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第一話 今日を演じる


「おい能河。お前そろそろ四年目なんだから、自分で考えて問題見つけて行動することぐらいしろよ。いつまでも上とか周りからの指示待つなよ、だりーわ」


 某ブラック企業に勤めるサラリーマンの俺ーー能河アラタは、今日も上司から咎められる。へへ、すみませんと笑みを貼り付けていつも通り俺は返す他ない。


 なんの変哲もない平凡よりも下の俺が周りより秀でるわけもなく。頭を下げて愛想笑いをしてやり過ごすのが日常だった。


 正直、学生をやっていた頃は勉強もできたしスポーツだって体力は全国平均よりは上だった。けれどもいざ、社会人になったら自分の平凡さに驚いた。営業に配属されて、お客様の前に立ったら何もできなかった。遠回しに出禁宣言もあった。ーー自分の無力さに挫折した。


 それからだ。俺は自分を卑下することが多くなった。


「能河くんって、プライドないの?」


 ある日、言われた同期の女子ーー才賀リサの言葉。この同期、会社で三番目くらいの人気である。才賀は艶のある黒髪を肩甲骨くらいまで綺麗に伸ばして、いつもサロン帰りのいい香りを髪から漂わしている。頭も良く、俺のようなポンコツ営業部四課ではなく花の総務部人事課にいる。才色兼備とも言える才賀に手を出そうもんなら、己の首が飛ぶことぐらい想像は容易い。


 戻るが才賀の質問にはこの俺でもすぐに即答できた。プライドなんぞあるわけがない、と。


 その回答をどう思ったのか、才賀は少し間を開けて、ただ、「そう」とだけ呟いて、俺に背を向けた。


 俺はすぐにピンと来た。ーーああ、異動だわ、と。直感だと思った。墓場のような部署にでも行くのだろうか、いや、もしかしたら左遷かもしれない。それよりもプライドないイコールやる気がないと見做され、解雇という道かもしれない。


 ーー俺は、己の非力さに呆れた。


 転職の機会なのかもな、と頭の片隅はなぜか冷静だった。





 ーー仕事が思った以上に長引いてしまった。

駅のホームへ繋がる階段を勢いよく駆け下りながら俺は思った。


 俺は階段を一段飛ばしで降りると、ベルが鳴り響くホームをすべり込み、ドアが閉まる手前で乗車した。運良く乗り込んだ車内に人はおらず白い目で見ることは逃れられた、と安堵の息を漏らした。


 荒れた息を整えようと俺は扉の近くの座席に腰を下ろした。終電の一歩手前だがこんなに人はいないものか、と彼はぐるりと辺りを見渡す。


 同じ車両にいるのは俺の他に3人だった。顔は見えないが足が見えた。


 俺は大きなあくびをひとつ。ちらりと見た腕時計の零時の五分前を最後に、瞼を閉じた。





 人間は非現実的なことが起きると思考回路が鈍くなるみたいだ。


 電車ががたりと大きく揺れ、身体が前のめりになり、深い眠りに入っていた俺は先に鼻と耳が反応した。


 なんだか焦げ臭い。遠くから女性の高い声が聞こえた。何か男の人の怒鳴り声も聞こえる。


 状況を把握しようと目を開けると電車の中は横転しており、前方の車両がオレンジ色になっているのが見える。


「何が起きてんだ……」


 終電でこんなことが起きたら帰宅できないじゃないか。俺は焦りが生まれ、冷や汗が頬を伝う。


 そうだこんなときは通報だ。警察やら消防が動いてくれるに違いない。


 ズボンのポケットを叩き、スマホの位置を探す。よし、と見つけ画面を開いた時に俺は絶句した。


 ーーなんで、よりによって圏外なんだよ......!


