護衛2
ちょっと短いですが、切りが良かったので。
アーシャと別れ、リータと共に3階の特別席へと向かう。
最終的にリータとアーシャは随分と打ち解けていた。今日知り合ったのが嘘のように楽しげに会話をする2人は、遠目から見れば仲の良い友なのだと勘違いしてしまう程だった。
『最初からリータに任せてもよかったか…』
そう思ってしまう程に、初期に比べ幾分かマシになった自身の接し方と比較し、リータの打ち解ける早さに舌を巻かされる。
「ガヴィ!」
「どうした?」
リータの声に反応し顔を向けると、膨れっ面が目に映った。
怒りを示してるようだが、『そこまで頬が膨れるのだな』と、関係のない事を考えながら言葉を待つ。
「アーシャと仲が良いんだね」
「そうか?」
リータの言葉に首を傾げた。
確かに人間たちの中では一番と言ってよい程に仲が良い。しかし、リータ達と比べればなんて事はない、ただの他人だ。
私の反応が面白くなかったのか、顔を寄せ近づくと、威嚇するように言ってくる。
「そうだよ!アーシャ、ガウィの事好きみたいだし!」
「…ありえん」
予想していなかった言葉に少々思考が停止するが、すぐさま否定する。
アーシャとはそんな仲では無い。私の力に怯え、怒りを買わぬよう必死に取り繕い、接しているはずだ。
恐怖の対象である私に、そんな感情を抱くのはおかしい。
「あ~るぅ~!」
「ない」
「ま、まさか無自覚…?この、女の敵!悪魔!」
「…いい加減にしろ」
ここぞとばかりに、日頃の恨みでも言ってるかのように罵ってくるリータに呆れた表情で言うと、まだ納得していないのかこちらを睨みつけている。
溜息を吐き、しつこく絡んでくるリータに理由を聞いた。
「何がそんなにも気に入らない?」
「だって…、私の知らない所で女の子と仲良くなってるんだもん」
「なんだそれは…」
拗ねた表情で言うリータの言葉に脱力する。
情報をスムーズに引き出す為に、ある程度は仲を良くしておく必要があった。
怯えさせ情報を得るのは簡単だが、マノリの護衛になる為、素行に注意した結果に過ぎない。
そうリータに説明すると、「そういう事にしとく…」と、納得し切っていない表情で頷く。
そんなリータの態度に『こんな性格だったのか…』と、頭が痛んだ。
私が絶大な信頼を寄せる程、与えた任務を手足のように熟していた、頼もしい頃の姿は全くない。今のリータは、仲の良い友が他の者と仲良くしているのを見て拗ねているただの子供だ。
私の理想で塗り固めていたリータの面影を懐かしみながら、確認するため声をかける。
「リータは独占欲が強いのか?」
「うん…、重い女は嫌い?」
少し怯える様子で聞いてくるリータを見て考える。
確かに束縛されるのは面倒だ。だが、リータの気持ちも分かる。
私も、リータや他の2人に不自由を強い、束縛しているようなものだからな。リータ達がもし、私の元を離れると言ってきたらどうするであろう。
無理やり力で拘束するだろうか。
去るものは追わぬと好きにさせるだろうか。
裏切り者と罵り殺すであろうか。
答えは出ないが、リータ達が離れていく事が面白くはない事は確かだ。
リータ達3人が居たからこそ、今の私が有ると言っても過言ではない。
その恩に報いる為に、計画の全てが終わったら、今度は私が3人のしたい事に付き合うのも良いかもしれんな…。
そう思うと、リータに向かって首を振った。
「いや、リータや他の2人ならば、独占されるのも悪くないかもしれんな」
「ほ、本当!?」
「あぁ」
「嬉しい!!」
そう言いながら、リータが勢い良く抱きついてくる。
止めることなく受け止めてやり好きにさせていると、胸に顔を埋め背に回す腕の力を強めた。しばらくすると気が済んだのか、美しいとさえ感じさせる程の笑顔でこちらを見てくる。
