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護衛3

初投稿から一ヶ月が経ちました。

読んでくださる皆様が居らっしゃるからこそ、続けられています。

こんな場所で申し訳ありませんが、感謝の言葉を述べさせていただきます。


ありがとうございます!

 正式にマノリの護衛となった翌日。

 あのまま撫で続けていると、心地よさから眠気が襲ってきた様子のマノリを抱き上げ、ベットへと運んだ。ベッドに寝かせると、すぐに寝息が聞こえてくる。

 握られた手を、離すことなく眠り続けるマノリの横で、手をそのままに私も座りながら眠りにつく。


 目を覚ましたマノリの気配に気づき目を開けると、寝ぼけながらも自身の状況を確認するように顔を巡らせてる。そして、握られている手に視線がいくと顔が止まった。

 徐々に顔が赤くなり、素早く私の手を離して恥ずかしそうに挨拶をしてくる。

 それに笑顔で返し、朝食を取ろうと声をかけ共に食堂へと向かう。


 マノリに案内され食堂に向かうと、1階層を丸々使った広い部屋に着く。注文するのではなく、バイキング形式になっているようで、色とりどりの料理が食欲をそそる香りをひきたてていた。


 共に食べる物を選んでいると、お勧めだと言って自身のお気に入りの料理を皿に乗せ渡してくる。礼を言いつつ受け取りながらも、旨そうな肉料理を幾つか選んで取っておいた。

 選び終わると、テーブルに移動し腰掛ける。何故か向かい側ではなく横に座るマノリに首を傾げるが、気にせずに良い香りを放つ料理へ意識を集中した。

 味に関しては、さすがは高級宿としか言えない。高級食材を使っているようなので、当たり前といえば当たり前だが、料理人の腕も良いのだろう。素晴らしく美味であった。


 食事中、マノリは甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくる。肉を切り分けようとしたり、空になった皿を取り端に置いたり。飲み物が無くなると、巡回しているウエイターやウエイトレスを呼び、おかわりを要求したりしていた。

 更には、旨いと舌鼓を打った肉料理が無くなると、取りに行くと言って席から立とうとする。

 それを慌てて引き止め、もう十分だと椅子に座らせると、後ろからエリスが笑いながら近づいてきた。


「お嬢様の方が使用人のようですね。ふふふ」


「エ、エリス!?」


 私の世話を焼くマノリの姿が余程面白かったのか、口に手を当てながらも堪えることが出来ないといった様子で笑い続けている。

 マノリはエリスに見られていた事を恥ずかしがり、顔を真っ赤にして俯いた。

 そんな俯くマノリの頭に手を置くと、優しく撫でてやる。


「マノリ様は将来、献身的な素晴らしい奥方になることでしょう」


 そう言葉をかけると、マノリは一度小さく身体を跳ねらせ、ぎこちない動きでこちらに顔を向けてくる。


「ほ、本当ですか…?」


 恥ずかしがりながらも、何処か嬉しさを滲ませた顔で聞いてくる姿に大きく頷いた。


「はい。少なくとも、私はマノリ様のような女性が好みです」


「っ…!?そ、そうですか…」


 私の言葉に驚愕の表情を見せると、こちらに向けていた顔を再び俯かせる。今度は耳や首すじまで真っ赤に染めており、何かを堪えるように力いっぱいスカートを握りしめていた。

 褒めたつもりだったが、更に恥ずかしげな姿を見せるマノリを不思議そうに見つめていると、後ろに居るエリスが吹き出し、鎮まりつつあった笑いが元に戻っている。


 しばらくして、笑いが収まったエリスに話を聞くと、マノリを起こしに部屋まで行ったが姿が見えないので、食事を取っているのかと食堂まで来たらしい。私と2人で食事をする姿を見つけ声をかけようとしたが、世話を焼くマノリの姿が新鮮で後ろからしばらく眺めていたようだ。ついには、私のおかわりまで取りに行こうとするマノリに、堪え切れず笑ってしまったと説明された。


