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上級魔物1

いきなり飛びます。

「お待ちしておりました!」


「ありがとう、ティルス伯爵」


「とんでもありません!どうぞ、ご案内致します」


 ティルスは身を翻すと、通路を進んでいく。それに付いていくため、シンリアスが歩き出してから後ろに続いた。


『外からだと豪華な屋敷に感じられたけど、中に入るとそうでもない』


 自分の威信の為に、高価な物を屋敷に揃えている貴族が殆んどだ。権力や財力を見せ付ける一番の方法は、豪華な屋敷。所狭しと並べられる逸品に、芸術感あふれる装飾品など、趣向に違いはあるけど屋敷を飾りつけている。

 でも、一番凄いのは、王国各地から寄りすぐりの食材を集めている貴族だ。食べてしまえば一瞬で消える食事に、お金を遣える貴族はそうは居ない。それこそ、惜しげもなく遣えるだけの財力があるか、身に余る贅沢をしているかのどっちかだろう。


 そんな中で、この屋敷は普通の貴族の屋敷とは正反対だ。全く装飾が無い訳じゃないけど、今まで見てきた貴族の屋敷の中では質素な感じだし。申し訳程度に通路に並べられている備品が、なんとも寂しい雰囲気を醸し出している。


 私達を案内しているティルスは、伯爵だ。それなりの財力を持っていてもおかしくない。それにこの領地は、未開の森を開拓しているから、国からの援助も出ているはず。

 なのに、自分の為に財を擲たないのは、ティルスが統める領地の人間たちの為らしい。王都から離れた辺境であること、開拓地ということで他の領地と比べると生活水準が低いことなどから、民の負担を少しでも減らそうと減税や生活支援も行なっていると、シンリアスに説明された。


 その姿勢が、シンリアス達王族からは好意的に捉えられているようで、変な気を張らずに赴けると安心してた。あまり声を大きくしては言えないが、好きな貴族・嫌いな貴族が居るようで、シンリアスは苦手な貴族が相手だと、今でさえ駄々をこねて嫌がる。

 嫌いな貴族と言っても、恒例のように迫られる縁談のせいだ。年の近い男が居る貴族に、「ぜひうちの息子と!」と、何度か声をかけられてるのを見たことがある。

 そんな時は、まだ自分のやりたい事が残っているとか、父の正式な決定が無いと何も言えないと言って、なんだかんだ受け流していた。

 時たま、私にも声をかけてくる輩が居るけど、婚約者(ご主人様)が居ると言うと、引き下がるので気が楽だ。そんな私が羨ましかったのか、シンリアスも「わたくしもガドウィン様と…」なんて言うから、取り敢えず殴っておいた。

 


「リータ」


 屋敷の中をキョロキョロと見回していると、前を歩くシンリアスから声がかかる。

 私の姿を、子供を見るような目で見るのはやめて欲しい。


「なに?」


「少し浮かれているのかしら?」


「そう見える?」


「ええ、そわそわしてるわ」


「よく見てるね。伊達に4年も一緒に居ないわ。久しぶりにガウィに会えるから、ちょっと浮かれてるのかも」


 照れ隠しするようにそっぽを向きながら答えると、シンリアスの笑い声が聞こえてくる。


 私がシンリアスの専属護衛騎士になってから4年が経った。シンリアスはこの4年間で物凄く…ものすご~く、成長している。顔も大人っぽくなって羨ましいくらい綺麗だし、少しだけ身長も伸びてる、でもそれより一番は、むね…胸、胸!

 会った時なんか私と変わらなかったのに、今じゃドレスからはみ出すんじゃないかって程の存在感がある。

 『一緒の物食べてるのにシンリアスだけ育つなんて!』、と少し嫉妬して文句を言ったら、「肩が凝って仕方ない、必要以上に大きくなるのも考えものね…」と、贅沢な悩みを言ってた。

 その恨みを込めて、肩を揉んであげる時は少し強めに力を入れてる。必ず、「痛い」って言って怒ってくるけど、それでも頼んでくるのは私への当て付けだと思う。いや、絶対にそうだ!


