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戦力強化2

「あっ! ガウィ!」


 開拓の森に着くと、私に気づいたリータが近づいてくる。


「状況は?」


「もう終わったよ!」


 笑顔で答えるリータは、力こぶを見せてきた。


「そうか、よくやったな」


 その姿に微笑みながら頷き、労いの言葉をかける。

 どうやら、無駄足だったらしい。リータだけで、十分だったのだろう。


「ありがとう! ほら、褒めて! 褒めて!」


 私の言葉に嬉しそうな表情をすると、自身の頭を指差す。頭を撫でて欲しいようだ。


「頑張ったな」


 そう言葉をかけ、優しく頭を撫でる。細く指通りのよい髪が、なんとも触り心地が良い。

 私が頭を撫でると、リータは気持ちの良さそうに目を細める。その、至福に満ちた表情を見ていると、何故かパシクルゥとのやり取りで目覚めてしまった衝動が込み上げてきた。


『少しならば、大丈夫だろう』


 自身に言い訳をするように、駆られている衝動に忠実になる。

 気がつくと、撫でていた手を止め、頭を掴んでいた。


「うん…?」


 急に頭を掴まれた事に、リータは不思議そうに声を上げる。困惑した表情でこちらを見上げると、「な……なに?」と、問いかけてきた。

 それに答えず、笑顔を向けてやる。すると、照れた表情浮かべてから、釣られるように顔が緩んだ。


 これから私がしようとしている事など、想像も付かないだろう。無邪気に頭を掴まれたまま、満面の笑みを向け続けている。

 そんな、リータの申し訳ないと思いながらも、頭を掴む手に力を込めた。


「っ…!? いたたたたたっ!!」


 リータか叫んでから、すぐに力を緩め手を離す。


「……え? な、なに? なんで?」


 まぁ、そうなるだろうな。

 特には理由はない。やりたかっただけだ。


「貴様! リータ様に何をしている!?」


 頭を押さえながら、怯えた表情で私を見ているリータから視線を外し、声がした方へと向く。

 そこには、騎士の鎧を着た男が居り、私を睨みつけていた。


「愛情表現だ」


「嘘をつくな!」


 その男に向かって、何をしていたか答えてやる。リータは、「愛情表現?!」と驚きの声を上げているが、男には冗談が通じなかったようだな。


「何者だ?」


 男から視線を外し、何故か潤んだ目で私を見ているリータに尋ねる。

 私の問いかけに表情を戻すと、リータは男の側に寄った。そして隣で両腕を広げ、男を持ち上げるように紹介した。


「王国騎士団、期待の新星セグ・デュマリク! 私、育成指導とかもやってるから、一緒に派遣されたの」


「なるほど、今回の任務で経験を積ませたのか。戦力強化の一貫か?」


「そう! まぁ、セグは見てただけだよ」


 ケラケラと笑いながら答えるリータに、セグは悔しさを滲ませた表情する。まだ、中級魔物を相手取れる実力は無いのだろう。

 しかし、リータが育成指導とはな……形だけの指導をしているのか、本気で取り組んでいるのか分からないが、化け物集団を作られては困る。少々心配だが、リータのことだ、それなりに巧くやってくれるだろう。


「貴様こそ誰だ!」


「ん? あぁ、サルディニア家で護衛をやっている者だ」


「っ…?! 貴様が、リータ様の…!」


 何かに気づいた様子のセグは、先程よりも鋭く私を睨みつけてきた。急な態度の変化に首を傾げていると、セグの横から手が伸びてくる。


「こらっ!」


 リータが叱りつけるように、セグの頭を叩いた。

 怒りを表すために、頬を膨らませているが、真剣に怒っているようには見えない。現に、叱られているセグは、照れた表情を浮かべていた。


「なんで睨むの!」


「こいつがリータ様に失礼な事を…!」


「愛情表現だからいいの!」


「し、しかし!」


 あたふたと言い訳をするセグと、叱りつけているリータは、どう見ても親しい者同士の痴話喧嘩にしか見えない。腰に手を当てて、嗜めるように叱るリータの姿は姉のようにも見える。