「もう逃げられないよ!」
「…そうか」
リータの笑顔を眺めながら『面倒な者に捕まってしまった』と、少々自身の発した言葉に後悔するが、不思議と悪い気はしなかった。
また機嫌が良くなったのか笑顔を浮かべて隣を歩くリータを横目に、マノリ達の居る特別席へと歩みを進める。
もうすぐ着くという所で、マノリが私に気づき手を振ってきた。応えるように私も手を振り、近づいていくと声をかけられる。
「おはよう、ガドウィン!」
「おはようございます、マノリ様」
「えっ!?」
挨拶をしてくるマノリに返事を返すと、後ろに居るリータが驚きの声を上げた。
それに、マノリ達も不思議そうな顔でリータを見つめている。
「どうした?」
「ガウィが敬語使ってる…」
振り返ると、驚愕の表情で言うリータの言葉に呆れた。
確かに今まで一度も、リータ達の前でこのような話し方をした事はない。だが、必要であれば私でも、敬語ぐらい使いはする。
そうリータに言うと、「ごめん、ちょっとイメージと違くて…」と、頬を掻きながら答えた。
リータから視線を外し、再びマノリ達の方へ向くと、3人はリータに視線を集中させている。
そんな3人の視線に怯むことなく、リータは私の横へと並び、笑顔で口を開いた。
「初めまして、ガウィの同居人、兼婚約者のリータ・オルディアです!」
「おい」
リータが誰かと話をする度に、突っ込みを入れている自身の状況に疲れを感じてきた。
そんな私達のやり取りに、エリスが吹き出し小さく笑い始める。ヴォルガは呆然とした表情のままリータを見ており、マノリは何故か顔を顰め俯いていた。
様々な反応を見せる3人に向かって、一歩踏み込んだリータはヴォルガに視線を合わせると頭を下げる。
「この度はガウィに職を与えて下さり、ありがとうございます」
そう言うと、深々と頭を下げた状態で停止した。
リータの姿に呆然と視線を送らせたまま固まるヴォルガは、思い出したように頷くと短く返事をした。
返事を聞き頭を上げたリータは、嬉しそうに大きく頷き、再び私の横へ並ぶ。
リータに動揺したのか、ヴォルガは慌ててこちらに顔を向けると確認してきた。
「この者が、昨日言っていた?」
「はい」
「信じられん…、どう見てもただの少女だ。お前よりも強いなど…」
ヴォルガの言葉に、リータが少し怒った表情で口を開く。
「条件さえ揃えば、です!」
リータの訂正に、ヴォルガは「あぁ、そうか…」と困惑した様子で返す。何に対して怒りを表したのかわからず首を傾げていると、「ガウィより強いって言われるのやだ」と、小さく囁いてきた。
自身が甘く見られた事より、私よりも強いと言われた事の方が面白くなかったらしい。
そんなリータの姿に苦笑しつつ、入場門が開くことに気づき口を開いた。
「クラウディスの試合が始まるようです」
その言葉に皆が視線を会場へと向ける。
私も会場へと視線を向け、リータと少し離れて観戦の態勢を取った。
「あれがリータの同僚だ」
「へぇー」
入場門から出てきた騎士の鎧を纏った茶髪の男を指差し、リータに告げるが興味が無いのか、リータは気の抜けた返事を返してくる。
「…少しは興味を持て」
「ガウィ以外の男に興味ないし」
視線はクラウディスに向けているが、髪をいじりながらそう言うリータの姿に溜息を吐く。
「男としての興味ではなく、人間最強の実力に興味を持て」
「はぁ~い」
再び気の抜けた返事をすると、先とは違い観察するような視線をクラウディスに向けた。
クラウディスとガロードの試合はクラウディスの圧勝で終わりを迎えた。
時間にして、1分も掛かっていない。
ガロードはラシュモアとの試合で蓄積した疲労が取り切れていないのか、開始早々から特攻し猛攻撃を仕掛ける。持久戦は不利と考えての戦略のようで、クラウディスはそれを防御の態勢で迎え撃った。