「どうしたの?」


「え?」


「怒ってる?」


「そんな事ないよ」


「ならいいけど…」


 無意識にシンリアスに呪怨の念を送ってしまってたのか、少し困惑しつつこちらを覗っている。

 歩くたびに上下に動く脂肪の塊を睨みつけてから、自分の胸に視線を落とす。

 ――ある。

 まぁ、あるよ、女の子だもん。

 でもさ、もう少し欲しかったよ…


「リータの方が好きな人も多いわよ」


 視線を自分の胸から外してシンリアスを向くと、にこやかに笑いながら温かい目で私を見てる。自分の胸に視線を落としていたことで、何か察したのかもしれない。

 それに、シンリアスより私の方が好きな男が居るなんてどうでもいい。ご主人様が好きか、好きじゃないかが重要なのだ。


「ガウィが好きじゃなかったら意味ない」


 少し拗ねた表情で返すと、シンリアスは『またか』と、言った感じの表情をした。

 たまにだけど、シンリアスと恋愛の話をすることがある。私はご主人様の話しかしないので、ご主人様とこうできたらいいなとか、こんなことしたいなとかを話すだけ。シンリアスも経験が無いから、自分の持つ理想の男と素敵な恋愛がしたいと妄想を語るだけだ。

 そんなでも最初の頃はニコニコと微笑みながら聞いてくれていたが、最近は「耳にたこができる」と、嫌な顔をされる。


「きっと、ガドウィン様もリータの方が好みよ」


「だといいけど…」


 呆れた表情で言うシンリアスにそう答えると、ティルスが立ち止まる。

 目的の場所に着いたらしい。


 扉を開けて中に入り、椅子に座る。それなりに良い椅子みたいで、優しく身体を支えてくれた。

 メイドが私たちに紅茶を配り終えると、ティルスはこの部屋で待機しているよう言ってから出ていく。


「私たちが一番みたいね」


 私とシンリアスしかいない部屋を見回しながら声をかけた。


「ええ、姉様はそんなに時間が掛からないと思うけれど、マノリ様の屋敷からは少し遠いから数日待たないといけないわね」


 紅茶を飲みながら寛いだ様子のシンリアスは、そう推測する。

 カーラ、クラウディス、マノリは要らないから、ご主人様だけでも早く来て欲しい。出来るなら転移で迎えに行きたぐらい。ご主人様と2人っきりなら、もっと早く・長く一緒に居られるのに…。


「でも、なんでシンリアス達まで来るの?ガウィと私とクラウディスだけでいいじゃない」


 首を傾げてそう疑問を投げかける。

 今回の件は腕の立つ私たちが呼ばれているのだ、わざわざついて来る必要がない。むしろ、来なくていい、私とご主人様だけでいい!


「そうだけど、これは王国としても大きな問題なの。だから、王族であるわたくし達も現場に赴くことになった。マノリ様も、わたくし達が一緒ならご自身もって」


「ふぅ~ん、大変だねえ…。それより、私たちじゃなくて王国騎士団じゃダメなの?」


「それは無理よ。大体、リータ達が異常なの。騎士団を派遣しても全滅して終わり、そう判断したからリータ達に託しているのよ」


 そう言うシンリアスのは苦い顔している。シンリアスがこんな表情をすることは滅多にないから、本当に一大事なんだと思う。

 確かに、国の騎士団を使っても対処出来ないんじゃどうしようもない。でも、だからといって放っておけないらしく、苦肉の策として私たちが集められた。


「私たちで対処出来なかったらどうするの?」


「そうね…。それこそ、お手上げだわ。最悪、領土を放棄するしかなくなる」


「そこまで?期待されてるのね。いや、自暴自棄になっただけか」


「期待してるわよ。中級魔物を単独で討伐出来るのはリータ達だけなのだから」


「でも、今回は上級魔物じゃない」


「そうだけれど…」


 顔を伏せるシンリアスの表情は暗い。


 今回の情報が王に届けられたのは1ヶ月程前。王都から馬車で10日もかかるティルス伯爵が統める領地は、ゴァドルゾ地方に一番近い領土だ。

 ゴァドルゾ地方には昔から開拓が進められている深い森があるが、強力な魔物が潜んでいることから思うように進んでいないらしい。中級魔物もたまに目撃される事があるみたい。

