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二話 脱獄

「さっさと歩け!」

「いたっ! 乱暴にしないでよ!?」


 言い争う声が廊下を響いてこちらまで伝わってくる。

 そしてガチャリ、と鍵が開けられて扉が開き、複数人の男女が雪崩込むように室内に入って来るのが鉄格子越しに確認できた。


「マリア様!」

「……え? ローガン?」


 騎士のような装備を身に着けた赤い長髪の男が、片膝をついた。マリア様、か……想定と違う状況に進んで行っているようだ。

 事の成り行き次第では、俺が何かする必要も無くなりそうだな。


「どうしてここが……」

「ハッ! このローガン、マリア様の死の原因を究明すべく調査していた所、不覚にもモンスターに襲われ、この者達に窮地を救われまして……」


 ローガンは背後を向き、そこにいた男女三人は急に話を振られてそれぞれ返答する。


「ど、どうも、リョウと言います」と頭を下げる冒険者風装備の黒髪の青年。

「マリア様、初めまして。聖浄教会の神官、リアランです」と探るように頭を下げたのは大きなメイスを持つ、清廉な衣装に身を包んだ少女。

「……私はアーミヤ・バルトルンガ。初めまして、マリア様」と何故か警戒するような視線をマリアに向ける、魔女風の服装の少女。


 それぞれが挨拶を終えると、ローガンが興奮したように話を続ける。


「この者たちの協力により、マリア様がまだ生存している事、そしてマリア様を謀殺しようとした黒幕が第三王女のレイラ様である事を突き止めました! 既にレイラ様の近衛は制圧し、王女にも報告を終えております!」

「そうでしたか……ありがとう、ローガン」

「いえ! 私共が未熟なあまりに、これほど長い間お待たせしてしまい……謝罪の言葉もありません!」


 ローガンは勢いよく地面に額を擦りつける。

 それを止めようとしたマリアだが、手に鎖が着けられているので動けない。


「ローガン、私は大丈夫です。まずは、この鎖を外してください」

「これは失礼を! すぐにお外しします!」


 ローガンは慌てて立ち上がり、扉の鍵を開けようとする。

 その途中、牢屋内を見回して呟いた。


「それにしてもなんというか、清掃が行き届いた牢ですな。最低限の礼儀は払っていたか。マリア様も元気そうで本当に良かった」

「は?」


 ローガンの呟きに、いつの間にかリョウに拘束されているレイラが反応する。

 レイラも牢屋を見渡し、そしてマリアを見てギョッとした。


「あ、あんた、なんで!? その服は私が破いたのに! 食べ物も死なない程度にって言ったのに! それにこの牢屋、なんでこんなに綺麗なのよ!? 誰が裏切ったの!?」


 余計な事をベラベラと喋る奴だ……愚かと言われるだけの事はある。

 そしてローガンが牢の扉を開き、中に踏み込もうとしたその時。


「止まって!」


 ローガンを制止する声を上げた。ローガンは驚きながらもすぐに歩みを止める。声の主は魔女風の女、アーミヤだった。

 アーミヤは俺の隠れている方を睨みつけ、腰の杖を素早く抜いた。


「……ファイア・ランス!」

「"炎よ"」


 炎の槍を眼前に迫り、反射的に俺の炎で打ち消す。俺の隠密を見破るとは、かなり高位の魔法使いのようだ。

 しかしなんだ、ファイア・ランス? 名前という条件を付けて、すぐに魔法を使えるようにしている? 覚えるのが面倒だが、イメージはしやすいか。

 それは後で考えよう。俺は隠密魔法を解いて飛び出し、鎖を砕いてマリアを人質にするように首に腕を回した。

 小声でマリアに「計画変更だ、合わせろ」と耳打ちする。

 突然現れた俺に全員が顔色を変え、ローガンは腰の剣に手を伸ばした。


「マリア様!」

「俺の隠密をよく見破ったな?」

「貴様、何者だ!?」

「この女を監視する依頼を受けたただの雇われだよ。さてと……お前ら、武器を捨てな。こいつを殺されたくなければ、レイラ様を離してもらおうか?」

「良くやったわ! 貴方は私の親衛隊の隊長に任命してあげる! さぁ、早く私を助けなさい!」


 すぐに現状を察したレイラが、何故か嬉しそうに勝ち誇っている。こいつ状況が見えてないのか? 仮に今レイラが殺されたとしても、俺がここを逃げる為にはマリアを殺す訳にはいかない。俺がレイラの事を心から信奉していて、レイラが殺された瞬間に自分の命も省みずマリアを殺すなら良いが、自分にそれだけの価値があると思っているのだろうか? 王女であるという事も、同じ王女を死を偽装した上で監禁していた事実の前には、何の意味も為さないだろう。今一番この場で命が軽いのが自分である事に思い至ってないのは、上に立つものの資格なしと言うほかない。