 あれでは厳しい上下関係の構築は難しそうだが、それがリータの良さなのかもしれんな。


「仲が良いのだな」


 リータの新鮮な姿に、自然と笑みが浮かんでくる。私の前では、あのような態度は取らないからな。意外と面倒見が良いのかもしれない。


「「えっ?」」


 2人が声を合わせ、驚いた表情でこちらを向いた。


「息も合っているようだ」


 抑揚に頷く。


「まぁ、悪くはないかな……何度か、一緒に任務をしてきたし」


 リータは、腕を組みながら考える様子で答えた。そして、セグは勝ち誇ったような笑顔で頷く。


「リータ様と僕は通じ合っているからな」


「それは何よりだ。それより、リータに聞きたいことがある」


「ぇ…? あっ! なに?!」


 眉を顰めてセグを見ていたリータに声をかけると、慌てて答えた。


「龍族との事だが……」


 ちらりとセグに視線を向けながら、言葉を止める。それに、リータが察したのか、話しても問題ないといった様子で頷いた。


「うん、聞いてる。王族は揃って反対してるよ」


「そうか……」


 やはり、会議では議題として持ち上がるだけなのだろう。王族が否定的だということは、強引に可決される事も無さそうだ。しかし、人間の王族までは教会の息がかかっていようだが、他の種族は分からない。他の種族の王が教会寄りの発言をすれば、状況が劇的に変化するかもしれん。


「でも、エルフ・獣人族との同盟は強化したいみたいだよ」


「ほぅ、なぜ?」


「今でも小さい交流があるんだけど、それをもっと大々的にやりたいみたい。やっぱり、他種族から物や技術を手に入れたいんだって。エルフから治療系の薬とか魔法の技術。獣人からは貴重な素材、それこそ鉱石から食材まで豊富に種類があるみたいだよ。あとは、森の開拓を共同で進めていく話もある。魔物が強力だから、自分たちだけじゃ厳しいかもって」


「なるほどな。しかし、龍族とは同盟を強化しないのか?」


「う~ん……。王族としてはしたいみたいなんだけど、戦争を唱える古参の貴族が居るから難しいって」


 戦争はしないが、同盟は強化する。なるほど、上手く龍族包囲網が完成するわけだな。教会の今の段階での計画は、龍族以外の種族の交流を友好的なものにする事。あとは、何かきっかけを作り戦争に持っていく手筈か。それに、パシクルゥはやる気だったからな、宣戦布告を受ければ龍族側は、二つ返事で承諾するだろう……。


「セグ、悪いけどティルス伯爵の屋敷に居るシンリアスに、討伐完了を報告してきてくれる?」


「はい! お任せください!」


「うん、よろしくね」


「はっ!!」


 セグは声高に返事をすると、駆け足で屋敷がある方角に走っていく。それを見送ってから、リータが少し怒った表情で私を見てきた。


「痛かったです」


「ん? あぁ……すまんな。ここに来る前に、少しあってな」


 どうやら、まだ根に持っていたらしい。いきなり、だったからな。リータとしては、はた迷惑な話だ。


「何かあったんですか?」


「龍族の王が会いに来てな」


「えっ!? 知り合いなんですか?!」


「知り合ったのは、だいぶ昔だ。喧嘩を売られたから、お灸を据えてやった」


「喧嘩って……馬鹿なんですか?」


 リータは、眉間にシワを寄せて呆れた表情する。


「そうだな。もしかしたら、馬鹿なのかもしれん」


 リータの言葉に、少し考えてから頷く。


 パシクルゥは出会った頃から、何かと私に対抗的だった。まぁ、最初が戦闘だったからな、仕方ないと言えば仕方ない。

 あの頃の私は力に飢えていた。更に自身を鍛え上げるため、腕試しにと最上級魔物の住処に赴いては、手合わせをしていた。当時はそれなりに苦戦する事があったからな、得るものも多かった。


 幾つかの大陸を廻った後、この大陸に辿り着いた。そして、ここを縄張りにしている最上級魔物がパシクルゥであった。

 しかし、最上級魔物が龍族の王をやっているとは驚いたな。基本的に外界と交流を経つ最上級魔物が、少数とはいえ龍族を纏め上げて国を持つ。そんな物好きは、パシクルゥぐらいだろう。

 そんな事もあって手合わせは難しいと考えたが、意外と好戦的ですぐに了承された。

 実力は、流石は龍だと思わせる強さだったが、別段驚くものでも無かったな。最上級魔物の中では、上位と言ったところであろう。


 私に敗れたパシクルゥは、相当悔しかったようで、その後も何かと付き纏われた。私の居る場所まで来ては勝負を挑んできた。だが、徐々に実力差が開いき、パシクルゥでは私の相手は務まらなくなる。パシクルゥもそれを悟っていたのか、昔のように勝負を挑んでくる事はなくなった。

