親友に婚約者を盗られましたけど、幸せになれました。でも、モヤっとする。
マリー・アーテル伯爵令嬢は、とても憂鬱だった。
先日、ハロルド・ミディ公爵令息と婚約したのだが、その令息との付き合いがとても疲れるのだ。
この王国では、ハンカチに刺繍をし、好きな男性にプレゼントするのが流行っている。
だから、マリーもハロルドに刺繍をしたハンカチをプレゼントすることにした。
ブルーの美しい花を一生懸命5日かけて刺繍し、ハロルドとの交流の茶会の時に手渡した。
「これを私に?嬉しいな。有難う。」
美しいとても綺麗な顔のハロルドは、笑顔でこのハンカチを受け取ってくれた。
「喜んで下さって嬉しいですわ」
その時はとても幸せだったのだが、数日後。
見事な赤い薔薇の刺繡を施したハンカチをハロルドからプレゼントされたのだ。
「三日三晩、君の事を考えて刺繍したんだ。受け取ってくれないか」
「有難うございます」
馬車でわざわざマリーの家まで寄って届けてくれたのだ。
自分の為に刺繍をしてくれた。自分があげたハンカチの刺繍よりはるかによくできた薔薇の刺繍入りハンカチ。
何だか複雑な気持ちになった。
喜ばなくてはいけない。喜ばなくてはいけないのだけれども……
でも……
マリーはお菓子作りも好きな令嬢だった。
彼の為にケーキを焼いた。
色々な果物を入れたフルーツケーキだ。
ハロルドとの茶会で、フルーツケーキを出した。
「わたくしが作ったフルーツケーキですの。食べて下さいな」
「君が作ってくれたなんて嬉しいな。頂くよ」
ハロルドが食べる様子をドキドキして見守る。
まずいって言われたらどうしよう。味には自信はあるんだけどな……
ハロルドはにこやかに、
「とても美味しいケーキだ。有難う」
「喜んで下さって嬉しいわ」
しかし、次の茶会で。ハロルドが。
「私の作ったケーキだ。食べてみてくれないか」
ふんだんなクリームを使った上にこれでもかと色とりどりのフルーツが載せられているケーキ。
とても美味しそう。美味しそうなのだが……
実際、食べて美味しかった。自分が作ったフルーツケーキよりずっと……
「とても美味しいですわ。ハロルド様」
「それは良かった。君が喜んでくれて嬉しいよ」
何だかとても複雑な気分になった。
彼が自分の為にケーキを作ってきてくれた事は嬉しいけれども。
前に自分が作ったフルーツケーキより豪華で美味しくて。
とても悲しくなった。
マリーが一生懸命、冬に向けて編んだマフラーをプレゼントしたら、それ以上、美しく編まれたマフラーを貰ったり、ハロルドが喜ぶだろうと、流行りの観劇のチケットを手に入れて、彼を誘って楽しめば、次はなかなかチケットが取れない一流の劇団のボックス席に招待されたりと。
マリーはとても疲れてしまった。
その愚痴を親友のミレーシア・コルティス伯爵令嬢に愚痴った。
幼い頃からの友人で、マリーの家、アーテル伯爵家もそれなりに金持ちだが、
ミレーシアのコルティス伯爵家は大金持ちだ。
マリーは庭で透明のガラスのカップに入れた冷たい紅茶を飲みながら、
「ハロルド様はとても良い方なの。でも、何だかお付き合いに疲れてしまって」
ミレーシアは眉を寄せて、
「どういうところに疲れたと言うの?」
「プレゼントが、わたくしのより上の物を返してくるのよ。わたくしが差し上げた刺繍入りのハンカチもマフラーも、手作りのケーキも、観劇も何もかも、すぐにわたくしより上の物をプレゼントしてくるの。何だか疲れない?」
「そうねぇ…」
ミレーシアは優雅な手つきで紅茶を飲んで一言。
「マリーは我儘だわ」
マリーは頭に来た。
「なんでわたくしが我儘だと言うの?」
「貴方の為を思ってプレゼントしてくれるのでしょう?」
「でも、わたくし自身を否定されているようで」
「貴方と彼はどうして婚約したの?」
「それは家と家の政略で」
