1章
かつて青く輝いていたこの星は、いまや灰色の殻に覆われている。
地球はまだ回っていた。人類がその表面を離れ、他の星々へと住処を求めた今も、空には太陽が昇り、月が欠け、雨が降る。だが、かつて人類が「空」と呼んだ場所には、もはや希望も青さも残ってはいなかった。
大気は濁り、有害粒子と化学物質が、空を、街を、肺を蝕んでいた。大地は剥き出しのコンクリートに覆われ、植物は人工的に管理された温室でしか息をしていない。
そんな地球で、今も生きている者たちがいる。だが彼らは、二つに分断されていた。
一つは、ドームの中。
巨大な透明ドームに守られた都市群──"セクター・シティ"と呼ばれるそれらは、かつての都市国家の名残を引き継いでいる。内部は完全気密、温度も湿度も管理され、人工の空が張り巡らされた楽園のような空間。大気を濾過し、細菌も排し、完璧な生命環境を維持するそれは、選ばれた者だけが享受する世界だった。住人の多くは旧財閥企業の幹部や、その家族、遺伝的優良者として認定された者たち。彼らにとって地球は、もはや危機の星ではなく、優雅な“観賞用の温室”でしかない。
もう一つは、ドームの外。
ドームの縁を取り囲むようにして広がるスラム──通称“リング”には、ドームに入れなかった者たちがひしめき合っている。彼らは宇宙への移住資格も得られず、残る選択肢がなかった者ばかりだ。手作業の修理工、地下水の採掘人、メンテナンス作業の外部請負者──ドーム内の富裕層が快適に暮らすための下支えを、最低限の対価と無制限の搾取で引き受けさせられていた。
法はあるが、平等ではない。市民権はあるが、適用されない。監視は行き届いていても、保護は来ない。
ドーム内と外との格差は、もはや境界線ではなく、断絶だった。
近年、この閉塞した環境の中で、“何か”が膨張しつつある。怒り、焦燥、あるいは絶望。
スラムに生まれ、働き、死ぬ──それ以外に未来のない現実に嫌気が差し、犯罪に手を染める者も少なくなかった。最初は盗み。次に武器の取引。やがて、それは命のやり取りへと変わっていく。
殺し屋、密偵、情報屋。闇に潜む無登録のアウトロー集団が勢力を増し、企業や政治家に雇われては、競合の妨害や粛清に利用されるようになった。かつての傭兵は、いまや“サービス業”だ。請け負うのは汚れ仕事。支払うのは金と沈黙。
ドームの内側で法を弄ぶ者たちは、そのガラスの壁越しに、都合よく“暴力”を利用していた。そして、いつかそれが壁を越えてこちら側に来るかもしれない──そう思う者はいなかった。
だが、越える日が来る。
その日、セクター・シティーの一つ、エレクトラ・ドームにて事件が起きた。
その日、ドームは雨天の日。
季節や自然を感じたいドーム内の住人に、予定なくもたらされる人工降雨。
自然を支配し始めた彼らにとって、作られた日常の不便ですら娯楽でしかない。
数奇なことに、ドーム外でも雨が降っていた。
その雨に乗じて、彼は仕事を完遂した。
その夜2人の親子が殺された。
一人はクアトロ=ミレア。
宇宙開発を生業とする企業のCEOで、とりわけ人体を機械化する技術で成り上がった。
もう一人はセラ=ミレア
クアトロの一人娘。
殺人の様子は、悪趣味な犯人によって世界中に配信された。
それはもちろん、計画的な犯行であり、目的は殺すことではなく、見せしめであった。
エレクトラ・ドーム、都市警備局第九課、蘇生室。
生体スキャンされた人体を再構築するため、警察に設けられた施設。
事件の被害者には、『蘇生インプラント』が体内に埋め込まれ、スキャンが成功すれば、それを元にして死者のコピーを再構築する事ができる。
再構築された死者は、厳密に言えばクローン体であり、殺された本人とは異なるのだが、倫理的な観点と便宜的な理由から、この処理を世間一般では『蘇生』と呼称していた。
今、蘇生室の再生チャンバーでは、一人の蘇生体が構築されつつあった。
チャンバーの中には羊水を元にして作られた再生溶液で満たされていて、その中では小柄な少女の肢体がゆっくりと形成されつつあった。
再生溶液に浮かぶ気泡が弾くたび、少女の輪郭が徐々に浮かび上がり、やがて完全な人体が構築された。
「感情安定数値、正常範囲です。意識レベル、上昇中」
モニタ越しに蘇生技師が呟き、隣の男が眉をひそめる。灰色のコートに金属製の警察徽章──都市警備局第九課、特捜刑事カイ=リュースだ。
彼の身体の8割は機械化されており、全身を覆う金属製の人工皮膚が無機質に光る。
両目には義眼がはめ込まれていて、内臓のカメラが常に周囲の情報を脳に送り込んでいる。
左右の目にはそれぞれ役割があり、今は左目が、目の前で行われている出来事を記録せんと忙しなく動き回っていた。
「……これが、被害者の蘇生体か」
