第2話 始まりの刃
「さて…!おはっ、空」
朝から騒がしい声が聞こえる。
誰…と言っても1人しか居ない。
「起きたー?空」
「起きましたよ。お陰様で。元気ですね」
神楽さんは元気過ぎて困るかも。
目を覚ますと僕の上に神楽さんが乗っていた。
どうして僕より子供っぽいんだろう。
よく街中で見る子供見たいだ。
「まぁ元気かもね。貴方の事も少しでいいから知って行きたいのに最初の時みたいなしょんぼりしてるのは嫌でしょ?」
まぁ…確かにそうかもしれない。
ここは太陽の光が入りにくい…所か入らない部屋だからある意味これぐらい元気な人がいたら目覚まし代わりには良いとは思う。
「取り敢えずおはようございます。神楽さん」
「うん、おはっ」
そう言いながら彼女は僕の上から降りて自分のバックをガサゴソ漁っていた。
興味をなくした魚の様に一切振り向かず目の前のバックに夢中になっている。
その隙に僕も起き上がり、自分のポーチの中身を整理した。
そして忘れちゃいけないのはこの子。
僕の人形。
僕が人形を持ち上げると神楽さんが興味津々に聞いてきた。
「ねぇ、その人形って何処で手に入れたの?」
「これは…」
そう言いながら僕は人形全体を見回した。
そう言えば何処で手に入れたか覚えてない。
「覚えてないんですよね」
「ふーん…」
なんだか不穏な雰囲気を漂わせながら彼女はから返事をした。
何か不味いだろうか。
「エントランスに行こう。先に行ってるからゆっくりで良いよ。試合開始は12時15分から。今は…」
神楽さんが丁寧に動く工程を教えてくれてる時に突然言葉に詰まった。
「…」
「どうしたんですか」
何か予定違いがあったのかな。
「…この部屋時計が無いから時間分からないね」
「確かにそうですね」
なんだそんなことか。
言われてみればこの部屋には時計が無い。
でも僕は時間を見て生活する事なんて無かったから大差無い感じもする。
時間が知れた所で意味なんて無かったから。
神楽さんは大人だから時計を見ながら生活をしていたのかな。
しっかりしてる、意外に。
「エントランス行けばあると思う。待ってるね。そこに鍵はあるから」
そう言いながら部屋の入口においてあった鞘を持って先に行ってしまった。
僕は行く前に窓を開けて街並みを見る事にした。
すごく綺麗な風景なんだと思う。
人の声、施設の音だったりとか、それにあれ馬車って言うんだよね。
見た事ない物が沢山で見とれてしまう。
いつも見えていたのは暗い路地からの明るい街並み。
昨日はあまりの寝やすさにすぐ寝てしまった。
ゴミ袋の上とかとは全然違う。
森の枯葉の上とも全然違う。
「普通の生活…?」
そんな事を思いながら街並みを眺めていた。
けどそんな事をしていればすぐに時間が流れてしまう気がする。
僕は少し見た後、急いで部屋を出た。
廊下は夜とは違い、日が入り明るい太陽が僕を出迎える。
「よし、鍵も閉めた」
戸締りを確認して意を決して僕はエントランスへ向かった。
エントランスにはもう準備を終えて壁に寄りかかる見慣れた顔の人がいた。
エントランスの時計は現在時刻10時30分を指している。
「お、きたきた」
「お待たせしました」
「平気よ。じゃあ行きましょうか」
僕達はガラスでできた不思議な扉を押して外に出た。
朝の街並みはすごい。
なんだか迫力がある。
明るい光が僕達を照らし、神楽さんの顔をはっきりと写し出した。
意外に身長が高い神楽さん。
長い髪がこの人の片目を覆い隠している。
見えてる目からは綺麗で何処か安心ってものなのかな、見ているとすごく落ち着く紫の目が覗いていた。
