第3話 生きた屍
「まーずい!遅刻する!」
叫ぶ誰かの声で僕は目覚めた。
なに事だ…?
目覚め方が目覚め方なだけあり、幸い眠気は無く意識がハッキリしている。
「空起きた?!」
叫び声の主は神楽さんか…
「どうしたんですか」
「会場12時15分じゃん?!今エントランス行ってシャワー浴びようとしたらもう11時50分だよ!」
「えっ」
ここから会場まで普通に行けば約15分程。
会場に付くのにベストな時間は10分前。
このままじゃ間に合わない事は明白だ。
用意の時間も含めればかなり難しい話をしている。
彼女の様子から見て用意をする時間なんて全くなくどうしようも出来ないのが見て取れた。
「どうしよう?!空すぐ出れる?!」
バックをガザガザ漁りながらおでこに汗を貯めている。
「頑張ります」
テーブルのポーチを持ってエントランスに向かおうとしたらいきなり神楽さんに腕を掴まれた。
「待って」
「?」
「そんな格好じゃ可愛くないよ」
そう優しく言いながら神楽さんは僕の肩を抑えながらクシ?をかけ始めた。
そんな時間は無いけど…こういう所に気を使うのは神楽さんも一応女性なんだと認識させられる。
「ありがとうございます」
「よし!」
彼女が腰に手を当て誇らしげな顔をした矢先…
「…ってしてる場合じゃないのよ!」
僕より急いで廊下へ飛び出して行った。
そうなるよね…だって遅刻だもの。
初戦を勝っただけでは賞金はさほど多くない。
彼女は取れるなら全部とる気なんだろう。
風のように抜けていった彼女を僕は半分諦めでゆっくりと追っていった。
今日も変わらない神楽さんだな…とか思いながら。
1階に行くと透明な扉の外で僕をじれったそうに待つ神楽が見えた。
今日も太陽が綺麗に彼女を照らす。
外に出ると早口でその慣れない口を動かしていた。
「きた?用意は大丈夫?」
声色や様もう落ち着きがない。
目を泳がせてパタパタしている。
「用意出来たらならおいで」
そう彼女が少ししゃがみ、腕を広げた。
どういう事だ…?
一瞬考えたが今は考える時間は無いと思いその腕に飛び込んだ。
すると彼女は「よしきた!」と言いながら僕の事をがっちり抱き締め全力で走り出した。
僕の足が風になびかれてブラブラと動く。
周りが残像の様にみえる。
人が居た時とかは壁を伝い、屋根を走り会場まで跳ねるように向かった。
子供一人を抱き抱えているというのに周りに残像が見えるほどの速度…この馬鹿力は何処から?
そのまま神楽さんは屋根を伝い、飛び越え、走り抜けた結果本来15分程時間がかかっていた所体感5分程だろうか、もう着いてしまった。
彼女は僕を抱えたままあの長い階段を勢いよく滑り降り、会場の中に飛び込んだ。
「来ました!」
勢いよく壁から顔を出し、受付に全力叫ぶ神楽さんはいつも見ない姿でなんだか新鮮に感じる。
「今日は…遅刻しかけたんだな?」
「はぁ…寝過ごしたぁ…」
「まだ間に合う。ナイスだ!さぁ選手席に行け」
受付に見守られ神楽はヨタヨタと選手席に向かった。
間に合って良かったよ。
そして僕はそんな彼女の背中を見送りながら選手ベンチの方に腰を下ろした。
「今日も見守ろうね」
そう手に持つ人形に話しかけながら僕は時間まで暇を遊んだ。
今日の試合はクシュとの戦闘とは違いあっさり勝ってしまった。
第2対戦相手、第3対戦相手、第4対戦相手、第5対戦相手全て圧勝する彼女は期待のルーキーとして会場内でも相当の注目を浴びることとなる。
1日1戦、難なく全勝する神楽さんに安心を覚え始めた。
もう充分な程の資金を集めた事だろう。
辞退してもいいぐらいだが神楽さんはこのまま勝ち続けたいみたい。
神楽さんも大分戦闘なれしてきた。
第6対戦相手の日…不穏な空気が流れ始める。
今日も実況の声が鳴り響く。
「さぁ!ルーキー選手虚音 神楽!今日も今日とてお前の剣を掲げろ!」
僕も見慣れてきたのか、彼女がリングの上に居る事に関して違和感を覚えない。
彼女の紹介後、対戦相手がスポットライトで照らされる。
いつもみたいに気楽に構えていた僕は心臓を掴まれる事になった。
「対戦相手は_月に隠れし影に潜む暗殺者…グールだ!」
「あっ…」
あれは…亜人だ。
いやそれだけならいいかもしれない。