ガロードは必死に攻め立てるが、軽く往なされるように防がれ、または避けられる。
攻撃を躱され、ガロードが軽くよろめくと、その隙にクラウディスは腹へと蹴りを入れた。
身体がくの字に曲がる程の威力に、僅かに口から血を吐きながら倒れ込んだガロードの首に、長剣が当てられる。
あまりに早い決着に観客は呆気に取られていたが、数瞬間が空くと歓声と拍手を起こる。しかし、決勝にしては見応えのない終わり方にヤジを飛ばす者も少なくない。
「どうだった?」
「う~ん…、ガウィとの試合を見たかったかな」
腕を組み、首を傾げながらそう答えるリータに同意する。
「確かにその方がよかった。まさか、これほど早く終わってしまうとは…」
予想以上にガロードが弱かったのか、疲労のため本来の力を発揮出来なかったのか、いずれにせよこれではリータはクラウディスの実力を見極める事が出来ない。
そう考えていると、リータがこちらに顔を向ける。
「大丈夫、話には聞いてるし、仕事しながら注意深く観察して見極めておくよ」
「そうだな、もうそれしかない」
苦笑いでリータの言葉に頷いた。
リータから視線を外し前を向くと、マノリがこちらを覗うようにチラチラと視線を送っている。『何か合ったか?』とマノリの元まで行こうと動き出すと、私が向かってくる事に慌てて前に向き直り視線を固定させた。マノリの横に立ち声をかけると、「仲が良いのですね」と、少し寂しそうに返事をしてくる。それに、「2年間共に暮らしておりますから。ですが、私はマノリ様とも仲良くなりたいですよ」と答えると、恥ずかしがりながらも小さく頷いた。リータが何やらまた後ろで拗ねた表情を見せているが、気にせずマノリとの会話を続ける。リータも自らヴォルガやエリスと積極的に交流を図り、談笑し始めた。
しばらくそれぞれ会話を楽しんでいると、アーシャがこちらに向かってくるのが見えた。おそらく、第3王女に私たちを呼びに行くよう頼まれたのだろう。
そう思い至り、マノリとの会話を打ち切るとリータに声をかけた。
「リータ、第3王女様に会いにゆくぞ」
「うん!」
私の呼びかけに返事を返し、リータも会話を打ち切る。第3王女に面会に行くと伝え一礼し、その場を離れ2人でアーシャに近づいていく。
アーシャに声をかけると案の定、第3王女が呼んでいるという事で呼びに来たようだ。それに頷き、アーシャの後に続いていく。
応接室まではリータとアーシャが楽しそうに話をしており、時折私に話を振りながらも会話を続けていた。専ら、リータが私との生活を面白可笑しく語り、それを聞き役に回るアーシャがくすくすと笑いながらも興味津々といった表情で稀に質問をする。それにリータが答えると、自身の知らないゴルディシア山付近の魔物や採取物の情報が増えたと喜んでいた。
応接室に近づくと、アーシャが案内の役目を終えたと一礼し去っていく。それを見送り、応接室に前で立っている騎士に声をかけ入室の許可をもらい扉を開いた。
「お待ちしていました」
扉を開くと、昨日と同様にシンリアスが椅子に座って待っておりクラウディスともう1人、人間の女が座っている。おそらく、クラウディスが後ろに控えている事から、第2王女のカーラなのだろう。
シンリアスは私たちが入り、扉が閉まったことを確認すると立ち上がる。それを見て、シンリアスの側まで歩み寄り、リータが私より一歩前で立ち止まると名乗り上げる。
「お初にお目にかかります、リータ・オルディアです。よろしくお願いします」
優雅にお辞儀をするリータには今までの無邪気さの欠片も無く、この姿が本来の姿なのだと勘違いしてしまう程に堂々と凛とした立ち振舞を見せていた。
そんなリータの姿に3人は目を見開く。一般の者からは到底発する事が出来ないオーラを纏い、少女という見た目からは想像出来ない程の妖艶さに、只々リータに視線を送るだけだ。
