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三話 誤解

 レイラを連れてトリロスを出てから一週間が経過した。

 トリロスだけでなく近隣の国も危険な為、通りがかりの商人に聞いたトリロスから少し遠くのドルシャン王国へと向かっていた。

 ついでにその商人にレイラの着ていた物と物々交換で、旅に出る為の平民が好む安い装備一式とひと月分の食料を得て、レイラにそれを着せる事もできた。顔が良過ぎるのと目立つ金髪で、どこにでもある安い服ですら似合って見えるのだから、美形は得をするものだ。

 なぜそんな事をしたかというと、明らかに「私王族ですが?」という服装のままでいると、当然悪いものを引きつける。面倒な極力減らす方が良い。

 また、レイラの履いていた靴は自分で歩き回る事をあまり考慮していない、ただ派手なだけの代物だった。

 この旅は当然徒歩だ。レイラは最初こそ物凄く反対していたが、俺が懇切丁寧にその衣服で盗賊に狙われても一切助けない、その靴で足が使いものにならなくなっても引きずってでも旅をさせて魔物の餌にする、と教え説いた所、号泣しながら旅着に着替えてくれた。

 それとレイラには聞かれないよう商人に、「この衣服一式はトリロスのマリア様に売ってくれ。ルドーの名前を出せば、高く買ってくれる筈だ」と伝えた。商人は意味が分からないと言うような表情だったが、無理を聞いてくれた礼にと、「魔法について詳しい人間に見せれば、目の色変えて欲しがるだろう代物だ」とオマケのとある葉を渡すと、とりあえず了承してくれた。

 わざわざそんな事を頼む必要も無かったが……マリアの服は母親から貰った大切なものだと言っていた。そしてレイラは何故か頑なに自分の服を手放すのを嫌がり、最後には泣きながらようやく受け入れる程だった。レイラが拒む理由を言うのを嫌がったので無理に聞きはしなかったが、俺の勘が正しければそういう事だろう。

 そんな訳で後顧の憂い断つ事も出来て、俺達はようやく旅を開始したのだが、それからも長かった。最初は足が痛いだの馬車を用意しろだのと喧しかったレイラも、二日目には黙って俺の後ろを死にそうな表情で着いてくるようになった。騒げば騒ぐだけ自分が辛くなるということは学べたらしい。

 そしてそれから一週間、野宿し朝早くに起きて歩き、暗くなる前に野宿の準備をする、と言う事を繰り返してきた。

 レイラは基本的な運動能力と体力があまりにも低過ぎた。俺一人であれば二日もかからずに移動出来た距離を、一週間かけているのが現在の状況だ。とにかく身体が鈍りきっていて、行き過ぎた運動不足だった。

 本当は初日から戦い方を教え、二日目には自給自足をさせる予定だったが、どう甘く見積もっても無理だと判断し、まずは体力作りを繰り返している。

 俺の作った料理にこっそり回復促進の魔法をかけているから、普通の倍以上の早さで身体を鍛えられる筈なのに、レイラは未だに芽が出ない。無理に掘り起こす訳にもいかないとなると、前途多難としか言えない現実だ。


「…………」

「ひぃ……ふぅ……も……む、り……」


 幸いなことに、俺は多難な程燃える性格だった。つくづく自分に辟易する。

 たまにすれ違う奴らは不審そうに俺達を見はするが、見ぬフリをして通り過ぎていく。

 しかし、今日は違った。


「おい貴様」

「…………なんだ?」


 背後から肩を掴まれ、俺は歩みを止めて振り向く。

 俺の肩を掴んでいたのは、軽そうな鎧と篭手にチェインメイルという騎士というにはやや軽装、ただの冒険者というには少し装備が重すぎる、その中間くらいの装備を身に着けている、短い青髪の中性的な顔立ちをした男だった。

 妙に怒気を孕んでいる顔に、俺はため息をつく。

 黙って素通りすれば良いものを……無駄に正義感を持ってる奴に絡まれるのは面倒この上ない。


「冒険者か?」

「そう見えるんならそうなんじゃないか?」

「……お前はそう見えるが、そっちの子は全くそうには見えないな」

「ならそうじゃないんだろうな」


 俺の発言が癇に障ったのか、目を細めて俺を睨みつけてきた。


「用がないなら先を急ぐが」

「用ならあるさ。お前がいたいけな少女を無理やり連れ回してる悪漢のようにしか見えんと言っている」

「なら最初からそう言えよ、回りくどい。で、俺がその悪漢だったとして、お前はどうするんだ?」

「それであるなら、少女を助けるさ」

「俺がその悪漢じゃなかったらどうするんだ?」

「……その時は謝罪するが……」

「で、お前はそれをどうやって見極めるんだ?」

「…………ねぇ君、この男とはどういう関係?」


 そう問われた疲労困憊のレイラは、俺とそいつの顔で視線を往復させ……。

 ピキィン!