キケンな亜人だ。
第6対戦相手にして明らかな異型。
今までは人の形を保っていたり、多少原型が崩れていても元は人なのがわかるぐらいだったが今回は顔すらない。
黒いスーツにシルクハットを被るグールと言う対戦相手。
服装だけ見れば街中とかに居る気前のいい男性やマジシャンの様に見えるが目をこらせば深淵の様に渦巻いた頭部がこちらの内側を覗いてくる。
「さぁいよいよ試合も終盤、この試合の勝者が最終決戦に進める!」
実況はノリノリだが僕はそれに乗れない。
流石に勝ち目を感じ無いのか彼女もまた僕の顔の様に引き攣らせている。
「試合開始!」
ゴングと共に会場全体の照明が付き、試合が始まった。
嫌な予感がしたけど意外な事に静かな空気が流れる。
なんと2人とも1歩も動かないんだ。
「おいおいどうした?お前達」
実況が話す内容を増やす為に互いに戦闘を促す。
「もっと行こうぜ?」
その実況の声と共にグールはゆっくり神楽さんに近付き始めた。
神楽さんは一直線に、的を捉え双剣を構える。
けど何処と無く怯えている様な顔をしている…彼女にはグールはどんな風に見えているんだろうか。
コン…コン…コンっと、革靴の音がリングに響く。
観客も少しの緊張を覚えて居るのか声が乏しい、もちろん僕も緊張している。
コン…強く踏み締めた1歩を最後にグールは突然動きを辞める。
不気味に彼女を眺め、微動だにしない。
高圧的な彼の対応に僕の心臓が高鳴り始める。
クシュ戦以来だ、この緊張感は。
動きがあったのは予想外な行動のせいなのか、それともグールの異常な行動に痺れを切らせたのか、神楽さんが警戒を一瞬解いた瞬間だった。
双剣が少し下に下がった瞬間…。
バチン!
「痛ッ!」
鞭の様にグールの腕が神楽さんの頬を双剣事叩き落とす。
前で構えていた双剣は地面に転がり、痛みで彼女は頬を抑えている。
怯む彼女に彼は続け様に両腕を伸ばした。
ドンッ!
強くグールに押し出された彼女はリングの壁側まで飛び、その唯一の武器が手から落とした。
「おっと神楽!隙ありだな!」
「うっ…!」
彼女が悶え崩れ落ちるとグールは腕を広げ、スーツの下から奇妙な物を召喚した。
それはボタボタと鈍い音を立てながら犬の様に転がり出てくる。
黒く口の付いた異型の生き物…それは手のひらの様にも見えた。
「はッ?!」
神楽さんの驚く声に反応して血の匂いに駆られたサメの様に手のひらの様な生き物は一斉に彼女に飛びかかった。
「おっとグールお得意の技だ!こりゃ逃げれそうにないな。下調べはしなかったのか?」
実況のテンションはあがり観客達の声も少しづつ増していく。
神楽さんは群がられる前に起き上がり走り出した。
彼女はまとわりつくその手を振り払ったり切り裂いたりするが勢いが収まる事はない。
それを見ながらグールの本人は腕を広げ神楽さんを眺めるだけだった。
勝ちを確信してるのか…?
逃げようとしたが多すぎる手のひらに対応出来なくなった彼女は絡まり転けてしまう。
それをいい事に手のひら上から押さえ付け、頭や形、腰とかに乗っかり地面に押し付けた。
神楽さんが潰せば…斬れば、それに合わせて数が増えて行く。
まるで寄生虫の様だ。
対処しても全く減らない手に制圧され痺れを切らせたのか神楽無様にも怒鳴り始める。
「離して!辞めて…辞めてよ!」
彼女が叫べば叫ぶ程手のひら達は喜び彼女の背中の上ではねたり彼女の顔を叩いたりしていた。
完全に遊ばれている。
「離せ!どけ!」
どうして…?
「辞めてよ!もう!」
神楽さんの様子がおかしい。
立ち上がる事もできず抗う事のできない状況でパニックになっている様だが今回も…リサーチはしていたはず。
ましてはこの前の対戦相手とかにもこう言う拘束はあった。
何が彼女をあそこまで焦らせてる?
手のひら達が何か意図的に彼女の二の腕や首を掴み出した時だった。
「嫌だ…」
突然神楽さんが泣き出した。
それを見た僕の心臓はドクンと強く脈打つ。
この瞬間僕と彼女がまるでリンクした様だった。
彼女同様僕の視界が滲み始め、目が熱くなり始めた。
そしてすごく苦しい。
鏡映しの様になった神楽さんと僕を容赦無くグールは首を絞めあげた。
何が起きてるの…?