一向に動きを見せない3人に痺れを切らし、私も一歩踏み出しリータの横に並ぶと口を開く。
「この者が、昨日お伝えしました、第3王女様に御推薦させていただく者です」
私がそう言うと、我に返った3人は視線をこちらに向けてきた。そして、慌てた様子でシンリアスは私から視線を外すと、リータへと名乗る。それに下々の者から下命を受けたかのように頷くリータを見て、『どちらが王族なのか…』と、皮肉めいた言葉が思い浮かんだ。
シンリアスが名乗ると、カーラも椅子から立ち上がりリータへと名乗り、最後にクラウディスも名乗り上げると、椅子に座るよう促される。
リータがそれに従わず動かないことに視線を送ると、私に先に座るよう目で合図を送ってきた。リータに促されるまま椅子に身体を預けると、リータもふわりと羽が落ちるように音もなく椅子に腰掛ける。
リータが座るとシンリアスとカーラも椅子に座り、リータへと顔を向けたまま目を離せないようで動けずに沈黙が辺りを支配していた。
2人からの視線など全く気にしていない様子で余裕を持ち、微笑を浮かべながら威圧感を放ち続けるリータに溜息を吐きたくなる。
『扱いづらいと認識されては元も子もない』
第3王女の専属護衛騎士として王族に潜入し情報収集をすることが目的で、今はまだその審査を受けている段階にすぎない。王族よりも王族らしい専属護衛騎士など居たところで目の上のたんこぶでしかなく、扱い切れぬと判断されては王族から情報が手に入れられない。
そう考え、未だに誰も口を開かないことに苛立ちを覚えながら言葉を発した。
「この様にただの娘ですが、実力は確かです。存分に、第3王女様の専属護衛騎士の任を全う出来ると愚考します」
私の言葉に、「どこがただの娘なのだ」と、言いたげな視線を3人は向けてくる。それに、リータの頭を少し乱暴に撫でると、『恥ずかしさと嬉しさが混ざっているが』怒りを表すように膨れた顔でこちらを見てきた。
そのリータの表情に毒抜かれたのか、3人はようやく平常心を取り戻した顔を見せる。
緊張は抜け切れていないが、シンリアスはゆっくりと口を開くとリータへ質問を始める。
「貴女は何故闘技大会に出場されなかったのでしょうか?」
「はい、体調を崩したことも原因ではありますが、あまり興味もありませんでしたので」
「興味が無い?」
「ええ、王都にもガドウィンが闘技大会に出場すると言ったので付いて来ただけですから」
「それでは、専属護衛騎士の話もガドウィン様に言われたからこの場に来たのですか?」
「そうなります」
笑顔でそう答えるリータに、頭を抱えたい気持ちになった。3人もリータの回答に驚きの表情を隠せずにいる。
何故わざわざそのような受け答えをするのか、リータの意図が全く読めない。
確かに、人間に使役される事を不快に思う気持ちもわかる。このような態度を取り続けるのにも理由があるのだろうが、このままでは心象を悪くするだけだ。
どうするか決めかねていると、一瞬私に視線を向けてからリータが口を開く。
「ですが、自分の意志と関係なくここに来たわけではありません」
「というのは?」
「ゴルディシア山付近で出会ったのは偶然でしたが、どう生きていくか途方に暮れる私を拾って助けてくれたのがガドウィンでした。素性もわからない赤の他人の私を家族として扱い、2年間も共に生活を送り続け生きる希望を与えてくれました。もし、ガドウィンと出会わなければ、あのまま魔物に殺され死んでいたでしょう。ですから、私を助けてくれたガドウィンに、死んで無くなっていたはずのこの私の命を、全てを捧げたいと、そう思っています。けれど…」
そこで一旦区切るとリータは顔を俯かせた。