 そんな中でも開拓を進められていたのは、この森が大陸の3分の1を占めているのが大きな理由。広大な森に土地を3分の1も覆われている大陸で、徐々にではあるが繁殖を繰り返してきた種族の人口が増えてきている。だから、人間が住んでいく事に適した土地を確保していかなければならない。

 そう考えた人間が、この森に手をつけ始めた。


 人間が土地を持っているのは大陸のほぼ中心部。それを囲うように、北には龍族。東にはエルフ族。西には獣人族と、ぞれぞれの国が広がっていて、やむなく南にあるこの森を開拓することで領地を増やしているとシンリアスから説明された。

 身勝手だとも思うが、それだけ人間たちも生きていくことに必死みたい。でも、無茶な事をして自分たちの手に負えなくなったらどうするのか。最悪、住処を奪われた森の魔物たちが王国を攻め始まる可能性だってある。上級魔物1体で王国の騎士団が手に負えない状況なんだ、森に住む魔物たちの総攻撃にあったら王国は壊滅。領土を増やすところの騒ぎじゃないと思うけど。


「最悪の事態には備えてあるの?」


「えっ?」


 真剣な顔でシンリアスに問いかけると、顔を上げてこっちを向いてくる。


「上級魔物を討伐出来なくて私たち3人が死んだら、どうするのかってこと」


「そうなったら…、開拓は中止。それにリータ達の身に何かあれば、魔物の被害が増えて管理出来る土地が減ってしまう。そうなればこの領地もそうだけれど、いくつか王国の領土がなくなるわ。他の種族との同盟を強化して共同で領地を増やしていくしかない。もしくは、人口を減らさすような政策を取る事になるわ」


「なんだ、ちゃんとどうするかは考えてるんだ」


「当然でしょ…。でも、死ぬなんて言わないで」


「死ぬような事させてるのそっちじゃない」


「そう…よね、ごめんなさい…」


 また顔を俯かせるシンリアスの顔はさっきよりも酷い。

 正式に今回の上級魔物討伐の件が決定されてから、こうやって時間があると苦い表情で何かを考えている。


 王の決定に最後まで反対していたのはシンリアス、カーラ、マノリの3人だ。当然、自分の長年連れ添ってきた護衛が危険な――それこそ死んでしまうかもしれない上級魔物討伐に駆り出されるんだ。気が気じゃないのかもしれない。

 私たちの損失と国益を天秤にかけて、国益を取った王の決断は仕方のない事。討伐出来れば開拓に更に拍車がかかるし、3人の命を代償にして上級魔物を討伐出来れば王国の発展と共に他国へ力を示せる。今まで私たちで済ませていた魔物討伐の件も騎士たちを使うか、領主の個人戦力を強化して事態にあたるようにするらしい。

 それでも、シンリアスが言ったように全部を賄うことは出来ない。だから、人口縮小に他国間同盟の強化を進めていくのかな。


「気にすることないよ。人間、一度手に入れた贅沢はなかなか手放せないわ。今回の上級魔物討伐でそれが維持出来るのなら、何が何でも成功させたいでしょうし」


「…ごめんなさい」


 シンリアスをいじめるのもこれぐらいにしておこう。決して、胸への僻みでこういう事をしている訳じゃない。

 そう、上級魔物なんて踏み潰すぐらいの労力しか掛からないけど、ちゃんと足に力を入れるんだから、それぐらいは疲れる。

 決して、胸への僻みじゃない。断じて、否!