「ルディング様も御一緒にどうですか?」


「そうですね、御一緒させてください」


 私の提案にそう言うと、料理を取りにこの場を離れて行く。

 エリスが少し離れてから視線を放すと、まだ少し顔を赤らめているマノリに顔を寄せ、囁く。


「マノリ」


 マノリにだけ聞こえるよう出した声に反応して、ピクリと身体を震わせる。

 そして、ゆっくりとこちらに顔を向けてくるので、笑顔を浮かべて口を開いた。


「ありがとう」


 感謝を伝えると嬉しそうな表情をして頷いてきた。


 エリスも料理を持ってきてマノリの横に座り、食事を取り始める。「私の世話は焼いてくださらないのですね」と、涙を拭う仕草をして、隣に座るマノリを茶化しつつ淡々と食べ続けていた。

 マノリは誂われてからエリスの世話を焼こうとするが、淡々と食べる姿に隙がなく戸惑った表情を浮かべている。

 そんなマノリの姿を見て満足したのか、エリスは一言謝ると私と会話をして待っているよう言う。それに従い、マノリがこちらに顔を向けると談笑を始めた。


 エリスが食べ終わると、部屋へと戻り屋敷に帰る準備する。

 ヴォルガはすでに準備を終えているようで広間で座っており、特に準備の必要のない私も座ってマノリの支度が終わるのを待っていた。

 マノリが支度をしている最中、ヴォルガはしきりにマノリとの距離感について忠告してくる。

 内容は「貴族の娘とお前では釣り合わない」や「マノリに相応しい男がいずれ現れる」などだった。

 それに、「私はただの護衛です、マノリ様には地位だけでなく、人柄も立派な方と御一緒になっていただきたい。私に興味がお有りなのは、初めての専属護衛が大人の男と言う事で少々憧れの念を抱いているのでしょう。もう少し御成長されれば、気の迷いとお気づきになられます」

 と、答えると満足そうに頷いていた。


 親馬鹿ぶりを発揮するヴォルガに適当に合わせていると、準備を終えたマノリがエリスを伴い部屋から出てくる。

 私たちの側まで来ると、着替えたドレスを見せるように、くるりと回った。そして私に顔を向けると、なにか言って欲しそうな顔で見つめられる。

 それに世辞が欲しいのかと勘ぐり、頷いてから口を開いた。


「とてもお綺麗ですよ、マノリ様」


「ありがとう!」


 満面の笑みで言うマノリを見ながら、側に控えるため立ち上がる。ヴォルガも立ち上がり、宿の出口に停めてある馬車へと向かう。

 馬車が見えてくると、屋敷から連れてきている騎士と使用人たちが待っていた。ヴォルガとマノリ、そしてエリスが乗ると、それを確認してから馬車の後ろに移動するため身体を捻ると、マノリから声がかかった。


「ガドウィンは乗らないの?」


「はい、最後尾からついて行きます」


 そう答えると、なにか言いたげなマノリを横目に馬車の後方へと足を動かしていく。

 王都からいくらか離れてから、周囲を警戒するため気を張る。だが、警戒するにしても、周りは穏やかなもので、見えるのは小動物ばかり。下級魔物の気配すらしなかった。


 使用人たちが、馬車を挟むように左右に半分に分かれ歩いており、馬車を中心に周りを騎士たちが囲む陣形をとって、屋敷へと向かっている。

 王都を行き来するだけの、比較的安全な道を進むにしては些か過剰な戦力だが、先のハイ・オーガの件もあり念を入れているのだろう。

 しかし、本来であればこのような場所に、中級魔物など存在しない。私がリータを使い、リータの転移能力で他の場所から持ってきただけに過ぎない。なのでこの警戒も、ほぼ意味を為していない。


 リータの転移能力は非常に優秀だ。魔法陣を作成して空間を繋げば、魔法陣を張った場所ならば何処でも行き来できる。転移させるものに制限があり、送りたい場所に魔法陣を貼らなければ転移させる事が出来ないが、それを差し引いても役立つ事に変わりはない。


