上級魔物2
小説を書く熱意が衰えてきました…。
12/2 改稿しました。
酷く慌てた様子のティルスは部屋に入ってくるなり、一直線に進んでいく。手に持っているのは手紙らしく、シンリアスの元まで近づくと恭しく差し出した。
それをさっと受け取り、要点だけを切り取って読むように目を素早く動かしていく。そして、額に手を当てると、天を仰ぐように顔を上へと向け、ため息をついた。
「賊は捕らえたようですが、クラウディスが全治2ヶ月の大怪我を負ったそうです」
天井を睨みつけながら、苦々しい表情で手紙の内容を伝えてくる。
「クラウディスが全治2ヶ月?そんなに手こずるような賊が居たの?」
リータの疑問はもっともだ。中級魔物を単独で討伐出来るクラウディスが、人間の賊如きに遅れをとるなど考えられない。
「不意をつかれたようです。隣町を移動している際、人混みに紛れ背後から刺されたと書いてありました」
「クラウディスに恨みのある者か?」
「わかりません。姉様を狙っていたとしても、先に妨害になるクラウディスの動きを封じた可能性もあります」
「なるほど」
しかし、クラウディスが町中とはいえ不意をつかれるなど、相当な手練が居たようだな。並の相手ならば、刺される前に回避し、返り討ちに合うはずだ。
「クラウディスがしばらく動けないとなればどうする?このまま中止するのか?」
「そうするしかありません。3人でさえ少ないのに、更に減るなど…。くっ、こんな時に…!」
相当苛立っているのか、整った顔の眉間にはシワが寄っている。シンリアスが人目をはばからず、悪態をつく姿を見るのは初めてだ。
クラウディスが抜けるとなれば、それはそれでやりやすくなる。だが、懸念している通り、2人で上級魔物を相手どる事になるのは不都合がある。成功すれば、2人で上級魔物を討伐出来る存在。しかも、人間最強のクラウディス抜きで成し遂げてしまっては、実力の順位が入れ替わる恐れもある。
「ガウィと私だけでやるだけやってみる?」
判断を仰ぐように聞いてくるリータの言葉に、即答しかねる。
撃退で良いのであれば、それもありだ。
しかし、どの程度傷を負わせればサイクロプスが退くのかが、わからない。
腕を1本落して森の奥に逃げてゆけばよいが、憤慨し暴れ回る可能性がある。
「討伐は無理かもしれんが、撃退だけならば可能性がある。しかし、下手に刺激して暴れ回りでもしたら、それこそ森の開拓どころの騒ぎではなくなる」
リータに首を振りながら答え、シンリアスを窺う。すると、賛同するように頷きながら口を開いた。
「はい、それが一番判断に困る要因です。闇雲に人間を襲うようになってしまえば、手が付けられなくなります」
やはり、一番の要因はそれか…。
最善は殺してしまうことだ。一番簡単な事だが、それが出来れば苦労はしない。今の現状は力を最大限に隠す為に手足を縛った状態だ、その事に腹立たしさを覚える。
しかし、クラウディスが居ないのは好機だ。
転がり込んできた状況を利用し、私とリータだけでサイクロプスの討伐に向かいたい。
「私とリータで森の奥に逃げながら、誘導するのはどうだ?」
「……、駄目です。逃げ切れるかわかりません。それに、逃げ切れたとしても、森の奥に危険な魔物が潜んでいる可能性があります」
少々考えてから、首を振り拒否する。それに呆れた表情で口を開く。
「どちらにしろ、危険なのには変わりがない」
「そうですが…」
その言葉にシンリアスは頭を抱える。クラウディスの回復を待つか、今対処できる方法で済ませてしまうかを悩んでいるのだろう。
シンリアスとしても、早々にこの問題を解決に導きたいと考えているはずだ。