彼女の両腕の包帯のうち右腕の包帯がヒラヒラと風になびいている。
その包帯は何を隠しているのか赤黒くシミになっているた。
二の腕から指先まで覆ってるその包帯の隙間からは何か棘のようなものが。
触ると痛そう。
神楽さんは不思議な格好をしていて胸周りや腕周りを包帯で覆ってるだけで服を着ていない。
ショートパンツに長い靴。
ブーツってものだっよね、これ。
「ご飯食べに行く?それともそのまま会場行く?」
顔を覗かせてくる。
太陽と重なる彼女はすごく眩しい。
神楽さんがというより太陽が。
「ご飯食べたいです」
「わかった。道は覚えてるから行こうか」
僕達は昨日行ったレストランに行く事にした。
今日は空いているみたいで中は静かだ。
「いらっしゃい!あら昨日の2人!また来てくれたのね」
凄く嬉しそうな笑顔で店員さんが迎えてくれた。
「お席はこちらよ!いらっしゃい」
僕達は案内されるがままに席に着く。
今日は1階の奥の席だ。
木で出来た部屋の中はほのかに自然の豊かな匂いが充満していた。
葉っぱの装飾とかも沢山。
「どれ食べようかな〜」
神楽さんは席に着くなりもうメニューの虜になっていた。
僕もその背中を押すように一緒にメニューに顔を覗かせる。
「私これにしよ。空は?」
「僕これでいいですか?」
「いいよ」
そう言うと神楽さんはメニューを優しく壁に戻し大きく、はっきりした声で「すみませーん!注文〜!」と叫んだ。
「はいはーい!何にする〜?」
すると元気な小さい獣の店員さんはメモ帳とペン片手にパタパタと一生懸命寄ってきた。
「踊るエビグラタンと…これをお願い」
「はいはーい!待っててね」
僕はパスタ、神楽さんはグラタンを頼んだ。
レストランの大きな換気窓から入る光やプロペラを眺めていると神楽さんが構って欲しそうに口を開いた。
「ねぇねぇ空」
「どうしました?」
「私と動いてて飽きない?」
どうしてそんなことを聞くんだろう。
「もう2週間ぐらい経つけど結構苦労したでしょ?森の中とかで」
「まぁですね」
神楽さんが足を滑らせて落ちたやつで離れ離れになったとか、神楽さんが捕まえた鳥1匹の仲間にめちゃくちゃ追われたりとか、神楽さんが川で遊んでたら鹿にバレて僕が死にはぐったりとか。
あれ?ろくな事がない…?
でもその問いには飽きないって答えになるかも知れない。
けど苦労をしたかどうかはしたになる。
彼女が聞いてきてる「苦労」は何を指した言葉だ?
「…飽きない生活ですよ」
「そう?…聞くまでも、ある意味そうか」
苦笑いしてる。
バレた…?
そんな事をしていると料理が運ばれて来た。
「お待たせー!踊るエビグラタンとミートパスタよ〜」
「ありがとぉ…ぅ…って、でか…」
神楽さんの目の前に運ばれたグラタンは踊るエビと言う名前だからなのかグラタンにエビが刺さっている。
あまりにもインパクトが強い。
「ぇぇ…?かぶりつく感じ?美味しそうだけど」
「今日もありがとうございます」
僕が彼女の気持ちを折るように感謝を伝えると「全然!」と言いながら微笑んで手を振っていた。
僕のは普通のパスタだから隣のエビグラタンに全部持ってかれた感が…。
僕達はゆっくり食事を堪能してお店を出た。
「ありがとうございましたー!」
店員さんの声が最後後ろで響いていたのがわかる。
「会場に行く前に…あれ食べに行っていい?」
神楽さんはよっぽどお腹が空いているのか店を出てすぐ目の前の屋台を指差した。
「アイスクリーム屋ですか?」
「そう、食べたくて…」
目を泳がせながら申し訳なさそうに言ってきているが…僕のお金では無い。
神楽さんのお金だ。
なら彼女が自分で決めていいのでは?