「覚悟が足りないわね。そんなことで愚痴を言うなんて」
そして、ミレーシアは言ったのだ。
「だったら、ハロルド様をわたくしに頂戴」
マリーは更に頭に来た。
「ハロルド様はわたくしの婚約者よ。家と家の政略で婚約したのよ」
「だったら、もっとよい政略相手を我がコルティス伯爵家が紹介すればいいんじゃなくて」
「嫌よ。盗られるのは嫌」
自分の婚約者のハロルドを盗られるのは嫌……愚痴を言いたくなる相手でも、ハロルド様は金持ちだし、とても美しい人ですもの……それをミレーシアに盗られるだなんて。
ミレーシアは自分より美しくて。婚約の釣書も沢山来ていると言うわ。
なにもハロルド様にしなくてもいいじゃない……
そう叫びたかった。
ミレーシアは立ち上がって、
「貴方のそういう所大嫌い。愚痴を言うくらいならハロルド様と仲良くなるように努力すればよいのではなくて?ハロルド様が嫌いなら、父君に頼んで他に婚約者を探して貰うとか、何か行動を起こせばいいじゃない。それなのに貴方はいつも愚痴ばかり」
「貴方は良いわよ。美しいし、それに比べて私は綺麗ではないわ」
「貴方だって十分綺麗よ」
「ミレーシアに言われたくないっ。帰って。顔も見たくないわ」
「解ったわ」
ミレーシアは帰って行った。
悲しかった。長年に渡る友人と喧嘩をしてしまったのだ。
ただ、ハロルド様に対する愚痴を聞いてほしかったのに……
3日後、父であるアーテル伯爵に呼ばれた。
「お前とハロルド・ミディ公爵令息との婚約は解消になった」
マリーは驚いた。
「何故?どうしてです?お父様」
「お前だって、ハロルドの事をよく思っていなかっただろう?ミディ公爵家より、よい、政略相手を紹介された」
「紹介されたって……まさか、コルティス伯爵家が紹介したのではないでしょうね」
「よく解ったな。コルティス伯爵とは親友だからな」
「わたくしの新しい相手って……」
「コルティス伯爵家の親戚のマーク・レイジャス公爵子息だ。レイジャス公爵は王国の騎士団長を務めていてな。宰相家のミディ公爵家より、レイジャス公爵家と結んだ方が我が事業の方も、都合がいい」
確かに……我が伯爵家の事業は鉱山で採れる鉱石を武具に加工する事業をしているから、騎士団と直接のつながりが出来るって事は大きいけれども、それでも何だかとても悲しかった。
ミレーシアの手の平で転がされたようで。
ハロルド様は苦手だけれども……それでも……
翌日、レイジャス公爵家の家族が尋ねて来た。
「私はマーク、レイジャス公爵家の者です。今日はご挨拶に参りました。父は仕事が多忙で来られなくて」
レイジャス公爵夫人が優雅に挨拶をし、
「ですから、わたくしと息子で参りましたわ。申し訳ございません」
アーテル伯爵夫妻と、マリーは出迎えて。
アーテル伯爵はにこやかに、
「いえいえ、騎士団長はお忙しい職でしょうから、さあこちらへ」
庭にテーブルを用意して、和やかに話は進む。
両親達は事業の話をしているようだが、マリーはマークの事が気になって仕方なかった。
マークはにっこり笑って、
「私達は庭を散歩致しましょうか?」
「ええ。そうしましょう」
二人で庭をゆっくり歩く。
マークはマリーに、
「従妹のミレーシアに君の事は聞いている。とても努力家で頑張り屋だって褒めていたよ」
マリーは首を振って、
「そんな事はないわ。わたくしはミレーシアと仲が悪いのよ。だってわたくしは愚痴ばかり言って、ミレーシアに呆れられて」
「何を愚痴っていたんだ?」
「貴方様なら、わたくしが何を愚痴ったのか聞いているのではなくて?」
「いや、ミレーシアは君の悪口は言ってはいないよ。とても気立ての良い女性だって。生涯の親友だって言っていたよ」
何で?どうして?わたくしの事、さんざん言ったじゃない。愚痴ばかりで行動も努力もしないって。努力家って何よ。馬鹿にしているのではなくて?