「もう少し美女が苦悩する姿を見ていたいが、私とリータで森の奥に引き摺り込もう」
「で、ですが…」
顔を上げ、縋るような表情で声を出そうとするのを、矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「心配はいらん。森での戦闘には慣れている。もちろん、身を潜めながら逃げるのもな」
シンリアスに強い意志を持った目を向けて訴える。それを、受けると苦い表情が緩み、ため息を吐ついた。
「わかりました…」
観念したように絞り出した言葉に満足すると、リータへと視線を向ける。
「そういう訳だ、リー…」
リータの表情を見て、言葉が詰まる。
眉間にシワを深く寄せ、親の仇でも見るかのような顔で私を睨みつけていた。
「どうした?何か不都合があったか?」
私の決定に異を唱えるような事は、今までに一度も無かった。そのリータが、顔を歪めてまで不快感を示している。
『今の判断になにか穴があったのか?』
確かに、私たちだけでサイクロプスを撃退すれば、新たなる可能性を考える者達が出てくる。
――2人で撃退出来るのであれば、討伐も可能なのではないか――と…
クラウディスが抜けてしまった事で、2人になってしまったが。
―クラウディスが居れば討伐が可能だったかもしれない。
―今は撃退までだが、成長すれば討伐出来るようになるかもしれない。
そういった希望的観測から、恐怖と警戒の目を向けてくる者達が現れても、おかしくはない。
『だとすれば、リータが懸念しているのは、この辺りにあるという事か?』
私と違い、王族の者達から近い立場に居る為、監視の目も強いはずだ。
それ故に、細心の注意を払い情報収集にあたっているリータは、私と2人での上級魔物の撃退に不快を示している。
『撃退を成功させると、リータの動きに制限がかかるのか…?』
すでに、リータへ疑いの目を向けている人間が居るというのか。しかし、そうであればすぐに私へ報告をしてくるはずだ。今までに何度か機会が合ったが、そんな素振りは見せていなかった。
『もしや、もう監視されているのか!?』
リータの行動を細かく確認している者が居り、下手な行動を取れない為、私への報告が出来ていない。
だとしたら…
『私は余計な事をしたのか…?』
強引にシンリアスから、私とリータだけで撃退する事を許可させてしまった。そのことは監視の者から、『なぜ、クラウディスが居ない状況で、討伐から撃退に変更してまで事に及ぼうとしたのか』と、疑われるはずだ。
簡単に、早期解決を目指した結果だと説明して、納得すればよいが、そうでないからリータは不快を露わにしているのだろう。
「リータはクラウディスの回復を待つ方が、よいか?」
未だに顔を顰めているが、探りを入れる為に話を振る。
「ガウィが決めた事に従うよ」
私の決定に従う。
いつも通りだが、自身から何かを意見する事が出来ない状況という事だろう。
ならば、強引に答えさせるだけだ。
「リータはすぐに撃退する方、クラウディスの回復を待つ方、どちらが最善だと考える?」
「今撃退する方」
言葉を重ねるように即答したリータに、呆然とする。
即答した事も意外だったが、撃退を選んだ事も予想外だった。
『ではなぜ、そんな顔をしている…』
リータの意図が全く読めない。しかし、このまま考えていても埒が明かない。単刀直入に聞くしかない。
「私もそう考えている。ならばなぜ、顔を顰めているのだ?」
「ガウィがもう少し苦悩する美女を見ていたいって言ってたから」
「…ん?」
苦悩する美女とはなんだ?