「神楽さんが食べたいならいいですよ。僕は待ってるので」
「っ!」
効果音をつけたらキラキラって感じなんだろうか。
目を輝かせながら頷いていた。
「ありがとうっ!行ってくる」
神楽さんはお菓子とかが好きなのかな。
街を眺めながら数分待っていると視界の端に黒髪の誰かが映り込む。
その見慣れた姿はピンクと茶色のアイスクリームを持ちながらやってきた。
「いちごとチョコのソフトクリーム。食べる?」
「大丈夫です」
僕の隣に立つとアイスに一噛み。
更に一噛み。
「ん〜…美味しいぃ」
太陽に照らさせれ溶けているアイスの様に口に波を書いていた。
「座って待ってなかったの?」
「近くにベンチとか無かったので」
「そうなのね」
冬場の太陽は心地いい風を運んでくれる…。
アイスを食べ終えた後、のんびり会場に足を運んだ。
少し寄り道しすぎた感じもするけど。
会場到着時刻12時2分。
危うい。
開始は確か12時15分。
選手である神楽さんが遅刻仕掛けたことに関して「下準備もあるんだからもう少し早く来てくれ」と会場の人達から注意を受けていた。
けど当の本人はべろを出して笑って流していて全く反省の色を見せない。
会場内をぶらぶらと歩き、15分までの気楽な猶予を僕達は各々堪能した。
僕は周りの人達を観察。
神楽さんは周りの武器や能力を観察していた。
神楽さんの初対戦相手は彼女の名前ともに電光掲示板に表記されている。
そこには「クシェ・リリーコント」と名前が出ていた。
神楽さんはどうやら対戦相手の情報を集めたかったらしい。
盗聴する為に色んな場所に行っては息を潜めて聞き耳を立てていた。
遠目から見ていて「神楽さん」とわかっているから分かるものの…周りの影になっている場所を点々としている。
普通の人が見た程度じゃ全然わからないだろう。
試合5分前…。
試合開始間近のアナウンスが流れる。
選手の2人は別々の所に案内されて行った。
きっと神楽さんなら大丈夫。
僕と合流してリング上に行く前には「いい情報が手に入ったかも」と言っていたぐらいだ。
僕は人形をしっかり抱き込んだまま選手ベンチから試合を見届ける事にした…。
会場の電気があの時のように消えて行く。
バン…バンバン…
大きな消灯音を立てながら会場は暗闇に包まれた。
「第8回 地下リーグ初戦!まずは期待のルーキーを見て行こう」
バン!っと神楽さんがスポットライトを浴び始めた。
「街では見た事ない。何処から来て何処へ行く?異国からの挑戦状か!」
暗闇の中リング上で気楽に構える神楽さんだけが映る景色はなんとも緊張させる。
「彼女を見た者は見なくたばったのか…知る者は居ない。彼女の名は…虚音 神楽っ!」
実況…と言うのだろうか。
これ程までに言葉だけで緊張を巡らせる事が出来るのはすごい。
何処か息が詰まる様な紹介の後、今度はゆっくりと対戦相手がスポットライトを浴びる番。
「もう1人は…あれ?」
まさかのことか…対戦相手が居ない。
会場がざわめく。
「おーいあれ程遅刻するなと言ったのに…てかさっき居ただろ?」
実況者は呆れているようだ。
確かにリング上をライトが見ても何処にも居ない。
神楽さんは?どうなっているんだろう。
…何故か警戒を解かない立ち姿でリングの暗闇を見ている。
何か知っている様子だ。
腰の剣片方に手のひらを置き、じっと構えている。
「このままじゃ試合放棄扱いにするしか無いな…」
実況がそう言った時だった。
「私抜きのゲームなんて楽しくないでしょ?」
実況席のマイクから突如女の人の声が響く。
「なんだ?」
会場も実況も困惑している…次の瞬間だった。
リングの上の方にある全方位を囲んでる4枚モニターから猫の様な顔が映し出される。
数秒で描いた様な猫の顔だ。
「私が主役。私こそが支配者よ」
薄気味悪い笑い声と共に何者かが会場を乗っ取った。
モニターの猫はヌルヌルと動き、こちらを煽るような顔付きをして覗き込んでいる。
「どう?お嬢さん」
囁く様な声と同時にリングの真ん中で止まっていたスポットライトの中に一体の死体が投げられた様にボトンと飛び込んできた。
「…え?」
人の上半身が潰れた物だ。
初めて見た死体という物に僕の胸の中は張り裂けそうな程暴れていた。
会場には悲鳴と文句の声が広がる。
神楽さんは慣れているのか、微動だにしない。
心臓が口から出そうだ。
嗚咽混じりの声が僕の喉を通る。
「あははははっ!」
高笑いする声の主。
僕達会場の人間は完全に彼女の支配下に置かれていた。
「こんにちは。神楽ちゃん」
その声と同時に音も出さずライトが消えた瞬間…バン!
