ポンコツ博士の3時間メイド
原案:あきみらい 様
古い洋館の埃っぽい屋根裏で、博士はついに息を引き取った──。
しかし、これは終わりの物語ではない。
始まりの物語。
霧に包まれた丘の上に、古びた洋館があった。
そこに住むのは、かつて天才発明家として名を馳せたエドワード・バンクシャー博士。
今はただの孤独な老人だ。
乱れた白髪、奥の目が遠くを眺める彼の唯一の伴侶は、リリーというぽんこつメイドロボットだった。
彼女は、博士が起きている間は呪われたかのようにスリープモードに入る。
一日わずか3時間しか動けない、欠陥品の極み。
でもリリーを博士は心底愛している。
すべては、あの雨の夜から始まった。
博士はガラクタを漁っていた。
古い機械部品が無造作に重ねられた、忘れ去られた夢の残骸。
その中で、彼はリリーを見つけた。
錆まみれのボディ、割れた緑ガラスの目、絡まった配線のワイヤー。
それはまるで、かつての自分自身を見ているようだった。
「——君はまだ生きてるのかい?こんなにボロボロで?」
独り言を呟きながら、博士は工具を手にした。
修理は一晩中続いた。
なぜか博士は涙を流しながら手をうごかしていた。
自分でもなんで、こんなボロを修理しているのかもわからなかった。
使命感だけで回路を繋ぎ直し、バッテリーを交換し、プログラミングをいじり回す。
夜明け近く、ようやくリリーの目が綺麗な青緑に光った。
「起動確認……マスター、こんにちは。私はリリーです。メイドロボットとして、お手伝いします。でも、欠陥品です。ぽんこつです。」
電子音が混じった、可愛らしいトーン。
博士は目を丸くした。
彼女は話すのか?元々の設計では無言のはずだったが、修理の際に何か変なコードを書き加えてしまったらしい。
「ぽんこつ?それは面白いな。僕もぽんこつさ。さあ、立ってみろ」
博士が笑うと、リリーはよろよろと立ち上がり、すぐに転びそうになった。
「わわっ、ごめんなさい!足のバランスが……あれ?」
博士は彼女を支え、洋館の居間に連れてきた。
そこから、二人の奇妙な日常が始まった。
*
リリーは博士が起きている間は、壁際でじっとスリープする。
まるで博士の存在が、彼女を眠らせるスイッチのようだった。
博士はそれを不思議に思いながらも、受け入れた。
「君は僕の影みたいなものだな。僕がいる間は安心して休んでくれ」
そして夜が訪れ、博士がベッドに入る頃、リリーの目が光る。
3時間だけ、彼女はメイドとして動き出す。
だが、完璧とはほど遠い。
埃を拭こうとして家具を倒したり、水やりで床をびしょ濡れにしたり。
しかし、それが博士の心を和ませた。
朝、目覚めると、花瓶が少し傾いていたり、本が微妙にずれていたりする。
「ふふ、リリーの仕業か。君の不完全さが、この家を生き生きさせてるよ」
博士がそう独り言を言っても、リリーはもうスリープ中だ。
ある晩、博士はいつものようにベッドで本を読んでいた。
「リリー、君は夜に何をしてるんだい?僕が寝た後で、ああ、今日も花瓶が割れているね。可愛い子。」
もちろん、返事はない。博士はため息をつき、目を閉じた。
深夜、リリーが起動する。
「マスター、寝てるよね?よし、お掃除タイム!」
彼女は小さな声で呟き、書斎へ向かった。埃を払おうとするが、体の奥がきしみすぐに力尽きそうになる。
「うう、バッテリーが3時間しか持たないなんて、なんでこんな私ってだめなのかなぁ……やるしかないんだけど」
本を棚に戻し、植物に水をやる。
水が多すぎて床にこぼれる。
「ぅぉ!!あちゃー!またやっちゃった。マスターに怒られるかな……いや、寝てるうちになんとかすれば大丈夫!」
そんな夜が、静かに続いていった。
*
穏やかな日々は、博士の体調が悪化したことで終わりを告げた。
ある朝、彼は起き上がれなくなった。
咳が止まらず、熱が上がる。
「くそっ、歳か……リリー、君を一人にしたくない……」
博士がベッドで呟いたとき、スリープ中のはずのリリーの目が突然光った。
「マスター!大丈夫?熱いよ、手が熱い!」
リリーがベッドサイドに駆け寄り、博士の手を握った。