「だーかーらー、シンリアスが悩んでる姿を見て、「もう少し美女が苦悩する姿を見ていたいが…」って、言ったでしょ?それを私が見せてるの!!」
頭が痛くなってくる…。
では、私が強引にサイクロプスの撃退に話を持っていった事に関しては、最初から本当に賛成だったということか。そもそも、リータは外見上、少女にしか見えない。
全身が力が抜け、呆れた表情でリータに問う。
「それは苦悩している顔なのか?睨んでいるのではなくて?」
「に、睨んでなんかないよ!私がガウィを睨むわけないでしょ!」
焦った様子でこちらに歩み寄り、顔を近づけてきた。リータは身振り手振りで、「ほ、本当に睨んでないよ!誤解だからね!」と、必死に弁解をしている。
「わかった、わかった」と、頷いてやると、横から声がかかった。
「いいえ、睨んでいました。きっと、ガドウィンと一緒なのが不満だったのでしょう」
声の発生源に顔を向けると、「そんな事では困ります」といった表情をしたマノリが居る。
それに、リータは憤慨した様子で勢い良く顔を向けると、見下すような怪しい笑みを浮かべた。
「マノリ様こそ、先程まで顔を顰めておいでではなかったですか。それはもう、ガウィの事が憎くて仕方ないといったご様子で、睨みつけていましたよ?」
「に、睨みつけてなどいません!」
なぜか顔を少し赤らめながら否定するマノリは、猫が敵を威嚇するように抗議する。しかし、リータは涼し気な表情で、その言葉を聞き流し、「ガウィはマノリ様の為、身を粉にして働いているというのに、報われないですね…」と、悲壮感漂う雰囲気で口にする。それに、「そんな事ないです!ガドウィンにはこれ以上ない程、感謝の気持でいっぱいです!」と、威嚇を強くしながら答えた。
そんなマノリ様子に気を良くしたのか、リータは愉しそうな表情で更に煽っていく。
「あ~り~ま~し~た~」
「あ~り~ま~せ~ん!」
端から見ればじゃれ合っているようにしか見えない。「ある」「ない」の応酬を繰り広げる2人は、姉妹のように、喧嘩を楽しんでいるかのようにも見える。
しかし、実際に楽しんでいるのはリータだろう。マノリは意地悪な姉に誂われて遊ばれる、可哀想な妹だ。
その様子を眺めていると、視界の端に黒いオーラが映る。そちらに視線を向けると、シンリアスが小刻みに身体を震わせていた。なにかを耐えるように手を握り締めており、ギリギリと歯ぎしりが聞こえている。
そんな異変には気づかず、未だにじゃれ合っている2人にシンリアスが怒りの表情で顔を向けると、叫んだ。
「いい加減にしなさい!!」
その声に、2人はピタリと硬直する。錆びた歯車のように、ギシギシと鈍い動きで、顔を声の発生源へ向ける。
そこには、鬼の形相で2人を睨み付けているシンリアスの姿があった。一瞬で怒っているのだとわかるそれに、2人は仲良く一度身体を跳ねさせる。
「黙って聞いていれば、この大事な時に…。今がどれほど深刻な状況か、わかっていないのですか?!」
吠えるように叫ぶと、2人は背筋を伸ばして、同時に頭を下げた。
「「ごめんなさい!」」
声までピッタリ合う。やはり、仲が良いのかもしれない。
しかし、一度我慢の箍が外れてしまったシンリアスは、怒涛の勢いで言葉を紡いでいく。
やれ「危機感が足りない」、「ただでさえ深刻な状況が、より酷くなった」、「苦悩する顔をしたいなら、真面目に状況を改善する策を考えろ」などと、説教するシンリアスに、2人はペコペコと頭を下げながら謝罪している。
リータは顔を作って悲壮感を出し、反省の意を示しているが、どこか慣れた様子で嵐が去るのを待っているようだ。しかし、マノリは殆んど怒られる経験が無かった為、今にも泣き出しそうな顔で必死に謝罪をしていた。
しばらくすると、冷静さを取り戻したのか言葉が止み、肩を揺らしながら息をするシンリアスがこちらを向いてくる。
「ガドウィン!」
少し興奮が残っているのか、いつもとは違い、呼び捨てだ。
「はい」
「必ず成功させなさい!」
八つ当たり気味に言われた言葉に不満があるが、さすがにこの状況では下手な事は言えない。