「名前はセラ=ミレア。14歳。蘇生インプラントは成功しましたが、記憶の抜け落ちはあるかもしれません」
蘇生インプラント。
脳が完全に死ぬ前にスキャンされた神経パターンを量子保存し、バイオ人工体に「再構成」することで、ある程度人格・記憶・感情を復元できる再生医療の究極系だ。
元々は欠損した身体の一部を、万能細胞を埋め込むことで再生する技術だったが、万能細胞に別の細胞の『記憶』を埋め込む技術が確立したことで元の形質をそのままコピーすることが可能となった。
だた、記憶領域には不明な部分も依然としてあり、副作用として記憶の一部が抜け落ちていることもある。
「父娘ともに殺されるとはな。可哀想に」
カイは現在、殺人事件の捜査中であった。
事件の概要は、単純殺人。
しかしその内実は複雑で、企業間の利権を巡る計画的な殺人事件と思われている。
そして殺人手法も残虐さを極め、悪辣非道にして、邪悪さに満ちていた。
標的とされた相手は衛星都市国家を牛耳る企業のCEO『クアトロ=ミレア』、数多の企業スパイからの脅迫を以前から受けていたが、全て跳ね除けた結果、実力行使に出られたというのが恐らくの顛末。
クアトロが久々の休みに帰宅したところを狙われ、たまたま早く学校から帰ってきた娘もろとも惨殺された。
遺体は見せしめのように弄ばれて、その様子はネットを通じて全世界に配信されていた。
一見、数多の証拠を残しているように思えるが、調べても細胞一つの痕跡も見当たらず、それゆえに高度な技術を持ったもの『達』による犯行と推察された。
「父親──クアトロ=ミレアの方は蘇生できないのか?」
「残念ながらスキャンが間に合わず」
「それで娘だけか」
カイはバツの悪い思いがした。
蘇生体は所詮クローン。
しかし蘇るなら、できれば父娘揃って蘇らせてあげたかった。
「どちらにせよ、事件解決の『鍵』となります。しかも殺された直前の様子を保持した個体ですから、今回はすぐに事件解決とかるかもしれませんね」
技師が平然と、どころか少し楽しげに高揚した様子で言った。
こうして簡単に新しい命を作れる世界になったために、特にそうした行為を生業とするのの倫理観ないし道徳心は、古き良き時代のものとはもはや相容れないだろう。
技師は、目の前の蘇生体を、もはや事件の証拠としか見ていない。
蘇生体は、人工物ではあるが、その中には人間と同じ意識と感情、そして記憶がある。法的にも人権を保障されているのだが、一般論としても技師の認識はズレているのが、しかし、一般認識として、生命に対する尊さが失われつつある気風はあった。
カイはそこまで割り切れない。
蘇生体といえど、人であることには変わらない。
技師の発言には怒りすら覚えた。
仮に私的な場であれば、カイはこの蘇生技師を殴り飛ばしていたであろう、「人を物のように扱うな」と。
しかし今、そんなことをすれば懲戒免職間違いなしだ。
じっと堪え、その場は流した。
……再生チャンバーが静かに開き、少女が目を開けた。瞳は薄い銀、長いまつ毛が震える。
蘇生体はその身体的特徴において、オリジナルと明確な差異が設けられる。彼女──セラの場合は、オリジナルが銀髪であるのに対し、黒髪に変えられていた。
オリジナルと蘇生体を混同しないための法規制によるものである。
「……ごほっ、げほ……」
セラがむせると、同時に口から溶液を吐き出した。
「再生溶液が肺を満たしていますから、全部でるまで話せませんよ。無理に吐こうとせずとも、少ししたら気化して体内に取り込まれます」
それを聞いてか、セラは技師に睨みつけるような視線を送り、少しして数回咳払いすると、「あー……」と喉の調子を確認すると、「あいうえお」と、試すように声を発した。
意識の混濁もなく、精神は安定しているようだ。自分が殺されたとは認識していないのだろうとカイは思った。
しかし一方で、目が覚めたら知らない場所にいて、知れない大人に囲まれているこの現状を見て、もう少し慌てた様子を見せるものではないかと、疑問にも思った。
少女に近づき、警察官の証である手帳を見せて、自己紹介をした。
「俺は警察のカイ=リュース。今現在、ある殺人事件について捜査している。君の助けが必要だ」
カイは段取り考えていた。
予想される反応は、「さつじんじけん?」と自分の発言について理解が追いつかず、疑問に思う部分を反復のではいか、と思った。
順番に説明していこうと考えていた。
きっと、親が殺されたことも、自分が殺されたことも、そして自身がオリジナルではなく、蘇生体であることも、そのどれもが、精神に異常をきたすには十分な情報であり、受け入れがたい現実でもある、長期に渡る仕事だろうとも覚悟していた。
まずは信頼関係を築かなければと、この年の少女が好みそうな話題の勉強などにも取り組んでいた。
