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戦力強化1

年内の新話での更新は、これが最後になるかもしれません。


今まで上げたものを、手直ししたいので……。

 上級魔物の討伐から1ヶ月が経った。

 来月に実施される王国会議の為、ヴォルカとマノリは遠征を必要とする公務を控えている。そのため、私も暇を持て余しており、訓練所でソリウスとの模擬戦に精を出していた。


 ソリウスは、2年前にエリスと結婚した。マノリによれば、エリスが焦れて強引に婚約に持っていったらしい。

 色恋沙汰より、剣を振り己を鍛える事に、全身全霊を捧げていたソリウスは、エリスとの恋愛に無頓着だったようだ。


 今か今かと、気を揉みつつも、プロポーズの言葉を待っていたエリスは、煮え切らないソリウスの態度に、ついにキレた。

 烈火の如く自身の気持ちを泣き叫ぶように伝え、別れすら切り出したらしい。しかし、無言でそれを聞いていたソリウスは、おもむろに立ち上がると、自室へと立ち去ってしまった。

 エリスと、彼女の暴走を止めようと、その場に居たマノリは、呆然とそれを見送って硬直した。「あの時は肝が冷えました……」と、マノリは身を震わせて、その時の様子を語っており、すぐに自棄を起こしたエリスは、己の行動を後悔して泣き崩れたそうだ。

 だが、それほど間を置かずにソリウスが戻ってくると、エリスに婚約指輪を差し出し、プロポーズをしたのだと言う。


 後で本人に聞いた話では、エリスが暴走した日の数日後に控えていた休暇日に、プロポーズをしようと用意していたらしい。「ロマンチックも、へったくれも無い」と、苦笑いで教えられた。

 プロポーズを受けたエリスは、後悔の涙から、歓喜の涙に変えて、泣きながら何度も頷き、それを受け入れたのだという。


 どこが夢見心地で、私へソリウスとエリスの話をするのを、微笑みながら聞いていると、マノリは期待した視線を向けてきた。「私も、素敵な恋愛がしたいです」と、満面の笑みで言うので、いつも通り、「マノリ様に釣り合う男が現れる事を、祈っております」と、答える。そして、いつも通り、顔を顰めて不機嫌になり、「ガドウィンは、それしか言えないのですか!?」と、捨て台詞を吐いて、部屋から出ていってしまった。


『あの時は、機嫌が直るまで時間がかかった……』


 機嫌の直すためにと、色々とマノリの我儘を聞いて、ようやく許しが出る。

 苦い思い出に顔を歪めていると、隣に居るマノリが不思議そうな顔でこちらを見ていた。


 訓練中にマノリに呼ばれ、ヴォルガの居る執務室へ来るように言われた。何でも国王より、書簡が届いたらしい。来月の会議に出席する貴族には、予め取り上げる議題を書面で送られるようだ。マノリだけの同席よいと思うが、特に何も言わず2人で執務室まで行く。すでに中ではヴォルガが中身を確認していたようで、静かに読み終わるのを待っている。

 しばらくすると、前に座っているヴォルガが、搾り出すように声を出した。


「馬鹿な……ありえんっ!」


 目を見開いて紙の一点を凝視していると、狼狽した様子で呻いた。そんな父親の姿に、困惑した表情でマノリが理由を尋ねる。


「ど、どうなされたのですか?」


「来月の国会で、エルフ・獣人族と同盟強化の話が上がるらしい」


「それは問題ないと思いますが……。先月、開拓地の森にて大量の中級魔物が確認されました」


「理由がそれでは無い、龍族と戦争する為だ」


「なっ…? そんな!」


 驚きを露わにするマノリに、今回は私も同じ心境だ。


『龍族と戦争だと…? 人間・エルフ・獣人族の連合で?』


 誰が持ち出したのか知らんが、龍族と事を構えようなどと、気が狂っているとしか思えない。そもそも、人間に紛れて気づいたが、戦力の低下が著しい。それと、同様にエルフ・獣人もだ。もしかしたら、龍族との圧倒的な戦力差が出来ているやもしれん。