 今回の件でシンリアスはかなり王への不満を募らせている。シンリアスだけじゃなくて、カーラやマノリもそうだと思う。だけど、だからといって王へ楯突くことは出来ない。王国の為を思うなら、私たちと引換にしてでも上級魔物を討伐するメリットがある事を、この子たちだって良くわかっているはずだ。

 でも、その葛藤が彼女たちを蝕み、人間の愚かさなりを心のどこかで噛み締めていく。何かを犠牲にして自分たちが生きているのだと、改めて認識する。そうなれば…


「もっと良い国を創ってね」


「ぇ…?」


「シンリアス達がもっと王国を良い国にしてくれれば、それで私たちも嬉しい」


 優しく微笑みながら語りかける。

 それを聞いたシンリアスは、堪え切れなくなった様子で顔が歪み始める。私が死ぬ覚悟をしていると思ったのかな、泣きそうになりながら何度も頷いていた。


『ご主人様はどうするつもりなんだろう?』


 上級魔物を殺してしまうのか。それとも私たちを死んだことにして、また違う計画に移るのか。

 クラウディスが居なければもう少し楽に出来るのだけれど、今更どうしようもない。


 今回暴れているのは、上級魔物のサイクロプス。開拓を進めていた人間たちを皆殺しにして、この領地の街まで侵攻してきた。

 街を半壊させると、また森へと戻りこっちを警戒するように森の浅い場所に身を置いているらしい。何かサイクロプスの気に触れる事をしたのか、単に森を減らしている人間たちへの警告なのかわからないけど、どうしてサイクロプスが出てきたのか。

 人間たちが森の開拓をしているのは知っているけど、まだまだ浅い場所。全部を開拓するのは無理だとしても、上級魔物が出る場所まで開拓が進むのは今の速度だとあと数百年は掛かる。

 それほど広大な森をちまちまと長い年月をかけて開拓している人間は、ようやく中級魔物が縄張りを張り巡らせている地点まで数十年といった所だ。

 それなのに、今回出てきたのは上級魔物。森の奥深くでぐーたらと過ごしているはずが、こんなにも浅い場所に姿を現すなんて…。


「サイクロプスはよく姿を現すの?」


「頻繁にではないけれど、30年に一度ぐらいの頻度で姿を見せているらしいわ」


「上級魔物はサイクロプスだけなんだっけ?」


「そう。最上級魔物は龍族の王、その次に強い魔物がサイクロプス。中級魔物など比較にならないほど凶悪な魔物だから、一つ上の上級に指定されてる」


「龍族の王が最上級魔物っていうのは?」


「それは龍族の王が、サイクロプスを軽々と討伐したと記録に残っているから。リータ達が下級魔物を相手取るように狩っていたと聞いているわ」


「おお!なら、龍族の王に頼もうよ!」


「そうしたいのは山々だけれど…、無理よ。龍族の王は森の開拓に反対しているから」


「そうなの?」


「ええ、何でも最深部には龍族の王でも対処しきれない存在が居るらしいわ」


「それはまた…。最々上級魔物?」


「最上級魔物でいいわ。上級魔物以上の魔物の違いなんて、私たち人間には関係ない。どの道、簡単に殺されるのだから」


「そりゃそうか」


 ケラケラと笑っていると、シンリアスは呆れた表情で私を見てくる。それに手をひらひらと振り謝罪を表すと、シンリアスにも少し笑顔が戻った。


 あの森の最深部にはご主人様の根城がある。対処しきれない存在というのはご主人様の事だろう。


『知り合いなのかな?』


 龍族の王がご主人様を気にしているのは意外だ。対処しきれないってことは、その強大な力を感じた経験があるという事。昔に何かしらの縁があったのかもしれない。


「でも、龍族の王がそんな宣言をしているのに、開拓を中止しないんだね」


「…今の王国は開拓を中止する事は出来ないわ。この森には開拓以外に大きなメリットがある」


「メリット?」


「貴重な資源。木を切ればそれだけでも資源になる。でもそれ以上に、薬を作る為に必要な植物に、貴族が好んで食べる高級食材。それだけでも王国には欠かせないのに、希少な鉱石まで採れるのよ」


