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「おはよう」と言える日を。  作者: てぃーぽっと
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第一章:一話「起床」

 

 爽やかとは言い難い、湿気た風に目を覚ます。荒いガラスで出来た窓が半分ほど上へ上がっているのがベットの上に眠っていた青年から見えた。寝そべり、ぼうっと窓の外へと視線を向ける彼は、その人形のような整った幼い顔のせいか陶器の置物のようにすらみえる。枕に散った短い紺の艶やかな髪を窓枠の内から覗く光が穏やかに撫でた。


 重そうな瞼を何度か上げ下げする青年はなにを考えているかわからない無表情。それは大昔から変わらない。常に眠そうな顔で、真剣な時もそうでない時も相手を見つめる瞳にしか、変化が感じられなかった。

 しかし、それを知っているのはその場所に一人もいない。もちろん、青年を含めて。


「…ふしぎな、かんかくだ…」


 もはや起きているとは言い難いほど薄目で外を見つめる灰色と深い藍色は、生まれ持った青年特有の瞳だ。


「……なにも…わからないなぁ…」


 混乱している様子はない。しかし明らかにおかしいその状況に回らない頭で考える。


 青年が眠りから覚めたのはつい先ほどで、重い頭を柔らかい枕から上げたのは数秒前だ。温かい色合いの木材でできた部屋に一人ですやすや寝ていて、なぜか衣服を着ていない。脱ぎ散らかした記憶もなければ残骸も見当たらない。それどころか、青年は自分自身の名前すら憶えていなかった。解放感はあるのだが、このまま真っ裸で部屋を闊歩しようとは思わないのだから、最低限の常識は感覚が覚えているのだろう。それは青年が呟いた通りなんとも気持ちの悪い感覚だ。


 うーん…と唸って申し訳程度にシーツを体に巻き付ける。


「…歩けるかなぁ。」


 見るからにやせ細っているわけではないにしろ、男にしては少々細い。寝起きでぼんやりしているのもあるが、自分が一体どれほど眠っていたかわからない。栄養が足りていないのだろうかと考えた。体中がバキバキ悲鳴を上げているし、そうとう長く横になっていたのだろうと青年は当たりをつける。


「お。立てた。」


 バランス感覚と歩く分の筋力は申し分ないようだ。危なげなくぺたぺたと音を鳴らしながら向かいのクローゼットのもとへ向かった。

 この部屋は生活感がなく、アンティーク調の価値がありそうなクローゼットと青年の寝ていたベット以外にめぼしいものはない。ひとまず、自分がなぜこのような状況に置かれているのかを知りたかった。


「…」


 思考すること約五秒。ほぼ考えていないと言ってもいいほどに即行開けた。


 —―おはよう。眠り姫。———


「僕は男だよな…?ちゃんとついてるし。」


 クローゼットを開けた途端目に飛び込んできた紙。それは青年宛に書いたもので、メモのようなものだった。美しい文体で書かれたそれは読まれたすぐあとに握りつぶされたが。なぜかイラっとしたのだからしょうがない。これも記憶を失う前の人格が影響しているのだろうか。


「……裏にもなにか書いてあるな。失敗した。」


 そして後悔したような言葉と裏腹に、とても冷たい声が握られている紙におとされた。随分と贅沢な紙の使い方をしている。


「…」


 ―――男の子だけど。…君はこう呼ぶとすぐに怒るよね。———


「…僕の知り合いか。なんて厄介な。」


 正直、頭のおかしい知り合いになんとなく秘密にしたい弱みを握られている気分だった。微妙に居心地が悪い。しかし、青年の記憶喪失前の事を知っているような書き方に興味をそそられるのも嘘ではない。紙はもれなく二度目の皺に泣いていたが。


「はぁ…遊ばれている気がしてならない。」


 青年はクローゼットにかかっていた白いシャツにやわらかい素材のゆったりしたパンツ、そしてご丁寧に用意されていた下着も身に着けて考え込んだ。外套とブーツも用意されていたが、それらは今必要ないだろうと一先ずおいておくことにした。用意されていたこれらは何の意図があってか、少しサイズが大きい。嫌味だろうかと本気で思ったが、服はありがたいのでそのまま着用する。


「あとは…」


 残るはどこかに繋がる扉だけ。重厚感のある木製の扉は今か今かと青年を待ち構えているように見えた。今度は深く思考の海に沈んでいく。ここで判断を誤るつもりはなかった。

 粗方調べ終えたこの部屋から出るには、半開きで動かない窓では不十分。小柄でも一人の男がその窓から出ることはできなかった。メモの様子からして、差出人が危険な人物かそうでないかも曖昧だ。そしてこの先に自分を害する存在がいないとは限らない。


「けど、まぁ。」


 青年は、素直に筋書き通りを進むのは癪だと。その結論に達した。この状況が誰かに用意されたものだと思ったからだ。青年の体に傷一つなく、裸ではあったものの排せつ物や食べ物など一切なかった。そこまで長く放置されたわけではないのか、記憶を失う前に何らかの形で人間としての生活をしていなかったのか。どちらにしても、この穏やかな部屋の中で何が起こるとも考えずらい。もしかしたら世話をしてくれる存在がいたのかもしれない。

 然らば段々と強くなっている放置していた眠気を温かく受け入れても罰は当たらないだろうと、極端に言えば「とりあえず死ぬことはないだろう」と、一番選びたかった選択肢<二度寝>を選択して、無表情の美しい青年は鮮やかにベットへダイブした。






 面倒くさくなったとか、そんなんじゃない。



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