 目の前が真っ暗になるとはこういうことか。俺は本当に運がない。人生の社会人としての生き様は誇りを持てない。良い給料稼いで、素敵な女性からのお声がけも、今を生きてて一度もない。ーーせめてお付き合いしてみたかったなあ。


 崩れ落ちた俺は考える思考もなく。焦げ臭い車内の中で落ちた瞼の裏に思い浮かんだのは、なぜか才賀の顔だった。





「こんなところで寝てはダメよ」


 ソプラノの美しい透き通る声がした。夢の世界と現実世界の狭間から聞こえる。俺はうっすらと瞼を開ける。光が眩しく、俺を覗き込んている顔は逆光でよく見えない。


 辺りを見渡すと終電の車内だ。しかし目の前の人影を除いて、誰もいない。見前違えだったか? 車内には3人いたような。


「驚いた。タイムリープしたのね。他の人たちはうまくリープできずに消滅したのに、あなたは奇跡的にこちらに飛んだ。ーーある意味、数奇的ね」


 は、と思わず息が漏れる。目の前の人物は何を言っているのだ。タイムリープだと? そんなの非現実的すぎる。


「何言って、」


 俺は反論しようとした。した、のだ。


 でも、できなかった。喉がヒュッと鳴る。


 太陽の位置がずれ、逆光ではなくなったその顔が、才賀リサそのものだったから。


「あの電車に乗ったのね。私と同じ終電」


 表情を変えず、琥珀色の瞳が俺を貫く。


 いや、でも待て。こいつは才賀であって才賀じゃない。


 顔は才賀だが、髪型や髪色、目の色が違う。


「私は才賀であって才賀じゃない。こっちの世界の〝リサ・サイガ〟なの」


「お前何言って、」


「あなたも能河くんであって今は能河くんじゃないわ。アラタ・ノウガよ」


 あなた自分の容姿でも見てみなさい。そう言って才賀リサこと、リサ・サイガは懐から手鏡を取り出すと俺に鏡面を向ける。


「……嘘だろ」


 俺の容姿は、現実の俺ではなくなっていた。


 正確に言えば顔のパーツや髪型は同じだ。変わらない。しかしだ。年齢は少し幼くなったように見える。高校生くらいの時の俺か? 髪色や服装も違う。


 現実で黒色だった髪は藍色になっており、目の色は群青色に染まっていた。なんだこれは。


 服装は黒のローブに変化しており、どこぞの某魔法使いのようだった。ーー俺にこんな趣味はない。


「能河くん改め、ノウガくん。この世界は表裏一体。現実に戻るには何らかの方法を得るしかないわ。今現在の現実は私たちの存在はないものとして時は進んでいる」


「……才賀、お前なんでこの世界を受け入れてるんだよ」


「サイガよ、ノウガくん。申し訳ないけど、私はこっちの世界が本業なの。ーー誤って、タイムリープを巻き込んでしまったことは謝るわ」


「ーー才賀、お前は一体」


 この世界は表裏一体だと彼女は言った。彼女の存在はこっちが本物で、向こうは幻影だったのと言うのか。ーーじゃあ、なぜ彼女は向こうの世界にいる必要があったのか?


 問いかけても今は分からなかった。


「ノウガくん、生きていくにはこの世界を理解する必要があるわ。

こっちの世界のニンゲンは、あなた以外魔力を持っている。全員と言っても過言ではない。なぜならこっちの世界のニンゲンは生まれながらにして魔力を持つから。

ーーけれども、あなたは向こう側の世界の人間。魔力は一切持たずして生まれている」


 サイガは深呼吸をして、一旦瞼を閉じーーそしてそっと開くと俺の目を見つめた。


「私は魔力があるから世界を行き来できる。けれども魔力がないニンゲンは行き来する前に体内の細胞がタイムリープに耐えきれず、消滅するのが普通よ。ーー驚いたわ、あなたは生きている」


 消滅。その言葉に俺は言葉が出なかった。車内にいた他の人たちは行き来する前に、もういないものとして消えてしまった。もうどちらの世界ににも存在していないことを表している。


 ーー俺は、恐怖を味わった。


「......ここじゃあれだし、場所を変えましょうか」


 サイガは俺の手を取ると何か呪文のようなものを呟く。


 途端、俺の身体は何かどこか遠くへ飛ばされる感覚を味わう。


ーーああ、俺本当に前の世界にいないのか。


 身体と脳内が切り離されるような、変な感じが俺を襲う。不安を煽られる感覚だったけれど手元の握られた感触だけは、なぜか今はすごく安心した。


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