第一章:ネアの手紙
———アリシスという人間へ。
改めて。おはよう、アリシス。気分はどうだい?もしかして、二度寝三度寝して頭痛い?君がまた数百年眠っていなけばいいんだけど、昔からマイペースだったしちょっと心配だな。眠り姫のような性格は変わっていなそう。懐かしいね、今より小さいときでも眠るの大好きだったからなぁ。
これが全くの大きなお世話だったら私がお笑い種だけど、案外外れていない気がするのだよ。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
君が目覚めてこの手紙を読んでいる頃には、きっと私は存在しない。私や君の故郷の人間しか分からないくらいのほんの小さな変化しかない、なんとも言えない表情を見れないことが私の心残りだがね。
本当に表情が乏しいんだ、君は。せっかく母親似の綺麗な顔をしているのに。
あ、ちなみに書いておくけれど君がおよそ九百年かね…眠っていたのは、私たち一代前の人間が半分以上は悪いけれど、ここまで長引いたのは君のせいでもあるんだ。全部私たちのせいだとは思わないでくれ!なんてね、冗談だよ。
伝えるのが遅れたね。私はしがない魔法使いネア。精霊たちから聞いていたかな?酷評でなければいいのだけど。
さて、私は君の情報を握っているのだが…なんというか、先に謝らなければいけないと思ってね。
クローゼットに服を一着ずつ入れておいただろう?それは紛れもなく君へ渡すもので、君の知り合いが成長した君のために仕立ててくれたものだ。大事にしてほしい。しかし、着てくれていれば分かったはずだ…一回り大きいことに…!
…なんというか…その、いや、すまないな…まさかそんなに成長しないなんて思わなくて…
アリシス。性別は男 (おそらく)。瞳の色が少し特殊で、右に透けた白色左に髪と同じ深い紺の色違いだ。この色合いは珍しいから、外に出るときはくれぐれも注意してくれ。
十六歳である呪いにより倒れた。センテスという剣の精霊に呪いを弱体化してもらったおかげで死ぬことはなくなったものの、呪いの解除には時間がかかることがわかり研究に時間がかかってしまった為九百年ほど君は眠り続けた。すまない、もう少し早く君を起こしてあげられれば…
君は第一段階で年を取るようになり一度起きている。しかしおそらくその時の記憶すら、君は所持していない。そしてまた眠りについた。研究を続け六十年ほど経過し漸く三年ほどの身体機能の成長が見られた。つまり生物的には十九歳の体なんだけど…どう見ても顔は十五か六にしかみえないんだ。成長していないわけではないんだよ、実際にあの時と比べれば『大人になったなぁ』としみじみ思うし、なんならその整ったちょっと幼い顔には今くらいのこじんまりした大きさの方がしっくりくる。いや、あの服もなんだが、用意している他ものも同じような年ごろを想定したサイズで…
悪気はないんだ。
…君が覚えているのはせいぜい少しの常識と日常生活に必要な体の動かし方くらいか。きっと今ここにある本を沢山読めば、消された記憶の分知識は詰まって準備が捗ると思う。君はこの場所にそれほどいられないからね。
隣にある箱には、私たちからの贈り物が詰め込まれた「アクセサリー」が入っているのだけど、まだ開けてはいけないよ。それは第三の“鍵”だ。もし開けたら、眠っていた分年をとってしまって死んじゃうから。
…冗談もほどほどにしないと私の相方にあの世で殴られてしまう。長々と書き連ねたが一番重要なことを伝えていなかった。
私たちは精霊と約束を交わした。そして君は君の母親の心残り。精霊たちの『愛するあの子』が君の母親だ。いいかい?絶対に、知識を、武器を、魔法を身に着けて、寿命まで…おじいさんになるまで生きなければいけないよ。
困難な道になるかもしれない。私達が知っていることがこの世のすべてではないし、君の心配事を一緒に背負ってあげられない。もしかしたら、私たちの関係者ですら、君の目の前に何らかの理由で立ちはだかるかもしれない。それでも、私と魔術馬鹿と君の母親は君の大往生を願っているんだ。
私たちは正しく過去の異物。君なら気づいてしまうかもしれないね。けれど、振り返って手を伸ばすなんてこと、しないでね。
君の自由は望まれたものだ。それは決して選択肢のある自由ではなく、どこかで思い知ることとなる制限付きの自由になってしまう。本当はこんな世の中に君を放り出したくなかった。
長々とすまないね。読むのに疲れちゃったかな。でも勉強は頑張るんだぞ、お姫さま。
…君がこの空間を出た瞬間、私にとって最後の魔法は動きだす。
それが第二の“鍵”だ。
さぁ、精一杯楽しんでおいで。アリシスの人生を最大限謳歌して。
現象も私たちも、愛しているよ。 ネアより