 音が周囲に響き渡り、青髪は反射的に距離を取る。レイラにかけていた呪いが作動したようだ。 


「お前……まだ懲りてないのか?」

「い、今の、呪い……?」

「言っただろ、お前が悪巧みしても筒抜けだって。この音は俺まで届くようになってるからな」

「う、ぐ……」

「そしてお仕置きも決定だ。本当はもう少し段階的に鍛えてやろうと思ったが、お前に反省の色がまるで見えないなら、もっと厳しくしてやらないとな?」

「だ、だってだって! 今ほんのちょっとだけそう考えたけど、でもでも、まだそうしようと思った訳じゃないし! あ、あんたの呪いが強過ぎるのよ!」

「一応言っておくが、その呪いは頭で悪事を考えたり思いついたら反応するものじゃない。お前がその悪事を実行に移そうとした時に反応するものだ」

「………………ぴぃ……ゆるしてください……」


 レイラは地面に頭をつけ、許しを請うてきた。少なくともプライドは薄れてきているらしい。トリロスを出る前までからは考えられないほどの変化に俺は満足して頷く。

 しかしながら、よく考えるとその光景を端から見れば、美少女に土下座させて満足気に頷いている、正真正銘の悪漢にしか見えないだろう訳で。


「正体を現したな!」


 そう言って剣を抜く青髪に、俺は自分の額に手をやった。

 ここに来てから大分緩くなっているというか、感覚が鈍っているというか……。

 いや、そもそも俺はそんなに悪漢に見えるか? これでも昔はどこに行っても勇者様と迎えられて来たが。

 と額にやってた手を顎まで降ろしてからようやくそれに気が付いた。邪魔にならない程度に雑に切られた髭、数年間着込んですっかり古びてヨレた服。そんな容姿の奴の後ろを普通の服を着た金髪の目立つ美少女が、身体を引きずるように歩いているとなれば、相対的に見て悪漢が連れ回してるように見えてしまうだろう。

 元の世界の怠惰な日々が、俺をどうしようもない駄目人間にしていたようだ……。


「あー……おい、青髪の」

「我が名はシャロ! 既に貴族としての名は捨てた身なれど、悪を許すような名折れは出来ん!」

「じゃあシャロ。お前は勘違いを」

「気安く名を呼ぶな! 問答無用!」


 ダッと素早く踏み込んでくるのを見て、俺は小さく唸った。

 よく鍛錬しているのが分かる身のこなしだ。踏み込みも挙動を見られないように最小限にし、速度も上々。

 俺は寸前で剣を回避したが、剣の振りも素早く正確、最小限の動きで俺の右肩を狙ってきていた。

 最近レイラのどうしようもなさにばかり触れていたせいで、軽く感動を覚えてしまう。


「なっ!?」


 シャロは剣を避けられたのが意外だった様子だ。無理もない、そのあたりのゴロツキどころか、訓練をしている兵士でも今の不意打ちは回避不能の必殺の一撃だったろう。

 シャロは攻撃を避けられてすぐに二の矢を放つのではなく、一旦距離を取った。慎重なのは良いことだ。恐らく今ので俺が格上の存在だと理解したのかもしれない。

 そして俺は少しだけ、こいつを試してみたくなってしまった。


「"精霊よ、我が剣をここへ"」


 何もない空間に一瞬で俺の愛剣が現れる。愛剣とは言うが、目にするのは一年ぶりになる。

 俺は剣を右手に取り、感触を確認した。少しだけ、剣からの愛着が薄れているのを感じた。ずっと放置していたからか、拗ねてしまっているようだ。左手で剣身を撫でてやる。

 シャロは剣が突然現れた光景に理解が追いついていないようで呆然としていた。


「少しだけ付き合ってやる。それで何かを感じ取れたなら、お前は更に強くなるぜ」

「なに……?」

「どこからでも打ち込んでこい。魔法が使えるならそれも使え」

「貴様ッ!」


 俺の挑発に乗るように、少しだけ姿勢を下げた。そして再び急加速、俺は応じるように剣を正面に構える。剣同士がぶつかり合う衝撃に備えて足に力を入れようとした時の事だった。

 ピタリと動きを止め、剣を突き出して来た。俺は剣を外側に振り払って剣先を逸らす。

 シャロはその動きを待っていったとばかりに、瞬間的に手の力を抜いて俺の剣身の上を滑らせるように剣を動かして内側に入れ、俺の剣を更に外に弾きながら、正面をガラ空きにされた俺の懐に一気に潜り込んだ。なるほど、格上殺しの術は知っているか。