「王国の現状維持どころか、このまま進めていけば発展にも繋がるわけだ」


「その通りよ」


「でも、ゴルディシア山は?あそこの周辺の森も結構貴重な植物があるよ。山には鉱石とか有りそうだし」


「確かに、リータに聞いた話だけでも十分に探索を行うメリットがあるわ。でも、中級魔物が多すぎる。この森にも出現する事はあるけれど、数十年に1体と比較的頻度が少ない。だから、この森を優先的に進めているの」


「優先順位の違いか…」


 シンリアスから視線を外して考え込む。


『どっちにしろこのまま森を開拓していけば、ゴルディシア山と危険は変わらなくなるんだけど…』


 中級魔物までは騎士団を使って、どうにかするんだろう。でも、上級魔物が頻繁に出現するようになったら、今度は本当に中止するしかなくなる。

 目先の欲に目が眩んでいるとしか思えないけど、採れなくなるのは数百年後。まだ、現実的に直視する段階では無いから、なりふり構ってられないのかも。

 王国が発展すれば、いずれ上級魔物とも渡り合えるぐらいの戦力を持つことが出来るかもしれないしね。


「ひまぁ~」


 考えるのが面倒になって、大きく伸びをしながら椅子からずり落ちそうになるぐらい身体を投げ出す。


「行儀が悪いわよ」


 シンリアスはが嗜めてくるのを横目に、手を振りながら答える。


「いいじゃない、シンリアスしか見てないんだし」


「もう少し、恥じらいを持ちなさい…」


「固いわねぇ~、…あっ!」


 外の気配に気づいて、しっかりと椅子に座り直す。少し乱れてしまったスカートもさっと整えると、微笑を浮かべた。


「なに?どうしたの?」


 急に姿勢を正した私を見てシンリアスが驚いて聞いてくるけど、それと同時に扉が叩かれた。


「どうぞ」


 なるべく取り繕った声でそれに応える。


「失礼します」


 扉を開けてティルスが、そしてご主人様とマノリ(おまけ)が部屋へと入ってきた。


「どうぞ、こちらでお寛ぎください」


 ティルスに促されマノリがシンリアスの隣に、ご主人様が私の隣に来て座る。そして、最後に入ってきたメイドが紅茶を2人に出すと、私たちの空になったカップにも紅茶を注いでくれた。


「ありがとう」


「滅相もありません」


 恐縮した様子で応えたメイドに、微笑みながら会釈する。

 ティルスとメイドが部屋を出ていくのを確認してから立ち上がり、ご主人様の前で立ち止まる。

 そして、ゆっくりと負担をかけないように膝の上に座った。


「…おい」


 声に導かれて上を見ると、呆れた表情でこっちを向いている。


「早かったね!」


 それを聞き流し、気になったことを聞いた。恥ずかしさと嬉しさから少し声が跳ねる。

 ちょっと大胆な気もするけど、たまにだから良いよね。


「はぁ…、ここから近い場所で滞在していたからな。屋敷からの早馬で報告を受けて、そのままここに来たんだ」


 ため息を吐きながらも、ちゃんと答えてくれる。

 さすがご主人様!優しい!大好き!


「そうなんだ!私に会うのが楽しみで、急いで来たのかと思ったよ!」


「ありえません」


 笑顔で言うと、マノリがこっちを睨みつけながら口を挟む。それを一瞥してから、甘えるようにご主人様に身を寄せて頬擦りした。


「ガウィは私に会うの楽しみだったよね?」


 出来る限りの可愛い声を出して、少し寂しげな表情を作るように眉をハの字にする。

 

「まぁ、そうだな」


 嫌がる素振りも見せず、頷きながら答えてくれる。

 私に会いたかったなんて嬉しすぎる!もう、このままずっとご主人様にくっついていたい!!


