異国の帝王
長い放浪のさなか、オイディプスの心はすさんでいた。私は何者なのだろうか。
三叉路をゆく彼の前に一台の馬車がとおりかかる。馬車には一人の老人が乗っており、そばには三人の男が供をしている。
「そこの者、道をあけよ」数を恃んでなのか、老人の声は高圧的にきこえた。
「あんたこそ、馬からおりてそこをどいたらどうなんだ」
気が立っていたこともあって、オイディプスは強気に言い返す。そこから数度の問答ののち、老人は言い放つ。
「お前は何者だ」
決定的であった。「父を殺し、母と交わる」、予言はオイディプスの精神をむしばんでいた。
彼は問いかけに答えるができなかった。うつむき顔をしかめるオイディプスを横目に馬車は通り過ぎてゆく。
馬車とオイディプス、彼らが交差するその刹那、馬上の老人は斧のようなものをオイディプスめがけて振りかざした。
先ほどまでオイディプスの心を支配していた、しめつけるような痛みは、もはや怒りへと変わっていた。ほとばしる激情は彼の体を突き動かす。
老人の一撃をかわしたオイディプスは、持っていた杖で老人にとびかかった。馬はいななき、前足を天にかかげ、体勢がくずれた馬車は道端へと倒れていった。その先は崖であった。
オイディプスの攻撃を受け止めた老人であったが、だが、馬車からおりる時間はなく無残にも崖のしたへと落ちていった。すんでのところで体をひねり、崖から逃れるオイディプス。その目には血が走り、野生の獣そのもののよう。
老人の従者たちは口々に何か叫んでいたが、オイディプスの耳にはとどかない。彼は雄叫びをあげながら、従者たちへと走っていく。一人、二人と手にかけたオイディプスは血に染まった両手に目をうつすと、深い深呼吸をし、そののち周囲を見渡す。
あたり一面に血の痕が残っている。馬の鳴き声がしないあたり、どうやら老人と一緒に崖下におちたようだ。
「ひとり足りない」
従者の数は三人だったはず。人を殺した以上、目撃者を残すわけにはいかない。だが今のオイディプスにとって、そんなことはどうでもよかった。
おのれが犯した蛮行も、そのうち、ひとりを逃したことも、どうでもよく、それよりも、さっきまで体を包んでいた射すような苦しみから解き放たれた彼は太陽の光をあびる。透き通るような青い空、その身を照らす日の光。
自らの未来を祝福しているようだ、オイディプスはそう感じた。