「お任せを」
軽く一礼して、それに応えると、今度は若干不安気な表情で「お願いします」と、小さく言ってきた。
それに頷いてから、マノリへと顔を向ける。久方ぶりに説教を受けたことで放心状態になっているが、どこかスッキリとした表情をしていた。
「マノリ様、行って参ります」
私が声をかけるとこちらに顔を向け、表情が引き締まる。そして、ゆっくりと頷き、口を開いた。
「気を付けて」
戦いに送り出す際、必ずマノリが紡ぐ言葉を聞く。
それに、いつものように頷いてから、リータへと声をかけた。
「リータ、行くぞ」
「うん」
返事を聞いてから歩き出すと、リータが私の後ろからついてくる。
背中に視線を感じながら、扉を開いた。
※
「行ってしまいましたね…」
2人が出ていってからしばらくすると、ホッと一息ついてシンリアス様が声を出す。
「はい…。でも、あの2人なら絶対に成功します」
それに、自分の不安を消し去るように返した。
「ふふ、わたくしもそう思います。ですが…」
シンリアス様が顔を俯かせ、言葉を詰まらせる。
「どうなさいましたか?」
首を傾げながら問いかけると、真剣な表情をされて私を見てきた。
「ガドウィン様の大剣は、何処で手に入れられた物なのでしょう?」
戸惑った表情で聞かれる言葉は、自分自身も気になっていたことだった。
未だにあの衝撃が忘れられない。制限を解除した大剣の能力に、身体が震える。
「あれですか…」
「マノリ様は、ご存知なのですか?」
「いいえ…。ですが、父も興味を持っていました。どこで入手したのかは、言葉を濁すようです」
そもそも、大剣という物自体が珍しいようで、扱う者の少なさから、滅多に見ることはないらしい。
「そうですか…。あの大剣、少なくともB級以上の代物だと見受けられます」
「B級ですか!?それは、さすがに言い過ぎではないでしょうか…?」
確かにあの開放された能力は衝撃的だったが、見た目は無骨な大きい剣といった感想しか抱けない。
「武器に秘められた力を使うには、代償が必要になるようですので見極めは難しいですが、最低でもC級以下とは考えられません」
「そ、そんな貴重な…」
シンリアス様の推測に言葉を失う。
C級武器と言えば、王国に10本とない名品だ。王国中を探して、同等の品を造り出せる職人が1人居るかどうか。鍛冶師として歴史に名を残すような腕を持った者でなければ、作成できない。
そして更にB級になると、今の人間の技術では造り出すのは不可能だ。王国の歴史上で存在が確認され、所持している数は2つ。クラウディスの持っている長剣【ツァームガルド】と、扱いきれる者が未だに現れない杖【ヌトゥリム】。この2つは代々、王族が受け継いでいるらしく、王国の象徴であるその時代の勇者に剣が下賜される。
しかし、杖は発見から未だ扱える者が現れていない。王国最高の魔導師でさえ、その力を扱いきれずに飲み込まれそうになったという逸話から、呪いの杖とも伝えられている。
その更に上。神々の道具と云われるA級は、大陸で存在が公にされているのは、エルフ族が所持している弓だけ。
その弓の性能は恐ろしく。敵を定め、矢を射る。これだけで、弓術の腕に関係なく、目標まで最善・最高の軌道で矢が飛来し、敵を射抜くという噂さえある程だ。
だけれども、やはり神々の道具と謳われる神具。誰もが扱う事が出来るというわけではないようだ。エルフ族としても、その弓の扱いに戸惑っているようで、厳重に保管され、神具に選ばれし者が現れるのを待っている状態らしい。
B級以上に指定されている道具は、遙か昔に衰退した文明の遺産だとされているけれど、特殊な製法で造られているらしく、製法はおろか必要素材すら判明していない。
それだけの名剣を、ガドウィンが持っていたとなれば、驚きだ。
少なくとも扱いは、名剣を扱うそれではなかった。無造作に放り投げているのを見た事があるし、私の部屋の隅に立て掛けて、そのまま忘れていった事もある。