 しかしその頃になれば、友人として時折会っては他愛のない話をするぐらいに、良好な関係を築く仲になっていたな。


「でも、どうやって屋敷に来たんですか?」


 パシクルゥとの思い出に耽っていると、リータが首を傾げながら聞いてきた。


「ん?」


「だって、龍が来るんですよね? 人間たちが慌てそうですけど……」


「あぁ。いや、パシクルゥは人の形を取れる」


「なるほど!」


 リータは納得した表情で頷く。


「それより、龍族側はやる気らしいぞ」


「何をですか?」


「戦争だ。他種族を皆殺しにすると、息巻いていた」


「そうなんですか? 龍族はもっと友好的な種族だと思ってたんですけど……」


 ふむ……確かにな。自分たちの得となることがあれば、他種族との交流も積極的だったはずだ。それなのに、パシクルゥは戦争をしたがっている。何か理由があるのかもしれん。――失態だな。もう少し、詳しく聞いておけばよかったか。頭を掴んで遊んでいる場合ではなかったな。


「なぜ龍族がやる気なのかはわからないが、少々気になる事がある。龍族を狙っているのが、教会らしいのだ」


「えっ!? 教会って、エブングランド教会ですか?!」


「そうだ。エトゥカンナが、龍族を目の敵にしているようなのだが……無謀すぎるとは、思わないか?」


「そうですね~。人間族の中で上級魔物を倒せるのが、ご主人様と私ですから」


「あぁ。私たちが紛れていなければ、上級魔物すら殺せぬ種族だ。それで最上級魔物に挑もうなど、死にに行くようなものだからな。――おそらく、教会には何かある」


「ですね……。教会の情報は手に入りにくいですし、実態については私もジェシカもそこまで有益な情報は掴めていません。ほんと情けないです……」


 そう言ってリータは気落ちした表情を見せる。


「そんなことはない、リータやジェシカはよくやってくれている。それに、情報を掴めていないのは私も同じだ。相当の秘密主義だからな、王族のシンリアスでさえ、エトゥカンナに会ったのは一度だけという話だ」


 励ますようにそう言うと、リータは嬉しそうな表情で礼を言ってくる。

 しばらく、リータと情報を交換し合ったが、先に会った時からそれほど時間が経っていない。有益な情報は特になく。談笑していると、屋敷の方角からシンリアスとセグがこちらへと向かって来ているのが見えた。


「そういえば、シンリアスも連れてきているのだな?」


「うん。ここから近くの街……クラウディスが負傷した街で調査をしてたから」


「なるほど、それですぐに駆けつける事が出来たのだな。しかし、シンリアスを連れてくる必要はあったのか?」


「正直ないよ。移動が遅くなるし、来たって屋敷で討伐が終わるのを待ってるだけだから、ただのお荷物」


 バカにしたように笑いながら言うリータ。確かに聞く限りでは、お荷物にしか思えないが後ろから近づいてくるシンリアスが見えているので、苦笑いを返しておく。リータも気づいていて、わざと言っているのだろう、「お荷物」の部分をやけに大きな声で言っていたからな。


「……お荷物で悪かったわね!」


 こめかみをぴくぴくさせながら近づいてきたシンリアスは、リータの腕を掴みながらそう言った。


「いたたたたっ! うわー、もうだめだー。腕が折れたー。これは1年は治らないね! 治療が必要だよ! 主にガウィの側での治療が必須だ!」


 そう言ってシンリアスを振り払い、掴まれた方の腕を抑えながら私の隣へと移動してくる。そして折れたはずの腕を私の腕に絡ませた。


「全然折れてるようには見えないけど…?」


「こうしないと治癒されないからね! 痛いのを我慢して腕を組んでるんだよ!」


「はぁ……バカバカしい。ガドウィン様、態々出向いてくださってありがとうございます」


 リータの小芝居に呆れた表情を見せたシンリアスは、私へと視線を向け礼をしてくる。


「私はなにもしていないからな、気にすることはない。無事に終わったのならよかった」


 無駄足に終わってしまったが、駆けつけた事でシンリアスの中で私の評価は上がっているだろう。王族に恩を売っておいて損はない。


「そう言ってくださると救われます。……リータも少しはガドウィン様の従順さを見習いなさい」


 恨めしそうな視線を向けるシンリアスにリータは舌を出しておちょくる。こうして見ていると全く主従関係に見えないな。姉妹のようだ。シンリアスはストレスを溜めそうな関係だがな。