彼女の視界が見える気がする。
うっすらグールの気配が近くにあるのを感じた。
視界の半分にグールの顔が映り込む様な感覚に襲われる。
けど実際は何も見えない。
それはまるで眼に貼り付けた写真の様に僕の視界を占領する。
まるで僕と彼女が同じ人間の様なそんな奇妙な感覚に襲われた。
ぐちゃぐちゃな彼女の感情が僕に押し寄せて来るのがわかる。
「ごめん…なさい、ユル…して」
彼女が持ち上げられた後、鋭い耳鳴りの後に広がる景色は悲惨な物となった。
グールは神楽さんを眺めるのに飽きたのか投げ捨て、蹴り、引きずり、腕を引っ張り、顔を殴り、頭を踏みつける。
けど何故か彼女はその全てを「ごめんなさい」で受け止めていた。
抵抗しないのか、出来ないのか、僕には分からない。
けどどこか力が抜けていく感覚がする。
抵抗する気力も湧いてこない。
何処か違う場所に意識が飛んでく。
それでも僕の心の中を占めるのは空虚と変わらず慢性化した強い孤独だ。
「おいおいそんなやり方で楽しいのか?まぁ当事者が楽しんでんならいいか!」
実況の声を背景に血を吐き、体にアザが現れ始め、腕がおかしな方向を向き始め、泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて助けを彼女は呼んだ。
「誰か、誰か…助け…」
鈍い殴られ、蹴られる音と彼女の嗚咽がだけが拒絶する僕の頭に入ってくる。
無惨に転がり、立ち上がろうとすればまたグールに蹴られ、転がれば手のひら達に遊ばれていた。
それは僕がよく路地裏で見ていた幼い子供達の喧嘩や野良猫が虐められていた物と似ている。
ドン!
最後のトドメと言わんばかりにグールは彼女が飛び上がる程の勢いでその顔を殴り、リングの端まで飛ばした。
人形を投げた様にそれはそれは軽く飛んでしまう。
リングの柵に体を当て揺らしながら倒れ込む神楽さんは悶えた後、動かなくなってしまった。
照明で照らされてるはずなに照明が無い様に視界が見えなくなって行く。
神楽さんは気を失ったみたい。
実況の驚く声が聞こえてくる。
「おっと、子供は目をつぶった方がいいぜ」
同時にグールが神楽さんの片足を摘み上げた。
真っ暗になりかけていた視界に映り込む映像は…とても目を潰したくなるものだった。
足を捕まれぶら下げられた彼女の太ももをグールはその黒い手で握り…
グシャ!
「ああぁぁ!」
神楽さんの足を引きちぎった。
あまりの光景にまた意識を戻される。
吐きそうだ。
グチャ…グチャ…
生々しい音を立て、見た事無いほどの血が飛び散るのが見える。
彼女が虫の様にジタバタと暴れるが一向に離して貰えそうに無い。
吐き気を誘う鉄の匂い、そして何処か生臭い…そんな香りが状況を認識させ、遠のきそうになる僕の意識を保たせる様だ。
苦痛のあまり悶え動かなくなった彼女をグールは足を掴んで持ち上げリングの真ん中へと向かった。
さらし者にするかの様に彼女をリングの真ん中に掲げる。
「おー随分派手にやったなグール」
実況も感心する声が圧勝の証拠となった。
気絶している彼女の悲痛の顔には涙痕と血痕が滲んで姿はまるで朽ちた花。
ちぎれた足からはポタボタと血が流れ、力が抜けるせいで掴まれている足とちぎれた足がL字の様になり鮮やかな断面図がよく目立つ。
「神楽戦闘不能…!勝者グール!」
観客は面白ければそれでいいのだ。
たとえグールが勝ってもそれはそれは大きな歓声が巻き起こる。
鮮やかに輝き、無惨にちぎられた彼女を足を見て僕のは頭がおかしくなったのか、おかしな事を言い出した。
「…食べたい」
不意に出たその言葉は自分でも耳を疑う。
悲惨なのはわかる、生々しい物なのもわかる。
けど凄く綺麗でソレは可愛い。
そんな考えに僕の脳は犯されて行く。
凄く凄く凄く食べたい程に綺麗。
その強い食欲に自分の思考ごと食い潰されていく。
無性の快楽と食欲は僕を破壊するのには充分だった。
食べたい食べたい食べたい食べたい。
「✋︎ ⬥︎♋︎■︎⧫︎ ♎︎♓︎♏︎ ♋︎●︎❒︎♏︎♋︎♎︎⍓︎▒ ✋︎ ♎︎⧫︎ ⬥︎♋︎■︎⧫︎ ⧫︎□︎ ●︎♓︎❖︎♏︎」
そんな時だった、頭の中で言葉が響く。
聞いた事のない言語…耳鳴りの中何かが僕に訴えてくる。
ノイズ混じりの声は水の中の様になり何を言ってるか聞き取る事も出来なければ言葉が僕に通じない。
この声は…一体…。
気持ち悪い思考と声が目眩と吐き気を誘う。
意識が遠のき、倒れそうになった瞬間何処からか鐘がなった。
鋭く頭が痛くなる乱雑に叩かれた鐘の音。
カンカンカンカン!
