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第一話  柘榴石



 都市部に住んでいる人にしてみれば、そこは田舎。そこで生まれ育った自分たちにしてみても、小学生の時分にそこは田舎なのだと自覚させてしまうほどだ。


 コンビニなどは徒歩・自転車などで行けるような場所にはなく、自動車で数十分もかかってしまう。自動販売機でさえ自宅から歩いて数百メートルの位置に一つしかないし、交通機関だってバスだけだ。電車がある地域には、バスで一時間近くもかかる。

 見渡す限り山と田んぼ。大きく間隔を開けて、人の住んでいる住居は点在している。その中には、もちろん俺の家もある。全部で、五百人程度の人口しかいない。

 そんなこの村を、俺は恨んだことはなかった。ゲームを買うにしても、大好きな野球観戦をするにしても大きな時間と交通費を要するけれど、俺は嫌いではない。寧ろ、好きな方かもしれない。


 山の麓にある村のためか、春には花が辺りに咲き乱れ、家の窓から見える山には桜があちこちにあり、その風景はテレビで見る桜の並木道とは違う風情がある。

 夏にはトウモロコシとヒマワリが自分よりも大きくなり、おばあちゃんが育てたスイカは格別にうまい。少し降りれば川もあり、上流のため水が透き通っていて泳ぐにはピッタリ。マスなどの魚も悠々自適に泳ぎ、アブだって目障りなほどに多い。

 秋になると周囲の山々に多種多様の色が広がり始め、都会では決して見ることのできない風景を毎日拝むことができる。何と言っても、小学校へ行く道の途中にある紅葉は、立ち止まってしまうほど美しい。

 冬では真っ白な雪が世界を埋め尽くし、白銀の世界を創り上げる。一メートル近くにもなる雪は、俺たちの遊び道具になってしまうが、投げても投げても、かまくらにしてみても減ることはなく、その輝きを失わない。


 そんな村の中心に、全校生徒百人にも満たない小学校がある。俺の家から歩いて約五分しかないこの小学校は、明治時代に創設された。二十年ほど昔に改造(?)され、赤い屋根が特徴的なものへと進化した。しかし、その頃を境に子供の数は減り始め、俺が入学した頃には百人を切ってしまった。尤も、それが地方の過疎化によるものだというのを知るのは、中学生になってから知ることとなる。

 人数が少ないせいか、俺たちはみんなが仲良しだった。先生との距離も近く、まるで自分たちの親や兄・姉のような存在に見えた。昼休みには先生も交じって、キックベースや缶蹴りなどをして遊んでいるし、服をグラウンドの色に染め上げてそれからの授業を受けていたのを覚えている。




 小学三年生になった時に、一人の転校生がやって来た。夏の暑さがまだ残る二学期の始め、全校集会でそれが発表された。転校生が来るという情報を知らなかった俺にとって、まさに青天の霹靂。

 名前は「真田友香(サナダ トモカ)」という、東京から転校してきた二年生の女の子。地毛なのか、茶色い髪の毛はきめ細やかな長いもので、腰まである。

 都会とかだったら転校生というのは珍しいものではないのかもしれないが、小さな小学校……というより、この村にとっては大きなニュースに等しいもので、あっという間にその情報は全ての村人に伝わった。

 そんな彼女は、一週間程度の間、俺たちの間である種の「芸能人」みたいになってしまった。それは前述したとおり滅多にないことであったし、何よりあの東京から転校してきたというのも関係している。東京などこんな僻地で生まれた自分にとって、外国に近い存在だったのだ。


 しかし、俺たちの関心はすぐに薄れていく。


 その原因の一つとして、彼女が非常に口下手で内向的、極度の人見知りであったことだ。

 話しかけても、うまく話せないまま顔をそらしてしまい、さらに話しかけると顔を俯かせ、後ずさりしながら俺たちから逃げるのだ。どこに行ったのかを確かめる気はなく、俺たちは呆れ顔と共に友人たちと顔を合わせる。

「なんだ? あれ」

 普通に考えてみれば、そういった性格の人間がいるのは当たり前なのだが、俺たちのようにみんながみんな仲良しだと、必然的に行動ばかりする子供になってしまうもので、そのような性格の人と接したことがないのだ。

 俺たちの中で、その理解できない想いが徐々に彼女に対する小さな嫌悪感へと変貌していくのは、ある意味で自然であったのかもしれない。自分にしてもそうだったのかそうでなかったのか、今となってはよくわからない。


 彼女は少しずつ孤立していった。


 休み時間では、上級生・下級生関係なく廊下で話したり遊ぶ俺たちに混じることができず、一人だけ教室に残って本を読む彼女。

 昼休みでは、グラウンドや体育館で大声を上げながらスポーツを興じる俺たちから離れ、姿を消してしまう彼女。

 下校の時は、誰もが複数の友達と一緒に帰るのに対し、一人だけ俯き加減で帰っていく彼女。

 特に気にも留めていなかった俺は、そういった彼女の光景に気付くのに、相当な時間を要したのを覚えている。



 まるで灰色の雪景色のような少女――



 どうしてそう思うのかは、当時の俺には理解できなかった。

 深々と降り積もってゆく白銀の世界は、いつもの輝きを放つのではなく、灰色の雲に覆われて霞んでいる。

 彼女は、そんな中に一人で立っているんだ。

 雪が触れることも、その冷たさを感じることもないまま、彼女はただ上空を見つめているだけ。

 たった、一人で。



 だからなのか……

 彼女の存在は、限りなく薄らいでいた。





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