『リータはどうしているか…』


 第3王女と面会を取り次いでから、リータとは会っていない。指輪を使い根城で落ち合うことも出来るが、不審に思われる行動は互いに避けたい。

 このまま潜伏を続ければ、いずれ会うこともあるだろう。今はリータを信じて、朗報を待つ他ない。


 思考を巡らせながら街道を歩いていると、前方に広大な草原が見えてきた。大分屋敷へと近づいたようで、夜になる前には到着するだろう。随分とゆっくりな進行速度だが、使用人たちは徒歩での移動になっている為、それに合わせている事から進行が遅い。騎士たちも徒歩だが、女ばかりの使用人とは違い、日頃から身体を鍛えているのだ、速度を上げても問題ないだろう。


 なぜ、幾人かの使用人を連れてきているのかをエリスに聞いたが、エリスは基本的にマノリ専属で、ヴォルガの身の回りを世話する使用人を選抜し、連れてきているらしい。合計で4人居るが、そんなにも必要なのかと首を傾げると、夜伽相手も混ざっているようだ。文字通り、身の回り全てを世話させていると、平然と言うエリスの様子を見ると、貴族では当たり前の事なのだろう。


 未だ衰えぬヴォルガの性欲に呆れていると、下級魔物の気配を3体感じた。

 気配の感じる方へ視線を巡らせると、ウルフビットが岩の陰から、こちらを窺っているようだ。姿は目視出来ないが、殺気を放ちつつ、襲うタイミングを図っている事が容易に感じ取れる。


 あまりにも稚拙で、知能が低いと思わせる下級魔物にため息が漏れる。

 気配すら消す事なく、ただ獲物を前に姿だけを隠し、期を待つウルフビットの様子は、狩りにしてはお粗末すぎる。姿だけでなく、気配も出来る限り消して狩りを行うことは、動物ですら実践していることだ。しかし、人間の能力が下がっている事もあり、今の状態でも十分に狩りの成果を上げることができるのだろう。でなければ、到底生き残っていくことは出来ない。


『人間が弱いと、魔物まで弱体化するのか?』


 ふと、そんな考えが頭を過ぎる。

 気配を消さなくとも、姿さえ見せなければ容易に近寄る事が出来る。すると、段々と気配を消すことをやめ、気配の消し方を忘れる。忘れないにしても、お粗末な気配の消し方で事足りてしまう。

 そのような形で弱体化が連鎖していけば、魔物は知らず知らずに弱くなっている可能性がある。

 前を歩く騎士たちの装備はそれなりの物だが、王都の武器防具屋の剣や鎧は酷い物だ。容易く折れ曲がる剣、容易に噛み砕ける鎧。そうなれば、自然と下級魔物の能力も下がっていくのではないか。

 容易く折れ曲がる剣を防ぐ程度の体。容易に破壊できる鎧を砕く程度の牙や爪。そんな下級魔物たちを狩って餌にする中級魔物もまた…。


 負の連鎖によって、魔物まで弱体化しているとなると、人間たちは辛うじて上級魔物も相手取れるのかもしれない。

 私自身が上級・最上級の魔物を相手にしたのは、数百年も前の話だ。その頃に比べ、格段に弱くなった人間。それを餌にする魔物もまた、弱くなっているとしても不思議ではない。

 では、具体的にどの程度弱くなっているのか。下級魔物では今も昔も変わらない。手加減しても一撃だ。ならば、最上級魔物を相手に測るしかないが、そう滅多にいるものではない。外界からの干渉を断った、それこそ、最上級魔物と匹敵する程の力を持った者しか、赴くことの出来ない場所を住処にしているのが大半だ。

 今の状態の私が、そんな行動を取れるはずもなく。また、最上級魔物を、無闇に刺激する事も避けておきたい。最上級魔物の存在は、魔物たちの抑止力になっている。1体の最上級魔物が死ねば、魔物たちの力関係が大きく変わってしまい。最悪、魔物たちの縄張り争いで、人間やエルフ族、獣人族は死滅してしまう恐れがある。


 しかしその中で龍族だけは、生き残れる可能性を持っている。

 龍族は正確には、龍ではない者が殆どだ。秘術を用いて龍になる事も出来るが、常にその状態を維持し続けることは不可能らしい。制限が課せられているようで、秘術の効果が切れてしまえば、龍の鱗に覆われた人型になる。普段はその姿をとっているので、簡単に言えば龍人族なのだが、龍族を束ねているのは正真正銘の龍である。