価値を知らない可能性もあるけれど、それにしても愛剣なのだから少しは丁寧に扱った方が良い気がする…。
「ゴルディシア山付近で見つけたのでしょうか?」
あの地でなら、そういった道具が眠っていてもおかしくない。
「恐らくそうでしょう。ですが、それならば言葉を濁す理由がありません」
確かにその通りだ。研究と称されて、自分の手から離れることを嫌っているのだろうか。
「そうですよね…。あまりガドウィンは自分の事を話したがらないのです」
「それはリータも同じですね。しかし、リータはガドウィン様を家族として慕っているというよりは、どこか崇拝しているかのように感じます」
「崇拝…ですか?」
リータはガドウィンが好きで仕方ないという事は、感じている。態度や接し方を見れば、誰でもそう感じるし、自分でも婚約者だと称している。
時に我儘を言っては、ガドウィンを困らせる事が何度かあった。けれど、少し強く拒否をすればそれに従う。意見が食い違うという事も、一度も無かった気がする。
「リータは、ガドウィン様が命ずれば、必ず従いませんか…?」
シンリアス様がゆっくりと発した言葉に、寒気がした。
そうだ…、命じているのだ。
家族のように接していても、元は他人。よそよそしい雰囲気を捨て切れずにいたのだと思っていたが、ずっと違和感を感じていた。言葉こそ砕けているが、あれは父が使用人に命ずるのによく似ている。
「リータは、わたくしとガドウィン様から異なる命を出された時、どちらに従うでしょうか…?」
呟くように言葉を出されたシンリアス様は、問いかけながらも答えが出ているといった様子だった。
「シンリアス様に決まっています!」
「表向きはそうでしょう。ですが、実際はどういった行動を取るかわかりません」
シンリアス様は辛そうな表情をして、顔を俯かせる。
その姿は胸が締め付けられるほど、痛々しい雰囲気を纏っていた。
「時々、考えるのです。本当にリータはわたくしを慕っているのか。ガドウィン様に命じられ、已む無く専属護衛騎士になったのではないか。そして、ガドウィン様も、また上の存在から命じられ王国へ派遣されたのではないか…と」
弱々しく語りかけてくるそれに、返す言葉が見付からなかった。
『ガドウィンがもし誰かの指示で、私の護衛になったのだとしたら…』
考えたくない。けれど、シンリアス様が考えている事が真実だとしたら…。
【ガドウィンは私を利用している】
そんな事あるはずない!私だからこそ、護衛として仕えたいと思ったと言ってくれた!
【貴族の子供なら誰でも良かった】
違う!違う!違う!
【ガドウィンが欲しいのは、私の…】
「地位…」
公爵の1人娘である私の地位が欲しくて、近づいてきたのだとしたら。
「ガドウィンは、私ではなく、地位に惹かれたのですね…」
嫌だ…
そんなの嫌だ…!
絶対に違う!
(マノ…。)
(ノリ…ま…)
(マノリ様)
「マノリ様!!」
呼ばれる声に気づき、いつの間にか伏せていた顔を上げてる。
「よかった…。凄くお辛そうな表情をなさっていたので、心配しました」
シンリアス様が安堵の表情でそう言ってきた。
『辛そうな表情…?』
自分の顔に手を当てると、頬にが僅かに湿っており、涙を流していたのだと気づく。
「ごめんなさい…。わたくしが、余計な事を言ってしまったばかりに…」
「い、いえ!大丈夫です!」
申し訳なさそうな顔で眉を顰めて謝罪してくる事に、なるべく明るく答えた。
すると、シンリアス様は笑顔浮かべて頷く。
「飽くまでも憶測です。深く考えすぎているのかもしれません。公務をしていると、どうしても悪い方悪い方へ、と考えが回ってしまいますから」
ため息をついてそう言うと、「人を疑う事だけは巧くなりました」と、自虐的に微笑んだ。
でも、その気持はよく分かる。私も貴族として多くの者と接し、その過程でたくさんの【人間の醜さ】を感じてきた。
「よくわかります。小娘だと馬鹿にされた事が何度あったか…」
父の付き添いで訪れた社交会を思い出す。私を小娘と見下す者。縁談を取り付けて、サルディニア家に取り入ろうとする者。将来公爵になる私を利用しようと、近づく者。