しかしセラは、カイの問いに対しては答えず、キョロキョロと周りを見渡すと、カイの予想とは大きく外れた、しかし至極当然の要求をしてきた。
「あー……取りあえず服もらえる? 私全裸じゃん」
カイは固まった。
そして失念していたというか、その視点が抜け落ちていたことに今更気がついた。
言われてみれば、少女はまだ14歳で、その裸体を公的機関の人間とはいえ、多くの大人に晒してしまっている。
慌ててカイは、近くの技師に命じてひとまず身体を隠すものを持ってこさせた。
ありあわせだが、人間ドックの時に着るような作務衣が少女に着せられ、ひとまずは目のやり場に困るような状況は収束し、彼女の尊厳は最低限守られる形となった。
「鏡ある?」
誰となく発言したセラ、しかしカイにはそれが、同じ言語で発せられた言葉とは思えなかった。否、意味は分かるが、意味が分からないのだ。どうしてこの状況に順応しているのか、分からなかった。
セラは、自分の要求がどうにも通らなそうだと判断すると、身体につけられた電極を無造作に外し、勝手に近くの姿見に駆け寄った。
「黒髪だ」
追いついた様子のセラにカイは少し面食らう。
マイペース。という用語が、カイの頭によぎった。このままペースを握られると、話が進まない。気を取り直して、少女を追いかけて声をかけた。
「セラさん、少し、いいか?」
「待って。前髪だけ作らせて」
前髪?
作るまでもなくあるだろう。
チョイチョイと指でいじるが、いじる前と後の違いがわからない。
その行為に意味があるのかと言いたくなったが、飲み込んだ。
「大丈夫、それで、なに?」
ようやくセラがこちらに振り向いたので、カイは改めて依頼を口にする。
凛とした真っ直ぐな視線。
14歳とは思えず、大人びて見えた。
「捜査に、協力して欲しい」
「捜査? パパの?」
「……殺されたことを理解しているのか?」
「うん。目の前で、見てたから」
記憶の欠落について、それは想定済みではあった。
記憶がなくとも、記憶を再生したり、再現したりする技術が存在する。
協力というのは、そういう技術を使って頭の中を見てよいのかの了承を意味する。
しかしカイは、それ以外に引っかかる発言があった。
「随分と淡白だな。父親が死んだことには、思うことはないのか?」
少女の態度に、カイは怒りを覚えた。
どんな事情があるのか知らないが、親族を蔑ろにするようなことはあってはならない。
カイには、その出自故に儒教的な道徳心が備わっていた。
対するセラは、キョトンとした様子で、カイの言葉の意味を理解しきれていない様子。数秒、言葉を咀嚼して理解したのか、「ああ」と漏らして説明を始めた。
「蘇生は、感情がコントロールされる」
あっけからんと語るセラ。
カイはその内容に、思考が固まる。
感情が、コントロールされている?
そんな非人道的な行いが許されるのか?
直情的で、情に熱い。
カイの評価はそんなところ。
ああ、そういうことかと理解した。
技官の態度。
秘密裏に行われる蘇生。
なるほど、ろくでもない。
犯罪者を捕まえるためなら手段を選ばない。
管理されたユートピアの、闇の部分。
既に彼は、目の前の少女に憐憫の情を感じていた。
かける言葉に迷っていたが。
「捜査協力は、大丈夫」
セラの申し出に、カイはワンテンポ反応が遅れた。そうだ、今は仕事をしに来ているのだ。
社会問題について思考を巡らせている余裕はない。
割り切り、捜査を進めることにした。
「なら、まずは《ミメーシス》を使わせてくれないか? それで記憶の穴が塞がるかもしれないし」
「《ミメーシス》(記憶検索AI)。私の頭を、覗くのね。お風呂の時間とか覗かないでよ」
「覗くわけ……」
じっとりと、カイを睨めつけるセラ。
しかし口とは裏腹に、セラは嫌がる素振りを一切みせず、テキパキと進んで自ら検査の準備に取り掛かった。
記憶検索AIとは、人間の脳波から過去の記憶を映像的に再生・検索できるシステムのことだ。被験者への負担は一切なく、そのために犯罪捜査ではまずここから始まるのが殆ど。
脳波を直接読み取る分、過去改竄や記憶偽装が難しく、信憑性が高いために、なんなら証拠としてもこれだけで十分立件できてしまうことがある。
セラに対するミメーシスは、恙無く終えた。そして数回スキャン経てある事実が浮かび上がった。
記憶が蘇らない、ということは往々にしてあるが、セラの場合、事件当日の記憶は完全に残っていた。……記録上は。
スキャン結果は『異常なし』。
結果だけみれば、確実に当時の記憶を全て維持したまま、蘇生が完了したことになるのだが……。
「何か思い出せたか?」
「さっぱり……ノイズだけ」
ミメーシスで再生された映像も、黒く塗りつぶされていて何も映らなかった。
音声に関しても、放送時間が過ぎたテレビから流れるような雑音がするばかりで、何も聞こえない。
