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序奏

こんにちは、森田しょうです。


この作品は、本当は先日完結させた作品の続編を作ってから投稿しようと思っていたのですが、その作品が思った以上に時間がかかりそうなので、公開することにしてみました。


何年か前に、日記的に作ってた作品で加筆・修正してみたのですが、どうやら今までとは雰囲気がどうも違う作品になってしまいました。自分でもそれがよくわかるほどのもので、「BLUE・STORY」を読んでくださった方には、また違った印象を与えるようなものなきがします。




「青木 俊」と「真田 友香」っていう人物が中心の物語です。

彼らの心情が伝えられるような作品になればと思います。


あんまし大きなお話でも何でもないですが、どうぞよろしくお願いします。










 音が鳴る。

 目覚まし時計の音が鳴り響く。






 薄暗く八畳しかないこの部屋の中で、隣の部屋へ気を遣うこともせず、その時計は音を鳴り響かせていく。

 それが壊れんばかりに、手を振り下ろす。リン、という音と共に、それは騒ぐことを止めた。

 静かになった世界になったと思いきや、別の音が聞こえてくる。無数の粒子となって大地に降り注いでいるそれは、外だけでなくこの部屋を湿らせている。

 あぁ、カビでも生えそうだ。

 そんなどうでもいいことを脳裏に浮かべながら、俺はアルマジロのように体を丸くさせ、再び夢の世界へと飛び立とうとしていた。雨の降る日で休日とくれば、起きている理由は特にないから。

 何も考えずに、ただ深く――深くへと沈もうとする。何も考えまいと思えば思うほど、俺は考えずにはいられなかった。

 汗が少しずつ浮き上がっていくかのように、降り積もった雪が少しずつ融解していく時のように、それは俺の中で滲み出てこようとする。

 そうなると、俺は眠れなかった。

 夢の中へ逃げようと思っても、その現実だけが脳裏に浮かぶ。まるで、その時から俺を追いかけているかのように。


 俺をどうしたいのだろうか――


 そう思った時、なぜかまぶたが開いた。既に眠気が消えうせてしまった俺は、本能的に眠るのを止めてしまったのだ。

 それとも、その過去に苛まれたからだろうか。

 どちらにせよ、俺は今日この日を、ベッドの上で過ごすことを止めたのだ。この上で夢に堕ちることは、あと十数時間後のことになってしまうのだから。



 時計には十一時二十三分と表示されていた。昼前まで寝ていたとは、俺も間抜けな人間だな……と、それは実感させる。

 少し冷える日で、まだ九月の始めだというのに体が震えていた。もちろん、それは雨のせいでもあるが、何より最近の気候の異常が原因だろう。

 ……そう言えば、あの時も九月だっただろうか。

 淡い記憶となり果て、その片鱗は既に風化してしまっている日々を、俺はぼんやりと天井を見つめながら掴もうとしていた。

 もう、二度と戻ることのできないあの頃を。


 

 ああ、そうだったな。

 出逢ったのは、九月だったよ。

 はっきりとそれがわかると、俺は自然と安堵の表情を浮かべていた。その理由などを考えはしなかったが、そうなってしまうのはそれが大事なものだったからなのかもしれない。



 どうしようもできない現実に打ちひしがれ、俺たちはその日々を必死に走っていた。

 鳥よりも、風よりも速く、その草原を駆け抜けようとしていた。

 その先にあるであろう、自分たちの宝物を見つけようとして。


 今にして思えば、それは幼いものだった。

 本当に、幼いものでしかない。

 そう思えるほど、俺たちは自分のことも他人のことも、親のことも世界のことも分かっていなかったのだ。

 二十歳を過ぎた辺りから、どこか古き日々を哀愁の眼差しで見つめる自分が存在している。一日、一日と過ぎていく内に、それはたしかな色を持ち始め、今でははっきりとその色を鮮やかにしている。

 大切なものでしかなかった日々を犠牲にして――




「あちっ」

 自分以外誰もいないアパートの一室で、俺はコーヒーを口にした瞬間、そう言ってしまった。

 カップに触れると、それまで温かさを失っていた俺の体に温もりが入り込み、代わりに小さな吐息がこの空間に放たれた。ため息なのかどうか、自分でもわからないが。

 青いカーテンを開けると、外で雨が降り注いでいるのが見える。まるで無限のように見えるその小さな粒子の流星群は、灰色の雲と共に世界を覆い尽くそうとしていた。

 程よい熱さに冷えたコーヒーを少しずつ飲みながら、俺は長い間隔で瞬きをしながら外を見つめていた。

 八階の高さから見える町では、日曜日だというのに忙しく行き交う自動車があちこちにうごめいていて、小さな蔑みが俺の中で生まれていた。それと同時に、この町を見下ろしている自分にさえ、蔑みを感じていた。



 ――なぜ、そうしなかったのだろう。



 ふと、浮かび上がったその言葉は、胸の中にある湖に、巨大な石を落とした。たしかな重みを、その小さな器に響かせる。


 甘いコーヒーは、色あせようとしていたその日々に似ていた。





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