「ガドウィン?!」


 ご主人様の答えが意外だったのか、マノリが驚いた表情で声を上げる。

 たかだか4年間一緒に居た程度で、ご主人様と私の絆を越えることなんて不可能なのだ。身の程を知れ、身の程を。

 そんな気持ちが表れてしまったのか、勝ち誇った顔でマノリを見やる。


「ほらね!マノリ様は紅茶でも飲んで、私たちのラブラブ振りをご覧になってて下さい」


「ぐぐぐ…!」


 歯ぎしりしながら睨みつけてくるマノリから視線を外して、ご主人様の胸に顔を埋める。

 この感触!

 この匂い!

 最っ高!

 もう、ここに住みたい…!


「はぁ…」


 なぜか上からため息が聞こえてくる。けど、そんなことは気にせずに、至福のひと時を満喫した。







 マノリが涙目でこちらを睨みつけてくる。


『なぜ泣くんだ…』


 4年間。護衛として側に居るうちに、マノリはサルディニア家の正式な跡継ぎとして任命された。まだヴォルガの助力があってこそ成り立っているが、日々公爵としての気概が生まれてきている。

 容姿も女性へと成長してきており、女性独特の雰囲気を纏い、気品にも満ちてきている。顔立ちも整っているようで、外を歩いていれば見惚れて立ち止まる男も多い。

 ヴォルガに言わせれば、「娘でなければ確実に自身の女にしている。手に入れられるのなら、財を惜しげもなく注ぎ込む」程の魅力らしい。財を注ぎ込んで手に入れられるかは不明だが、公爵の男にそう言わせるだけの女なのだろう。


『しかし、まだ子供だ。人間とはそんなにも早くから、目当ての女を手に入れようとするものなのか?』


 すでにいくつか縁談の話が持ち上がっているようで、それをマノリに自慢されたこともある。「私に好意を抱いている男性は多いです」と報告してくるので、決まって「マノリ様に見合う男が現れることを願っています」と答える。

 すると、なぜか機嫌を悪くする。

 直接不機嫌になる理由を聞いたが、自身で考えろと取り付く島もなかった。


 毎回機嫌が悪くなるのでその事をヴォルガに相談したが、そのままの受け答えで良いと言われた。機嫌が悪くなるのは、「マノリに見合う男など居らず、妥協して最善の者を選ぶからだ。しかし、見合う男が現れることに越したことはない。だから、そのままで良い」と。少々親馬鹿な妄想も入り混じっている気がするが、取り敢えずそれで納得しておいた。


 だが、リータに誂われて涙目になっているようでは、まだ幼い部分があるのだろう。なにがそんなにも気に入らないのか知らないが、護衛を取られたぐらいで表情を崩しているようでは先が思いやられる。

