旅の始まり
アルカナと仲良くなるのに時間はかからなかった。と言うか自分が愛を持って手かげたキャラ故か、家族のような親しみがある。
アルカナ自身がどんな感情を芽生えさせているかは定かじゃないが。しかし、隣で無邪気に笑う彼女を見る限り、陸に対して悪印象はまだなさそうだ。
「おじさん、大丈夫??」
アルカナが心配したのは、灯りの元に辿り着いた頃。どうやら、行商人が使う馬車の肩車輪が外れてしまった為に立ち往生しているようだった。
アルカナの呼び掛けに一瞬表情が明るくなった気もしたが、二人を見てから再び諦めたかのような様子を浮かべる行商人。
「……いや。こればっかりはどうにもならない。ここで一晩越して、通り過ぎる誰かを待つしかない。しかし、魔獣が……」
「直せないってこと?」
「いや、馬車を置こす道具があったんだが……車輪が外れた衝撃で投げ出されてこのザマだよ」
指をさす先には真っ二つに折れてしまった油圧式ポンプがあった。
「商人さん、俺達が修理に協力したら今から向かう街まで一緒に連れていってもらうことは可能でしょうか?」
「直すって……さっきも言ったが道具が」
「馬車を傾ける事ができたらいいんですよね?」
商人はキョトンとした表情で頷く。
「アルカナ、出来るかい?」
陸にとってはこの状況が好機だった。地図もなければ、今の世界情勢も分からない現状で、商人と繋がりを持てるのは何としてでも成功させておきたい。
「お易い御用だよ!!」
「お易いって、お嬢ちゃん。この馬車はそんな軽くな──」
「ほいっ」
涼しげな顔で馬車を傾けるアルカナを見て、商人は目を見開き口をあんぐりとさせた。
「がっ……!?」
「じゃあ、商人さん。俺も手伝いますので修理をお願いします」
「お、おう」
役割分担をし馬車を修理する中ふと、陸は空を見上げた。広大な夜空に花開く燦然たる星々。平原を撫でる風が運ぶ大自然の匂い。
東京では感じる事の出来ない神秘的な空間を感じていた。きっと一人であればこんな想いにはなれなかっただろう。陸は欠伸ひとつしながら、片手で馬車を傾けるアルカナを見て感謝した。
「ふう。ありがとうよ、旅の方」
商人が額の汗を拭い安堵の顔を見せたのは、そこから三十分余りに過ぎた頃だった。
「それじゃあ」
「ああ。俺が行く街──レイデンでいいなら連れていくよ」
「お願いします!!」
肩の荷が降りたとはこの事をいうのだろう。陸はホッとした表情を浮かべながら頭を下げた。アルカナも隣で頭を下げる。
「で、兄ちゃんたちの名前は?オレはアイクってんだ」と、馬車に揺られてる陸達に商人が話をかけたのはしばらく走ってからのこと。
「俺は陸です」
「ボクはアルカナだよん!」
「リクにアルカナか。お前さん達はどっから来たんだ?」
「どっから……」
街の名前も知らない。
「あの、森を抜けて」
「……ッ!?おいおい、森ってまさかエイレインの森か?」
アイクは表情が想像出来てしまう程に驚いた声を上げる。
「ええ、まあ……そうなりますね」
「お前さん達は本当に運がいい」
「そうなんですか?」
「ああ。あそこにゃ黒い死神って異名を持つ化け物が居るんだ」
黒い死神──聞いただけでゾッとする話だ。アイクの驚き方を見るにとんでもない化物なのは間違いがない。出会わなくて本当によかった。
「お前さん達はギルド所属はして」
「ないですね」
この世界にもギルドと呼ばれるものが存在しているらしい。いい情報が聞けたと、陸は内心喜びと好奇心が入り交じっていた。
「そうか。オレもそこまで詳しくはないんだが……銀等級の連中が束になっても勝てなかったらしい」
銀等級、ギルドでの階級だろうか。だが銀等級を話題にするあたり階級では中々の上位に与するクラスで間違いないだろう。
しかし──そんな化け物が居る森・エイレインで無事だったのは本当に運がいい。
「でも、その正体は分からないんですか?」
「分からないさ。黒の悪魔ってのも、瀕死の状態で逃げてきた冒険者が死ぬ間際に言った言葉が広まったに過ぎない。黒い死神、文字通り出会してしまえば死んでしまうんだから」
「黒い死神……」
一体どんな化け物なのだろうか。陸は白紙だらけの赤い本を捲りながら想像をした。死神と呼ばれるぐらいだ。大鎌を持っているのか。あるいは死の宣告などを使うリッチとかなのだろうか。
「ああ。長生きしたいんだったら、もう二度とエイレインにゃ行かない事だな」
「分かりました。ご忠告ありがとうございます。因みに今から向かうレイデンって場所はどんな場所なんですか?」
「ん~領主・マルエル卿が治める小さい街さ。まあ、王様からは酷く嫌われてるみたいだがなぁ」
「そうなんですか?」
「俺は行商人だからよ。色んな街で色んな話を聞くんだが……まぁ、同情せざるを得ないものだ」
「もし良ければ聞かせてくれませんか?」
マルエルが誰かなのかも、情勢がどんな状況なのかも正直分からないし関係がない。ただ単の繋ぎとして聞いたに過ぎなかった。
だが、話を聞き終わった後の後味の悪さは凄まじい。元々奴隷だったマルエルは、奴隷制度撤廃派だった元領主・カサンドラの手によって引き取られた。
そして様々な作法や文学・武術を習い、文字通り文武両道となる訳だが──良しとしない過激派によりカサンドラは殺害。
「そんな事が……」
「ああ。本来であれば、大事件。洗い探した後、 犯人達は死罪のはずだった。だが、カサンドラのやろうとしていた事に対しての反対派は多かった」
「つまり出てこなかったって事ですか?」
「そう公表されてるが……」
茶を濁す言い方をするアイク。
「裏があるんですね」
「まあそこら辺は俺の口からは言えんな。だが、何故か領土の大半はマルエルが領主に就くと同時に国に譲渡となった。唯一残された土地が此処近辺であり、街はレイデンしかない」
「……」
何らかの大きな力──つまりは、王家が手を引いていた可能性もあると言うことを言いたいのだろうか。奴隷制度を良しとしないカサンドラへの報復。領土の返還。
本来、領主や騎士とは貴族がなるもの。貴族である人物が殺されたにもかかわらず、讃えるどころか規模を縮小。余りにも酷な話だ。
「まあ、行って目で確かめればいい。レイデンを見たら君達は驚く事間違いなしさ」