リータの言葉に聞き入っている3人は真剣な顔で、次の言葉を待っている。
ゆっくりと顔を上げたリータは私に笑顔を向ける。そのまましばらく見つめていたが、また3人へと真剣な顔で向き直った。
「ガドウィンはそんな私に自分の人生を見つけるよう言ってくれました。「私の為ではなく、自分の為に命を使って欲しい」と、「もし私に命を捧げたいのなら、自分の人生を謳歌し、それを私に証明する事で捧げろ」と。ですから、今回の話をガドウィンから聞いた時は運命だと感じました。私が必要とされるなら、そこから私の人生を始めてみようと、ガドウィンに捧げる為に人生を謳歌しようと、そう思いました。自己満足の不純な理由ですが、これが私がここに来た理由です」
言い終わると、リータはシンリアスを真剣な目で見つめる。
そのリータの目をまっすぐに受け止めていたシンリアスは、目を閉じて小さく口を開いた。
「自分の人生を謳歌する…。なんて、素晴らしいことでしょう」
ゆっくりと目を開き、優しい笑顔で見つめるシンリアスは、羨望の目をリータに向けている。
「王族のわたくしが、決して手に入れる事の出来ない自分の為の人生。それを、貴女からわたくしに感じさせてくださいますか?」
「…お望みのままに」
そう答えるリータに、満足気に頷くと立ち上がった。
それに応じるようにリータも立ち上がると、シンリアスは一本の短剣を差し出す。
「専属護衛騎士である証です。今日から貴女は、わたくしの専属護衛騎士になってください」
「はい」
差し出された短剣を恭しく丁寧に受け取ると、両手で柄を握り胸の前で掲げた。
「リータ・オルディア、専属護衛騎士の任、拝命致します」
その言葉に、シンリアスは嬉しそうに目を細める。
それに、リータも本当に嬉しそうな笑顔で応えた。
2人が見せる光景をカーラとクラウディスもまた、笑顔で見つめている。
しかしその光景を私だけが、頭が追いつかず呆然とした表情で眺めていた。
しばらくすると、リータに詳しく今後について話がしたいとシンリアスが切り出す。返答に困っているのか、リータが私に顔を向けてくるので、構わないと頷いた。そして、私はここで退出すると声をかけ立ち上がる。
シンリアスが私に礼を述べてくるのに丁寧に返し応接室を後にした。
そのまま、3階の特別席に向かうとマノリ達に近づいていく。
私の姿を見つけたマノリが笑顔で出迎える。
「お帰りなさい!」
「はい、ただいま戻りました」
微笑みながらマノリにそう返事をすると、首を傾げながらヴォルガが問う。
「あの娘は?」
「はい、第3王女様の専属護衛騎士の任に就きました」
「おお!」
ヴォルガは驚嘆の声を上げ、それを聞いたエリスも笑顔になる。
そんな中でマノリだけは眉を顰め、私の側に寄ると見上げながら口を開いた。
「寂しく…ないのですか?」
瞳を潤ませ、私の心配をしてくるマノリを撫でると頷く。
「そうですね、寂しくないと言えば嘘になります。ですが、止まっていたリータの時間が動き出したのだと、嬉しい気持ちの方が強いです。私もリータに負けないよう頑張らなければ」
安心させるように笑顔で言うと、マノリも頷き笑みを返してくる。
そしてヴォルガに顔を向け、詳しい護衛の内容を聞きたい旨を伝えると、宿に戻ることになり闘技場を後にするため出口に向かった。
途中、私の姿を見つけたアーシャから、闘技大会4位による賞金を受付で受け取るよう言われる。それに礼を言い、リータが専属護衛騎士になったことを伝えると、自分の事のように喜んでいた。
賞金を受け取り、出口まで行くとマノリ達の馬車に乗る。闘技場からそう遠くない場所にある、貴族専用の豪華な宿に着くと部屋まで案内される。
部屋に着くとすぐに護衛について詳しい話をするとヴォルガに言われ、机を挟み向かい合わせで椅子に座ると話を聞く。