思わず僕は人形を落とし耳を塞いだ。
耳にやけに響く鐘の音は頭が痛くなるものだった。
もうなんなんだ、さっきから…
「グールの勝利!おいグール!もう終わりだぞ?それ以上は何も出来ないぞ?」
そうだ!僕は神楽さんと今日も試合を…。
僕はいきなり来た体調不良に記憶が飛んだ感覚を覚えた。
記憶を頼りに霞む視界でリングの上に目を飛ばした。
神楽さんは確かリングの上に…
「…嘘」
リングの上には僕が知る神楽さんではなく「神楽」さんだったはずの何かが転がっていた。
グールが出していた手の平達がその肉塊を食べていると言うあまりに異様な光景が僕の目(占める。
頭は取れて、胸は押し潰され肋が飛び出し、腕は溶けたように潰れ、股から引きちぎられ食われていた。
鈍くそして心臓が痛くなる叙爵音が会場に響くが観客達は笑っている。
骨の匂いって、人肉って…こんな匂いがするんだ。
グール達は群がるハイエナの様に死体を食べていた。
「終わりだグール!」
そう実況が叫ぶとグール達は一瞬固まり、少し考えた後に血に染まった口を拭き初め、立ち上がる。
手は彼の懐へと戻って行く。
「なんなんだ…」
僕がそう声を漏らして手のひらの一体を眺めていた時だ。
「え…?」
ネズミのみたに独立して動く手のひらは何処にも目なんてついてない。
けど戻る寸前、複数の内の一体が僕と目が合った気がした。
深淵に覗かれ、引き込まれそうだった。
彼は手を全員回収した後無垢な操り人形の様に何処か不格好に歩きリングを降りて行く。
「神楽さん…」
気付くと僕の体調不良は嘲笑うようにどこかへ消えていった。
あまりの状況に僕は膝から崩れ落ちてしまう。
「神楽…さん…」
その言葉が僕の口から漏れた時…実況の意外な声が耳に入る。
「なんだ?何が起きてる?神楽どうした?」
「…え?」
声でリングの方をむくと神楽さんの上半身の死体から煙が出ていた。
黒く淀んだ煙。
なに…?
煙が神楽さんの死体を包み込み、腕の包帯が宙へと舞い上がり繋ぎ合わせるように彼女の負傷した体の部位を寄せ合い繋ぎ合わせ始めたのだ。
たちまち煙と包帯は神楽さんのえぐれた足や体を繋げ人形の様に治して行った。
「これはたまげたな…」
会場は勿論ざわめく。
死んだはずの者が今また息を吹き返したかもしないのだから。
体を 手繰り(たぐり)寄せた包帯は螺旋を描きながら操りの様に体を支え上に引っ張り彼女を起き上がらせる。
頭は無く、包帯が解けているせいで潰れた様に腕も無い彼女の死体の悲惨さは何処か戦死した人間を連想させる。
その時、狂乱した様子でグールがリングに飛び混んできた。
顔は無いけどその勢いから焦りの様な物を感じ取れた。
彼はリングに上がるや否や神楽さんの死体に近付く。
「グール!どうするつもりだ?」
グールは自前のその黒い腕で仰け反る屍の肩を押さえ込み、地面に押し付けた。
ドカン!と流石に人型の物が勢い良く倒れ、音が楽しくも響き渡る。
押さえ込んだ後彼は死体の胸に変形する程の勢いで強く胸を殴りそのままの勢いで持ち上げ、リンクの端まで放り投げた。
首もなければ臓器も無いであろう死体はバウンドしたドンと重い様な軽い様な絶妙な音を立てながらリングの端まで吹き飛んで行った。
しかし飛ばされた屍は何処か意識があると疑う程無惨に飛んだ後に綺麗な起動を描き軽やかに体勢を直し始める。
勢い任せに飛ばされたリングの上で軽やかに受身を取る彼女はまるでサーカスの劇の様。
踊り舞う屍は空中で瞬時に1本の錆びた刀を作りだし、地面に降りる寸前にポールの様にそれをリングに突き刺し軽やかにダンスを終わらせた。
それはとても儚く綺麗な物に僕の目には映る。
さびつき、手持ちもない「刀身」だけの刀は屍の彼女によく似合う。
「最高だな…こんな戦い見た事ない」
実況も見とれているみたい。
実況や僕が感心している中、内容には気もくれず追い打ちをかける様にグールは腕を肥大化させ広げながらその屍に飛び込んだ。
キン!