そのすべてが、マノリにではなくサルディニア公爵家に向けられた目だった。
私が馬鹿にされるだけならまだ我慢できる。父と同年代の貴族から見れば、私なんて小娘だ。経験もなければ、一目置かれるほどの才能もない。それに、女だということだけで見下してくる者もいる。
しかし、サルディニア家を馬鹿にされて黙っていられるほど、お人好しでも子供でもない。私のせいでサルディニア家の家名に泥を塗るなど、死んでも許されない。いや、自分自身が許せない。
「何も知らない娘ではいられません。人を疑い、騙し、利用する、そして導いていくのが貴族です。サルディニアが私の誇りであり、責任ですから」
力強くシンリアス様に断言すると、一瞬驚いた顔をして、見惚れてしまうような笑みを浮かべてくれた。
「いつまでも子供のままのマノリ様ではないのですね。ふふ、とても凛々しいですわ。末っ子のわたくしですが、妹の成長を喜ぶ姉の気持ちになれました」
「そ、そんな…、まだまだ学ぶことが多くありますから。ですけど、シンリアス様がお姉様だというのは嬉しいです」
恥ずかしさから顔が赤くなるけど、心が温かくなる。
私もシンリアス様を、姉として見ていたから…。
「お叱りは怖いですが、それも私の為にしてくださっているのだと思うと嬉しいのです。シンリアス様とお逢いできた運命に、感謝の気持ちでいっぱいです」
先もそうだったけど、何度かシンリアス様に叱られた事がある。ガドウィンもそうだけど、父やエリスも私を叱ることは滅多にない。多少のわがままや、少し不相応な態度も許容してくれる。
でも、シンリアス様はそんな私を叱咤してくださった。この4年間、ガドウィンとリータの繋がりでシンリアス様と親しくなれた事は本当に嬉しい。
「まぁ…!なんて、可愛いのでしょう!妹とは、こんなにも可愛い生き物だったのでしょうか?!」
目をキラキラと輝かせて、こちらを見てくる姿に驚く。
「シ、シンリアス様…?」
「お姉様と呼んでください!」
「えっ!?」
「早く!!」
「はっはい!お、お姉様…」
「…!!」
急に胸を押さえ悶えはじめるシンリアス様の姿に慌てる。少し息を荒げて、顔を真っ赤にしていた。しかし、数度深呼吸すると落ち着いたようで、真っ直ぐな目で私を見てきた。
「今日からマノリは妹です。わたくしのことはお姉様と呼んでください」
王族からの命令のように、有無を言わさない雰囲気でシンリアス様が言った言葉に、コクコク頷いた。
私の反応に満足そうに大きく頷いて、何かを促すような仕草をしてくる。
それに気づき、また顔が赤くなるのを自覚しながらも嬉々として応えた。
「お姉様」
「はい、マノリ」
笑顔で返事をするお姉様の姿に、胸がいっぱいになった。
※
ティルスの屋敷から離れ森へと近づくと、サイクロプスの姿が見えてる。
あちらも私たちに気づいたようで、視線をこちらに固定させた。威嚇するように呻き声を上げ、近づく事に警告を発しながら立ち上がる。
サイクロプスの全長は5メートル程で、手にはハイ・オーガ同様に棍棒を握っている。見た目は色や身長を除き、ほぼハイ・オーガと変わらない。しかし、力は数倍の差があり、人間などでは容易に握り潰されてしまう。シンリアスから伝えられた報告では、木をへし折り投げつけてきたらしい。
「ひと当てして、森の奥に誘導する」
リータに声をかけると、こちらに顔を向け頷いてきた。
「うん、見えないところでパッと殺しちゃっていいよね?」
「あぁ、問題ない」
それを聞くとリータが走り出す。駆けながら弓を構えると、光の集合体が矢の形を作った。
炎属性を付与した魔力で生成したようで、紅く閃光を放っている。
それを、軽く飛ばすように射ると、空気を切り裂く速度でサイクロプスの右眼へと吸い込まれていった。
「GAAAAAAAAA??!!」
右眼に矢が突き刺さり、青黒い血が噴出する。思わぬ激痛から叫び声を上げると、憤慨した様子でリータに目標を定めた。
自身に目標が定まった事を確認したリータは、距離を適度に保ちながら森へと入り、誘導していく。