マークはマリーに向かって、
「とても領地の勉強を頑張っているんだってね。それに刺繍やケーキ作りとか、好きだって聞いた。とても可愛らしいお嬢さんだって。こうして会ってみて話通りのお嬢さんだって思ったよ。今度、私に刺繍入りのハンカチを作って欲しいな。将来、父を見習って騎士団に入りたいんだ。そのお守りに刺繍入りのハンカチが欲しい。それを見たら辛い騎士団の鍛錬とか頑張れる気がするから」
「わたくしのハンカチでよいのですか?」
「ああ、だって私達は婚約するのだろう?今まで女性からハンカチを貰った事が無くて。だから、私にプレゼントしてくれると嬉しいな。後、君の手つくりのケーキも食べたい」
「でしたら、わたくしが作ったフルーツケーキがありますのよ。一緒に食べましょう」
両親達の所へ戻って、メイドに昨日作っておいたフルーツケーキを出して貰った。
マークは美味しい美味しいと喜んで食べてくれた。
それから無事、婚約が成立し、マークとの付き合いが始まったのだが。
ハロルドと比べてとても楽だった。
マークはお返しをしてくるけれども、ちょっとした王都で流行っているお菓子とか、地方へ行った土産とか……マリーを疲れさせる事はなかったのだ。
マリーはとても幸せを感じていた。
そんな時に会ったのだ。
マリーはメイドと共に街で買い物をしている時にハロルドと手を繋ぎ買い物を楽しむミレーシアと。
ミレーシアはにこやかに声をかけてきて、
「わたくし、ハロルド様と婚約したの。こんな素敵な人と婚約出来て幸せだわ」
ハロルドもにっこり笑って、
「君と婚約解消の時は胸が痛んでね。私のどこが悪かったのだと……だって、君が私の事を気に入らなかったって聞いたから」
マリーは慌てて、
「わたくし、その……決してハロルド様を気に入らなかった訳では」
ミレーシアがハロルドに甘えるように、腕を組んで、
「だから、わたくし言ってやったの。あまりにも出来過ぎる男は嫌われるのよ。って……」
「いや、完璧でなくてはいけないだろう?私は先行き、父と同様に宰相になりたいと思っている。だから、何事にも完璧でなくてはならなくて。それがいけないと言うのか?」
「馬鹿ね。マリーみたいな女はね。貴方みたいな男は堅苦しいのよ。でも、わたくしだったら気にしないわ。それに、貴方、そんな完璧完璧って疲れてしまうわよ。せめて、家の中では気を抜いたらどうかしら」
完璧って……完璧を目指していたから、わたくしに張り合うように、ハンカチの刺繍も手作りのケーキも何もかも上をプレゼントしたって事?
ミレーシアはマリーに向かってウインクして、
「だから、恨まないでね。貴方には堅苦しい男なんだから。マークを紹介したけど、良い男でしょう?マリーは騎士団長みたいな家がお似合いよ。それじゃまた、お茶しましょう」
手をひらひら振ってミレーシアはハロルドと一緒に行ってしまった。
何だかもやもやするマリーであったが、自分にとってハロルドは堅苦しい男であったし、ちゃんとした付き合いが出来るマークを紹介してくれたミレーシアには結局感謝をするしかないなぁと思えるマリーであった。
後に、マリーはマークと結婚し、レイジャス公爵家に嫁入りした。
レイジャス公爵家の家風はマリーに合っており、マークと幸せに暮らした。
一方、ミレーシアとハロルドは結婚したけれども、ハロルドは外では出来る凄腕宰相として活躍をし、家庭ではミレーシアには頭が上がらず、それでも彼女を女王様と呼んで溺愛し、それなりに幸せな夫婦生活を送った。
マリーとミレーシアは色々とあったが、それなりに付き合いを再開し、時々、お茶をし、互いの夫の惚気やら家庭の悩みやら色々と言う付き合いを続けたとされている。