だが願いは叶わず…彼がその腕を振るおうとした瞬間、腕が突然宙へと飛んで行く。
刹那の間、赤い光が会場を調律する。
一瞬何が起きたのか分からなかったが踊るグールの腕と甲高い金属音とともに彼女が持つ刀が地面から引き抜かれ、斬撃の余韻に浸っている事が僕の中の答えとなった。
ボトン…
生々しい音とともに彼の腕が転がる。
「まさかの神楽が生きているのか?グールは大きな痛手を貰ったなぁ、これはラウンド2かの始まりか…?!」
観客文字通り敗者復活戦で大きな歓声が巻き起こる。
実況の声が覗き込むような声で会場を盛り上げると歓声と共に彼女達の第2ラウンドが始まった。
グールは怯えた様子を見せながらゆっくりと後ろへと引いて行く。
「神楽さん…どうして…?」
彼女は斬りあげた刃を下ろし刀身を逆手に持ち直した後足を揃え構えた。
僕はここで意識があるとあの死体に確信した。
ここからの展開はとても早く、引き込まれそうな程可憐な物となる。
「第2ラウンド開始!」
ゴングの音とともに神楽さんの死体は勢い良くグール目掛けて走り出した。
グールは後退りを続けながら同様に手のひらを出し神楽さんを押さえ込もうとするがどれも彼女に無惨にも踏みつけられ、切り裂かれ、叩き潰される。
悲惨な肉が潰れる音が響く。
「素早い動き!2回目で学習したのか?」
迫り来る障害の手を薙ぎ払い彼女は大きく広がり彼の間合いに滑り込み首にその刃を突き刺した。
肉が潰れる音と共に「う"ぅ"ぅ"」っと化け物らしい声で首を抑え悶える彼に反撃の隙も与えず彼女は刺した勢いのまま後ろに回り込みその広い背中を蹴り飛ばした。
相手の意識外に回り込む動きは蛇の様。
吹き飛び転がるグールに合わせ彼女もまた飛び込み1本…首に刺した刀身同様の物を塵から作り出し倒れ込む彼の上に飛び乗りその厚い胸を躊躇無く突き刺した。
無駄がない動き、この間の時間はゴングが鳴ってからたった数秒。
彼女は一瞬にしてグールの制圧を完了させた。
1ラウンドの時とは真逆に彼女の刀の赤い斬撃が試合を操る。
「なんて速さと俊敏さだ!さっきまでとは大違いな動きだな…本当に神楽か?」
実況も言う通りとても神楽さんの戦い方には見えない。
戦闘慣れしている動きなのは僕が見てもわかる。
神楽さんは何処と無く自衛的な動きをするが今の彼女は違う。
殺意に満ち溢れた獣だ。
自分から狩りをする者。
上に乗られ抑え込まれたグールはせめてもの抵抗で神楽さんに腕を伸ばすも彼女はそれを払い除け、置き土産に…
グシャ!
彼の顔に勝利の証と言わんばかりにナイフを突き刺した。
それもまた同様に結晶の様に生成された錆びた黒いナイフ。
顔にナイフを刺され流石のグールも力尽きた様だ。
それに合わせ周りの手のひら達も枯れた様に朽ちていった。
「勝者!虚音 神楽!」
会場も予想外な展開に盛り上がっている。
結果だけでいえば敗者が復活し圧倒するなんてこれほど面白い事は無いのだろう。
大きな歓声が巻き上がり、会場からはお得意の勝者を称える煙や火の柱が巻き上がっていた。
何が起きているか分からないけど神楽さんが生きてるなら…安心出来る。
けどあれは…本当にあの人なのか…?