 最上級魔物である龍が納める国が、龍族の領土であり、民の大半が龍人だ。龍人の個体数は千に満たない程度で、最大の個体数を誇る人間が数千万という事を比較すれば、少なすぎると言ってもいい。

 しかし、龍族の王が龍である事と、龍人の能力の高さから、他の種族と均等の戦力を有していると考えられている。だがそれは誤りだ、龍族が本気になれば簡単に他の種族を支配下にする事が出来るだろう。

 それをしないのは、龍族の王である龍が、他の種族との争いを好まないからだ。侵略されれば追い返し、ある程度の代償を払わせる事はするが、自らが進んで領土を広げるという事に興味が無い。


 種族間で友好的な関係を築いている訳ではないが、龍族は基本的に相互利益があると判断すれば、他種族との共存に積極的だ。他の種族が、その圧倒的な個体能力の高さ故に、友好よりも警戒を示してしまう為、実現していないのが現状だろう。

 確かに警戒する気持ちも理解出来る。龍族と友好を結び、龍人が国内を歩き回っていては、他の種族の者達からしたら気が気でない。何か争いが起き、町中で龍人が暴れでもしたら、それは小規模な自然災害の被害に合うようなものだ。

 強すぎる者は迫害される。龍族もまた、それを身に沁みて感じているのだろう。


 龍族に僅かに親近感を抱いていると、ウルフビットが殺気を強める。そろそろ、狩りを始めるようだ。

 進行する列から離れ、ウルフビットの潜む岩へと向かっていく。


「ガドウィン!?」


 後ろからマノリの声がする。私が突然、列から離れた事に驚いたのだろう。

 しかし、その声に振り返らず、岩へと進んでいき、大剣を背から抜き放つ。それと、同時にウルフビットが岩陰から姿を現し、私に狙いを定め襲い掛かってきた。

 1体目が手前で跳躍し、そのまま飛び掛ってくる。それを大剣を振り上げ、胴体から半分にする。次に、右から迫る2体目を、振り上げた大剣を斜めに振り下ろし、首を切り落とす。最後に、3体目が左横から口を開け、牙を剥いた状態で噛み付こうとするのを、左拳を顎へと叩き込み口を閉じさせる。3体目は宙で一回りしてから地面へと落ると、動かなくなった。


 3体とも絶命したことを確認してから、馬車へと振り返り、頷く。しかし、全員が硬直したまま動かないことに首を傾げ、大剣を背に戻しながら馬車へと足を向けた。


「た、倒したのか?」


 私が側まで寄ると、窓から顔を出していたヴォルガが聞いてくる。


「はい、全て死んでます」


「そ、そうか…。ご苦労だった」


「いえ」


 労いの言葉に短く返すと、また最後尾へ付くため列の後ろにまわった。

 再び馬車がゆっくりと動き出し、列が進行を始める。

 草原では何事も無く、景色を楽しむ余裕さえある程のんびりと進行する。そして、予想通り、日が落ちるまでには屋敷に着き、住み慣れた場所に帰ってきたこともあってか、どこか皆安堵した表情を浮かべてた。


 屋敷に入ると、マノリに付き従う形でヴォルガとエリスと共に、通路を歩いていく。

 やはり、公爵であることから、屋敷の造りは財力を窺わせる。通路には赤いカーペットが敷いてあり、値打ち物だと思われる備品が等間隔で鎮座していた。装飾品にはこだわりがあるらしく、全てヴォルガが気に入った物を取り寄せ、置いているとマノリに説明された。説明を終えた直後に、ヴォルガは通路に置いてある一つの壺を指さし、「これを壊したら、お前は半年間ただ働きだ」と、愉快そうに告げてくる。衣食住さえ提供されればただ働きでもよいが、安く見られるのも癪なので苦笑いで返しておく。


 しばらく歩くと、ひとつの扉の前で立ち止まる。どうやら、ここが私の部屋になるらしい。エリスが扉を開けると、中へと入っていき、内装を確認する。ヴォルガは必要最低限と言っていたが、身一つでその日から生活を始められるだけの、家具が揃えてある。あとは服などを購入するぐらいで、明日にでも屋敷からそう遠くない場所にある街に買いに行こうと、マノリに誘われた。


