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暗き扉より

 

 芸術家ラファエロ・デルバルド。角張った頬骨に、だらしなく伸びた髪。薄く紫色の唇に、黒く染まった彫の深い目をしたこの男は、かつて芸術家としてその名をスペイン中に知られていた。彼の描く絵は従来の画法や概念を一切否定したもので、荒々しい色使い、遠近法の完全なる無視。そして最も印象的なのは、描いている対象物に彼独特の感覚を吹き込み、全く異なった物に変えてしまう事である。例えば、ある時彼がマドリード中心街に立ち並ぶ高層ビルを描いた時、それは八岐大蛇のような無数の頭を持つ怪物として表現された。

 彼に陶酔し、その絵を深く分析する者達は彼にあるあだ名を付けた。『壊し屋』。彼の絵は全てを破壊していく、これまでの絵画の歴史、概念、それに目の前にある風景まで。その名前を象徴するように、ある時彼が世界最大の美術展覧会の一つである、ヴェネツィア・ビエンナーレでの受賞のスピーチでこう語った。

「芸術とは何か? それは破壊と再生の営みであります。それも物凄い速さで行われていくものなのです。人間の細胞は三日で全てが破壊され、それと同時に新しいものへと変わって行く。芸術もそうでなければいけません」

 そして、次に放った言葉がイタリア中、いや世界中に衝撃を与えた。

「バブロ・ピカソ、エドゥアール・マネ、ジャクソン・ポロックらの偉大と呼ばれた芸術家達。私にとっての彼らの絵は、ガラクタ同然のように映るのです」

 世界最大の芸術の祭典の場において、彼は崇高なる先達を否定したのだ。それはまるで教会の祭壇に立ち、波いる信者たちの前で神とイエス・キリストを一度に冒涜したようなものだった。

 多くの人々が彼を痛烈に批判する様になり、その一方でより多くの人々がその姿に強烈なカリスマ性を感じ、今まで以上に彼に心酔するようになった。それから彼の絵は更なる評価を受けるようになり、一枚の絵に何千万という値が付く様になっていく。彼を批判していた人々も、次第に彼を認めざるを得なくなり、気が付けばヨーロッパを代表する画家にまで昇り詰めていた。

 まさに芸術家として、ラファエロという男は人生の絶頂期を迎えつつあった。しかしその輝ける絶頂期の中で、彼は芸術の世界から静かに身を引いた。突如として絵を描かなくなり、またしても人々を驚かせることになる。


――それから、七年。人々は彼の事をほとんど忘れていた。記録にはある。だが『壊し屋』とは過去の人物で、それは既に歴史であり、生きているラファエロ・デルバルドに対するものでは無かった。

 失われた七年。そう言えるかもしれない。そして今、一度死した男は再び日の当たる世界に身を出そうとしている。片手には一枚の青年の写真を。そしてもう一方の手は眩しく輝く、午前十時の太陽を遮って。

「やっと来たか。随分と待たされたものだな」

 鯨は息をするために、その巨体をしばしば海面に見せる。早くてニ、三分で、長ければ三十分以上その間隔は開くらしい。だらしなく伸びきった髪と鬚は、しばらく振りに通った近所の理髪店で綺麗に切り揃えられていた。


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