それをサイクロプスが、完全に頭に血が上った様子で雄叫びを上げながら、追いかけるように森の中へと走り出した。
『私の出番はないかもしれん…』
そう思いながらも、森の中へと足を踏み入れる。前を行くサイクロプスから目を離さず、森の中を進んでいった。
サイクロプスは見た目の割に、なかなか足が早い。どんどんと森の奥へと進んでいき、中級魔物がちらほらと見え始める区画まで来ていた。しかしリータは、まだ引きつけて行くつもりなのか、立ち止まる気配がない。
『楽しんでいるのか…』
おちょくるように矢を放っては逃げていくリータは、木々を驚異的な跳躍力でつたっていく。
時折、木の上に止まり追いついて来るのを待っては、嘲笑うかのように速度を上げて一気に引き離す。
そのことにサイクロプスは、馬鹿にされていると気づいているのか、完全に頭にはリータを殺す事しかないようで、進行を邪魔する木々を八つ当たり気味に棍棒で薙ぎ払いながら、追いかけていく。
「森を守っていたわけではないようだな」
サイクロプスの後には、無残にもへし折られた木々が転がっている。中級魔物も上位種の激昂に怯え姿を隠しているのか、全く姿を見なくなった。
周囲を観察しつつ、『森の開拓に一役買うかもしれない』などと考えながら、森を割るように出来ていく獣道を疾走する。
しばらくすると、前方で軽快に飛ばしていたサイクロプスと、じわじわと距離が縮まっていく。体力が切れてきたのか、走る速度が衰えているようだ。そうなった頃には、すでに上級魔物が縄張りを張り巡らせる区画まで進んできており、私たちを窺うようにこちらに顔を向けている上級魔物も居る。
寄って来られるのも面倒なので、視界に入る魔物を適当に魔法で氷漬けにしいると、恐怖を感じたのか魔物たちが散り散りに逃げていった。
上級魔物が居る区画に入ったことで、もう十分だと判断したのか、リータが立ち止まりサイクロプスを待つ。
「バイバ~イ」
そう言うと、矢を天高く射る。
上空で矢が停止すると、そのまま下へ閃光のように落下しはじめた。轟音を轟かせながら、サイクロプスの頭上へと落ちると、身体を貫通して地面まで到達する。
そして、矢の落ちた箇所を中心に、直径数メートルの魔法陣が描かれた。頭から半分に割れたサイクロプスが、ゆっくりと左右に分かれようとし始めると、魔法陣から一気に火柱が上る。
灼熱の火柱がサイクロプスを焼き飲み、焦げ臭い匂いが漂ってくる。
数秒すると、勢い良く上っていた火柱が嘘のように消え去り、その姿は塵一つ残っておらず、真っ黒に焼け焦げた地面だけが存在していた。
「ご苦労だったな、リータ」
近づきながら声をかけると、感極まった表情で抱きついてくる。
「ご褒美です!」
言われたことの意味が分からず、首を傾げる。『追いかけて来た私へのご褒美か?』と、考えていると、リータは「抱きつかせてもらう事です!」と、説明してきた。
『抱きつかせるだけで、サイクロプスが討伐されるなら、王国は喉から手が出るほど欲するだろうな』
そんな事を考えながら、リータが満足するのを待っていると。突如、首に腕が巻かれ背中に重みが加わる。
「リータだけ、ずるいです」
「ジェシカ…?」
そう呟くと、リータは目を見開いて、顔を私の背後に向けた。
「ジェシカ?」
突然現れたジェシカに驚く。このタイミングで現れたということは、私の側に転移する頃合いを図っていたようだ。
ジェシカの能力は、個人の魔力の波長を感知し、その者の側に転移してくることが出来る。私に全く気配を感じさせず背後をとるジェシカを賞賛するとともに、背後をとられたことに気づけなかった自身に失望した。
ジェシカにはリータに代わり、エルフ族の情報収集も獣人族と並行して任せていた。定時報告によれば、エルフ族・獣人族共に、上級魔物を個で討伐できる者が存在しているらしい。
人間側がこの情報を入手しているかは不明だが、仮に入手していたとなれば、今回の上級魔物討伐を行った王の決断に、もう一つの理由がある事を推測できる。