僕は彼女の雰囲気に違和感を覚えていた。
殺意に駆られていた姿はとても彼女の見せる姿とは思えない。
神楽さんの死体は勝利の歓声の中、グールの死体から立ち上がりリングの端に転がる自分の頭を何事も無かった様に拾い上げ、首に連結させた。
頭が首に触れると、当たり前のように首と頭が馴染む。
何処から状況を処理すればいいのか分からない。
首の傷が塞がった瞬間彼女の頭部は目を開きその顔に生気を取り戻した。
髪はまたなびき、目も動いている。
眠い中起こされたみたいな嫌そうな顔で彼女は頬に着いた涙痕や血痕を拭っていた。
煙はかなり落ち着きもう彼女の体や足とわかる程に再生されている。
痛々しい胸の肋ももう見えない。
僕がリングの外で眺めていると首が繋がった神楽さんと目があった。
「…」
けどその目は…どこか違った雰囲気をしていた。
見られた瞬間痛みに似た感覚が僕の心臓を巡る。
あれは神楽さんじゃないな…。
_____________________
試合は神楽さんの勝ちとなり、リングから降りてきた彼女は僕の前まで当たり前のように来た。
その行動は神楽さんらしい。
けどやっぱどこか様子がおかしいんだ。
手足は戻り容姿こそ同じ…なんだが…
「…お疲れ様です」
「あぁ」
神楽さんは黒髪に紫の瞳を持っている、それが今の彼女の髪には紫色が少し混ざっていた。
神楽さんに似てる誰か。
目も彼女が持つ鮮やかな紫と言うより少し他の色が混ざった様な薄い紫に変色している。
「神楽さんですか?」
神楽(?)さんは僕の問いには何も言わずに顔を背けた。
目を泳がせ、何処か遠いほうをみている。
答えたくないんだろうか。
しばらくなんとも言えない時間が流れると痺れを切らせて彼女から口を開く。
「彼女に会いたいか」
その言葉は支離滅裂でありどこか諦めた様な、儚い空気をまとっていた。
神楽さんと同じ声だけどどこか覇気が無いか細い声。
「…はい」
「そうか」
そう彼女は頷き言うと目を閉じた。
彼女の髪がなびき、重苦しい空気が流れ始める。
会場の騒がしい空気の中、彼女の心が研ぎ澄まされており彼女の周りの空間だけが解離しているのを感じた。
強い耳鳴りが一瞬走った瞬間…。
「…?」
「神楽さんですか?」
「空…?あれ…私」
優しい瞳が僕を見てくる。
間違いない、神楽さんだ。
冷たさに溺れた瞳じゃない。
「…おかえりなさい」
「え?…ただいま…?」
この様子は…覚えていないのか。
騒がしい会場にまた僕のカミサマが戻ってきた。
_____________________
神楽さんの勝ちという事を本人が自覚した後、ホテルに戻った。
衝撃的な試合のあまり落としてしまっていたが勿論人形は忘れていない。
ホテルに戻っても僕達の部屋の雰囲気はそそっかしい空気に包まれた。
休んだ方がいいはずだか話を聞いた神楽さんは自分のした事、起きた事の整理が付かず落ち着きない様子で部屋の中をずっとウロウロしている。
「どうしたんですか」
「いや…どうも空が言う影の様な煙ってのが気になって」
あれが神楽さんじゃなかった事、見たものを全て…彼女に伝えた。
煙の事、朽ちた刀の事、グールに圧勝した事。
どうやら自分が負けた所までは覚えていたみたい。
その話をした時の彼女の目はすごく震えていて、とてもじゃないが会話出来そうな様子では無かったから僕はそれに関して深堀して聞くのをやめた。
今はその後の話をしている状況だ。
僕は休んだ方がいいと思うがそう思うのは第三者だからなのだろう。
「分からない」「不安」…そう考えを巡らせてしまうのも当事者の彼女にとっては自然。
だからといって無理をしては行けない。
「取り敢えず休みましょう?神楽さん。どうして生きているのか分かりませんが絶対休んだ方がいいです。僕も疲れた時や怪我した時は休みますよ」
その言葉を聞いた彼女はピタリと足を止めその場に立ち止まった。
「…あぁ"」
僕の言葉で思考を乱した彼女は嗄れた声で布団へと転がりこんだ。
冷静になったのな、休んでくれそうで良かった。
いや諦めただけかな…?
布団に倒れ込む時、神楽さんの黒い髪がいきなり倒れる頭に追い付けず一瞬空中を泳いだ。
髪もサラサラしててまるでずっとずっと手入れしてる髪みたいだった。
とても今日首が飛んだなんて…血に濡れてたなんて…そんなのこの目で見ていなければ信じられない。
綺麗な彼女の黒髪が今日も見れて良かった。
彼女はその後顔を布団に埋め初めしばらく経つと反応も示さずそのまま寝てしまった。
相当疲れていたんだろう。
「さて…僕も…」そんな事を思いながら僕は部屋の電気を消した。
唯一の部屋の光が消えた事により月の光が主張してくる。
その月明かりがあまりにも眩しかった僕はカーテンを閉めようとした。