護衛については、基本的にマノリの専属となるようで、有事の際は屋敷の防衛も行うらしいが、マノリの安全を第一に考えろと言われる。何よりもまずマノリを生かす選択をし、必要であれば2人だけで共に逃げ出し生き延び、遠征中であれば屋敷に、屋敷が襲われたのであれば王都の国王に助けを求める。
10になるマノリは、これから多くの地域にサルディニア家の顔として赴き、社交会などに出席していくらしく。道中の護衛、身辺警護など、マノリを守るよう行動することを心掛ければよいようだ。
任期は特に定まっていないが、仕事を熟せないと判断されれば即刻解雇。もし、マノリが死亡した際も同様らしい。
基本的には屋敷での生活になることから、訓練なども屋敷の設備を使って構わないようだ。報酬なども一ヶ月10万Gと一般人の年収と同等だけ貰える。
こちらとしても何も問題は無く。すぐさま契約を交した。
正式にマノリの護衛となった私は、さっそくマノリに挨拶に行く。
宿の一室で過ごしているらしく、その部屋の扉を叩くとマノリが招き入れてくれる。エリスは別の部屋で使用人たちと過ごしているようで、1人で暇を持て余していたと歓迎された。
「先程、正式にマノリ様の専属護衛となりました。今後ともよろしくお願いします」
そう言い、マノリに頭を下げる。だが、それにマノリは悲しげな表情を浮かべた。
「どうされました?」
そう問いかけると、覗うような目を向け言い淀んでいたが、恐る恐る声を出す。
「敬語…なのですか?」
「はい、私はマノリ様の従者ですから」
主であるマノリに失礼な態度を取ることは出来ない。これからは、マノリの気持ち一つで護衛の任を解かれる可能性が十分にある。
だが、マノリは私の言葉に首を振った。
「確かにそうです。でも、2人の時だけでいいですから、普段通りに話してください」
そう懇願するような顔で言うマノリは、潤んだ目で私を見つめてくる。
「それはご命令ですか?」
意地の悪い返しに、更に顔を歪め泣き出しそうな顔になったマノリは、私に近づき手を取ってきた。
「違います。私はガドウィンと対等で居たい…。ですから、この時だけでもそう接してくれませんか?」
「…やはり、マノリの護衛になってよかった」
「えっ?」
驚きの表情を見せるマノリと視線を合わせるため身を屈める。顔を合わせ、握られている手を胸に当て、目をつぶった。
「力ではなく私が欲しいと言ってくれたマノリだからこそ、付いて行きたいと思った。従者として、友として、家族として、親愛と忠誠を捧げていきたい」
閉じていた目を開け笑顔でマノリに言うと、くもりのない無垢な笑顔で大きく頷く。嬉しさからか、ポロポロと涙を流すマノリを抱きしめる。首に手を回し、しがみつくように抱きついてくるマノリを少し力強く抱き返す。
しばらく抱擁していたが、どちらからでもなくゆっくりと離れると恥ずかしげな表情をするマノリの頭を優しく撫でながら口を開いた。
「必ず護る」
「はいっ!!」
安心させるように力強く言葉を発すると、嬉しさが込みあげた声で返事をしてくる。
絶大な信頼を寄せ私を見てくるマノリは、嬉しそうな表情で空いている手を両手で掴んだ。そして、目を閉じると、私の温もりを感じるように自身の片頬に当てる。
そんなマノリの姿を見て私の奥底から新たな、今自身が浮かべているものとは違う笑みが込み上げてくる。
『扱いやすい』
疑うことのない絶大な信頼を寄せた様子のマノリを見ながら、心の中でそう呟いた。
信頼出来る者たちに囲まれ、愛情深く育てられ、穢れのない純粋な心を持つ、マノリの護衛に成れたことを心の底から歓喜する。
『あとは時間をかけて傀儡にするだけだ』
心地良さそうに目を閉じながら撫でられ続けているマノリを見ながら、堪えることの出来ない笑みを浮かべた。