記憶の蘇りを期待したが、上記の通り、多少の変化は見られたけれど、殆ど手がかりになるものはなかった。
このことが意味するのは──
《情報更新:セラ=ミレアの再構成体が“異常なコード”を含んでいる可能性があります》
表示される警告と機械的に読み上げる音声に、カイが顔をしかめる。
「どういう意味だ?」
カイが技師に問いただした。
「彼女の神経コードの一部、あるいは全てが、人工的に書き換えられている可能性があります」
「……つまり記憶の改ざんってことか? ミメーシスを欺くのは不可能だろう。改ざんされた記憶も、ミメーシスなら再構築可能なはずだ」
「そのはずなのですが……」
技官は言い淀むことで、あり得ないことが起きていることを暗に示した。
カイはセラを見つめると、セラはジェスチャーで「知らん、分からん」と返した。
記憶の改ざん。
それ自体は、現在の科学でも十分に可能だ。
催眠のようなものをかけてしまえば、勘違いされることはできるのだから。
あるいは偽物の記憶を植え付けることも有効だ。
人間の記憶というものは曖昧で、すぐにどちらが真実かなんて分からなくなる。
しかしミメーシスは、そうした人間の認識に依存したものとは根本から違う。記憶領域とその仕組みをあくまでも科学的に解き明かし、細胞から脳細胞に送られる電気刺激の一つひとつを解析することで、記憶の再現を可能にしている。
イメージとしては連続した写真があったとしよう。
アニメーションのような、パラパラ漫画の1枚を、あるいは数枚を入れ替えたとしても、外から観測する我々ならすぐに違和感にきがつくだろう。
ミメーシスは、言うなればそうした前後の繋がりから正しい記憶を呼び覚ます。
ラプラスの悪魔という、全ての現象を理解していれば未来予測も可能という、哲学上の概念があるが、ミメーシスは言うなれば、それを逆の向きに実践していて、今ある配列を順当に遡り、過去の位置へと巻き戻すのだ。
つまり、ミメーシスによって得られる過去の映像を偽造するということは、そうした脳細胞から電気信号そのすべての動きを、新しく作り替えることが必要となる。
それはまさに、人類創造を成した神の領域へと踏み込む程の科学力であり、簡単に言えば、極限にまで科学技術が発展した現代でも不可能な御業である。
「どうなってやがる……」
誰かを問い詰めたくなる衝動を抑えながら、呟いた。
なすすべなく佇むカイを見て、セラも呟いた。
「ヤバい感じ?」
ヤバめどころではない。
不可能に等しい方法での記憶改ざん。
それが実際に行われている。
受け止めようのない事実であるが、こうして目の前で起きておるのだ。
疑う余地はない。
そして、そんなことが可能だとすれば、それほどの技術力を持った相手が、今回の敵ということだ。
もはや一介の科学者や一企業が行える規模の話ではない。
「この事件、まさか藪蛇ってことはないよな……」
国家主導の、何かとんでもなく、途方もなく、想像もできないような、大きな組織が絡んでいることも想定される。
カイはため息を吐いた。
✳
都市警備局第九課、再構成記録室。
壁一面に量子演算ユニットが組み込まれ、中央に浮かぶホログラムは不定形の渦を巻いている。
これが──《リ・リアル》、再構成空間。
「この空間では、死者が見た『過去の数時間』を再現します。環境データ、記録映像、DNA残留、あらゆる情報を結びつけて構成された、 事実ベースの映像記録です」
淡々と説明するのは、技官のマゼル。ピンクのグラデーション髪に、妙に鋭い視線の持ち主だった。
マゼルは袖をまくり、右腕を露出させた。肘から先がすべて、滑らかな黒金属の義肢に置き換わっている。関節ごとにわずかな刻印が彫られていて、それがかえって人体工学に即した造形美を際立たせていた。
手首をひねると、指先がカチリと音を立てて開き、そこから数本の端子が滑り出す。まるで神経の束が外気に触れたような、生々しい違和感が走る。
技師は端末に向き直り、コンソールのジャックにゆっくりと指先の端子を差し込んだ。瞬間、コンソールの表示が一斉に切り替わり、淡い青のコードラインが波打つように走る。
義手の内部で何かが低く唸り、同時に技師の瞳が僅かに光を帯びる。脳と機械が同期したのだ。
「そっちのベッドに寝てください。脳神経に直接有機接続するから、もしかしたら気持ち悪くなるかもしれないけど、すぐになれるから」
少女がベッドに横たわると、周囲で機械のアームが音もなく動き出した。天井から垂れ下がるケーブル群の一部がわずかに震え、まるで生物のように蠢く。
それはやがて形を変え、無数の細く黒い触手となって彼女の頭部へとゆっくり伸びていく。一本一本が、繊細な動きで空気を探るように揺れながら、目標を定める。
「神経同期モード、起動。接続プロトコル、転送開始」
マゼルの声が、無機質な空間に淡々と響いた。