けど突然僕の手はそれを拒んだ。
別に月が恋しい訳では無い。
嫌な考えが僕の頭にも巡り始めたたんだ、まるで神楽さんの考えを引き継いだ様に。
「(もし、もしもの話、あれがなにかの呪いなら…、なにか神楽さんの枷になる事なら…)」
……
…
今は寝よう。
僕はそっと拒む腕に言う事を聞かせ、今日に終わりを告げた。
_____________
どれぐらいだったのだろうか。
静かに僕の意識が戻る。
あの後何とか考えない様にして布団に入って寝たがよく寝れた感覚は無かった。
前までの一人でいた時の様な警戒心や考え事が全く途絶え無かったせいで逆に疲れている。
「(…もう朝かな)」
僕はゆっくり目を開き、部屋の中を見た。
あれ?おかしい。
部屋の中が暗い。
よっぽど寝付けが悪かったみたいだ。
まだ夜中じゃないか。
ゆっくり体を起こし、建物の隙間を風が抜ける音が耳を撫でる。
「…」
ふと僕は横で寝る神楽さんを見た。
体勢を変え仰向けになりながら静かに眠る彼女は死人の様だ。
しばらく彼女を観察した後暗く、冷たい部屋の床に足を置き僕はトイレへと向かった。
別に行きたかった訳じゃないけど気分を紛らわせるようなそんなつもり。
嫌な考えが巡る頭からはならかせたい。
ギギ…ギギと床の木がきしむ音が暗闇の中聞こえてくる。
部屋の扉を手探りで探しあて、壁に手を置き強く押すと耳が痛くなる様な音を立てながら扉が開く。
キー…
あまりに不快な音だったから起こしてないか心配で後ろを振り向いたが神楽さんは起きていない。
「…良かった」
僕はゆっくり自分の胸をなでおろした。
扉の先の廊下は暗く嫌な空気が漂っている。
身体が硬直するような感覚を覚えるが別に動けないわけでは無い。
「確か1階のロビーにあったはず…」
僕は初めの予定通りトイレへと向かった。
前から思ってはいたけどどうしてここはホテルなのにこう言う廊下とか暗い場所にまともなライトが付いていないんだろうか。
そんな今更な事を考えるがこれも嫌な事を考えない様にする為の無意識の自衛なんだろう。
案外扉のライトだけでもあっさり階段まで着く事が出来た。
ここまで来ると階段のライトがある。
けどまだ暗い。
壁に手を置きながらゆっくりと、ゆっくりと降りて行く。
それを三階分繰り返せばロビーに行ける。
道中の木製の階段はやはり僕が来る事を拒む様にギーギーと鳴いた。
最後の1階を降りると奥に黄色の明るい光が見える。
光に向かう蛾の様にロビーに足を踏み入れるが目が潰れてしまいそうなほどロビーは明るく、目に痛みが走る。
エントランスのガラスの扉の外は真っ暗で昼間とはまた違う雰囲気を放っていた。
僕はロビーの空気に飲み込まれない様に慎重に当たりを見渡す。
「あった」
記憶はあやふやだったけど探せば見つかる、MCと書かれた青い看板を廊下の手前で見つけた。
受付の左横を少し進めば階段があり、そこを上がれば客室があり、左横には長い廊下がある。
左側は客室とかではなくレストランとかあとは従業員部屋…なのかな。
トイレはその手前にあった。
奥の方は暗いし不気味な赤いライトが顔をのぞかせている。
部屋の中や街中は暖かいはずなのに何故か寒く、鳥肌が。
誰も居ない受付とどこからか小さく鳴る機械音に体を縛られていた…その時だった。
後ろからコン…コン…コンと擦るような嫌な音が聞こえてくる。
思わずトイレの入口にかけるはずだった手を躊躇して、聞く耳を立てた。
その足音はかなり近くまで来ている。
心臓が緊張と危険性を訴えかけてくる…「振り向くな」と。
けどこの現状に耐えきれ無くなった僕は勢い良く振り返った。
神楽さんであってくれ…
「誰ですか」
振り向いた先には神楽さんでは無かったけど以外にも見覚えのある人だった。
けど…思え出せない。
「…誰?」
「そんな無警戒に振り向いて…怖くねぇのか?」
「怖いってなんですか?」
「は?」
細身の小柄な少女。
少女と言っても言うて神楽さんより少し身長が低いぐらい。
それも神楽さんが履く靴のせいだろう。
彼女はパサついた声で顔を引き攣らせていた。
神楽さんとかみたいな優しい声と言うよりハキハキした声というべきかな。
どうやらさっきの質問の答えに彼女は納得言ってない様だ。
腰に手を置きながら面白くなさそうな声で彼女は言った。
「少しは怖がったりするもんじゃねえの?今は受付も居ない。俺と…お前だけだぜ?」
あ、思い出した。
この人は御前試合の時の選手だ。
「…そういう物なんですか?」
僕が「怖がらない」事にそう言うと目を逸らし細めながら愚痴を漏らした。
「あぁ"…お前に聞いた俺がバカかもしれん、あんなやつと居るんだからな、まともなはずねぇよな」