 それに、リータもリータだ。私に会う度にこうやって甘えてきては、マノリを煽る。仲が良くないみたいだが、あとでマノリの機嫌を取る私の身にもなってほしい。


「リータ。いい加減にして椅子に座りなさい」


 リータの行動に見かねたのか、シンリアスが視線を向けて窘める。

 普段は真面目に仕事をこなしているようだが、この面子になると演技を崩すリータに苦労しているようだ。


「やだ」


 更に抱きしめる力を強めて拒否した。仮にも雇い主に対して、その態度はどうなのかと思うがリータの魅力故に為せることなのだろう。

 シンリアスは呆れた表情で溜息を吐くと、私に視線を送ってくる。


「リータ」


 少し低めに声を出す。


「…はい」


 名残惜しそうに身を離し、隣の椅子にトボトボと向かって腰掛けた。

 リータから視線を外しマノリに顔を向けると、怒った表情でそっぽを向く。機嫌が悪いらしい。

 こうなったら、しばらくは機嫌が悪いので放っておくしかない。あとで一言、二言、言葉をかけて頭を撫でれば元に戻る。扱い易いところはマノリの良い所の1つだな。


 話題を変える為、シンリアスに状況を確認する。


「サイクロプスはまだ動かないのか?」


 それに、頷いて肯定を示した。


「こちらが森に近づかなければ、特に被害は無いようです」


「そうか…」


『やはり森の開拓が気に入らないのか?』


 街を壊して満足したのなら、本来の居るべき場所へと戻っていくはずだ。

 自身の住処が奪われている事を警戒しているのか。もしくは、森の減少により下級魔物が減って、餌が無くなることを危惧しているのか。

 理由は多々ありそうだが、サイクロプスがこの位置まで出てくるのはおかしい。これならば、何体かの中級魔物が侵攻した方が現実的だ。むしろ、その方が良かった。


 今回の件は、さすがに対処に困る。上級魔物の討伐など、人間では前代未聞になるらしい。人知れず消しておくのなら簡単だが、こうも公になってしまってはどうする事も出来ない。ジェシカに頼む手もあるが、上級魔物を殺す未知の存在が現れたとなると、下手に人間たちの警戒を煽るだけだ。


『殺してしまうか?』


 満身創痍になり、命からがら討伐したとすればまだ許容範囲だろうか。しかし、討伐に成功すれば私たちはいよいよ人外指定だ。中級魔物の討伐ですら、人間を超越したとされるAランク冒険者が4人必要になる。それを単独で討伐している私たちは、すでに『畏怖』の対象へと足を踏み入れてしまった。

 このまま英雄として人間たちに見られ続けるか、甚だ疑問だ。私たちで上級魔物を討伐したとなると、3人だけで王国を滅ぼせる程の力を持つということになる。


『私たちを消すつもりなのか?』


 その可能性も考えられる。

 サイクロプスの討伐など不可能だと考えており、体良く私たちを始末しようとしているのかもしれない。その過程で、サイクロプスに重症を負わせ森の奥へと追いやれれば、開拓を再開できる。

 畏怖すべき存在の処理と、上級魔物の撃退。一石二鳥というわけか…。


「ガウィ、どうする?」


 リータが真剣な顔を向けてくる。どう対処するか、決めかねているのだろう。

 私もそうだ。しかし、まだ目的を達成出来ていない、このままマノリの側を離れるわけにいかぬのだ。


「大剣の制限を外す」


 こんな所で使うとは思わなかったが、強力な武器を持つことを示しておく。

 強力な武器の性能で討伐できたのだと、勘違いをさせることが出来るかもしれん。


「本気で行くの?」


 リータも上手く合わせてくれた。やはり、こういう所は頼りになる。


「あぁ」


「わかった。なら、私もこっちを使う」


 そう言って、立ち上がると荷物から弓を取り出す。


「用意してきたのか?」


 見慣れたそれに、リータも私と同じ考えを持っていたのだと推測出来た。


「うん、ガウィと一緒に戦う時にしか使わないけど」


 普段は腰に差しているレイピアを使っているらしいが、リータが得意とする武器は弓だ。

 強力な一撃はもちろん、高速の速射術に、魔法と併せた属性攻撃も可能にする。


「リータは弓を使うの?」


 私たちのやり取りを黙って窺っていたシンリアスが、困惑した表情でリータを見ていた。


「そうだよ、こっちが本命」


 弓を見せるように持ち上げて、あっけらかんと笑顔で答える。


「見たことない…」


「見せる機会が無かったしね。さっきも言ったように、ガウィと戦う時だけ。前衛がガウィじゃないと連携が上手くいかなくて味方に矢を当てちゃうかもしれないし、護衛で弓だと接近戦が…ね」