触手の先端は花の蕾のように開き、その中心から透明な針のような端子が現れる。それが、少女の頭皮を傷つけることなく貫通し、皮膚の下の神経ラインに直接接続された。
瞬間、彼女のまぶたが小刻みに震える。身体がわずかに跳ねた。
「なんか、ぷるぷるする」
「大丈夫ですよ、問題ない。刺激は最小限に抑えてあるから」
マゼルは淡々と呟く。だが、横で見ていたカイは、言い知れぬ不安と嫌悪を覚えていた。
すべての触手が神経接続を完了すると、淡い光がケーブルの内側を走った。まるで情報が“血液”のように彼女の脳へと流れ込んで、そして過ぎていく。
そして次の瞬間、彼女の意識が「点火」された。
──目を閉じていた彼女の脳内に、過去の映像が走り出す。
そして、その映像は、ホログラムとして室内に投影された。
「ただし注意してね。これはあくまで“再構成”された情報だから。もしかしたら真実とは異なる、なんなら嘘が混じることもある。とりわけ今回は前例がないから、期待した情報は得られないかも」
淡々と進めるマゼルだが、しかしセラの様子はおかしかった。頭を抱えて、うずくまっている。
カイも不思議に思った。
蘇生を使った捜査は初めてだったが、このリ・リアルを用いた捜査は何度もこなしている。
いつもなら被験者も、何の苦痛もなく、人によっては談笑したり、記憶の内容を口でも説明したりしながら、ホログラムを一緒に視聴する。
しかし今日、このときは様子が違う。
蘇生体だからか?
とも思ったが、マゼルはカイ以上に経験があり、当然蘇生体のリ・リアルを実践したことも、何度だってある。
そのマゼルが落ち着いているのだから、よくあることなのだろうか。
「あ、あ、あ……あたまが、われそう」
「おい、これ大丈夫か?」
「ちょっと出力を落としますね。体質によっては合う合わないがあるから……」
「うううううぅぅううううう!!」
明らかに苦しがるセラを見て、カイは触手を取り外そうと動いた。
しかしマゼルに腕を抑えられ、今無理に止めると廃人になる、と静止された。
「いや、でもやばいだろ! 前にもやったが、こんな風にはならなかったぞ!」
「待ってください。急に止めると、精神に深刻なダメージが入ります。中止するにも、時間をかける必要があるんです!」
「でも、だからって! おい、こんなに苦しんでるぞ! 早く止めろよ!」
「わかりましたから! やってみますから落ち着いてください」
しかし言葉とは裏腹に、ホログラムの投影は進んでいった。
ぐるぐると回ったかと思えば、映像が乱れ、別の画面が映ったかと思えば、またもやぐるぐると回転し、投影されるホログラムはめまぐるしく変化した。
まるで夢のような光景だった。
とりとめがなく、彼女が記憶しているであろう映像が次々と映し出された。
「おい! 辞めるんじゃないのか! なんかどんどん進んでるぞ!」
「停止コードは打ちました! でも、勝手に動いてます。いや、動かされてる……?」
明滅を繰り返すホログラム。
それに伴い、セラの様子も変化した。
彼女には、いくつかのインプラントが埋め込まれている。
それは蘇生体なら当然埋め込まれるもので、頭部の主に感情を司る部分に嵌められている。
感情をコントロールするためのインプラントだ。
そのインプラントも、ホログラムに合わせて明滅していた。
光が発光を繰り返すにつれ、セラが声をあげだした。
やがてその声はどんどんと大きくなり、施設全体を震わすほどの大声となった。
「あーーーーーっ!」
そして、一際大きくなった瞬間。
まるでヒューズが切れたかのように、すっと、セラは叫ぶのを辞めた。
マゼルも、カイも、呆然として動けなかった。
打って変わって静寂に包まれる室内。
叫び声が収まると同時に、ホログラムも落ち着き、気がつけば、核心となる部分が投影されていた。
※
雨が降っていた。
冷たい液晶の光が窓に揺れ、街のネオンがにじむ。
セラの記憶の中の夜。
※
「そうだ。この日雨降ってたんだ。だからリリサと遊ぶのやめて、すぐ帰った」
瞳孔まで目を見開いたセラが、呟くように話し出す。先ほどまでのような片言ではなく、はっきりと。
「お、おい、大丈夫か?」
「何が?」
「何がって……」
感情がコントロールされているといっていたが、これはどう考えても普通じゃない。
カイは、捜査の中止を考えた。
無理して思い出す必要もないと声を掛けるが、セラは、これでいい、と聞かなかった。
※
記憶のセラが、ゆっくりと歩き出した。通りの隅、赤いパラソルのカフェテラス。その奥に、一人の男の姿。
帽子を深く被り、顔は見えない。だが──彼女は知っていた。
※
「違う……カフェには寄ってない!」
男が何かをセラに手渡す。小さな金属片。指先に触れた瞬間、記憶が閃いた。
それは、彼女の父の声が、脳裏に響く。
セラの肩が小刻みに震え、そして膝から崩れるようにして、倒れた。
