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06 『時戻りの魔女』(1)



 パティはきょとんとした。

 それから「あれはただのおとぎ話……」と笑って流そうとして、私の気持ちを察したのだろう、真面目な顔になる。


「……私のひいおばあさまはいると言っていたけれどね。ブランニュー地方の山奥に住んでいるんですって。でも……ただの伝承だと思うわ」

「あなたのひいおばあさまに詳しいお話を聞かせてもらうことはできる?」

「……ええ。わかった、住所を教えるわね」


 手紙を出すのももどかしいと、次の月曜日に私はいきなりパティのひいおばあさまの住む村へ行くことに決めた。パティは同行しようとしてくれたけれど、私に付き添ってくれたおかげで仕事が溜まっている。

「一緒にいけたらよかったんだけど……」と申しわけなさそうにする彼女をハグして、私はブランニュー地方にある村へひとりで向かった。


 一日かけてたどりついたそこは時間が五十年前で止まっているかのようだった。

 木製の小さな家はどれも古く、村人はみんな色褪せた服を着ている。ざっと見たところ村は林業でなりたっているようだ。


 なるべく地味なドレスを着ていたけれどそれでも私は目立ってしまい、馬車から降りるなり何者か問うような視線を一斉に浴びた。

 私はパティが住所を書いてくれたメモを取りだし、「アッカーマンさんのお宅を探しているのですが」と近くの家の前のベンチで休んでいた老人に尋ねた。


 老人は私の顔をじろじろ眺める。


「あんたはアッカーマンさんとどんな関係だい?」

「ひ孫のパティさんと幼馴染なんです」

「パティ……」と老人はメモに添えられている『シェリルをよろしくお願いします パティ』の署名に目を止める。


 たちまち彼は破顔した。


「おぉ、あの小さなパティか! 夏になるとパルマばあさんのとこによく遊びにきておったな。どうだ、元気にしてるか?」

「ええ、もう結婚もしましたよ」

「そうかそうか。あんた、パティの友達か。よし、パルマばあさんのとこまで案内してやろう」


 パルマさんの家は村の奥にあった。彼女の家も風が吹いたら飛んでしまいそうな木造りの古い家だ。

「ばあさん、客人じゃぞ」と老人はドアを開けてずかずかと中に入りこむ。


 ドアの向こうはすぐ部屋になっていた。窓辺のイスで編み物をしていたしわだらけの老女が「はあい?」と顔をこちらに向ける。


「小さなパティの友達じゃ。ええと、名前はなんだったかな」

「シェリルです。シェリル……レイベリー」

「まあ、パティが来てくれたの?」

「いえ、彼女は忙しくて」

「まあまあ」


 パルマさんは何本か欠けた歯を見せて笑う。


「パティがきてくれたのねえ。それじゃ、あなたの好きなハーブティーを淹れましょうね」

「いえ、私はパティじゃなくて……」

「それじゃの、ばあさん」

「はい、またね」


 私を案内すると老人はでていってしまう。

 よいしょ、と言ってパルマさんは立ちあがった。そして小さなかまどの前に立つ。


「あの、おかまいなく」

「いいのよ、パティ。それにしても随分べっぴんさんになったわねえ。あなた、いまいくつになったのかしら」

「二十六です。でも私はパティじゃなくて」

「いまあなたのセーターを編んでいるの。出来上がったら贈りますからね」

「あの……」


 話がぜんぜん通じない。


 これでだいじょうぶなのだろうか。『時戻りの魔女』の話なんて聞けるのだろうか。

 不安を感じながら私はすすめられるままに小さなテーブルに座り、彼女が淹れてくれたレモングラスティーを一口飲んだ。


「……あ、おいしい」

「ふふ。あなたはこれが好きだものねぇ」


 パルマさんは私の向かいでにこにこ笑う。私をパティと勘違いしたまま。

 これはあきらめたほうがいいかもしれない……と思ったけれど、「それで、とつぜんどうしたの」と水を向けられて私は欠けたカップを置いた。思いきって切りだす。


「──パルマさん。私があなたのところにきたのは、『時戻りの魔女』の話を伺うためなんです」

「はあ。なあに、魔女?」

「パティにお話しされたことがあるんですよね? この辺りに伝わる伝承です。魔女に代償を捧げると、人生でたった一度、六十秒だけ過去にもどしてくれるという」

「はあ」


 カップを両手で持ったままパルマさんはぽかんと口を開ける。

 ──ああ、これはダメだ。彼女はひ孫にそんな話をしたことさえ忘れてしまっている……。


 そう私があきらめたときだった。

「それで?」とパルマさんが言った。いままでとは別人のような、はっきりした声で。


「あなたは亡くなったご主人の運命をどんなふうに変えたいのかしら、シェリルさん」


 私は信じられない思いでパルマさんを見た。


「え──私の名前、」

「さっき仰ってくださったじゃないですか。シェリル・レイベリーさん」

「なぜ夫が亡くなったことを……」

「あなたはご自分の名字を名乗るときにすこしだけためらいました。このことから考えられるのはみっつ。

 結婚したばかりで夫の名字を名乗ることに慣れていない。これは、あなたの結婚指輪が指に食いこんでいて結婚して何年も経っていることからちがうと推測できます。


 ふたつめは離婚したばかりで自分の名字を名乗るか夫の名字を名乗るか迷った。でも、それなら指輪は専門の業者に頼んででも外すでしょう。なのでこれもちがう。


 みっつめは夫が亡くなったばかりで、夫の名字を口にするときに感傷的になった。これならあなたがまだ指輪をつけている理由に説明がつきます。

 なにより──あなたはそんな顔をしていましたからね」

「そんな顔、というのは」

「大切なひとを亡くしたばかりの顔ですよ」


 ──私をパティと勘違いしていたのは演技だったのだ。

 私はまだなにも言っていないのにエリックを亡くしたことまで見抜かれ、彼女から話を聞くことをあきらめようとした自分が恥ずかしくなる。


「す、すみません。私……てっきり……」

「いいのよ、わざとボケたふりをしているんですから。そのほうが楽なのですもの」

「……?」

「それで? あなたはいつ、どこにもどってなにをしたいの?」

「あ……ええと……」


 この答えによって『時戻りの魔女』の居場所を教えてもらえるかどうかが決まるのだろうか。

 私は背筋を正し、列車に乗っている間にまとめた考えをパルマさんに話した。

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