鋭い太陽の様なオレンジの目に赤髪。
黒いジャケットに水色のピアスが特徴。
ジャケットに飲み込まれた短いスカートがうっすらと顔を覗かせている。
彼女は神楽さんや僕とは違ってこの街でよく見る様な馴染んだ格好をしていた。
目を少し落とすと寒そうな細い足に包帯や傷があるのが目立つ。
彼女もまた、神楽さんの様に戦う理由があるのかな。
「僕になにか用ですか?」
「お前…神楽の付き添いだろ」
「そうですね」
「お前達の次の対戦相手である刃偽音 波流だ」
なんだ、そんなことか。
「僕を先に始末しよう…って話ですか?」
そう言うと彼女は苛立つい様子で言葉を並べた。
「あぁ?そんな卑怯な事しねえしガキ殺して何が楽しいんだよ。見かけたから声掛けただけだよ」
僕の思い違いだった様だ。
少し失礼な発言だったかな。
「それで…お前はなんでこんな所に一人で居るんだ?」
あ、僕は…トイレに行こうとしてたんだ。
「あ、トイレに行こうと…」
そこまで言うと彼女はまくし立てた様子で「早く行け!」とトイレに指を指した。
「気分を紛らわせるのに行こうとしただけです」
「トイレで気分って紛れるのか?」
「分かりません」
「じゃあ俺も分からね」
そんな会話していたら波流さんはあるものを差し出してきた。
「チョコ食うか?」
「いいんですか?」
「食いたきゃ食え」
誰かに食べ物を恵んで貰うこの構図は路地裏の生活を連想させる。
「…ありがとうございます」
食べれる時に食べる、寝れる時に寝る、盗める時に盗む。
それが僕の生活だった。
何処か懐かしさも虚しさが僕の思考を埋め尽くす。
僕は彼女がくれた板チョコを食べながらここに居る理由を聞くことにした。
立ち話もあれだからといってエントランス近くの椅子まで案内してくれてそこで会話をする事に。
彼女が選んだのは木造のホテル内の入口のすぐ横にあるオレンジのソファーが長方形のテーブルを挟んだ場所だった。
植物が置いてあり、雰囲気は凄く綺麗な場所。
僕達の頭上の時計は1時25分を指している。
ソファーにお互い腰をかけた後先に雑談に口を開いたのは僕の方だった。
「波流さんもここに泊まってるんですか?」
「俺は近くの武器屋を経営していてそこのオーナー兼家主だ」
彼女は大人と同じ見た目とは裏腹にジュース片手に足を組みながら僕との対話を始める。
緊張する、神楽さんと似てる雰囲気がするけどそれでも他者との会話は慣れない。
少なくとも僕を知らない彼女なら安全に話せる。
彼女と対面で話してわかったことがあった。
よく見ると神楽さんの様に目に特殊な模様が浮かび上がっていて、頬にも変な模様がある。
少なくとも彼女もまた人ではないんだろう。
「街には慣れたか?お前らよそもんだろ」
「隣の街から来ました」
「何処の街のやつだ?」
「僕はマリアから来ました。神楽さんは…知りません」
「そうか」
話しながら僕は口へとチョコを運ぶ。
パキパキと気分のいい音を立てながら口の中で溶け始める。
チョコなんていつぶりに食べたかな。
彼女は食べる僕の姿を見ながら足を組みかえ、深刻そうに言葉を漏らした。
「お前あの女とどれぐらいともに動いている」
「どれぐらい…1ヶ月以上ですかね」
彼女はその言葉を聞き受け、目を閉じテーブルに足を乗せる。
「気付いてないんだな」
「何がですか?」
「あいつ…人じゃねぇぞ」
「…」
一瞬時が止まる様な感覚がした。
僕が手に持つ銀紙に包まれたチョコは動きを辞め、時計の音だけが僕の耳に残る。
「…あぁ…その目は知ってはいたけど認めたくねぇんだな」
数秒…僕の顔を見た後に彼女は腰を上げ、そして僕に背中を向けこう呟いた。
「いつか殺されると思えよな。死にたくねぇなら離れろ。それがお前にできる事だ」
僕は何処か痛い所をつつかれた様になりただチョコを眺める事しか出来なかった。
彼女の言うとおり…神楽さんは人じゃない。
何か別の生命なのはわかる。
けど認めたくないんだ。
強く握りすぎてしまったせいで手の内でチョコが溶けているのを感じる。
「まぁ、また明日朝来てやるよ。お前らに私でやりたいものがあるんだ。そしてあいつにも渡してやりたい物がある」
…聞かなくちゃ。
「あ、あの…」
……
彼女は一瞬にして姿を消した。
何処に行った…?
立ち上がり客室の方の階段や管理室らしき方を見たが何処にも姿が見えない。
まるで風に飛ばされた様に彼女は僕の前から姿を消した。
「…神楽さんに殺される…か。そうすれば僕も楽になれるかな」
天井を見上げながら僕はそんな馬鹿な妄想を膨らませる。
叶う事も無いし叶う事があるならそれは神楽さんが僕に敵意を向ける時だけ。
けどあの人の性格的にそんな事はありえない。
なら…今を生きるしかないのか。