 そうだとすると、この戦争は虐殺の場になりかねない。


「ヨシペタイ公爵を筆頭に、ポンコタン侯爵、チャランケ伯爵が揃って提議しているようだ」


「ど、どこも古くから王国を支えてきた、名家ではないですか!?」


「ああ…。これでは陛下も、王国会議で取り上げるしかなくなる……」


 親子揃って顔を伏せ、苦い表情を浮かべている。

 しかし、それほどの有力貴族が戦争を起こしたいと考えているのは驚きだ。提議しているからには、その連中には何か得があるのだろう。


「龍族と戦争を起こして、王国の利益となる事があるのでしょうか?」


「……ある」


 私の問いかけに、ヴォルガは少し探るように考えを巡らせてから、頷いた。


「それは?」


「鉱山だ」


「鉱山ですか?」


「龍族の領土は、殆どが山だ。そこには、金山と銀山、そして鉱石山が幾つもある」


「鉱山の為だけに戦争を?」


「目に見える得はな…。提議している者達の腹の中はまでは分からん」


「そうですか……」


 人間はそんなにも鉱石を欲しているのか? 確かに、良質な鉱石があまり手に入らないようだ。ヴェノム鉱石程度で、シンリアスが驚いていた程だからな。

 ヴォルガの言った通り、龍族の領土でなら鉱山が豊富だ。人間たちからすれば、そこから取れる鉱石は、喉から手が出るほど欲しいだろう。しかし、龍族は積極的に鉱石を発掘する事はしない。なぜなら、武器防具を身につける習慣がなく、強靭な肉体による体術と、龍化によるブレスで敵を殲滅できるからだ。そのため、龍族の領土にある鉱山は、殆ど眠ったまま。それが手に入れられるとなれば、人間たちは種族として、更なる繁栄が約束される。


「しかし、相手が龍族となれば王国も危険です」


「その通りだ。いくら、エルフ・獣人族と連合を組んだからといって、その脅威が衰えるわけではない。龍族の王が直々に出てくれば、連合軍など無抵抗で蹂躙される。しかし、そんな事は提議する者たちも承知のようだ。お前のような者たちが集められる」


 そう言うと、ヴォルガは私に顔を向けてくる。


「サナトリア王国・タユノリス皇国・デルダイ共和国の強者を集め、龍族の王の相手をさせるらしい」


「そ…そんな…!無理です!死んでしまいます!」


 ヴォルガが苦い顔で口にした言葉に、マノリが動揺した様子で取り乱した。


「そこまでするのですか…?」


 どう考えても愚策だ。暴走しているとしか思えない。


「決定した訳ではない。飽くまでも、取り上げられる議題の1つに過ぎん。反対の声が多数上がるだろう、敗戦した際のリスクが大き過ぎる……。」


 ヴォルガはそこまで語ると、いったん言葉を区切る。そして、頭を振りながら、口を開いた。


「そもそも、これが可決するとは考えていないはずだ。重要なのは、そういった考えがある事を知らしめる事だろう。王国・皇国・共和国で権力を持つ者たちが、龍族との戦争を望んでいる、とな」


 まだ、手始めの段階と言ったところか……。

 しかし、龍族との戦争となれば、仮に勝てたとしても相当な数の死者が出る。それこそ、国としての存亡が危ぶまれる事になるだろう。

 そこまでするほどの得が、提議した者たちにはあるのだろうか? 


