが、もう少し恥じらいを持って欲しい。

 そう憂いながらベットに横になる。途端に睡魔が襲ってくるので、それに抗うことなく早々に意識を手放した。

なかなか進まないな~……。

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