「ちょっとまって……お父さん?……」
「ストップ。マゼル、止めてくれ。」
カイが指示し、セラに駆け寄ると、彼女の肩を抱いて、力なくうなだれる少女を支えた。
「大丈夫か、この人が、父親? クアトロ=ミレアなのか?」
「……セラで、いいよ」
力なく呟くセラ、はあはあと息を切らせて、疲れ切った様子だった。体中が震えている。痙攣しているみたいだった。
カイは医務官を呼んだ。
このまま医務室に運んで、様子をみてもらおうと思った。
しかし。
「パ、パパ? あれ、お父……さん?」
セラが突然、そう言うと、騒ぎ出し、足をばたつかせて、逃げ出そうとする。
「ちょっ、落ち着け。マゼル、さん、あのホログラムの人が、父親、クアトロ=ミレアなのか?」
「いや、その人はクアトロ=ミレアではないみたいです。データベース上にある顔と、記憶の顔が一致しない。99%別人、のはず」
マゼルの声が通信越しに聞こえてきた。
「今の映像、環境記録と齟齬があります。カフェの場所──テラス席は、その週は“閉鎖中”だった。つまり、誰かがセラさんの記憶を構築しています」
「記憶の捏造……か」
カイが唇を噛む。
「セラ、どうやら記憶が弄られているらしい。丸々入れ替えられている可能性すらある」
「きおくが、いじられてる、まるまる、どういうこと?」
セラは頭を抱えながら、辛そうに呟いた。
「会っていない人間を会ったように見せてくる。恐らく犯人が──君の記憶を長期に渡り入れ替えている。残念ながら、それがいつからなのかは分からない」
「じゃあ……私が、思い出していること、思い出も、友達も、全部、嘘ってこと?」
「……違う」
セラの様子が変化している。
最初に会ったときは、無機質な物のような印象を抱いた。
これでは、技官から物扱いされても仕方がないのかもしれないと、頭の片隅で思った。
しかし今は違う。
どうにも、感情を露わにしているように思える。
話し方にも、違和感がない。
さながら、ちゃんと人間を相手にしていると感じられた。
「違うよ、セラ」
カイはゆっくり彼女の肩に手を置いた。
「君が感じたことは、誰にも偽れない。恐怖、怒り、父を想う気持ち。そこに嘘はない。それを頼りに進めばいい」
セラはその言葉を、しばらく胸の中で転がしていた。
やがて、微かにうなずく。
「……なにそれ、別に、慰めは、いらないんだけど」
憎まれ口を叩きながらも、セラは少しだけ落ち着きを取り戻した。
「あ、ダメ、あたま、いたい」
《リ・リアル》の空間が揺らぎ、視界がフェードアウトする。
セラが気を失い、過去の再構築が拒否されたことで、ホログラムは消失した。
✳
数時間の後、セラは目を覚ますと、続きを願い出た。
カイにしては、今日の捜査を終わりにして、セラを保護施設で休ませたかったが、どうしてもと願い出るセラに押し負けて、捜査を続けることにした。
セラの様子の変化について、カイはマゼルに聞いてみた。
「恐らく、リ・リアルが感情をコントロールするインプラントに干渉してしまったんでしょう。インプラントが壊れたことで、彼女は感情を取り戻した。多分一緒に記憶も戻してます。随分と取り乱していましたから」
確かに、セラの頭がひどく明滅していた。
あれがきっと、そうだったのだろう。
それから、どうしてもあのようなことが起こったのかも聞いてみた。
以前にもこういうことが会ったのか。
「いえ、初めてです」
とのこと。
何か異常なことが起きたらしい。
カイは、陰謀めいたものを感じたが、証明する方法はない。
ひとまずは、捜査を進めるしかない。
「少しやり方を変えてみますか」
そう提案したのは、技官のマゼル。
言い終わるより先に、また別のホログラムが投影された。
前の降る日のカフェテラス。
セラとカイには、先ほどの場面の続きのように思えた。
「いいえ、続きではありませんよ。先ほどのは、あなたの記憶の再現。こちらは、あなたの記憶をある程度参考にしつつ、ドーム都市の監視網、パーソナル端末、ナノセンサーなどから得た客観情報を補完して、当時の様子を客観的な視点から再生成します。ゆえに誤差はありますけど、客観的な事実が投影されます」
「要するに、監視カメラの映像ってことか?」
「まぁ、分かりやすくするとそんな感じです」
マゼルが説明を諦める。
セラはじっと黙って、二人の会話を聞いていた。
マゼルが、それでよいかと尋ねると、返事はせずとも、首を縦に振って同意の意を示した。
投影が始まる。
周囲の空間が一瞬で変化し、仮想の世界が立ち上がる。
そこは、高層居住区のスイートルーム。壁面全体が半透明の情報パネルになっており、星空のように都市の灯りが広がっている。
時間はセラの死の直前、午後7時27分。
「……ここ、私の部屋……」
セラがぽつりとつぶやく。