 今日は屋敷の者たちに私を紹介するそうで、大広間に騎士や使用人たちを集めて簡易的なパーティーを実施するらしい。また、パーティーかと、少々呆れたが素直に感謝の言葉を述べておいた。

 案内された部屋に残ると言うと、ヴォルガとエリスはそれぞれ、パーティーの支度や準備に出ていく。マノリはそのまま部屋に残り寛いでいるので、支度などはよいのかと聞いたが特に必要ないらしく、時間まで共に過ごしたいと言われた。


「ガドウィンは本当に強いのですね!」


「どういう事だ?」


 マノリが思い出したように口を開くが、真意が分からず聞き返す。実力なら闘技大会で見ていたはずだ、私が強いと判断して護衛にしたのではないのか。

 私の理解していない様子に、マノリは頬を少し膨らませる。


「ウルフビットの事です!頼もしかったですよ!」


「あぁ…」


 道中で仕留めた、下級魔物との戦闘の話らしい。


「あの程度なら普通だ」


 それに苦笑を浮かべて答えた。実際、下級魔物を簡単に倒せなければ、護衛役に選ばれなかっただろう。


「そんな事ありません!みんな驚いてました」


 必死に訴えかけるような顔で興奮気味に伝えると立ち上がり、私の真似をするように剣を振るう動作をしはじめる。


「下級魔物だぞ?驚く事でもない」


 マノリの姿を微笑みながら眺めて口にすると、動きを止めて私の側まで近寄ってくる。


「お父様やエリスも驚いていましたよ?「凄い」って。ですけど、急にガドウィンが離れるから心配しました…」


 前半部分は誇らしげに言っていたが、後半は不安気な表情になった。

 心配させてしまった謝罪の意味を込めて頭を撫でると、マノリは嬉しそうに微笑む。


「岩陰に隠れているのが見えてな。私一人で十分だと思い、そのまま向かった」


「それでも!一言、言ってください!」


 納得出来ないのか、また頬を膨らませると怒りの表情に変わる。

 そもそも、いちいち魔物を倒しに行くと言っていたら、急な事態に対応できない。

 それに、無駄な混乱を避けたかった。魔物が居ると伝えれば騎士たちに警戒を促せるが、それと同時に使用人やマノリ達に恐怖と混乱を抱かせる。私一人で事足りると判断した結果の行動で、無理だと思えば協力を仰ぐか、逃げるよう伝えた。それに…。


 ある事を思い付き、意地の悪い表情を浮かべて口を開く。


「用を足しに行ったとしたらどうするのだ?マノリのせいで、こっそり抜けても丸分かりだ」


「そ、それは…」


 顔に手を当て、やれやれといった動作をして言うと恥ずかしそうに俯いてしまった。耳まで赤くなっているので、顔を伏せていても隠せていない。

 しかし、急に顔を上げると羞恥心を抑え込むように声を出してきた。


「それでも言ってください!ついていきます!」


「……ついてくるのか?」


「ぁ…、ち、ちがっ!そ、その…」


 予想外の返しに驚きを表すと、マノリは何かを否定するように声を出そうとするが、しどろもどろになり顔を伏せてしまう

 王都から帰る際もそうだったが、マノリはやけに私と共に過ごしたがる。側から離れると、どこか不安そうな顔で見つめてくることに疑問を感じていた。まだ日は経っていないが、ヴォルガやエリスにはそういった態度をとる姿を見たことはない。私が側から離れる時にだけ、不安気でどこか恐怖を感じている様子が感じ取れた。

 一瞬、目が合っただけで何かを感じ取ってみせたマノリの持つ感性が、そうさせるのだろうか。理由は分からないが、マノリの心の拠り所になる為にも、小さな挙動に注意を払っていかなければならない。