他種族へ、戦力を示すこと。
龍族には最上級魔物の、王。エルフ・獣人族には上級魔物を、個で討伐する存在。人間以外の種族には、上級魔物以上の存在が居る。そうなれば、人間だけが他種族よりも、戦力が劣っていることになるのだ。数の力があるとはいえ、やはり、個での武勇轟く存在が居るに越したことはない。
その為に今回、上級魔物討伐を強行したのだという可能性も考えられる。
3人でと些か力を見せつけるには弱い部分があるが、全く出来ていないよりかは、まだ良いということだろう。
「ご報告」
ジェシカは口を耳に寄せてくると、小さく声を出した。
「聞こう」
「エルフ族の皇子から婚約を迫られました」
「なるほど、そう来たか…」
ジェシカには私たち同様、エルフ族の中で地位の高い者に仕えさせている。巧みに取り入っていたようだが、そこまで執心するとは思わなかった。
普段は無表情で、何を考えているのか読み取り憎い所もあるが、こちらの考えを見透かすようにな気遣いを見せる。そういった点や、貴重な戦力として、エルフ族側に引き込もうと考えたのかもしれん。
しかし、そうなると問題はジェシカの気持ちだ。嫌々エルフ族の皇子に嫁がせるのも気が引ける。
「ジェシカはどうしたい?」
「…ぶぅ~」
「ん?」
後ろに顔を向けると、軽く頬を膨らませ唇を突き出している。あまり感情を出さないジェシカが、そんな表情をするのは意外だ。それほど、気に入らない事を言ってしまったようだな。
表情から察するに拗ねているようだが、何に不快感を示しているのか分からず困惑していると、ジェシカが抱きつく力を強くしながら口を開く。
「断れって言ってください」
どこか寂しさを含ませた言葉に、やはり嫌だったのかと思いながら答える。
「すまん。そうだな、断ってくれ」
ジェシカが嫌がっていることを、強要するつもりはない。それに、結婚し動きを封じられてしまえば、有事の際にジェシカを動かしにくくなる。
「はい、もう断りました」
「そ、そうか…。それで、どうなった?」
今度はどこか嬉しさを含ませた声で、断った事を伝えてくる。『初めから断った事まで伝えてくれ』と思うが、私の指示で対応を変えようとしたのだろう。
しかし、そうなると今度は、皇子の出方が気になる。王族からの求婚を断る者の方が珍しい。自棄になり、無理やり手に入れようと考える可能性がある。
「特には。今まで通りです」
淡々と告げてくる言葉に安堵した。諦めたのか、期を待っているのかわからないが、強行手段に出たとしてもジェシカを捕らえることは出来ない。今はまだジェシカに引き続き、情報収集を頼もう。
「では、引き続き情報収集にあたってくれ。また、なにかわかったら報告を頼む」
「了解です」
そう言うと、ジェシカの姿が霞んでいき、消えていった。
久方ぶりにジェシカの顔を見れた事に表情を和らげていると、前で抱きついているリータが更に身体を密着させてくる。
「うぅ~…、私のこと忘れてませんか?」
上目遣いで訴えてくるリータは、不機嫌そうな表情でそう言ってくる。
ジェシカに気を取られていたことが気に入らないらしい。
「忘れていない。報告を受けていたのだから仕方がないだろう」
「そうですけど、もっと私を見てください!」
「見ている。これ以上ない程にな」
「そ、それならいいです」
照れた表情で言うリータに笑顔を向ける。すると、顔を赤くして、それを隠すように私の胸に埋めてしまった。
『慕ってくれているのだな』
リータやジェシカたちが、自身の唯一無二の存在なのだと改めて自覚する。
その気持に応えていけるよう、今まで以上に、私ができる範囲で求めてくる事をしてやる。それで、この恩が返せるとは思わないが、見限られぬよう努めていくだけだ。
『私も独占欲が強いのかもしれん』
自身の意外な感情に、自虐的な微笑みが浮かんでくる。しかし、悪い気はしなかった。
シンリアスが王族なので仕方ないと思っていたのですが、マノリと4年間交流があった割によそよそしい感じだったので、無理やり仲良くさせてみました。