銃声の様な物が鳴り響いた。
だがそれは確信へと変わる、銃声だ。
カランコロンと殻が落ちる音が響き、消炎の匂いがリング上に広がる。
「神楽さん…!」
刹那の間、暗闇が僕の心を飲み込んだ時だった。
独特な鼓膜を揺らす機械音が耳に響くと眼が潰れてしまいそうな程眩しい光量で会場の照明が付く。
眩み、霞む眼の奥で誰かを捉えられた。
リングにいる神楽さんらしき人は何かを掴んでいる。
そしてもう1人…対面に立ち塞がる人物が見えた。
耳鳴りもする中、視界がはっきりしてくる。
神楽さんが掴んでいるのは…
それは…それは…
生首だった。
「こんな物を投げてくるなんて趣味悪いわねあんた」
鋭い声色で頭を持つ姿は異様だ。
腕を前に伸ばして捉えている体制から頭を投げられたのが予想できる。
「いいでしょ、さっき上で喋ってた人だよ?」
手持ちマイクを使って笑顔でそう言う対戦相手。
その上にいた人と言う者はすり潰された様な死体に成り果て、腸も骨も全てがぐちゃぐちゃ。
リングの真ん中…2人を挟んで置かれている。
あまりにショッキングな状況に会場はパニックになっていた。
でもどうしてこれぐらいでパニックになっているんだろう。
ここは人が死ぬ所なんじゃ…?
僕は分かってはいたとはいえ衝撃が強い。
他の人も同じなんだろうか。
果たして本当に?
「さぁ?そんな物は捨てて私と遊ぼう?神楽ちゃん」
ステップしながら片手にナイフを持つ少女。
良くは見えないが顔が変形している化け物の様な見た目なのはわかった。
左側全体に無数の眼が根を貼り、喉を侵食している様にも見える。
彼女は…何者だ?
「会場をこんだけ荒らして良かった訳?私と同じルーキー戦士なのに」
「いいのー!楽しい楽しい遊びが私を待っているっ!」
胃が痛くなるのを感じる。
ストレスというものか…。
神楽さんはその悲惨な頭をゆっくり地面に置き、彼女と目合わせをした。
この距離でもわかる相手の異様さ。
そして神楽さんの獲物を狩る様な目。
僕は腹痛に耐えかねて、その場でしゃがみこんでしまった。
僕には何も出来ないけど…見る覚悟を持ってここにいるんだ。
神楽さんなら…大丈夫。
僕はフラフラとした体を寄りかからせる為にリングの縁に手をついた。
リングの高さは僕の顎が床に当たるぐらいの高さだ。
顔をのぞかせることが出来る。
少女はそのピンク長いポニーテールをゆらゆらと揺らしながら神楽さんに問いた。
「神楽ちゃんはどうしてここにいるの?」
「私にはやる事があってね。あんたも、この後当たる挑戦者も倒さなきゃ行けないの。賞金の為に」
淡々として説得させる様な口振りだ。
「ふーん。つまんなーい」
「あんたには分からないよ」
そう言うと神楽さんは双剣を引き抜いた。
そのまま氷を纏わせれば…いつもの双剣。
「終わらせていい?あんたの芝居は面白かったけど少しナンセンスにも感じるの」
「もっと私と遊ぼうよぉ?神楽ちゃん」
そう言うと僕には残像しか見えない程の勢いで神楽さんに向かって足を振るった。
それに気付いていたのか神楽さんはあっさり避けてしまう。
そのあとはもう勢い任せの争いだ。
少女の方は赤いナイフ片手に足とナイフで双剣を防いでいた。
素早く、雑に全身を狙う少女のナイフとは対比的に1発1発確実に、そして正確に首を狙う神楽さん。
あと一歩で勝てそうな…けど届かない。
あれぐらいのナイフならあの人の双剣で叩き折れそうなのに。
何故か攻撃が当たっていない。
武器を交え初めてしばらくした頃、少女が後ろの方にある観客席にも聞こえるほどの大きな声で言った。