「安心しろ、何処へも行かない」


 安心させるように優しく声をかけながら、マノリの手を握る。

 すると、弾かれるように顔を上げ、呆然とした表情で顔を向けたきた。

 微笑みながら見つめ返していると、徐々に表情が変わっていき、満面の笑みを浮かべて手を力強く握ってくる。


 そのまま少し見つめ合っていると、扉を叩く音が響く。

 それに反応して、マノリが慌てて手を離す。どこか落ち着かない様子で、うろうろとしている姿に笑いが漏れるが、返事をしながら扉を開ける。


 扉の前にはエリスが立っており、パーティーの準備が出来たと報告しに来たようだ。部屋の中でマノリの姿を見つけると、くすりと小さく笑い大広間へ移動するよう促してくる。


 3人で大広間へ行くと、先に集まっていた者達から視線を一斉に浴びせられる。

 大半が好奇心の混ざったもので私に集中しているが、軽く受け流しているとヴォルガが手招きをし、近くに来るよう指示してくる。

 それに従い、ヴォルガはの側まで移動すると、マノリと共に壇上に上がるよう言われる。

 マノリを先に上がらせ、その後に続き上へと上がった。


「マノリの護衛が決まった」


 ヴォルガが口を開き、集まっている者達に注目を促す。


「闘技大会の準決勝で、クラウディスと互角の勝負をしてみせた者だ。実力的に申し分がなく、立派にマノリの護衛の役目を果たせると考えている」


 言い終わると私の方へ視線を向けてくる。名乗れという事だろう。


「ガドウィン・レナン・スマルトと申します。皆様と同様に、サルディニア家にて仕えていく事になりました。どうぞ、よろしくお願いします」


 言い終わり一礼すると、一瞬間があったが拍手が起こる。

 拍手が鳴り止む頃を見計らって、マノリが下りていく後に続いた。


 私の紹介が終わるとヴォルガが声をかけ、各々料理に手を伸ばし始める。

 マノリと会話をしながら、適当に料理を摘み過ごしていると、ハイ・オーガにとどめを刺した騎士がエリスと共に近寄ってくきた。


「初めまして、スマルト殿。ソリウス・レグナードです」


 会釈して名乗ってくるソリウスに、表情を和らげて会釈する。


「初めまして、レグナード殿。ソリウスと言うと、前回の闘技大会で2位の成績を修められた?」


 確認するようにアーシャから聞いた情報を伝えると、照れた様子で頭を掻いた。


「恥ずかしながら、そのソリウスです。ですが、スマルト殿もクラウディスと互角の勝負をしたとか。怪我さえしてなければ、是非観に行きたかった」


 残念そうな表情でそう言うと、隣に立つエリスが笑顔を浮かべる。


「屋敷に戻ってガドウィン様の事を話してから、ずっと言ってるのですよ」


「仕方ないだろ、クラウディスと剣を交えた者としては気になる」


 エリスに告げ口されたのが気に触ったのか、拗ねた表情で抗議をしていた。

 そんなソリウスの考えに同意するように頷き、口を開く。


「その通りです、私もレグナード殿とクラウディスの試合を観てみたかった」


「おお!話の分かる方だ!怪我が完治したら、是非手合わせをお願いしたい」


 嬉しそうにこちらに顔を向け、手を差し出してくる。


「ありがとうございます、喜んでお相手します」


 差し出された手を握り返し、握手を交わした。

 ソリウスの実力も確かめておきたい。ハイ・オーガに単身で勝てないのではクラウディスに遠く及ばないが、ガロードとラシュモアよりは強いのだろう。

 ガロードでは確認することが出来なかったので、Aランク冒険者の実力がいまいち掴みきれていない。ソリウスを実力を見極めれば、どれほどの実力か見えてくるかもしれん。


 ソリウスとエリスを交え、4人で談笑しつつパーティーを楽しむ。

 時折、挨拶に来る者に丁寧に対応し、軽く会話をする事を繰り返していると、王都から帰ってきた当日ということもあり、ヴォルガが早々にパーティーを切り上げると終了の合図をした。

 それに従い、使用人たちが片づけを開始する。マノリも自室に戻ると言うので、部屋まで送っていくと提案すると嬉しそうに頷いてきた。

 疲れが溜まっているのか、眠たそうな顔をしながらふらふらと通路を歩いていくのを見かね、優しく持ち上げて抱き上げる。

 突然の事に驚いたのか、小さく悲鳴を上げ驚愕の表情で下ろすよう言われるが、転倒して怪我をされては困ると言い聞かせそのまま運んでいく。恥ずかしそうにしながらも、疲労で抵抗する気力もないのか、大人しく私に掴まっていた。

