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「おはよう」と言える日を。  作者: てぃーぽっと
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第一章:第二話「二度寝は悪いことですか」

 



 ――チリンッ…———



「…うーん…」


 目に映るのは温かみを感じる木材の天井。頬を撫でるのは湿った風。適切な温度と服を着ている安心感に思わず「あと五分…」と言ってしまいそうになる。


「…そして、いわかんのさいらい…ふぁぁ…」


 今度は鈴の音だ。記憶喪失の次は出どころのわからない綺麗な「チリン」という音。相変わらず青年しかいない部屋に鳴り続けるそれはある意味ホラーだろう。音の発生源はこの部屋にないはずだからだ。


「けど、まぁ…予想はつくよね。」


 眠たげながらも今度こそその方向へ足を向ける。

 ベットから降りて真っすぐに見つめるのは一つしかない出入口。クローゼットとよく似た装飾が施されている扉。その先はおそらく別の部屋に続いているのだろうと青年は考えていた。


「しびれを切らした、とか?…案外耐え性のないかんじ?」


 二度寝は後悔していない。寝る前の記憶を失っていないことから、睡眠による記憶喪失もしくは削除ではないことが分かった。これから眠るときに色々準備しなくてよいのは良いことだ。ということは別の要因があるのだろう。少しの睡眠のおかげで頭の整理はできた。外は少し暗くなっているが、三時間ほどの仮眠になったのだろうか。

 …色々放棄したことも、まぁ多少は悪いと思ってる。


「…うるさくなってきたな。」


 しかしそれとこれとは別だ。青年は耳を覆っても聞こえてくる綺麗な音に若干イラつきながら扉に手をかける。重みを感じる扉を目一杯に押し込んだ。すると突然鳥肌が立つほど空気が変わった。





 ——————開いて見えた景色は、

 青年の感情をぐわんぐわんと揺さぶった。




「……は、」


 光の降り注ぐ天上の大図書館。もし表現するならば、そうとしか言えない光景がそこにあった。


 一組の机と椅子を囲んで天井いっぱいまで本や資料を詰められた棚。人ならざる者、美しい小人が徘徊する其処はもはや絵画に切り取られた一シーンが動き出したかのようだった。光を反射する細かな埃でさえその芸術的な一部に見え、それは足を踏み入れたいとは思えない、思わせない。

 空を舞う彼、彼女らは軽やかな笑い声の発しながら幸せそうに過ごしている。


「本当に…ここは何処で、僕は…誰なんだ…?」


 ここまでの蔵書数しかり、大切にされてきたと見てわかる書庫。美しくも愛らしい人外たちの生活。先ほどの部屋の窓から見える、木々に囲まれた場所とは思えぬほど平らな床に広すぎる土地は明らかにおかしいはずのものだ。

 …ふと青年に気づいて目を向ける小人がいることに気づいた。彼女はなぜか驚き瞳に涙を蓄えている。そして瞬く間にキラキラと光で形成する羽が生えた。不思議なこともあるのだなと、青年が眺めていると…震え、俯いた小人が青年めがけて有らん限りの速度を持って飛んできた。

 ―――とある言葉を叫んで。




「ひめさま!!!」




 先ほどのメモといい…記憶をなくし、起きてからもそんな扱いなのかと、心底自分に同情した。




 ——————————————————————————




「…で?弁明は。」


「ひめさま相変わらずですぅ…」


「反省はしていないようだね。」


 青年はいくら可愛らしい幼子だろうと、猛獣の如く突進してくる「何か」に危機感を持ち、理性を振りかざし拳を握った。

 痛い痛いとあまり痛くなさそうにたんこぶをこさえた頭を撫でる幼子は小さいながらも知性を感じさせる。足元へ向かうにつれ淡い色となる薄紅色のドレスをまとった小人は自身を「ヘイムシャン」と名乗った。