「後10秒待ってあげる!神楽ちゃんのフリーターイム!その後は私のターンだよ?」
そう言うと少女は神楽さんから距離を取った後ピタリと動きを止めた。
人形の様に固まったのだ。
リングの端と端に立つ位置から始まる。
「1…2…3〜!4!」
彼女がカウントダウンを始めたのと同時に神楽さんは行き良いよくリング上を走り抜け、双剣で少女を切り付けようとした。
だが全然当たらない。
体をすり抜けているのかと疑う程に当たらない。
ぬらりくらり体をひねり、飛び跳ね、バク転をして神楽さんの攻撃を全てかわした。
カウントダウンが迫り、とうとう…
「10〜!私のターン!」
その声と同時に神楽さんは攻撃を辞め、リングの端まで走り始めた。
「私はクシュ・リリーコント…支配の世界へようこそ!」
大きく腕を広げて叫ぶ対戦相手クシュ…。
彼女がそうなのか。
だから神楽さんは…
クシュが指を鳴らすとリング上に無数のピンクの糸が点滅する様に貼られた。
「触れたらアウトだよ〜避けてね」
とても常人じゃかわせない程の包囲網…神楽さんの動きを完全に封じ込めている。
「…」
双剣を持ったまま固まってしまった。
「あら!神楽ちゃんってお人形だったの?」
「うるさいよ、一言余計」
糸を指で掻き分けながら神楽さんに近づく。
片手に拳銃を持ちながら。
まずい。
それを見ていたら僕の心臓はもっともっと強く響いた。
そしてなにこれ…苦しい。
頭がガンガンして視界がチカチカする。
意識が…遠のく…耳もキーンって…
「神楽ちゃんのまーけっ」
その声がリングに響くのと同時に僕の意識は異様にハッキリとした。
明後日を向いていた僕の目が咄嗟に彼女達を見た瞬間…
バン!
1発の銃声が鳴る。
終わっ…たの…?
神楽さん…?
けど僕の一瞬の不安は直ぐに消える事となった。
「えぇ?今の避けちゃうんだぁ…」
0距離で神楽さんの顎に放たれたであろう拳銃の弾丸は天井をかすめる事となる。
神楽さんが発砲に合わせて一瞬で首を傾けたのだ。
狭い狭い糸の間で唯一動かせる空間…。
クシュの口振り的にも遊ばれているのかもしれないが。
「神楽さん…!」
間一髪だったのが神楽さんの顔の雰囲気を見ると伝わってくる。
「面白いね神楽ちゃん」
彼女は立ったまま動けない神楽さんに背を向けながらスキップしながら言葉を続けた。
「まんまと当たって死ぬかと思ったよっ…」
「まだ終わりじゃないからね」
「何〜?」
次の瞬間…
波動の様な氷の刃が目の前の糸を全て薙ぎ払った。
「随分体がこる戦い方をするのね」
神楽さんの双剣から出された氷の結晶は糸を切り裂き、背を向けるクシュの横髪を撫で上げた。
切り裂かれた事により蜘蛛の糸の様に無造作に覆われた糸は点滅しながら全て消える。
「え?」
「私の勝ちッ!」
神楽さんは双剣を構え、後ろを振り向かれる前にクシュに勢い良く上から飛び込んだ。
ドカンとすごい地響きと共に渦を巻くように空に冷気が広がる。
凍りそうな寒気が僕の全身を包む。
それと同時に会場はまた暗闇に包まれた。
地響きにより照明が止まったのだろう…。
どれぐらいだったのだろうか。
僕が状況を理解して冷気に慣れて、神楽さんが生きているか気にし始めた時だった。
「あはははっ!神楽ちゃんあまーい!」
クシュの笑い声と共に会場に光が戻る。
いきなり付いた電気に思わず僕は目を逸らす。
目に走る痛みに耐えながらもリングを眺めるとそこには信じたくない光景に近い構図が拡がっていた。
目がハッキリ対象を捉え、視界が晴れた頃に現れたのは神楽さんの事を見世物の様に持ち上げるクシュだった。