 言葉を交わすことなく、各々が考えを巡らせていると、扉が叩かれた。


「入れ」


「失礼します」


 扉を開いて、ソリウスとエリスが入ってくる。


「どうした?」


「スマルト様にお客様です」


「私に?」


 ヴォルガの問いかけに、エリスが顔をこちらに向けて答える。


「はい、美しい女性の方です。ソリウスが鼻の下を伸ばす程に」


 棘のある言葉で伝えると、無表情でソリウスを一瞥した。


「おい! エリス!」


「本当のことです」


 慌ててソリウスが抗議するように声を上げるが、それにエリスは淡々と答える。かなり怒っているようで、黒いオーラが漂っていた。


「リータですか?」


「いえ、オルディア様は存じ上げています。違うお方です」


「リータではない…? 誰だ?」


 ここを訪ねてくる相手がリータしか思い当たらず、首を傾げる。それに、エリスは困った表情で口を開いた。


「お名前を伺ったのですが、スマルト様を呼べば分かると……」


「そうですか……。申し訳ありません、礼儀知らずなようです」


 エリスに謝罪をし、居場所を聞くと、屋敷の入口で待っているらしい。

 その者に会うため、ヴォルガに声を掛けてから入り口へと向かった。

 執務室を出る際、何か言いたげな表情で見つめてくるマノリが気になったが、取り敢えず置いておく。通路を黙々と歩いていると、後ろから足早にマノリ達が追いかけてきた。


「私たちもお会いしたいです」


 近くまで来ると、にこやかな笑みでそう言うマノリは、エリスと似たような雰囲気を纏っている。

 拒否は許さないと言った雰囲気に、内心ため息を吐きつつ、頷いた。

 私を先頭に、ぞろぞろと通路を進む姿に、屋敷の使用人たちが驚愕の表情を向けてくる。なんとも気の重くなる状況だが、私に会いに来た者が気になり、視線から逃げるように先を急いだ。


 屋敷の入口までやってくると、銀色の髪を肩甲骨辺りまで伸ばした女が、ひとり佇んでいる。そして、私たちに気づきこちらに顔を向けると、満面の笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

 女が笑みを浮かべた瞬間、後ろからゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえてくる。しかし、それを気にする余裕は無く、予想外の相手に頭が真っ白になり動けずにいた。


「ガドウィン…!」


 女が私に近寄ると、感極まった表情で呼んでくる。そして、そのまま抱きつこうと腕を広げ、迫ってきた。

 後ろから見れば感動の再会のように感じるだろう。しかし、口はだらしなく開いており、手の指が僅かに気持ち悪い動きをしている。

 本能が抱きつかせる事に警報を鳴らし、反射的に腕を伸ばした。そして、女の頭を掴む。


「あんっ!」


 腕を広げたままの状態で、私に頭を掴まれると奇妙な悲鳴を上げた。動きを止めたことで、小さく舌打ちが聞こえたのは、聞き間違いではない。こいつは、こういう女だ。


「何故ここに居る? パシクルゥ」


「ガドウィンに会いに!」


 呆れを含ませた言葉に、パシクルゥは頭を掴んでいる私の手を取ると両手で握りしめる。それを胸の所で抱くように抱きとめ、赤く染めた顔を上げると、上目遣いで窺うようにこちらを見つめていた。

 猫かぶりも甚だしいが、これで騙される男も数多く存在する。現に、後ろに居るヴォルガとソリウスから殺気の篭った視線を、ひしひしと背中に感じていた。


「私がここに居ると、いつ知った?」


「最近だよ。黒髪に黒い瞳、黒い大剣と真っ黒な男なんて、ガドウィンしか居ないから」


「そうか……。それで、何をしに来たんだ?」


「だから、ガドウィンに会いに来たの! 久しぶりなんだから、優しくしてよね!」


 いじけた表情で言うパシクルゥを見て、肩を落とす。

 リータやジェシカと違い、パシクルゥの相手をするのは疲れる。最近はリータも甘えてくる様になったが、パシクルゥと比べれば可愛いものだ。

 話を誤魔化しているのは、この状況で本題に入れないからだろう。おそらく、龍族との戦争の事だな。


「こほんっ! ガドウィン、紹介してください」


 わざとらしい咳払いをしてマノリが会話に入ってくると、爽やかな笑顔を向けてくる。しかし、まだ黒いオーラが身体にまとわりついており、先程よりも更に濃くなっているようにも思えた。