「リータ、あまりシンリアス様を困らせるなよ?」


「だって! シンリアスったら、一番の功労者の私に労いの言葉一つないんだよ?!」


 悲痛な表情でそう訴えるリータは、「可哀想な私……」と言いながら手で顔を覆った。


「それはリータが茶化すからだろう……余計な事を言わなければ、開口一番に労いの言葉をくださったはずだ」


「全くもってその通りです!」


 シンリアスは私の言葉に大きく頷く。リータはそれを口を尖らせながら、面白くなさそうな表情で聞いて、そっぽを向いた。

 そんな姿にため息をついたシンリアスは、こちらへと歩み寄ってくるとリータの頭に手を乗せる。


「お疲れ様。よくやってくれたわね、リータ」 


 そう言うとリータの頭を撫でる。リータの顔は拗ねたままだが、シンリアスの手を振り払うわけでもなくされるがままだ。内心、満更でもないのだろう。


「……猫みたいだな」


「ぷっ!」


 私の率直な感想に、シンリアスは撫でていた手を止めて吹き出した。


「ちょっ、ちょっとガウィ!」


「すまん。私があまり見ることのないリータだったのでな」


 涙目で恥ずかしそうに見上げてくるリータに謝罪する。

 最近はリータの様々な面を見ることができている。私の前では凛とした表情をさせる事が多い。甘えてくるような態度を見せはするが、遠慮や忠義をはらんだ振る舞いだ。シンリアスに見せるような態度を私にすることは、一生ないのかもしれない。


『シンリアスが羨ましいのかもしれんな』


 私がさせることの出来ないリータを、シンリアスはさせることが出来る。たった4年でこうなのだ。これからも共に時間を過ごせば、より2人は親密になっていくのだろう。私なんかよりもずっと……。


「ガウィ…?」


 いつの間にか思考に耽ってしまっていたのか、顔が俯いていた。そんな私が気になったのか、リータが戸惑った声をかけてくる。それに、気にするなと首を振って答えた。しかし、リータは視線を外さず、こちらをじっと見つめてくる、私の心を探っているのだろう。

 その視線に何故か耐えられず、シンリアスへと視線を向け龍族との事について話がしたいと切り出した。それに対してシンリアスは真剣な表情で頷くと、ティルス伯爵の屋敷で話すことを提案してくる。こちらも、急ぎの用もないので、素直に受け入れた。未だ腕に抱きついたまま、不満気な表情をさせるリータを横目に、屋敷へと歩き出した。


 屋敷へ着くと、私とリータ、そしてシンリアスの3人で一室を借りる。セグという新米騎士も話に加わろうとするが、シンリアスにやんわりと下がるよう促されると、部屋を出て行った。去り際に私を鋭く睨みつけてきていたが、特に反応することなく無視する。リータが私に腕を絡めた時から、ずっと私を見る表情はそんな感じだ。かなりリータにご執心らしい。シンリアスもそれに気づいているようで、疲れたようにため息をついていた。


「龍族との戦争の事は、サルディニア家にも伝わっていますね?」


「あぁ。屋敷を出る前に書簡が届いたのでな、マノリ様と共にヴォルガ様から聞いている」


「大筋は書簡にあったように、王族でも有力の貴族が龍族との敵対を宣言しました。これに関しては特別珍しいことではありません。今までにも何度かあったことなのです」


「そうなの?!」


 シンリアスの説明に、リータは驚いたように問い返す。


「ええ。「龍族は脅威だ、排除しなければならない」と考えている貴族は少なくないわ」


「だが、ヴォルガ様は驚愕されていたようだが?」


 書簡に書かれた内容を、語気を荒げて狼狽していたヴォルガを思い出しながら聞く。珍しいことでなければ、ヴォルガがあそこまで反応をするのはおかしい。


「それは王国会議の議題に持ち上がった、という点でしょう。今まではただ単に個人の思想でした。しかし、何故か今回は龍族に対して良くない感情を持っている貴族らが団結し、会議の議題に取り上げるよう強く要請してきました」