糸が交差し、爪を模した歪な足場に足をかけたクシュが神楽さんの首を持ち天高く持ち上げている。
「嘘だ…」
神楽さんがやられた。
でも何かおかしい。
僕は1つおかしい所に意識が行った。
会場に…誰も居ない。
観客席はガラガラになり、実況席なんて電気すら付いていない。
まるで最初から誰もいなかったみたい。
さっきまであったパニックの様子や、何処と無く胸が高鳴る高圧的な空気もどこにも。
さっきの暗闇を境に全て消えている。
「これでバイバーイ!」
状況は悪くなる一方でクシュが笑いなら拳銃をからかうように彼女の前にゆらゆらと指に引っ掛け垂らしていた。
神楽さんが自分首を掴む手を叩きもがくがビクともしない。
力尽きたのか、諦めたのか神楽さんは叩くのをやめ、釣られた魚の様に脱力仕切ってしまっていた。
「神楽ちゃん…諦めちゃうの…?」
「…」
神楽さんが少女の問に答える事は無い。
「つまんない…」
クシュ残念な様子で拳銃を持ち直し彼女のおでこに当てた瞬間…
バチンッ!
「…え?」
見間違いじゃない。
瞬きをした瞬間、音速を超える速度でなにかがクシュの拳銃をはね上げた。
宙を舞う拳銃、神楽さんの肩から無造作に広がり伸びた腕の様な物。
その後の悲惨な現状は不思議と僕には時間を止めた様にゆっくりに見えてきた。
赤黒い鉄の塊…小さな刃が神楽さんの腕を痛々しく包み込んでいる。
まるでそれは手入れされていない天然の宝石の様に。
痛々しく伸びた破片は顔を覗かせ、それが今彼女が持つ醜悪な凶器となっていた。
指先に行けば行く程ハッキリと形を保っているそれは液体の様にもみえる。
元々付けていた包帯がバネのように広がり、歪な腕の刃先を最後まで支えていた。
それを見て僕は…おかしいかもしれないが少し綺麗にも、幻想的にも見えた。
「なに…?」
声を震わせながらクシュが問うが神楽さんが返事を返すことはない。
だって彼女はまるで気を失っている様な状態なんだから。
腕だけが暴れ、項垂れ堕落した彼女はまるで死んでいる様。
神楽さんの腕は反動にやられたのか、重苦しそうに彼女の肩から垂れ下がっていた。
この間は数秒の出来事に過ぎない。
僕にはその腕は終わりへ向かう死の様に感じた。
「こんなの初めて…どんな原理?」
引き攣りながらも笑うクシュを見て僕は狂気と言うのはどういう物なのかを理解した。
「神楽ちゃん気色悪いよ…?」
肥大化し、赤黒く脈を打つように輝いていた腕
は生き物の様にも見える。
「うぇ…」
吐きそうな顔を浮かべながらクシュが神楽さんを強く放り投げるが彼女がそのまま倒れる事はなかった。
半回転しながら落ちたが神楽さんは意識があるのか思う程に綺麗に着陸したのだ。
まだ…意識があるのか、それともあの腕が…?
立ち膝になり右手をつきながら下を向く彼女とは対比的に腕だけは鋭く尖り少女を狙っている。
「そんな腕見た事ないよ?」
僕も無い。
怯えるクシュに神楽さんは容赦なく立ち上がり、近付いた。
コンコンと彼女の足音と嫌な静かさがこの空間に響く。
誰の声も聞こえない。
彼女ら2人の声だけが会場に聞こえている。
何かの破片混じりの腕はギギギと鈍い音を立てながら突然肘ぐらいまで裂け始めた。
獣が口を開く様に三角形に広がった3本の刃。
完全な液体と言うより液の様な固形と言うべきなんだろうか。
流体金属の様に感じる。
「すごい…!凄いよ!神楽ちゃん!」
歓喜して感情のまま喜ぶクシュには気もくれず神楽さんは近付く。
なぜクシュは逃げない…?