「反省なんて、とんでもない。ひめさまはひめさまなのですぅ間違えてないのですぅ。」


「…僕は男のようだけど。」


「性別の概念なんて私たちにはあってないようなものですしぃ。」


 むすっと青年をみつめるヘイムシャンは、人のようでいて、当然のように人間あるいは自身が知り得る生物ではないようだ。雌雄同体なのだろうか。


「…君たち何者?」


 聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず。一番興味を引く質問から青年は投げかけた。


「…こほん。それでは紹介させていただきまぁす。私たちは現象の子供である“精霊”と呼ばれた存在。そしてあなたの過去を知る、この森の管理人。」


「…」


 “精霊”と()()()()存在。誰に名付けられたのだろうかと密かに考える。あくまで過去にあった出来事だというような話し方は今より遠い昔を連想させた。


「…というのが間違いではないのですけど、愛するあの子に与えられた名は…過去の言葉で「導くもの」、“ヘイムシャン”。任された役目はひめさまの道の案内人ですぅ。」


「愛するあの子、ねぇ…?」


 愛するあの子と語る小人は青年を幸せそうに見つめる。正体不明の誰かが青年の記憶に刻まれた。それはきっと自身と関係する何者かなのだろうと当たりをつけてしばらく置いておくとしよう。

 そして過去の言葉で、というからには今彼女達は青年の言葉に合わせているのだろうかと思ったが、そもそもどれほど生きているのか過去とはどれほどの過去なのかとか、聞きたいことが頭のなかをまわりはじめてしまったため、いったん追及を諦めた。


 青年は「案内人」の意味に当たりをつける。おそらくは、と。


「…お察しの通り、ひめさまの歩む道にちょっとした囁きをもって介入するモノですぅ」


 つまりはお助け精霊。軽く考えて一番納得できるのはその肩書きだった。

 気になるところは多々あるが、青年は一応の納得を見せる。

 それに満足して、ヘイムシャンははふりと一息吐き「私の紹介はおわり。」と瞼を閉じた。さて、とふわふわ浮いている精霊は下へ目線を下げる。


「彼女達とも少しのあいだですが、仲良くしてあげてくださぁい。」


 その先にはヘイムシャンと同じくらいの背丈を持ちながら、個性の強い精霊達が集まっていた。…やいのやいのと知らぬ間に青年の足元で盛り上がっているものだから若干びっくりしたのだ。多少瞼が震える程度の変化に気づかれてクスクスと楽しそうに笑われてしまったが気を取り直して青年は質問を続ける。


「…質問。君たちも、僕の案内人?」


 出会えてうれしいというようにふわふわ幸せそうな様子に毒気を抜かれてしまう。それもあってか、青年の言葉に耳を傾けてくれる精霊達に緊張することなく質問をぶつけることにした。ヘイムシャン達精霊はおそらくどんな質問にも可能な限り答えてくれるだろう。そう思わせる朗らかな空気がそこには漂っていた。


「ふふ、私たちはただの管理人よ~。案内人はあのコだけ。」


「あぁでも、もう一人、特別なコがいたわね?ね?」


「…特別なコ…?」


 ヘイムシャンが「愛するあの子」から特別な役目を与えられているのは分かったが、そのほかにもう一人(?)役目を背負った精霊がいるようだ。


「えぇ。彼女の名は解説者“センテス”。」


「…ああ。なるほどね。」


「ヒトの疑問に対しては彼女が適切ねぇ」




 解説者“センテス”。ヘイムシャンがこれからの道を囁く者《案内人》だとしたら、きっとそのセンテスという精霊はこれまでの道、過去を教えてくれる《解説者》。


 疑問は多い。全てとは望まないが、ある程度の回答に問題なく答えてくれる者がいればありがたい。ここの精霊達は、答えることができてもその役目を担っているわけではないらしい。優しく線引きされてしまったのがいい証拠だ。悪意は欠片も感じない。青年が感じ取れるような経験をしていないだけかもしれないが、そこには間違いなく「あなたの力になるならば」と、そう伝える精霊たちもいるくらい協力的だったのだから。困らせるようなことはしたくないと思った。


 そしていくつか問答を繰り返し精霊達が落ち着いてきたころ、青年はヘイムシャンに聞いた。


「…ちなみにだけど、特別なコっていうのはどんな精霊…?」


「お寝坊さんですぅ。」


「…そう。」


「あと、」


「うん?」


「あなたの全てを知る者、ですぅ…」


「……そう。」




 寂しげに顔を伏せた案内人は、青年の名を呼んでくれないようだ。




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