非日常
「最悪だ。」
スマホのライトで照らし出されたヒールの先には、得体の知れない分厚い本。玄関前に平置きされた葡萄酒色のそれは、なんとも言えぬ気持ち悪さを漂わせている。
置いたのはおそらく、右隣の住人だ。
思い返せばここひと月程、帰宅する際にはいつも玄関先に出ていた。三交代制で帰宅時間に統一性がない私。そんな私と毎日のように鉢合わせる。不自然過ぎる。
それに、『いつも首が伸びきった上下灰色スウェットに、傷んだサンダル姿の小汚い中年男』というのも、どこかこの説を裏付けているような気がしてならない。
とりあえず、このままにしていては玄関扉をあけられない。どうせなら……と、持っていた傘を使い右隣の部屋の前へとよける。
ページが少しめくれた。好奇心には勝てなかった。
スマホで照らしながらペラペラとめくってみる。本だと思っていたそれは、日記だった。何年もかけて書くタイプのものだ。が、なにも書いてはいなかった。
「気持ち悪。」
踵を返し家の扉をあける。鍵を閉め、傘を立ておき、電気をつけようとしたその手に、何かが触れる。
「日記、これから一緒に埋めようね。」
スウェット生地だった。
「なにこれ。」
翌朝、スーツ姿の男が日記を拾った。