「何それかっこいい!やっぱり見せて!」
神楽さんの腕は狩りをする者の様に、一直線に的を捉え…少女が拍手する中下から滑り込む様に…
グチャ!
まるで軽くボールを投げる様な素振りで少女を握り潰した。
グシャ…グググ…
血飛沫がまい、鈍い骨がおれる音が会場に響く。
肥大化した刃の腕はクシュの脈打つ肉片をその赤黒い内でしっかり握っていた。
爪の隙間からは少女の足が飛び出している絵面は地獄と言ってもいいだろう。
辺りの観客席のライトはクシュが退場した事により消え、孤独に佇む彼女とリング全体だけがスポットライトに照らされた。
あまりにも多い情報にパニックを起こしそうだけど…この出来事はたった数十秒の話…。
皮膚を破り突き出てきた神楽さんの腕の破片はクシュを握り潰した後1層赤く鮮やかに光っていた。
「…」
「神楽さん…」
僕の声に気付いたのか神楽さんはその肉塊を放り投げた。
ボトンと言う生々しい音がリングの床下に響く。
投げた後は何事も無かった様に刃の手は姿を戻した。
吸い取ったように螺旋を描きながら人間の腕の形へ。
血は滲み、包帯がシミになっては居たが見慣れた神楽さんの腕だ。
当目からでも指も普通に動いている事が確認できた。
あの腕は…生きている。
僕は確信した。
あれは生きている。
僕が唖然とし、彼女を眺めていると…
「行こう、空。ここは良くない。そろそろ目覚めた方がいい」
「え?」
突然奇妙なことを言い出す。
遠い場所に居るはずのに耳元で囁かれている様な感覚。
「おはよう、空」
その声と同時に視界にノイズが走る。
次の刹那…
グチャッ
僕は神楽さんの腕に握り潰された。
「っ!!」
意識が戻ると変わらず会場だったが、状況が違う。
騒がしい声が真っ先に僕の耳を刺す。
観客も居て、状況の声が響く。
慌ててリングを見るとあのピンクの糸に串刺しにされている神楽さんが目に飛び込んできた。
首は縛られ、手足は糸が貫通して上からクシュに抑え込まれている。
まるで蜘蛛が捕食する様だ。
「4!3!」
狂乱した状況のカウントダウンが始まる。
そうか神楽さんが形的にダウンしているからか。
「2!」
カウントダウンが0まじかになった時だった。
バチュン!
糸が切れた様な、虫が潰れる様な聞くに絶えない擦り切れる音と当時に"それ"は破裂した。
「なんだ?!何が起きてる?!」
状況がそう言うのも無理も無い。
神楽さんが完全に動かなくなり、血を流して抑え込まれているのに、クシュもその上に乗っかって押さえ込んで居たのに、いきなりクシュが破裂したのだ。
僕はその状況を見て理解した。
さっきの幻覚の世界でもう彼女達の戦いは終わっていたのだ。
神楽さんの体を貫通していた糸は事切れた様に張りを無くす。
リングの真ん中には一体の人形と少女が残した体液溜まり。
会場がざわめく中、神楽さんはゆっくりと立ち上がり…こう言いはなかった。
「私の勝ちよ」
さっきまでの痛々しい姿とは打って変わって元気そうだ。
けど彼女の手足から滴る血が痛みを表している。
「何が起きたか分からないが…勝者っ、虚音 神楽!」
そのアナウンスと共に紙くずがリング上を舞う。
大きな声の歓声と火の粉が舞う。
「お疲れ様でした」
「ありがとう、空」
疲れた様子なんて正直見えなかった。
けど帰ってきた彼女は何処か暗かった。
あ、忘れる前に…
試合終了後神楽さんに僕が見たものを伝えた。
あまりにも奇妙な腕の話、糸の話、そして…観客がいなかった事……。
「…って言うのを見たんです」
「うーんとね…それは…」