「失礼しました。彼女は私の古い友人の「違うよ」……ゆうじ「違う」……黙れ」


 合いの手を入れるかのように言葉を挟んでくるパシクルゥを睨むと、わざとらしく身を震わせて縮こまる。自身の身体を抱きしめて、恐怖している様に見えるその姿に、周囲から非難の視線が集まってくる。

 しかし、それは誤解している。こいつは私にだけ見えるように、口元を吊り上げているのだ。


「古い友人のパシクルゥ・タムバです」


 気を取り直し、責めるような視線を向けられながらも、皆に紹介をする。


「酷い、友人だなんて…! あんなに愛し合った仲なのにっ!」


 パシクルゥは叫ぶように言うと、顔を手で覆う。嗚咽を漏らし、顔を耳まで赤くさせて涙を流し出した。

 非の打ち所のない名演技だが、煩わしい事この上ない。

 パシクルゥの泣き真似に非難の視線が強くなるが、どうやら女性陣だけは嘘泣きだと気づいたようで、呆れた表情でパシクルゥを眺め始める。

 しかし、ヴォルガとソリウスは、本当に泣いている思っているようだ。もう少し注意深く観察すれば、「シクシク」と自身で声を出した、ふざけた泣き方をしている事に気づけるはずなのだがな……。


「女性を泣かせるものではない」


 まんまとパシクルゥの演技に騙されている1人であるヴォルガは、パシクルゥを慰めようと満面の笑みで歩み寄る。そして、そっと優しく肩を抱こうとしたが、その腕は空を切った。


「触んな、じじい」


 先程までの姿はどこへやら、心底嫌そうな顔をして私に抱きついてそれを避けるパシクルゥの言葉に、空気が凍った。

 突然の変わり身に全員が目を見開いて、私の腕に掴まり至福の表情で頬ずりするパシクルゥを見つめる。しばらくすると、我に返ったマノリは何故か私を睨みつけており、ソリウスとエリスは我関せずと視線を逸らしている。そして、避けられたヴォルガは表情を笑みで固定し、肩を抱こうとした腕を行き所無さげに空中で彷徨わせていた。