そして立ち上がると、無意識に自分のデスクへ向かう。
デスクの上には開かれた端末、未読のメッセージ──
そして、扉の向こうから近づいてくる足音。
「もっと前から見られないのか?」
「巻き戻してみますね」
映像が切り替わる。
4時間前。
カフェテラス。
少しすると、遠方より二人組の女学生が歩いてきた。
カフェの前で二人は別れ、一人はそのまま歩いてきて、もう一人はカフェの中へと入っていった。
「これ、私とリリサだ」
「照合したけど、あなたとリリサさんで間違いないね。もっとも、どうやら逆になってるみたいですが」
「逆とは、どういうことだ?」
「帰ってる方がセラさんで、お店に入ったのがリリサさんってことですよ」
「その、リリサさんの方を追ってみてくれないか?」
「うーん、どうやらこのカフェには、記録端末がないみたいです。外観の記録からなので、今見ているホログラム以上のことはわかりません」
「……仕方ないか。後でリリサさんに連絡して、協力を要請しよう。どうやら、リリサさんの記憶とセラの記憶が混同されているように思える。何故そうなっているのかは分からないが」
しかし分かることがある。
セラの記憶は、一部正しいということだ。
彼女は確かに、『雨が降ったので友達と遊ばず、真っ直ぐ帰ることにした』と記憶していた。
だが、それなのにどうして、彼女の記憶の再現と齟齬が生まれるのか。
それは一向に分からないが。
「続きを見てみましょう。セラさんを追いますね」
その後の映像から、確かにセラは、真っ直ぐ家に帰ったことが分かった。
セラの家には監視カメラがあり、それぞれの部屋の様子も記録している。
立場上、多少のプライバシーを犠牲にしても、セキュリティを強化した方が良いという判断からだ。
もっとも、それでも今回の事件は防げなかった。
「あの、ちょっとまって」
「ん? どうした?」
「この後、雨に濡れちゃったから、着替えるんだけど」
「ん、そうか、風邪ひくしな」
「その後、シャワー浴びにお風呂入るし」
「ああ。本当にお風呂に入るのか、記憶通りか確認しよう」
「え、と、見るの?」
「そのつもりだが」
「……えっち」
「え、あ、ちがっ、あくまでも捜査のためだ! やましい気持ちはない! それに……」
それに、既に裸を見ているのだから、今更ではないか。などと言いかけたが、流石にその言葉は飲み込んだ。
「それに、あー、そうだ、君が了承しなければ見ることはできない。プライバシーに関する記録はレベル5の閲覧制限がある。映っている本人の了承がなければ、例え大投票でも見ることできない」
失念していた。
確かに、年頃の少女の入浴シーンを見るなど、警察官として言語道断。
カイは謝罪の意を伝え、あくまでも捜査に盲目的になってしまっていたからで、やましい気持ちは一切ないことを再度伝えた。
「……まぁ、もう裸見られてるからいいけど」
それが許可となって、ホログラムには浴室の様子が映された。
記録はセラの記憶通りだった。
「後は、部屋でゲームとか漫画読んで、お父さん帰ってくるの待ってた」
そして、午後7時27分。
仮想空間に、男が現れる。
スーツ姿で、顔には認識エラーを示す黒いモザイク処理。姑息にも、記録データに残らないよう、細工をしている。
「だったら、身体的特徴から候補を割り出してくれ。身長、体重、体格から絞れるだろう」
「やってみますね」
マゼルが映像から男の身体データを割り出し、候補者を探す。しかし、一致する者はいるにはいるが、どれも黒幕にはなり得るが、実行犯にはなりえない者たちだった。
「スラムの人間でしょうね。彼らの中には、戸籍すらない人達もいますから。一応、過去にドーム内に侵入した人達と、身体データを照合してみますね。結果は変わらないと思いますが」
ホログラムは、男が現れたところで停止した。セラはその男をじっと見つめて、記憶を辿ろうとしているようだった。
「これが……犯人? 私、やっぱり会ってたんだ」
セラの声が震えた。映像の彼女は男に何かを手渡し、そして数秒後に振り向く。
だが──その瞬間、映像がざらつき、バチバチとノイズが走る。
《異常検出:再構成空間内に情報破損箇所》
ホログラムが乱れ、現実に引き戻される。
セラが額を押さえて膝をついた。
カイが支える。
「大丈夫か」
「……あの人……覚えてる。殺された時のこと。お父さんが倒れてて、それを見に行ったら、この人がいて……」
「いい! 思い出すな!」
肩が震えている。
怖がっているのか。
いや、違う。
戸惑っている。
記憶の彼女は、恐れ、叫び、涙を流して生を懇願していた。
そして最後には、拷問に耐えかねて自ら殺してほしいと、声を枯らしていた。
そんな記憶の、自分の様子を、どうして冷静に思い出すことができるのだろうか。
感情がコントロールされていると語っていたが、それは何のために?