 そしてその勢いのまま振り抜こうとしたシャロの剣を、俺は即座に右の肘と膝で挟み込んで受け止めた。


「なっ!?」


 勢いがついていた所に突然剣が固定された事で、シャロはバランスを崩して剣を手放し地面を転がってしまう。

 見下ろす俺を見るシャロの瞳には、若干の恐怖の色が混ざっていた。

 俺は左手でシャロの剣を取り、シャロの目の前に投げ捨てた。


「狙いは良かったな。俺でなけりゃ今のでナメてる奴なら殺せてた」

「……オレの事をナメてると思ってたんだがな」

「そう思わせてたなら悪かった。それだけの差があったからこそだが、もう少し上手くやるべきだったか? まぁ良い。もう一度だ、来い」

「くっ」

「どうした? 魔法は使えるんだろう? 出し惜しみしてる場合か? 俺が本物の悪漢から、このあとあのガキがどうなる? いやもう本物の悪漢って事にしようか。お前が負けたら、このあとあのガキが酷い目にあうぜ?」


 親指でレイラを指すとレイラは何かを喚き出したが、未だに息も絶え絶えのせいでここまで届いて来ない。

 シャロは剣を取りこそしたが、躊躇うように動かない。

 俺は剣を下げる。


「やる気がないならこれで終わりだ。とっとと去れ」

「……う……く……」

「お前が誰でどこから来て何をしてきて何がしたいのか、そんなもの俺には関係ない事だ。自分の剣を誇りたいだけなら技術が足りず、誰にも負けたくないなら強さが足りず、力無き者に寄り添いたいなら覚悟が足りない。技術はいい線行っていたがまだ足りない。精々腕を磨くんだな」


 そう言って俺はシャロに背中を向ける。……昔師匠にやられた手だが、乗ってくるだろうか?


『お前は足りないものだらけだ。強くなりたいなら技術が足りず、英雄になりたいなら知恵が足りず、誰かを守りたいなら気遣いが足りず、俺に教えを請いたいなら誠意が足りない。俺はお前の親じゃねぇ、金で鍛えてやってるだけだ。やる気がないならとっとと失せろ』

『っの野郎……ブチのめしてやる……!』

『クックック……そうだ、その目だ。色々足りないものを上げてやったが、お前に一番足りないのはやる気だ。正直、今のお前ですら俺は恐怖を感じているよ。まだクソガキの癖に、どれだけの戦場を生き抜いて来たんだか……だが、それに胡座をかいてるから俺如きに遅れを取ったんだ。見せてみろよ、お前がなりたい自分になるためのやる気を!』


 共にいたのは一年くらいだが、師匠との生活は確かに、俺を魔王討伐の勇者にする第一歩だったと思っている。色々と恨みもあったが、卒業試験で半分くらいは返せたし……むしろ感謝すべき事ばかりだが……。

 俺が過去の思い出に耽っていると、背後から声をかけられた。


「待て……」

「……ああ、その目か。そうか……そんな目をしてたのか、俺は」


 身体の芯が熱くなるのを感じる。

 まったく……この世界に来てから意外な事の連続だな……。

 まさかこの俺が、後進を育てたくなる日が来るなんてな。


「呼び止めたんだ、相応のものは見せてくれよ?」

「覚悟しろよ。オレはこんなもの、使いたくなかったんだ。お前が使わせるんだからな……」

「持てるもの全てを持って望む、それが冒険者だ」

「オレは冒険者じゃない……」

「なら騎士か?」

「騎士なんか死んでもゴメンだ! オレはシャロ! 力無き者の盾となる、未来の英雄だ! スピード・シフト!」


 シャロの姿が消えた。気配すらも感じない。

 こんな隠し玉を持っているとは……流石に驚かされた。

 さて、どう受ける? 流石に気配も感じないとなると、対応手段ならいくらもあるが、綺麗に受けるのは諦めざるを得ない。

 そうして全神経を集中させて奇襲に備えていたが、いつまで経ってもシャロからの一撃が来なかった。

 そして俺はハッとしてレイラの姿を探した。先程まで倒れていたレイラがいなくなっていた。


「……してやられたな。くく……はは!」


 それはそうだ、シャロの目的は俺を打倒する事じゃない、悪漢から美少女を守る事だった。

 勝って終われるならそれでもいいが、正面からは勝てなくてもレイラさえ救助できれば勝利した事になる訳だ。

 ああ、こんな風に負けるのは初めての事だ……。相手を試そうとする俺の慢心を突かれた。

 呪いがあるから逃がす事はないが、しばらくは負けを噛み締めて……ん? レイラにかけた500m以上離れられない呪いに引っかかった? もうそんな距離まで……大したものだ。

 しばらくのんびりしようかという気分になったが仕方ない、回収しに行くか。

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