第二話 世界の実態
「魔力がないということは生身であることと同じ。生きていくためには術を学ぶ必要があるわ。
こっちの世界は色んな術があるの。基本的には白魔術と黒魔術。そこから派生して魔術、占術、奇術、呪術などと言った自分の魔力が得意とする分野に特異していくの」
サイガの発する単語ひとつひとつが非現実的で俺は頭が痛くなった。魔力がないのは自分が一番よく分かっている。何も体内から感じないからだ。それが魔力に関わるのかどうかは定かではないが、直感だった。
場所は先ほどの車内と大きく変わり、都会のような雰囲気に飛行した。背の高い建物が多く連なり、レールのない電車のような乗り物が頭上を高スピードで通過した。見慣れない世界で俺は気づいたら口を開けてアホ面をしていたみたいだ。あれは前の世界でいう無人タクシーよ、とサイガは何食わぬ顔で言った。
サイガは甘党なのか、チョコレート菓子と紅茶がいいわと一言、喫茶店に入った。ここの喫茶店は前の世界とレトロな内装は似ているが、注文した商品はニンゲンが運ばず、魔法で浮遊して運ばれてくる。ーー前のいた世界はニンゲンやロボットが運んでいた。これが現実味を帯びていて、前の世界との違いを思い知らされる。
「私は〝時の魔術〟を扱う。原体は魔術。タイムリープしたのもこの魔術によるもの。戦闘力はないけれど、回避や逃避、飛行に優れているわ」
俺の知っているサイガは総務部で人事課の、難攻不落な才賀しか知らない。だが目の前にいる奴はどうだ。改めて見ると前の世界のサイガではない。パーツはそのままだがやはり俺と同じように少し幼くなったように見える。髪は、瞳と同じ琥珀色。ーー綺麗だ、と感じた。
俺はなぜか気まずくなって運ばれてきた温かい珈琲に口をつけた。少し酸味を感じる。
「魔力のないノウガくんができる術は、原体が占術かしらね」
「センジュツ?」
「自分の身体に生命を呼び寄せ憑依させるの。口寄せ術とも言うわ。身体に憑依させることにより、生命の力を体内から放出させることができるわ。生命と言ってもいろいろある。一番強いとされ戦闘に向いているのは魔神と呼ばれる存在。もちろん、魔神に気に入られないといけない術であるし、そもそも魔神の力が体内の細胞とうまく融合しないと消滅してしまうんだけどね」
センガは運ばれてきたガトーショコラみたいなものにフォークで抑えながらナイフをいれ、口元に運ぶ。一連の所作が綺麗で、つい手元を見つめてしまった。
「こっちの世界のニンゲンは、占術を使う人は大体妖精を憑依させることが多いわ。容易で誰にでも取り入れやすいから。そもそも魔神を体内に入れるには膨大な魔力で融合しなきゃいけないんだけど、妖精なら魔力が少ない子どもでも簡単に憑依させられる。それに、魔神って数が少ないって言われてるし、独立した生命であるから、魔神の占術を使う人はよっぽどじゃない限り魔力ーーあなたの場合は細胞が強くないと存在しないわ」
ーーはて、と俺は思った。
「サイガ。ひとつ訊いていいか?」
「どうぞ」
「細胞が強くないと魔神を憑依させることはできないと言ったよな」
「ええ。愚問よ」
「ーー俺はお前のタイムリープに耐える細胞を持っている。魔神を体内に入れるのは容易いことじゃないのか?」
俺が疑問に思ったことを言うと、サイガの眉間に皺が寄せられた。
「意味を分かって言っているの? この世界で魔神と融合できるのはごく僅かな、しかも魔力が高い一握りのニンゲンだけよ。いくら細胞が強いからと言って、魔力の持たないニンゲンが魔力の高いニンゲンと同等であるはずがないわ。ーーまずは小さな妖精から憑依させることを目指すべきよ」
正論だ。俺は自分のことをこの世界に来て理解できていない。こういう転移ものって現実味がなかったので、俺は某少年漫画のような主人公のような力を持っているものだと思っていた。しかも魔力の持たない俺は自分の細胞を過信していた。特異的な何かを持っているのではないか、と。己の力を過信していたみたいだ。
「そもそも占術も魔力が体内に微小でもないと呼び寄せることは難しいんだけど、ノウガくんの場合は妖精ならびに何かしらの従者と共に行動することで、常に憑依することが可能だわ」
「......無力な俺についてきてくれる気のいい妖精なんぞ、いるのか?」
「それを探しに行くの。あなたを巻き込んでしまった私に非があるのだから、従者を探すことと元の世界に帰れる方法を最後まで付き添うわ」
正直、ひとりでこの世界を生きていくのは心細かった。精神年齢は元の世界を考えると成人済だが、今の俺はひ弱な高校生だ。しかし、だ。
「なあ、サイガ。お前の口振りからすると、探すことと帰れる方法を助けてくれるみたいだがーーそこまでの衣食住だったり、センジュツなどという力はどうやって得るんだ?」
俺が疑問に思ったことを口に出すと、センガはハッとしたように息を呑んだ。
「ーーあなたに必要な衣食住は、私の師匠にあてがあるからどうにかする。根拠が今はなくてごめんなさい。占術に関しては......魔力がないあなたには少し酷かもしれないけれど学校に行くのがいいと思うわ。わたしも今通学しているから不安に感じないでほしい」
「学校? というか、サイガお前こっちの世界は学生なのか?」
「ええ。マギーア・セントラル学園の学生よ。前の世界は時空が何年か先を行っているからこっちに身体が戻ると時間も戻るの」
さて、と。サイガはご馳走様と一言、不敵な笑みを浮かべた。
「ノウガくん、この世界でやっていく自信はあるかしら?」