そんなの、捜査に支障をきたすからに決まっている。
自答するカイ。
どうしてもその考えに至らなかったのか、カイは自分自身が腹立たしくなるとともに、この蘇生技術と、死者を使って事件を捜査するという、警察の手法が、警察そのものが、腹立たしくてしかたがなかった。
並の精神なら、自分が殺されている様子を客観的に見るなんて耐えられない。
殺された時の感情を呼び起こして、証拠を探させるなんて狂気の沙汰だ。
性被害について警察が捜査し、根掘り葉掘り聞くことをセカンドレイプと呼ぶが、これは、言うなれば二回目の殺人、人間性に対する冒涜。
人倫にもとる、鬼畜の所業だ。
カイの両手が、わなわなと震えた。
怒りで我を忘れそうになった。
今すぐに駆け出して、警察組織を壊したい。
溢れ出る怒りに身を任せることができれば、どれほど心地良いのだろうか。
情念にほだされそうになるのを、理性で必死に抑え込み、セラにかける言葉を探した。
「《ミメーシス》で、補完された情報と、君自身の記憶の残滓が一致してるなら──少なくとも『そこにいた』ことは事実だ。ただし、顔を隠した誰かってことだ」
もっと気の利いたことが言えないのか。
セラを支える腕に力がこもる。
「い、いたい……」
今にも泣きそうで、か細い声に、カイは我に帰った。
「あ、申し訳ない……」
カイの、先の言葉に、技官が補足する。
「特定の顔を削除するには、高度な干渉が必要です。おそらく、企業レベルのアクセス権か、あるいは……」
「ORACLEか」
カイが唸るように言った。
ORACLE──この都市の未来予測を担う、量子演算中枢。都市中の行動履歴、心理傾向、購買記録、果ては健康診断までを加味し、明日起こることを予測する装置。
その実は、量子コンピュータを用いた演算装置だ。
故に、機能は単なる未来予測に留まらず、暗号に守られたセキュリティ全てを無効化した。
人を消し、出来事をなかったことにする──いわば「事実改竄の神」──現在はORACLE自身にアクセス制限がかけられ、個人でORACLEを扱うことのできる者は存在しない。
「君の父親は、ORACLEにも技術顧問として参加していたな」
恐らくそれが、この事件の核心となる。
彼女の父親が殺された理由も、そして彼女が拷問されて、辱められた理由も。
「……分かんない」
今のセラには、何でもよかった。
「ねぇ、カイさん」
「カイでいい」
「本物の私は、どんな思いだったのかな。私は、思い出したくないけど、でも、忘れたままでいるのは、ダメな気がする」
「別に、忘れていい。つらい記憶なんだ。もうこの捜査は辞めよう。俺は別の手段で必ず犯人を捕まえる。君は、安全なところで報告を待ってくれ」
しかしセラは、それは嫌だと首をふった。
「このままだと、私は死んだままな気がする」
「そんなことは、ない。君はもう、立派に生きている」
「ううん。本物の私が、私は、ちゃんと彼女を受け止めて、生きたい」
本物。
本物とは、一体なんだろう。
本物の彼女。
本物のセラ=ミレア。
セラ=ミレアは死に、その記憶と性格、全てを受け継いで、蘇生体としてセラ=ミレアは蘇った。
自身の置かれた不安定さに恐怖する彼女は、そして、行きたいと願う情念は、紛れもなく本物のはずだ。
カイが立ち上がり、軽く手を差し出す。
「立てるか? 本気なら、俺も本気で手を貸すよ」
セラは一瞬ためらったが、やがてその手を取った。
「……私、もう一度、ちゃんと知りたい。お父さんが死んだ理由も。私が死んだ理由も」
再構成空間の光が消え、現実が戻る。
二人は、消された顔を追って、次なる目撃者のもとへ向かう。
──そしてその背後で、仮想空間のデータバッファには、誰かが遠隔からアクセスしていた痕跡が、静かに滲んでいた。