「おい、パシクルゥ」


「だって、あのおじさん、いろんな女の匂いがする」


 この空気の責任を取れとパシクルゥに声をかけると、顔を歪めて鼻を摘む。


「いろんな女性の……匂い?」


 マノリはゆらりと顔をヴォルガに向けると、訝しげな表情で呟いた。

 それにヴォルガは冷や汗を流し始め、ツカツカと歩み寄るマノリに恐怖するように身体を震わせている。


「どういう事ですか?」


「い、いや、そのだな……」


 しどろもどろで娘に対応するヴォルガに、哀れみの視線を送った。マノリは、ヴォルガが使用人たちに手を付けていた事を知らないのだろう。

 純粋に母親だけを一途に愛し続けている男として、父親を見ていたようだ。それが、パシクルゥの一言で台無しになってしまい、ヴォルガは恨みの篭った視線を私に向けている。


「少々、パシクルゥと話をさせていただきます」


「に、逃げるのかっ!」


「はい、戦略的撤退です」


 パシクルゥを伴って自室に向かう旨を伝えると、ヴォルガが引き止めてくる。しかし、それをマノリが許さず、私たちに追いすがろうとする行く手を阻んだ。

 ヴォルガが恐る恐るマノリに視線を下げると、「私もお父様と話があります」と、黒い笑みを浮かべて笑っていた。







 自室に入り、パシクルゥを椅子に座らせるとベットに腰掛けた。


「久しぶりだな」


 顔を巡らせて部屋の中を見回している姿に、苦笑を浮かべながら話しかける。


「そうだね、ガドウィンも相変わらず。いろんな女の匂いが、プンプンしてるよ」


 パシクルゥは部屋の匂いを嗅ぐように、鼻をひくつかせながら答えた。


「そうか…?」


 身に覚えのないことに首を傾げると、呆れた表情を向けられる。


「また無自覚に女の子をたぶらかしてるんだ…。昔からそうだったっ!」


 パシクルゥは大袈裟にため息を吐いて、軽く私を睨みつけながら言葉を続けた。


「まぁ、いいよ。それより、龍族との戦争のこと…聞いてる?」


 予想通りその事で会いに来たらしい。しかし、屋敷まで出向いてくるのは驚きだった。


「先程、知った。誰から狙われている?」


「女神から」


「女神?」


「女神エトゥカンナ。人間・エルフ・獣人はそう呼んでる」


 聞き覚えのある、予想外の人物に動揺が隠せない。


「……エブングランド教会の象徴だな」


「そっ、伊達に人間に紛れ込んでないね」


 どうやら本当らしい。まさか、教会が龍族を目の敵にしているとは思わなかった。


 エブングランド教会は各国に大きな影響力を持つ教団であり、信者も膨大な人数にのぼる。種族問わず信仰する者がおり、一般市民はもちろん、貴族や豪商の一部にも熱心に信仰する者たちさえ居るようだ。

 その影響力の元は、古くから続く由緒正しき宗教である事。種族が世界に現れた時から存在していると噂されるほど、馴染み深く各国の民の心に根付いている。

 そして最大の影響元は、教会でしか学ぶことの出来ない治癒魔法。魔法が選ばれた者にしか使える事が出来なくなってしまった種族にとって、それこそ神の思し召しと言えるだろう。

 教会が創り出した魔法のようだが、無属性というのは気になる。私とリータ、ジェシカでその実態を探っているが、未だ不明だ。


 そして、女神と称される教会の象徴、エトゥカンナ。本物を見たことはないが、女神と呼ぶに相応しい美しい女らしい。王国の聖女であるシンリアスに並べ称される程、王国の民からは人気があるようだ。

 実際にシンリアスはエトゥカンナに会ったことがあるらしく、その事を聞いてみたが、「わたくし程度が比べられるなど、おこがましい。そう思わせるほど、お美しい方です」と、苦笑いで答えた。シンリアスですら自信を無くす存在となると、想像がつかない。そう思い、「シンリアスは、十分過ぎるほどに美しい女性だ。それ以上となると、むしろ怖いな」と、返すと、照れた表情で「ありがとうございます」と言われた。これぐらいの世辞には慣れているだろうと、思ったことを返しただけなのだが、照れている事を不思議に感じていると、リータとマノリに睨まれる。そのことに、女を世辞で褒める事すら許されないのかと頭を抱えたくなった。


 そんな、シンリアスですら自信を無くす魅力を持ったエトゥカンナは、多大な支持を民から集めている。それこそ、国王よりも崇拝している者が居るほどに。

 それほどの存在となると、各国の王族としては恐怖の対象だろう。もし、エトゥカンナと対立するようなことがあれば、国民の中からも敵が出てくる。それに、教会は強力な戦力を所持しており、国としても武力でおいそれと手出しできる存在ではない。


