奇跡と呼ぶには
血管の至る部分が、皮膚の上からでもわかる程に赤く発光するアルカナの表情はとても困惑していた。
「体が……動かな、い?ボクになにをしたの!?」
──なるほど。やはり。
陸は一連の流れである程度の事を理解する。どうやら、この赤い本は自分が手掛けた小説の中に存在するもの達を呼び出せるもの。
そして、創作者である陸に傷をつける事が出来ない。加えて、強く言葉を放てば相手の意思に関係なく命令が出来るようだ。
「それは、俺が君達を創ったからだよ。そして今からその奇跡を君に魅せよう」
確固たる自信は語気を強めるのには十分事足りていた。陸のくすんだ黒い瞳には、自分が今から行う事。つまりは、無意識ではなく意識をして召喚すると言う興奮と期待が宿っていた。
「奇跡、だって??」
陸は短く頷くと、赤い本を開いた。開いた方がそれっぽいし、なんかかっこいいから。そして、足を肩幅程度に開き、大きく深呼吸をする。
彼の地にて──嘗て、英雄として。英雄になる為に産み落とし、最強になるべくして鍛え上げた男。
ありとあらゆる逆境を跳ね除け、力に変え。多勢に好かれずとも、理解されずともおのが信念を貫き通した男。
「顕現せよ──」
「何をする気なの!?」
高らかに陸は吼える。
「源義経!!」
「ッ!?」
静寂を嫌う強い風が吹き付ける中、陸はもう一度名を呼ぶ。
「義経!!来い!義経!」
「…………」
「よし──」
「いいよ、もう。君は何者なんだよ……恥ずかしいからやめてくれよ」
「まだだ!!」
ここで諦めたら恥ずかしいだけ。脳内で考察した自分の能力すらただの妄想になってしまう。
寧ろ、哀れむ視線を当てられては引くに引けない。
「義経!!よし……ッ?……ッ?」
「ちょっと!!」
立っていた陸は力が抜けるように崩れ落ち、同時に襲う腕の激しい痛み。太い針を何度も何度も繰り返し刺されるような激痛に、呼吸の仕方を忘れパニックに陥った。
涎を口の端から垂らし、肩は不規則に上下へ動き視界は霞む。
「ガッ……な、なんだよこの痛み……くっそ……訳が分からない……いてぇ……ッ!!」
余りの痛みに意識は朦朧とし始める。
「ね、ねぇ!どうしたのさ!?」
アルカナの焦った声を最後に陸の意識は闇に沈む。