選手ベンチに座りながら話をしているからなのか少し話しにくそうだ。
目を逸らし、唇を噛み締めている。
「ここじゃ話しにくいですか?」
「いや、そう言う訳じゃないんだけどね」
…話題を変えよう。
「クシュさんの事で何かいい情報手に入ったと言ってたのはなんですか?」
「あ、それはクシュが「支配の亜人」って事をしれたって事よ。支配の亜人自体洗脳や幻覚、自身の夢想空間に引きずり込むのが特徴よ」
「亜人…?」
「あ、知らない…?」
亜人…なんだか聞いた事はあるけどよく分からない。
神楽さん曰く亜人はその概念の塊見たいな存在らしい。
今回の支配の亜人ならつまり「支配」その物の存在。
僕が…いや神楽さんも見ていたあの空間は支配の亜人が神楽さんを洗脳下に置いた事によって起きた事。
そしてクシュの無数の目やあまりにも人離た姿の事も話してくれた。
亜人は温厚だったり、周りのたの生命体に対して害が無ければ無いほど人間に近い見た目をしているらしい。
人によって映り方はそれぞれだけど夢想空間にいた時神楽さんの目には顔が溶けていたり体が裂けている程の怪物に見えていた様だ。
基本現実世界では見え方は統一らしいけど精神体とかになった時はどれだけ殺意を向けているかや危害を加える気があるかで相当見え方が変わる…それも亜人の特徴らしい。
どうやら相手は傀儡に憑依していただけで支配の亜人自体を殺す事は出来なかった様だ。
少女は最後「バイバイ」と言っていたらしく、「また現れるだろう」って。
クシュの事は教えてくれたけど神楽さんの腕の話はどうも口を割ってくれない。
教えてくれない所か流される。
人には秘密があると言うけどこう言う事なのかな…?
凄く綺麗だったな…あの姿の神楽さん。
また見てみたい。
とにかく、この人が無事で良かった。
神楽さんは初戦を生き残れた事によって次の戦いへと進む事になる。
僕達は夜ホテルに戻り、シャワーも浴びて布団へと入った。
「あぁ…!疲れた!」
僕が寝ている横に行き良いよく飛び込んできた。
ガコンとベットが飛び込んだ事に文句を言うが彼女の耳には届いてないみたい。
昨日は先に寝ちゃったから分からなかったけどお風呂上がりでもその腕を包帯で隠している。
神楽さんが持つ黒いバック…あの中には沢山包帯が入っているのかな。
隣に転がるこの人の腕を見ながら僕はそう思った。
今日は窓も閉めて、電気をつけている。
昨日とはまた違う雰囲気。
何処から落ち着く空気が隣からする安心感は良い。
「ねぇ!空」
足を組んでくつろいでいたと思ったらいきなり飛び起きて笑った顔で僕の名前を呼んだ。
どれだけ体力あるんだこの人。
「どうしたんですか?」
「遊ばない?」
…え?
「え?」
「私が好きな遊び。空やった事ある?ベーゴマってやつ」
「知らないです」
僕達はさっきまでベットに居たはずなのに気付くとホテルの床の上に板を引いてその上でベーゴマって遊びをしていた。
神楽さんの故郷で流行ってた遊びなんだって。
僕達はそのまま寝落ちるまで話をしたりコマを回したり、後はあやとりって遊びをした。
こんな小難しい物よくこの人は出来るな…
昼間の戦いなんて忘れているのか疑う程笑う神楽さんになんだか呆れも覚えたけどなんだか安心した。
そのまま僕たちは遊び続けた。
真夜中まで遊んでた僕達の声は寝静まったホテルの廊下まで聞こえるほどだったかもしれない……。
「こうやって、こっちを回して…ほら出来た!星っ」
「こう…ですか?」
「そう、上手じゃん」
「なんか出来ましたよ」
「普通そうなる…?」
「そうなんですか?」
「上手になりそうね〜」