「なぜ、教会は龍族を狙っている?」


「そんなの分かんない」


 首を振りながら答えるが、表情はニヤついている。金色の瞳の瞳孔を開かせ、不気味に笑う姿は、何かを待ち侘びているかのようだ。


「なんだ、その顔は?」


「あたしは戦争したいよ。劣悪種共を皆殺しに出来るからね」


 淡々と言い放つ言葉に怒気をはらませ、憎しみのオーラを纏っている。


「それは、私がやる」


「ガドウィンに出来るの? 随分丸くなったみたいだし、人間なんかと一緒に暮らしてさっ! フヌケ!」


 私を睨みつけながら言うパシクルゥは、責めるような視線を向けてきた。


『丸くなった……か』


 パシクルゥには私が、人間と仲良く暮らしているように映っているのだろう。

 確かに、昔に比べればそう(・・)だ。だが、奥底にある黒い感情が消えたわけではない。


「言うようになったではないか、トカゲ風情が…!」


 立ち上がりながら言うと、パシクルゥの頭を掴んで、持ち上げる。そして、ゆっくりと頭を握り潰すように力を込めていくと、ギリギリと鈍い音を立て始めた。


 痛みに藻掻き苦しむパシクルゥは、それから逃げ出そうと身体を振り、足をバタつかせる。必死に頭から私の手を引き離そうと、腕を殴り、身体に蹴りを放って、抵抗をし始めた。


 そんなパシクルゥの姿に、封じていた高揚感が湧いてくる。


「い、痛い、痛い! ごめんって!」


 何か言っているようだが、聞こえてこない。

 ただ、この手に力を込め、更に苦痛に歪む顔が見たい。

 そんな欲求が頭を占め、指を食い込ませていく。


「いやぁ…ちょっ…とぉ、ふざけないで!」


 更に抵抗が強くなった。

 先程までの加減をした殴りや蹴りではなく、本気で顔・腕・身体に打ち込んでくる。

 だが、その程度では痛みすら感じない。それぐらいの力の差がある事を、こいつだって分かっているはずだ。

 そう思い知らせるように、更に力を込めていく。


「あ゛あ゛あ゛…! し、死んじゃう! 死んじゃうよぉおお!!」


 それは困る。

 そう思うと、手を離し開放してやる。

 ドサリと音を立てて床に落ちると、パシクルゥは呻きながら頭を押さえた。


「うぁぁ…痛いぃ……」


 その姿に、徐々に罪悪感を感じてくる。

 脅す程度に留めるつもりだったが、苦痛に歪むパシクルゥの顔を見て、我を失っていた。


「うぅ…。なんで……なんで、こんなことするんだよっ!」


 パシクルゥは私を睨みつけると、錯乱した様子で叫ぶ。今度は演技ではなく、本気で涙を流しているようで、殺気づいて向かってきた。

 そのまま、掴みかかり私を押し倒しすと、馬乗りの状態になった。そして、上から顔を突き合わせるほど近づけてくる。


「そんなにあたしの事が嫌い?!」


 捲し立てるようにそう言うと、私の胸元を掴んで揺さぶり始めた。


「別に嫌いではない」


 罪悪感から特に抵抗することはせず、好きにさせつつ淡々と答える。


「じゃあ、なんでだよ!?」


 私の返答が気に入らなかったのか、怒気を強めると責めるように聞いてきた。


「喧嘩を売って来たのは、お前だ」


「ちょっと誂っただけじゃん! なんで、いつもあたしだけっ! 根城から出てきたのに、連絡もくれないしさっ! なんで…! なんでいつも……」


 勢いを無くしたように揺さぶる力が弱まり、ポロポロと涙が頬を伝って零れてくる。


「お前を除け者にした覚えはない」


「じゃあ、なんで会いに来てくれないんだよっ!!」


 泣き顔のまま、キッと睨みつけると吐露した。

 どうやら、私から会いに行かなかった事が気に入らなかったらしい……。


 いつも以上に突っかかってくる物言いだと思ったが、原因はそれだった。

 パシクルゥは性格上、思ったことをすぐに口にするタイプなのだが、妙なところでうぶだ。そのため、本心はなかなか口に出さない。少々手荒いが、強引に聞き出していたこともしばしばある。