 しかしこの脅しが効いたのか、ローガンは剣から手を離して手を上げ、リョウもアッサリとレイラの拘束を解いた。


「私の事はどうなっても構いません! 既に私は死んだも同然、貴方達の足枷にはなりたくない!」とマリアが妙に熱の入った演技(なのか?)で言う。

「マリア様! そのような事を言わせるために、我らは助けに来た訳ではありません!」とローガンが言い返し、腰の剣を地面に放り投げた。

 ん……? 妙な魔力の反応を感じた。リョウからだ。俺に何かしら呪いでもかけようとしたのだろうか? 即座に対抗魔法で俺に届く前に魔法効果を消滅させる。

 リョウは目を見開いていた。魔法の解析……をしてる暇は無いか。魔力の流れから、こちらの情報を探る為のものである程度の事しか分からなかった。

 俺はリョウを見て鼻を鳴らす。


「妙な真似をするんじゃないぞ? お前ら全員端に寄りな。牢の奥にだ」


 俺の指示に従い、全員が通路の反対側の壁に移動する。


「安心しろよ。計画が破綻した以上、俺だって王族殺しの汚名は着たくない。黙って従えばこの女は解放してやるさ」

「何言ってんのよ!? こいつは今ここでどうにかしないと、私が女王になれないじゃない!」


 まだどうにかなると思ってるのか!?

 ……落ち着け俺。マリアの言葉以上に愚か過ぎて思わず動揺してしまったが、子供の戯言だと思えば良い。

 俺は努めて平静を装った。


「レイラ様ぁ、今ここでマリアをどうにかしても、次の瞬間にはそこで大人しくしてる奴らが一斉に襲いかかってくるんだぜ? もしかして命を賭してでも女王になりたいと?」

「ぐっ」


 一旦レイラを黙らせて、俺はソッと一枚の葉をマリアの手に握らせ、再度マリアに耳打ちをした。


「通路まで行ったら拘束を解く」

「…………」


 小さく頷くマリアを見て、俺は牢屋から外に出る。

 レイラは俺の背後に回って隠れた。


「滅多な事はするんじゃねぇぞお前ら! そのままだ!」


 じり、じり、とゆっくり通路に向かい、出口に辿り着いた所でマリアへ最後の耳打ちをした。


「手に握らせた葉をお湯に溶かして母親に飲ませろ、病気が治るかもしれない。それと、俺の事は忘れろ」


 出口に向かう通路まで辿り着き、そして俺はローガン達の方へマリアを突き飛ばした。

 すぐにレイラの背を押して走る。


「あばよ!」

「マリア! この恨みは絶対に忘れないわ!」


 すぐに後ろから後を追うざわめきが聞こえてくるが、ここまで笑える茶番を演じておいて捕まるのも面白くない。


「"土よ、背後に脆く崩れやすい壁を"」


 すぐに土の壁が現れる。


「"土よ、背後に魔法以外では容易く崩れない壁を"」


 もう一つ壁を出して、俺達は容易く地下牢から逃げる事が出来た。

 出たは良いが、外に出る方法を俺は知らない。

 愚かだが流石に分かるだろう、と俺はレイラを頼る事にした。


「レイラ様、外への道を教えてくれ」

「は? そんな事私が知る訳ないじゃない」


 こいつを頼ろうと考えた俺が全面的に悪かった。

 仕方ない……。


「"精霊よ、徒歩で外に出る最短の道を示せ"」


 足元道が白くなって伸びていく。

 それに驚くレイラを無視してその華奢な体を持ち上げ、俺は白い道を駆け抜ける。

 階段を上り、扉を開けると薄暗い道に出て、そこを更に進んで行くと鉄の扉が現れた。案の定と言うか、厳重な鍵がかけられている。


「"精霊よ、鍵を開けろ"」


 ガチャ! カチャ、カチャ……ガチャン!