「なるほど……そういえばヴォルガ様も「これでは陛下も議題に取り上げざるを得ない」と仰っていたな」


「はい。古参の、それでいて王国の発展に大きく貢献してきた貴族たちの提案です。父も無下に出来なかったのです」


「でも、なんで今になって団結したのかな? 龍族に勝つ秘策でもあるの?」


 リータのもっともな質問に、シンリアスは首を振って答える。


「そんなのあるとは思えないわ。もし仮に龍族と互角に戦いを起こせる戦力があるのなら、ここ――わたくし達が今居る、この開拓地に投入して欲しいぐらいよ」


 肩をすくめて答えるシンリアスのそれは、それとなく愚痴を含んでいるようだ。


「ヴォルガ様が仰るには、議題に上がることに意味があるらしいが……」


「その通りです。個人の思想を国が強要することはしません。ですから、龍族をよく思っていようと、いなかろうとそれは個人の自由。しかし、王国会議の議題に上がってしまうと、広くその思想が広まってしまうのです」


「そういえば、王国会議の内容は要約して国民にも伝えられるんだっけ?」


「そうよ。さすがに国家機密に関する事は流さないけれど、父は国民に広く国の方針を知ってもらおうと、透明性の高い政治をしている。だから、王国会議での決議内容をギルドなどの人が集まる場所で掲示板に貼り出してる」


「隠すこともあるんなら、龍族とのことも隠せばいいじゃない。戦争が議題に上がるなんて、王国民の不安を煽るようなことは出来ないって」


 面倒くさそうに言うリータに、そんなに簡単なら苦労しないといった様子でシンリアスは首を振る。


「隠せるのは、王族・宰相・公爵といった王国のトップだけを集めて実施される円卓会議の内容なの。王国会議での内容は、今までで“一切の漏れ無く”伝えられているわ」


「なるほど……その前例があるからこその、この手段というわけか。龍族との戦争を唱えている貴族たちからすれば、王国会議で取り上げられる事が決まった時点で目的を達成している。王族の善政を逆手に取った、謂わば不義とも言える手段だな。しかし、その汚名を被って、今までの功績を落としてでも議題に上げた貴族たちの思惑が気になる」


 この議題を提案した貴族たちは、古参の、それでいて王国に貢献してきた貴族たちという話だ。そのような者たちが揃って今回行動に出た。これは裏で糸を引いているものがいるのだろう。パシクルゥの話が本当であれば、教会……か。


「わたくし達が頭を抱えているのは、まさにそこなのです。王族からも信頼が厚く、今まで王国の為に尽力してきた彼らが、どうしてこのような議題を持ち出したのか……」


 頭を抱え俯くシンリアス。

 シンリアスたち王族は、今回の事を教会と結び付けていないのか?


「その貴族らに共通点はないのか?」


「わたくし達もその線で調査していますが、これといった共通点はないのです。それこそ、古参の王国の為に尽力してきた貴族、という共通点しかないほどに……」


「それと、龍族嫌いってとこだけだね。何かないの? 龍族を目の敵にするような大きな組織は」


 リータも私の意図に気づいたのか、そうシンリアスに問いかける。


「そんな組織、聞いたことないわ。思想の観点から宗教的なものも探ってみたけれど、それぞれ信仰する宗教は違っているみたいなのよ。エブングランド教が一番多いけれど、ゼス教、クノトゥニコ教と比較的有名な教団に集中してるってことぐらいしか。それに、どの教団も龍族と敵対するような思想は持っていないと報告を受けているわ」


「そ、そうなんだ……」


 シンリアスの答えにリータは歯切れ悪く返すと、私に困惑した表情で視線を向けてくる。それに、私にも分からないと首を振って答えた。


 パシクルゥの勘違いだという線もあるが、あそこまではっきりと言い放ったんだ。エトゥカンナに狙われていることには、確信を持っているのだろう。

 だとすると、シンリアスの話が本当であれば、かなり深い所までエブングランド教会の手が王国に伸びているのかもしれん。いや、それぞれの教団自体は本当にそういった思想なのだろう。表向きに出てきているのはエブングランド教だけだが、それぞれの教団のトップは全てエトゥカンナだという可能性がある。


 しかし、そうとなるとかなり年季の入った計画だ。10年や20年で進められる手段ではない。相当な年月をかけて緻密に練られた計画だ。その計画を表に出したということは、近々実行されるということだ。それがただ単にパシクルゥを殺すだけの計画だとすれば、エトゥカンナは相当パシクルゥの事を目障りに感じているのか?――いや、そうではないだろう。あくまでも、パシクルゥの排除は計画の一段階にすぎない。最終的な目的を達成する為に、パシクルゥという存在が邪魔なのだ。


