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「おはよう」と言える日を。  作者: てぃーぽっと
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第一章:三話「そして三度目の睡眠」

 


「…」


「…すぅ」


「お二人さん…?」




 ―――—――—遡ること、三時間。












 「彼女は私たちと比べると少し変わった生まれなのですぅ。」


 センテス。与えられた役目は「解説者」。薄紫の瞳と髪色、精霊として生きた時間が短い故に灰色の足無き下半身を持った静かな精霊。ヘイムシャンや他の精霊達に与えられた情報はそれくらいだ。そして今現在ヘイムシャンと共にセンテスの捜索をしているのだが、一向に彼の精霊は見つからない。それもそうだ。なぜならその精霊には特殊な事情があるから。


 「そのためか、眠らぬ精霊の中で唯一睡眠を愛し、物の中に溶け込み眠ることを趣味としているのですぅ…探すのは私でも一苦労で一日探しても見つからない時があるほど彼女の性質は“強い”のですぅ。」


 あろうことか物体のなかで眠るというかくれんぼでは負けなしの特技をもっていた。


 ヘイムシャンに聞いた精霊の「格」というのではセンテスの方が下らしいのだが、精霊にはそれぞれ生まれに由来する性質というモノが備わっていて、強さに関しては一概に言えないようだ。そしてここの森出身の精霊達とは明らかに異なる性質を持つ彼女はここに住まう精霊達の中でも異質な存在だという。


 「記憶を失くす前のひめさまと、とても仲が良かったのですよぉ。」


 青年は(…そうだろうなぁ)と心の隅で呟いた。


 「ひめさまの抱きしめる本に彼女が眠っていたり、それこそ共に実体で日向ぼっこしていたりぃ。」


 なにせ起きて記憶がないにも関わらず服を着たら安心して二度寝するあたり、寝ることが趣味のセンテスという精霊と共通するところがある。マイペースな気性は起きる前からのものらしい。そして昼寝が好きなところも。


 「うーん…このまま書庫を歩き回っていても、今日はセンテスに会えない気がするのですぅ…」


 センテスはきっとこの膨大な数の本のただ一冊で眠りこけているはずだとヘイムシャンは言った。


 「…手分け?」


 「はぁい。ひめさまはセンテスを見つけるのが上手でしたからぁ。」


 記憶がないのに無茶を言う。しかしヘイムシャンはなにか確信をもって言っているようだ。ふわふわと飛んでいる彼女にひと時の別れを告げ、青年は歩き出した。時折通りかかる精霊がせっせと身の丈以上の本を何冊も運び「おはようございますー」と声をかけてくれる。それに返事を返しながら、頭の中を再度整理することにした。


 ──ここはロウルの森というらしい。


 開幕突進してきたヘイムシャンはロウルの森出身の管理人兼青年の案内人。記憶喪失前の青年をよく知っているらしく、何故か「ひめさま」と呼び慕っていた。彼女がこぼす昔ばなしは、懐かしむように慈しむように話してくれるため、とても大切な記憶だったのだろうと思わせる。しかしヘイムシャンも他の精霊も青年の名を呼ばない。


 (…なにか、決められた事があるのか、“解説者”が全てを話してからなのか。はたまた…)


 可愛い可愛いと守られているのは分かる。しかしその理由が分からない上に、精霊たちは何か隠しごとをしている。しかも「愛しいあの子」とやらの存在。その人物ははたして何者なのか。そもそもクローゼットにあったメモの主はその「愛しいあの子」とやらなのか。


 (たぶん、違う。)


 愛しいあの子。メモの人物。精霊。そして己の名前すら知らない青年。


 「うーん…“センテス”か。」


 「呼んだ?」


 「……まぁね。さっきからお連れさんが熱心に君の役職名を叫んでいるよ。」


 「私の名前は「解説者」じゃないもの。」


 ある意味予想通りマイペースにひょこっと横に並んだ見たことのない精霊に、呆れを隠さず青年が答える。ヘイムシャンは先ほどから「かーいーせーつぅしゃぁぁ!!!」と幾度も叫んでいるがその頑張りを一言で一掃した。


 「おはよう。私の持ち主。」


 「…おはよう。そして()()()()()、センテス。」


 「ええ、()()()()()“アリシス”。」


 「…それ、僕の名前?」


 「ええ。今のあなたの名前よ。大切に、ね。」


 聞いた通りの容姿にマイペースな性格。()()()というからには、まだまだ自身の知らない自身の情報があるのだろう。そして、「はじめまして」と彼女は言った。


 「…アリシス、ね。了解。」


 「聞きたいことは?」


 今にも寝そうな声で問いかける彼女は寝起きなのではなかろうか。早く済ませて寝ていたいとでも訴えるような声色にもかかわらず、ヘイムシャンと同じような達観した気配が感じられた。質問に多くを答えてくれるだろう。彼女はきっとそういう役目なのだ。


 「僕は何?」


 「人族換算で十九歳青年。立派な人間だけど諸事情で数百年眠っていた精霊達のお姫様。顔立ちはルスミル帝国の人間寄りで年齢より若い顔をしていると聞いているわ。」


 「誰に。」


 「ネアという人物。」


 「君たちの「愛しいあの子」?」


 「いいえ。」


 「じゃあネアは何者。」


 「あなたを揶揄うことが好きだった現象の使い手。」


 (そいつか。)