 呆然とした表情で言葉を絞り出したシンリアスに、頬を掻きながらリータが説明した。

 未だ力を隠していた事に驚いているのだろう。実力を最大限に引き出せる武器を使っていなかったとなれば、それまで本気では無かったということだ。

 レイピアを使い慣れていないわけないが、リータの本職は遠距離型。真逆の武器でも、その実力を示していた事にシンリアスは頭が追いつかないらしい。


「ガドウィンの制限って言うのは…?」


 いつの間にかこちらに顔を向けていたマノリが、シンリアスと同様困惑した表情で聞いてくる。


「見せよう」


 そう答えると立ち上がり、立て掛けておいた大剣を持ち構える。

 魔力を少し流し大剣に絡まる不可視な鎖を1つ引きちぎると、腕に無数の切り傷が生まれ、血が吹き出した。


「ガドウィン!!」


 両腕から血が流れ出した事に驚いたのか、マノリが悲鳴のような声で呼んできた。


「大丈夫だ」


 左手をマノリに向けて答え、大剣を見せる。

 刃全体が赤く光を放った状態になり、部屋の中の温度が数度上がったと思わせるほどの熱気を纏っている。

 軽く大剣を振ると、その軌道には赤い閃光が残像のように残り、消えていく。

 大剣の変化を見たマノリとシンリアスが、呆然とした表情でこちらを凝視していた。


「負荷が掛かるが、切れ味は抜群だ」


 腕に傷を付けたのは大剣の影響ではなく、風魔法を使って負荷を表現するための演出だ。

 何も制限無く強力な武器を使えるとなれば、それだけで恐怖を与えてしまう。その為の切り傷であり、リータの弓も魔力で矢を生成して放つ特殊な構造になっている。


「腕の傷が負荷の影響なのですか?」


 シンリアスが痛々しげに聞いてくる。血を見慣れていないのか、どこか気分が優れない様子だ。


「そうだ。腕が壊れるのでな、あまり長時間は振るえない」


 握っているだけでも辛いといった、苦しげな表情を浮かべて答える。

 こうやって見せておけば、この武器の危険性を示せるだろう。


「なら、今すぐやめて!!」


 私の説明に心を乱したのか、マノリが叫びながらこちらに寄ってくる。

 それを見て大剣に再び魔力を流し、鎖を絡めると刃から赤い光が消えていった。

 大剣を背に掛けてからマノリに顔を向けると、涙を少し流しながら私の腕に手を当て、怒りの表情で見上げてくる。


「こんな無茶しないで!」


 激しく頭を振り、少し錯乱している状態のマノリを落ち着かせるため頭を撫でた。


「滅多に使わない。今回は相手はサイクロプスだ、この力が必要になる」


 そう答えると、マノリは顔を俯かせる。

 マノリも理解しているはずだ、上級魔物を相手にする為には多少の代償を払ってでも、立ち向かうだけの力が必要になることを。だが、理解はしていても納得することが出来ず、心を乱してしまったのだろう。


「リータは驚かないの…?」


 リータが騒いでいない事に疑問を感じたのか、シンリアスが問いかけた。


「見たことあるから。私も出来れば使って欲しくない」


「そうよね…、ごめんなさい」


 その問いにリータは少し苛立った声で答える。

 無粋な質問をしたと思ったのか、シンリアスは小さく謝罪をした。


「すまんな、空気を悪くした」


 私の言葉に、皆が頭を振る。しかし、言葉が出てこないのか一様に暗い雰囲気になってしまった。

 なにか話題を変えようと思考を巡らせていると、扉が叩かれる。


「どうぞ」


 シンリアスがそれに応えると、ティルスが部屋へと入ってきた。


「カーラ様ご一行が賊に襲われ、クラウディス様が負傷したと報告がありました!」

急ですが、4年飛ばしました。

あと2回ぐらい、時間を飛ばすつもりです。

最初から時間経過を使うつもりだったので、主要キャラの年齢を比較的幼く設定していました。


主人公はいいのですが、リータが成長しないのは不思議がられそうなので、そこは身体的特徴ということで…。


今のところ、マノリが14歳でシンリアスが18歳になります。

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