 だとすると、これからは龍族……正確には、パシクルゥを殺すことに念頭を置くはずだ。その為に、人間・エルフ・獣人を使い、龍族を滅ぼそうとするだろう。


『邪魔だな』


 エトゥカンナの目的は分からないが、少々目障りだ。

 私の計画に関わってこなければ好きにさせるが、パシクルゥを殺されるのは困る。なんとか阻止する方向に持って行きたいが、あちらの出方が分からない。となると、こちらも迂闊には手を出せない。


「しばらくは様子見だな」


 私の言葉に、リータとシンリアスは静かに頷く。

 このまま考えていても打開策は見つからない。あちらが尻尾を出すまで、機を待とう。


「この事はヴォルガ様とマノリ様に報告しても?」


「はい、構いません。ですが、ヴォルガ様のことです。今頃は父の元に赴いてくださり、話をされているかもしれません」


「確かに。かなり狼狽されていたからな、すでに行動に出ておられるだろう。難しいことは上の方々に頑張ってもらうとして――私たちは目先の事に集中させてもらおう」


 その言葉にシンリアスは、首を傾げる。


「目先の事ですか?」


「あぁ。正直な話、中級魔物が出現する度に、私たちがここへ呼ばれては仕事に支障が出てしまう」


「はい……ですが、わたくし達が頼れるのは貴方たちだけなのです」


 私の言葉にシンリアスは戸惑った表情で答える。


「それは承知している。そのために、中級魔物の進行を防ぐ事が出来る程度の戦力をここに置いてもらいたい」


「そ、それが出来ればやっています! その事はガドウィン様もご存知のはずでしょう?!」


「もちろん。だから、戦力強化を図ろうということだ。この森の奥には良質な鉱石が多く取れる。それを使い、有能な鍛冶師を集め、質の高い武器や防具を製作させて欲しい。そして、その鉱石の採掘を私とリータで行う」


 私の提案に、シンリアスは酷く慌てているようだ。急な話だからな、それに武器防具を良くしたところで、受けられる恩恵はたかが知れている。しかし、いつまでもこのままでは、エトゥカンナが行動を起こした際に、足枷になる可能性がある。出来れば、中級魔物程度は王国の軍で対処して欲しいのだ。


「確かにガウィの言うとおりだよね。中級魔物が出現する度に駆けずり回ってたら、身体が保たないよ」


 リータも賛同するように頷くと、シンリアスは縋りつくような表情を見せる。


「そ、そんなこと言わないでよ……。確かに、貴方達に頼りすぎているのは認めるわ。だけど、中級魔物1体討伐するのに、どれだけの人間とお金が必要になるか……」


「その為の戦力強化だ。取り敢えずは試験的でもよい。私たちが持ち帰った鉱石を使って、武器と防具を製作させ、従来の物と比較しよう。好都合な鉱石がある……今まで年に一握り程度の量しか採掘されなかった鉱石で、武器や防具に使えそうな物はなんだ?」


 私の問いかけに、シンリアスは恐る恐るといった様子で口を開く。


「まさか……ヴェノム鉱石…?」


「そうだ。あの森にあるのはリータが持ってきた事で確認済みであろう? かなり深い場所だが、私とリータならば問題ない」


「で、ですが…!」


 まだ判断がつかないのか、シンリアスはなかなか首を縦に振らない。しかし、私の言葉通りの事が出来たのであれば、確実に戦力強化を図れる。それについては、シンリアスも気づいているのだろう。


「まずは試験的で構わない。ヴェノム鉱石で武器と防具を実際に製作させよう。それを、そうだな……さっきの新米騎士の……」


「セグ?」


 名前が出てこず言い淀んでいると、リータが問いかけるように教えてくる。


「そうだ、セグだったな。そいつに試してもらう。取り敢えずは下級魔物から、出来れば中級魔物も相手にしてもらおう。もちろん、安全には最大限に配慮しよう。私とリータが側にいれば、滅多なことは起きないと思うが?」


 覗うようにシンリアスに言葉をかけると、大きく息を吸った。そして、私を鋭く睨みつける程の緊張感を持った表情で、ゆっくりと頷く。


「決まりだな。リータ手伝ってくれ」


「おっしゃ! 任せて!」


 やけにやる気になってるリータを引き連れて、ヴェノム鉱石を採掘するために森へと向かった。 

お久しぶりです。

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