 マノリの部屋に入りゆっくりとベッドに下ろすと、眠りつくのをしばらく待ってから自室へと戻る。することもないので、そのまま自身もベッドに横たわりると、眠りについた。




 翌日、昨日の約束通り屋敷の近くにある街に出掛けようとマノリから誘われる。街に行くのが楽しみなのか、興奮した様子で準備を急かしてくるので、素早く身支度を整えマノリと共に街へと向かった。


 王都ほど大きくはないがそれなりに栄えているようで、サルディニア家の領土の中では一番の街だとマノリが誇らしげに説明してくる。サルディニア家の屋敷から近いせいか治安も良く、大勢の護衛を必要としないで来ることが出来るので、私一人での同行でよいと許可された。


『治安が良い…か』


 先程から、視線を感じている。

 おそらく人間が2人。私たちの行動に合わせて動き、街に溶け込んで身を潜めている。

 狙いは間違いなくマノリだろう。護衛が私しか居ないという事で好機と捉えたのかもしれん。


『舐められたものだな』


 やはり、未だに無名の私では抑止力にならないらしい。クラウディスのように、実績・容姿・肩書きが王国各地に伝わっていれば、良からぬ考えを持つ者に対して警戒を促せる。


「ガドウィン!」


「はい?」


「どうかしましたか?」


「いえ、少し考え事をしていました」


「そうですか…」


 まだ何か言いたげ表情だが、言い淀んでいるのか口を噤んだ。

 少し周りに気を取られすぎていた。

 できれば、この状況を有効利用したい。簡単に狙われていると伝えてもよいのだが、私に初めて会いに来た時の事から、自身が誘拐の対象になりやすいという意識が低いのだろう。ヴォルガとの会話で少しは自覚を持ったようだが、実際に体験していなければどうしても警戒が弱くなってしまう。トラウマになる程の経験をさせるのは避けたいが、貴族に尊敬の念を抱く者が居る一方、憎悪の念を抱く者が居るという事を知ってもらわなければならない。


「…楽しくないですか?」


「…はい?」


「私と一緒だと…、楽しくないですか?」


 マノリは泣き出しそうな顔でこちらを見上げながら、そう言ってくる。

 私が上の空な事に不安を感じているようだ。気持ちがあまり顔に出ないという事は無いが、考えに集中してしまうと、そちらにばかり意識がいってしまい上手く取り繕えない。

 

 それにこんな状況だ、楽しくはない。

 しかし、私も馬鹿ではない。やっと取り入る事が出来たのだ、楽しくないなど口が裂けても言えん。


「そんな事はありません。実は…、お恥ずかしい話なのですが…」


「何ですか?」


「少々、緊張しています」


「えっ!?」


 マノリは驚きの声を上げて一瞬の固まるが、徐々に照れた表情になると身を捩らせ始めた。


「そ、それって、その…」


 顔を赤くして目を潤ませているが、どこか嬉しさが滲み出てた様子で聞いてくる。


「はい、護衛としての初仕事です。護衛が私一人なのは初めてですから」


「……はぁ、そうですね…」


 私の言葉に落胆の表情でため息を吐き、肩を落とすマノリに首を傾げる。これからの計画の為、マノリには私の側に居てもらわなければならない。護衛として、マノリの安全を確保するよう常に気を張り、緊張しておくのが当然のはずだ。