 淡々と進んでゆく問答に少し懐かしさを感じていた。クローゼットのメモの主に検討がついたところで思いを馳せる。そのメモはぐしゃぐしゃにして何処に放っただろうかと。まぁそれは置いておいて、アリシスは疑問を片っ端からセンテスにぶつけることにした。


 「愛しいあの子は何者。」


 「あなたの親族。」


 「なるほど。初めましてっていったのはなんで?過去の僕をしっているんでしょ。」


 「アリシスとは、初めましてなの。」


 「名前が違った?」


 「まぁね。」


 それなりに謎が解けてきた。端的な答えがテンポの速い会話でも重要な事だけを抜き出していると分かる程度には、センテスという精霊がみえてきた。彼女は面倒くさがりである反面、きっと嘘はつかない。堂々と誤魔化すが伝えられると判断した事しか明確に伝えないため信用できるし、何よりアリシス本人と性格が似ていた。


 そしてセンテスに会い、湧いた疑問。



 「持ち主って、何。」



 センテスは確かに言った。「私の持ち主」と。そしてヘイムシャンも「彼女は生まれが特殊」だと。これは聞いても答えの返ってくる質問だ。

 しかし予想に反してセンテスは少し間をあけ答えた。


 「……私は人間の作った剣から生まれた精霊。私の能力は宿った剣に依存し、持ち主の思想と共鳴することができる。本人を構成する要素が多くなればなるほどに、私は持ち主と強くなる。刃が、鋭くなる。」


 持ち主とは、彼女の宿る剣の所有者だという意味だろうか。しかしこの質問に直接的ではない答えが返ってくるということは、説明の過程に“過去”ではない部分が含まれるのか、彼女の話したくない事があるのか。

 すっと目線を外してアリシスは新たな質問を投げた。


 「…本体は。」


 「どちらも本体よ。」


 「解説者」“センテス”。剣に宿りながら、自由を与えられた特別な精霊。これまでを語る者。


 「…剣は何処にあるの?」


 「“これから”はあの子の範囲だけれど、いいわ。

 ———あなたの剣は眠っている。だから私もここ数百年眠いまま。場所では在処を示せない。けれど必ず会えるわ。だって私に会えたのだから。」


 「…そう。」


 神妙に、けれど少し嬉しそうに答えるセンテスは、幼い見た目と裏腹にとても大人びてみえた。




 「…さて、今思いつく質問はこれくらいかな。」


 「あら、もっとあるかと思っていたわ。」


 「質問だけなら、まだまだあるけど…」


 彼女に返せる答えは全て“これまで”のことでしかない。“これから”の選択を質問として放り投げる気も、彼女を困らせる気もない。となると、今できる質問はこれ以上なかった。それになにより、



 「…センテスは、眠いでしょ?」



 半分下がっていた瞼をぱっちり上げてこちらを凝視するお姉さんな精霊に、首を傾げてみせる。


 「…ばれたかしら。」


 「まぁね。だって同じ気分だし。」


 淡々とした会話に暖かな部屋。まぶしすぎる事のない穏やかな光と何処からか聞こえる小さな談笑の声。そしてヘイムシャンの遠い遠い叫び声と澄んだ空気。うとうとするには最上の条件がそろっている。


 「…あなたはあなたね。」


 「昔っからこんな眠気と戦っていたのかなぁ。」


 「あながち間違ってはいないわ。」


 会って初めてくすくす笑ってくれたセンテスに、目を細めながら床へ座った。


 「それと、顔の表情が読み取りずらいところも。変わっていないのね。」


 「記憶を失くす程度じゃヒトなんて、変わらないのかもね。」


 そろそろ眠気も強くなってきた。起きたばかりと言うわけでもないが、眠気を感じるほど動いたわけでもない。なぜだかすごく眠い。本棚に背を預け、体の力を抜く。センテスとの初対面は概ね好印象。仲良くできそうだ。アリシスが、持ちえない記憶に少しだけ想いを馳せるくらいには。


 「ねぇ、アリシス。」


 「んー…?」


 「昔みたく、お膝を借りてもいいかしら。」


 「んー…」


 瞼が下りてきて、思考もゆったりになってきた。眠たさに負けそうになっている。…けれど鮮明に聞こえたセンテスの声色は、何かを思い出すようにちょっとだけしょんぼりしているように聞こえた。



 「だめ?」


 「だめじゃないけど、僕は…アリシス、だから。…んー眠い…」


 「……ふふ…そうね。アリシス、ちょっとお膝をかりるわ。」


 「…ごじゆうにどーぞー…」



 過去を語る精霊は過去を誰より愛している。ひんやりとする体温のような冷気から、そう伝わってくるのは錯覚なのだろうか。もしかしたら彼女は変化が怖いのかもしれない。アリシスが眠りに落ちる間際、どこからか自分を違う名で呼ぶセンテスの声が聞こえた気がした。そしてそれは目が覚めた時覚えていないのだろうなと、仄かに残念だとアリシスは思った。







 ―――それから二時間半後。冒頭にもどり、仲良く眠りこける二人をみたヘイムシャンは、見たことのある光景だ、と。長い眠りから目覚めたはずのお姫様と精霊内の末っ子を温かく見守った。

 しかし、会っていたならなぜ自分を呼んでくれなかったのだと思わないでもない。


 なにせ三時間は叫びながら探し回った。






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