「楽しそうにやっていたからな。あまり名乗り出て行きたくなかった」


「ぇっ…?」


「一度お前に会おうと出向いたのだが、楽しげに過ごしている所だったのでな。その場で声をかけるのも気が引けて、何も言わず立ち去ってしまった」


「な、なんで!? 気にすることないじゃん!」


「さすがに気にする。男と抱き合ってたようだしな」


「男と、抱き…あっ…てた?」


 若干気まずげに伝えると、パシクルゥは思い出すように眉を顰めて考え込む。


 闘技大会に参加するため、王国の王都へ向かう前に、一度パシクルゥに会おうと龍族の領土まで足を伸ばした。

 龍族の領土は鉱山が豊富だと言う通り、山岳地帯なのだが、気候も他種族の領土に比べると寒い。強靭な肉体を持つ龍族だからこそ、生活が成り立っているのだろう。少なくとも、人間が住まうには厳しい環境だ。だが、鎖国的なのか昔とあまり変わっていない地形に、風景を懐かしみながら歩くことが出来た。


 そうしていると、もう少しで龍族が拠点としている町に着く所まで来る。代わり映えのないその町を眺めていると、近くに2つの気配を感じた。

 1人はパシクルゥで、もう1人は龍族の男だった。何やら雰囲気が出ていたので、目的の相手を見つけたのだが、声をかけられず身を隠してしまう。

 少々悪趣味だと思いながらも、パシクルゥが異性と雰囲気を出しているのに意外性を感じた事。色恋沙汰など無縁だと思っていたが、やる事はやっていたという事に、好奇心が湧いてしまい、そのまま眺めてしまった。


 男が愛の告白をしているかのように、必死に何かを伝えていた。それに、パシクルゥは一瞬驚いた表情をすると、受け入れるような優しい表情に変わり頷く。そして、どちらともなくゆっくりと2人が抱き合った。

 そこまで見て、さすがにこれ以上は無粋だと思い、気づかれぬようにその場を立ち去る。

 その後すぐに、覗きなど滑稽な真似をしてしまった自身に嫌気が差してきた。そんな気不味さもあり、会話を交わせなかったのは残念だったが、パシクルゥの元気な姿も見れた事もあって、王国の王都へと向かってしまった。


「もしかして…町から少し離れた場所?」


「そうだ。すまんな、覗くような真似をしてしまって」


「それはいいけど……。でも、なんで? あの後、声かけてくれれば良かったじゃん」


 いくら覗きをしていたからといって、そこまで無節操ではない。恋人と抱き合った後、すぐに声をかけるなど出来ようはずもないだろう。

 そう思うと、呆れた表情でパシクルゥに返した。


「阿呆か……。そんな水を差すような事、出来るわけないだろ」


「水を差すって……ち、違うよ!」


 一瞬何を言われたのか分からないといった表情をすると、慌てて否定してくる。

 その様子に首を傾げると、扉が叩かれた。


「ガドウィン様! いらっしゃいますか?!」


 普段とは違い慌てた様子のエリスの呼びかけに、何かあったのかとパシクルゥを押し退けて急いで扉に向かう。


「どうされました?」


 扉を開けると、走ってきたのか、僅かに呼吸を荒げたエリスが立っていた。


「今しがた伝令があり、開拓の森にて複数の中級魔物が出現したと報告がありました! 至急、助勢に向かってください。すでに、オルディア様は王都から出立し、ティルス伯爵様の領土に向かっているそうです」


「分かりました、私もすぐに出ます。馬を一頭用意してください」


「かしこまりました!」


 そう言うと、エリスは走り出した。そして、私も部屋に立て掛けてある大剣を掴み、部屋を出ようとする。

 しかし、そのまま駆け出そうとする私を、パシクルゥが慌てて引き止めた。


「ちょっと! ガドウィン?!」


「すまん、急用だ! 今度は私から会いに行く!」


 急いでいる事を伝え、顔だけを向けて微笑みながら約束する。


「っ…! 絶対だよ!!」


「ああ!」


 どこか嬉しそうな表情で答えるパシクルゥに力強く頷くと、部屋から飛び出した。

すれ違う感じが、作者の好きなシチュエーションです。


この作品にあるのが、ほとんどよくある話なんですよね。


既視感タグを付けた方がいいかな…?

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