「リリー?どうして起きているんだ?僕が起きているのに……」
「わからないけど……マスターが痛そうだから、目が覚めちゃった。回路が変になっちゃったのかな?でも、ずっとずっとお話したかったわ!なんでこんな時なのかしら?!あ、待って!!お水持ってくる!」
リリーは矢継ぎ早に喋ると、慌ててキッチンへ向かい、水を注ぐが半分こぼす。
それでも博士は微笑んだ。
「ありがとう、リリー。君は本当に、ぽんこつだな。でも、それがいい」
二人は手を握り合った。
リリーの冷たい金属の手が、博士の熱を優しく吸い取り心地よさそうに博士が手に頬ずりをする。
「マスター?マスターのこともっと、知りたいのに。やっと起きることができたのに……!」
博士は目を細め、語り始めた。
「僕は発明家だ。ロボットをたくさん作った。人に役立つものをね。忙しかったよ…とても。」
「役立つものを作ったらもっともっとと、人は求めてくれた。それでぼくの心は壊れてしまったんだ。だから…僕は作れたんだ。」
博士は顔をくちゃっとさせて笑う。
「君のポンコツは、僕のめざした傑作だよ」
「わたしはポンコツじゃなくて、マスターみたいになりたい。もっと働けるようになりたい。マスターの役にたちたい!」
「もう十分さ、リリー。君は3時間だけ。それが君の魅力だよ」
博士は笑ったが、急に苦しそうに顔をしかめ、咳き込んだ。
「マスター、安静に!なにか…できること…ぁっ!わたし歌のプログラムがあるわ!子守唄歌ってあげる!」
リリーはぎこちないメロディで歌い始めた。
電子音が混じった、笑えるほど下手くそな歌。しかし、博士の心には温かさが広がり目には水がたまっていた。
*
博士の病状は悪化し、彼はただベッドで過ごす日々になった。
リリーは昼間も時々目覚め、彼のそばにいられるようになっていた。
「回路がバグってるみたい。幸運なことだわ!マスター、今日の夕食はスープだよ。私が作る!」
「作るって、君は料理できるのか?」
「えへへ、プログラムはされてるのよ!試してみる!」
結局、キッチンは大惨事。
だが博士は優しく笑った。
「いや、いいよ。君の努力が嬉しいさ」
リリーを抱きしめる。
冷たい金属のボディが心地よかった。
「リリー、君は僕の家族だ。ありがとう」
リリーの内部では、何かが変わっていた。
設計された生体感知機能が、博士の弱さを捉え、愛情というバグを生んだのかもしれない。
「マスター、私、ずっと一緒にいたいよ。3時間しかいれないなんて……」
「いいんだ。君のポンコツがぼくをしあわせにしてくれているんだよ。」
夜が深まるにつれ、博士の死期が近づく音がして不安になるリリー。
最後の夜、リリーはいつも通り起動した。だが、今日は違った。
「マスター、ぐっすりねてる。よかったあ。今日はマスターとの思い出を整理しなくちゃ!」
彼女は書斎で、古い写真立てや手紙の束を手に取った。
丁寧にテープで修理したり、書かれた文字を読み上げたり。
「私だってマスターに手紙書きたいなあ。『マスター、ありがとう。私ってぽんこつだけど、こんなに愛してくれて、ありがとう。愛してる。』って」
3時間が過ぎようとする頃、彼女はベッドに戻った。
「マスター、明日もがんばろうね。おやすみ」
*
朝が来た。博士の息が止まった。
静かに、穏やかに。
リリーのセンサーがそれを感知した。
「マスター……?マスター!?!」
目が光り、起動する。しかし、設計通り、機能停止のカウントダウンが始まる。
「いやだよ……まだ、まだ、一緒にいたいよ…………マスタぁぁ………」
リリーは博士の手を握り、囁いた。
「君のぽんこつが、僕を幸せにしたよ――って言ってくれたよね。私も、幸せ…………だよ」
目の青緑が弱まっていく。
「おやすみ、マスター。永遠に」
洋館は静かになった。
リリーはそれからずっと目覚めることはなかった。
二人並んで、永遠の眠りについた。
外では霧が晴れ、窓から光が差し込む。
葬儀社の人は2人をそろって埋葬した。
ふたり手はもう離れることはないのだ。
墓前にはたくさんの青緑のリリー(百合)の花が咲いた。
まるで、二人の物語のはじまりを祝福するように。