 四回音がなり、厳重な扉をいとも簡単に開け放つ。

 そして更に進んで扉を開けると、そこは大広間だった。傷ついて倒れたり、捕縛されている騎士や兵士がそこかしこにいる。


「レイラだ!」

「誰だあいつは!?」

「レイラ様! お逃げください!」

「捕まえろ!」


 怒号が一斉に俺達へ降り注ぐ。

 ここまでの大騒動になっているとは……。

 正直ここでレイラを手放して俺一人で逃げたい衝動に駆られたが、それよりも全く別の構想が俺の中にあった。


「"光よ、周囲の人間の視界を数分塞げ"」


 光がカッ! と一瞬放たれ、騎士と兵士が一斉に地面に倒れ込んだ。視界を奪われて混乱しているのだろう。

 倒れた奴らの間を縫うように進み、一気に城外へと出てこれた。


「す、凄い……こんなに簡単に脱出するなんて……」

「俺一人ならもっと楽だったけどな」

「貴方がいれば100人力よ! 見てなさいマリア……必ず私が女王になってやる……」

「いや、それはない」

「え?」

「"精霊よ、この者に俺と500m以上離れられない呪いを"。"精霊よ、今後この者の悪意を俺に告げよ"。"精霊よ、この者の居所を常に監視せよ"」


 一気に三つ、呪いをレイラに付与する。

 レイラは自分に何が起こったのか分からないようだが、嫌な魔力を感じる事は出来たようだ。


「な、何をしたのよ!?」

「一つ、お前は俺から逃げられない。二つ、お前が悪巧みをしても俺に筒抜け。三つ、お前がどこに居ても俺に位置がバレる」

「は、はぁ!? どういうこと!?」

「俺がお前の仲間だとでも思ってんのか? どっちかと言うと俺はマリアの味方だ」

「なによそれ!?」

「最初はお前をブチのめしてマリアを助けるつもりだったが、お前を見てその腐った性根を叩きのめしたくなった」

「わ、私を馬鹿にしてるの!?」

「黙れ。お前はこれから俺が叩き直す。どうせ異世界に来てやる事も無いんだ、暇潰しには丁度いい」


 そう、牢屋での一連の出来事で俺には一つの確信があった。ここは今まで俺が生きてきた世界ではない。

 俺は世界中をくまなく冒険した事がある。その俺に知らない名前の国なんてものがある筈が無いのだ。

 更にもう一つ。あの魔女の魔法、あれは俺の世界には無かったものだ。俺の世界ではわざわざ魔法に名などつけない。イメージを具現化して使うのだ。名前でイメージをつけ、それを行使するなんて魔法は見た事も聞いたこともない。

 極めつけに、マリアが【ルドー】の名を知らなかった。そんな事は俺の知ってる世界じゃありえない。


「久々に楽しませて貰った礼だ。俺がお前を一人前の人間にしてやる。ありがたく思えよ、魔王を倒した大勇者・ルドーの教えなんて、喉から手が出るほど欲しがる奴らもいるんだからな」


 そうだ、俺の冒険はいつも楽しいものだった。魔物を倒し、悪を裁き、人々から賞賛される……それを心から喜ぶだけの単純なものだったんだ。

 いつからかそれが義務になり、使命にされ、ただ危険地帯に踏み込んで行くだけの英雄譚に成り下がっていた。

 挙げ句の果てに、魔王なき平和な世を人間の醜い欲望でブチ壊され、俺すらも戦争の道具にしようとした。

 全てのしがらみから解放された今、俺はただの冒険者になろう。この世界をひたすら堪能してやる。

 その第一歩が、この無駄に顔が良いだけの馬鹿の矯正だ。


「ふ……ふざけるな!! なによそれ!? そんなのお断りだわ!!!」

「別に断っても良いが……。その場合、俺はマリアと女王の前にお前を突き出すぞ?」

「へ?」

「当然だろ。俺の愉快な楽しみの為だけに、お前というロクデナシをここまで連れて来たんだ。これからのお楽しみがご破算になるっていうなら、せめて善行を為す。それが勇者の務めだ」

「…………」

「ああ、逃げようとは考えない方がいい。さっきお前にかけた呪いでどこにいるかはすぐに分かるし、そんなに遠くには行けないだろうが……まぁお前みたいな見てくれだけ良い奴は、攫われて売り飛ばされるか。無価値のお前に価値を持たせてくれるってんだから、それも許容か?」

「…………」

「ついでに、衛兵共の助けは期待しない方が良い。間もなく女王に話が伝わり、お前と俺はお尋ね者になるだろうよ。国内にお前の味方はいない。そして俺は現状敵でも味方でもない。少なくとも俺といれば、安全に国外に逃げることはできるだろうけどな」

「…………」

「あーあ、可哀想になぁ……計画が上手くいって最高の気分だったのに、全部無駄になった上に絞首刑か、はたまた斬首刑か……なぁ、この国はどっちなんだ? ああ、更に酷い所だと、鬱憤の溜まった平民の為に、猿ぐつわを噛まされて矢だとか魔法だとかの的にされてた所もあったか」

「…………………………」


 レイラは大粒の汗と共に、たっぷりと時間をかけて考えこむ。

 その愚かな頭でもようやく今の立場を理解出来たのか、俺にすがりついてか細い声をあげた。


「……た、助けてください……何でもしますから、命だけは……」

「上等だ。だが助ける気はない、これからはお前が自分の身だけで生きていくんだ。せめて勇者の情けとして多少の介護くらいはしてやるよ」

「う……く…………」

「黙って静かにしてりゃ、死ぬまで贅沢して生きていけたのになぁ。だが安心しろ、救いようがなければ無いほど、俺は厳しくなれるから。数年後には多少マシな人間になれてるだろうさ」


 震えて涙を零すレイラを見て、一瞬やり過ぎたかとも思ったが、こういうタイプはこれくらいじゃ明日には忘れてたりする。

 自分の行動の責任を取る恐怖を身体にしっかり教えこむくらいが丁度いいんだ。

 俺はトリロスの城を振り返り、先程会ったばかりの女を想った。

 精々正しく優しい女王になれよ、マリア。じゃあな。

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