旅のはじまり?
ギリギリで申し訳ありません。
「で! 結局、突然現れた理由を説明せれてないのだけど?」
「え! あ、あぁー……」
誤魔化せなかったか。
目の前には、少し怒ったように立つキューレの姿。
「…………」
ディンとしては、名乗り上げただけで何とかなるかと思ったのだが、どうやら無理だったようだ。
「えぇと……あれはですね」
「あれは?」
不機嫌そうにしながらも、不思議そうに首を傾げるキューレはとても可愛らしかったが、今はとてもその姿に心躍らされている場合ではない。
「えーと。…………実は僕自身もよく覚えてなくて」
考えに、考えた挙句の答えがこれだった。誰がどう考えてもいい加減な誤魔化し方であった。
実際のところは、人間界に来るのに使った転送装置が、あの場所にディンを転送し、たまたま近く、というか目の前にいたのが裸のキューレだったわけだ。
しかし、それをそのまま言うのはまずい。そのための誤魔化しだったが、さすがにこれは言っていて苦しいと自覚していた。
(ま、どうせ信じてもらえないだろうし、ここから先、どう誤魔化すかを考えるか……)
ディンとしては胃の痛くなる思いだ。
「そうなの? ならしょうがないか」
「納得しちゃった!!」
唖然である。あのような適当な言い訳で通用するなんて、と、戦慄するディン。
「うん? なんか言った?」
「い、いえ。特に何も」
思わずツッコミを入れてしまい、おどおどするディン。
と、ここでディンはふと、ある事に気づく。
先ほどは、キューレの正体を調べてみようと思ったが、今は冥界契約【ヘルヘイム コントラクト】中である。
少女、キューレ・ネルガルの正体を模索するのもいいが、テストに落ちるわけにはいかない。
その為には一度、魂が多いであろう場所に行かなければならない。
(となると、まずは人が多いであろう街に行くか。うん? そういえば……)
「あの、この家って、先ほどの湖の近くですよね?」
いくらなんでも男一人を運んで長距離を移動できる訳がない。と、いうことは、ここは先ほどの場所からそう離れてはいないだろう、と考えた。
そこでディンはふと、あることに気づく。
「そういえば、ネルガルは……」
「あ、私のことは、キューレって呼んで。皆そう呼ぶから」
「そうですか? では、僕はディンと呼んで下さい」
「ふふっ。そんな畏まらなくてもいいわよ?」
そういい、微笑むキューレ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。で、キューレ。君のご両親はどこにいるのかな? お礼を言いたいのだけれど……」
「お礼? なんで?」
「いや……だって、家に入れてもらっている訳だし、お礼を言うのは礼儀かと……」
「あぁ。そういう事ね。なら平気よ。ここは、私一人だから」
「え!?」
一瞬にして、ディンの顔に焦りの表情が浮ぶ。
(あ、あれ? もしかして、地雷踏んだ?)
「ご、ごめん。なんか……」
「だって今私、家出中だもん」
「家出かい!! 僕はてっきりデリケートな話かと思ったよ!」
「デリケート? あぁー。死んでるとかそういう話? なら残念ながら、両親は健在よ」
「残念ながらって……」
キューレの表情からは、わりと本気で残念がっているように見えた。
「ま、まあでも、そういう事なら話が早そうだね。キューレ。少し提案があるのだけど」
「な、なによ? 変な事なら殴るわよ」
「だ、大丈夫だよ!」
先ほど? の、湖の件を思い出し、冷や汗が出るディン。
「ええと。実は僕、出来るだけ大きな街に行きたいのだけど、もしよければ、案内してくれないかな?」
そう言うディンの顔は、とても真剣だった。
一瞬、驚きの顔を見せるキューレだったが、すぐに表情を改め少し考えるような仕草を見せた後、ディーンに言う。
「……私は別にかまわないけど、でもディンはお金持ってるの? さすがに無一文じゃ、一番近くの町にすら行けないわよ?」
「お金は大丈夫だよ。それなりの額がありますから」
今回の冥界契約では、学園活動の一環なので、人間界での生活にかかるお金は基本的に、学園もちになっている。
「そうなんだ。ならお金の心配は平気のようね」
「えーと。それだけ?」
「うん? なにが??」
そんなキューレの返事にディンは愕然とした表情でキューレを見つめる。
「いや、正直時間をかけて説得するようかな? と、考えていたから、そんなすぐに許可をもらえるとは思えなかった……」
「あはは。……実をいうと今金欠状態でね。最初は実家から拝借してきたお金で生活してたんだけど、そのお金も無くなっちゃって……ちょうど働こうと思ってたから、私的には歓迎なのよね」
「拝借って……」
ディンは額に汗を浮かべる。大丈夫か? この人は?
「ま、そういう訳だから、大歓迎よ。ただし、お金は貰うけど」
「うん。それは問題ないよ」
とは言うもののディンとしては『頼む人違えちゃったかな?』と、思わずにはいられない。
「それに……」
「うん?」
キューレは何か言うのを躊躇っているようだったが、意を決して口を開く。
「なんていうか……ディンとは、初めてあった気がしないのよね」
そんな言葉にディンは口をポカンと開け驚きを見せる。
「な、なによ! そんな顔しなくてもいいでしょ! そりゃ私だって変なことを言ってる自覚はあるけど」
「い、いや! そういうわけじゃ……」
そう。別にキューレを馬鹿にしているわけではない。ただ、驚いていたのだ。
『自分と同じようなものを感じていた』ということに。
「もしかして、僕達。どこかで会ったことありましたっけ?」
どちらか一方だけならただの偶然の可能性もある。
ただ、二人とも。となると、偶然で片付ける訳にはいかない。
そこで考えられる可能性があるとすれば……との考えだったが、しかし、
「うーん。でもそんな記憶ないのよね」
『記憶がない』のだ。どちらにも。
「どういうことなのでしょう?」
「うーん。ま、ただの偶然なんじゃない?」
あっけらかんと、言うキューレ。
ディンとしては納得のいかない話ではあったが、キューレはそこまで疑問に思っていないのか、もう考える事をやめているようだった。
「そうですかねー」
どちらにしても今考えて、答えを出せるようには思えない。
ディンは頭を切り替え、今後の予定をどうするか考える。
「ここから街までは、どれくらいですか?」
今から出かければ恐らく、今日中には着くだろう。そうすれば後は魂を刈り取って、それで……
「うーん。ここから一番近い街だと丸一日掛かるわね」
「丸一日!?……それじゃ今から行ったら」
「まぁ野宿になるわね」
いきなり予定外だった
…………
「大変申し訳ありませんが、どうかこちらに泊まらせてもらえないでしょうか!?」
頭を下げた。全力で!
そんなディンにキューレは「はあ~」とため息を付き、
「分かってるわよ。その代わり今日一日は、私の奴隷にでもなってもらうからね?」
「ははは……お手柔らかに」
少なくともディンの今日はまだまだ楽には終わりそうになかった。
誤字などがありましたら遠慮なく教えてください。宜しくお願いします。