「服も買いましたし、そろそろお屋敷に戻りましょう」


「そうですね、あまり遅くなると心配をさせてしまいます」


 マノリと共に街を抜け、屋敷へと進んで行く。

 街から幾分か離れると、街の方角から馬車が1台向かってくる。私達の横を通り抜け、行く手を阻むように急停車した。


「サルディニア家のご令嬢だな」


 馬車から2人組の男が降りてくると、片方が確認してくる。


「そうだ」


 マノリを背で庇うように後ろにやり、男に答える。


「渡してもらおうか」


「断る」


「舐めるな!渡せ…、死にたくなかったらな」


「お前らこそ、死にたくなかったら消えろ」


 ニヤリと笑みを浮かべて言ってやると、黙っていた男が剣を抜く。


「さっさと渡せ!!」


 苛ついているのか、話していた男より気が短いのか、黙っていたもう1人の男が血走った目をさせて叫んできた。

 その声に驚いたのか、マノリが身体を震わせる。チラリと目をやると、顔を青褪めて私の服を必死に掴んでいた。


「気が短い男は嫌われるぞ?」


 マノリから視線を外し、馬鹿にするように剣を抜いている男を挑発する。

 すると、みるみる顔が赤くなっていき、怒りで身体を震わせはじめた。


「死にてぇらしいな…!」


「ご令嬢は殺すなよ?」


「わかってる!」


 仲間の忠告に八つ当たり気味に答えた剣を持った男は、ゆっくりとこちらににじり寄ってくる。

 それを動かず、眺めるように観察しながら男が寄ってくるのを待つ。


「怖くて動けねえか?」


 私が背に持つ大剣を抜かない事を警戒しているのだろう。興奮で頭に血が上っているようだが、こちらを窺う余裕はあるらしい。

 

「お前に抜く必要があるのか?」


 またも馬鹿にしたように言い、男を挑発する。

 すると、我慢の限界だったのか男は一気に駆け寄ってくると、剣を振り上げた。剣を振り上げる瞬間、軽く前に踏み出し無防備な腹を一発殴る。


「ぐぇっ!!」


 汚い悲鳴を上げ数歩後ずさると、剣を落としその場に倒れ込んだ。気絶しているようで、口から涎を垂らしながら白目を向いている。


「お前はどうする?」


 もう一人の男に声をかける。仲間が一撃でやられたことに動揺しているようで、苦い顔を浮かべながらこちらを睨みつけている。それに、挑発するように指を曲げて誘うが、少しずつ後退して馬車へと逃げていく。


「来ないのか?」


「相手が悪い。退かせてもらおう」


「まぁ、賢明だな」


 斬りかかってきた男よりは頭が回るらしい。私を殺してマノリを攫うのは無理だと判断したのだろう。

 私が追いかけて来ないと思ったのか、一気に馬車に駆け寄り腰からナイフを取り出すと、馬車の荷台と馬を繋ぐ紐を切る。そして、馬に跨り草原の方へと駈け出していった。


「逃げる算段もつけていたようだな」


 最初から無理ならば馬で逃げるつもりだったのだろう。馬車馬には必要のない鞍を付けていた。

 男が草原の彼方へと消えていくのを見ると、マノリに身体を向け近寄る。


「もう平気です」


 なるべく優しく声をかけ、危険が去ったことを伝える。

 だが、まだ恐怖が抜け切れないのか、顔を青白く染め小刻みに身を震わせている。


「襲われるのは、初めてですか?」


 刺激しないよう、ゆっくりと言葉をかける。


「は…ぃ…」


 消え入りそうな声で答え、こちらを見上げてくる。

 こちらに向けてくる視線を受け止めると、微笑み口を開いた。


「これがマノリ様に今後付き纏うであろう、危険です」


「…はい」


「ヴォルガ様も仰っていましたが、マノリ様が公爵家の人間である限り狙われ続けます」


「…はい」


「怖いですか?」


「…」


 私の問いにマノリは黙り込み、顔を俯かせる。


「怖いですか?」


 もう一度、今度は少し語気を強めて問う。


「……怖い…です」


 怒られていると思ったのか、私の声に一度小さく身体を跳ねさせると絞り出すように声を出した。


「私が信用出来ませんか?」


 また優しく声をかける。すると、マノリは否定するように激しく頭を振った。

 その姿に微笑みながら、頭を撫でてやる。


「なら、堂々としてください」


「…ぇ?」


 再び顔を上げ、こちらを見上げてくる。


「私を信用して、堂々と佇んでいろ。自身に危険など起こり得ないのだと、強い意志を持て。そうすれば、私が期待に応えてやる」


「…はい!」


 一瞬、呆けた表情をするが、青白く染まってた顔が血が流れだしたかのように色を取り戻し、目を細めて嬉しそうに笑った。

出来上がってから読み返すと、

王都から屋敷に移動しただけじゃないですか。やだー!

と思ってしまい、少し人攫いイベントを足しました。


相変わらず亀進行で申し訳ないです。

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