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サイバーチェンジ  作者: 八瀬研
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ep1 救いを求める声

『女優○○の不倫発覚』


『不倫の是非は置いといてその後の対応が悪かった。たかが不倫と高を括った発言は正気を疑う。ただのビッチ。昔の演技からその性格の悪さが滲み出てたからこれ見て』『本当だw』『幻滅したよな』『逆にこんな可愛い子がそれなら一周回ってあり』『不倫するくらいなら最初から結婚するなよ』


『相手が会社経営者とかお金に釣られただけだよね。人はお金じゃない。我が家は二人でも一千万額はいかないけどずっとラブラブです』『二人でそれなら十分だろ。こちとらその半分だぞ』『所詮顔と金』『分かります。私も人はお金よりも正確で今の夫を選びました』


『○○また変なツイートしてた。『誹謗中傷は訴えます。何万人もの人々がよってたかってありもしないことを言っている。貴方達は異常です。』って、事務所かマネージャー止めろよ。枷が外れて制御の効かない化物になってるぞ』『ここまでしたらもう一生仕事来ないだろ』『クビだな』


 正論と炎上に便乗して自分の不平不満をぶちまけては自己顕示欲を満たす。ただ間違いのない流れに乗って、さも自分が民意を得たりと満足し、追従していたことに気付かない。

 馬鹿だこいつらは。

 間違っていることを間違っているというだけで、そこには生産性の一つもない。


『株式会社○○代表取締役○○氏の不適切発言』


『今話題になっている女性蔑視の件、世代とか関係ないんだと思う。昔はもっと酷かったらしいけどその世代はもう退職して、○○は男女平等って叫ばれてた世代だから原因は他にあるはず。同世代の私達に飛び火して悲しい』『成功して性格変わる人っているよね』『根っからクズなんだろ』


『それでも実際まだ女性差別は残ってる。私の勤めている会社の経営陣には女性がいないし』『分かります。私の会社もそうです。職場の男性にロクな人がいません。学校教育の問題かも知れませんね』


『そもそも○○がいけなかったのって男とか女とか大きな言葉で分けて判断してたことでしょ。それなのにまだ男とか女とかって言ってるのって、何も学習してないよね』『失礼します。私も本当にそう思います』『私のツイートを引用してますよね。言いたいことがあるならDMで話しましょう』


 分かりやすいニュースのタイトルから火花が弾けてまた次のボヤに連鎖する。火の元すら知らないような端の端まで燃えてゆく。

 夜の帳が降りた世界は暗く静まり帰り、一見人々の活動は休息を得たように見える。しかしその裏側では目が眩むような下品な光が溢れて、耳を割るような騒音を響かせる。

 こいつらは毎日同じようなことを繰り返している。

 表面上は言いたいことを押し殺して、裏ではかくも饒舌に語る。


「ははっ」


 下らないことを言って笑うアカウントを見れば、案の定ろくでもない人間であることが分かる。自分の幸福を偽装して、自分以外の人間の偽装は許さない。

 乾いた笑いが漏れた。


『私が仕事に疲れて帰ってくるのに、子供は何の家事もしようとしない。あまつさえ夜ご飯はまだかって言うから自分で作れと叱った。泣きながら白米だけ食べてたけど君が母にさせようとしたのはそういうことだよ』


『○○の広告掲載、それが一部の人間の目にとどまってるうちはいいんだろうけど公衆の面前にさらしたのが悪かった。怖いのは本当にそういう目で女性を見る人がいるということ』


 何が問題か、何が本質か。誤認だ勘違いだと主題をすり替えては当たり前の主張をする。

 ちょっとした個人の愚痴に含まれている悪意が、ドミノのように倒れて津波のように押し寄せては心労だけを残して他全てを押し流す。

 こいつらは不完全な数字を見て何が正しいかを判断する。それでいて数字の正しさを判断する脳までは持ち合わせていない。

 人間という生き物は下手くそなプログラミングよりも単純なアルゴリズムで動いている。


「どこだ」


 インターネットが普及したのは今から百年以上前だが、とは言え人間は遥か昔、紀元前よりずっと前から成長しない生き物だ。

 争い、奪い、他者を蹂躙することを厭わない。いかに技術を発達させようともまた新しいものが欲しくなって、それで他人から奪ってゆく。

 なんなら自分が奪っていることすら気付いていない。


「どこにいるんだぁ」


 そして意味もなく蓄積する技術が作り上げたこの世界が西暦2150年の日本だった。

AIが世界を支配するようになってから半世紀、『支配』とは別に文字通りの意味じゃない。もちろんただの例えだ。

 人間は自らの判断の大部分を自らの与り知らぬ計算に頼るようになり、人間に対する評価は画一化された。顔、表情の作り方、体の骨格、筋肉、肺活量、頭脳、数学的思考力、対人コミュニケーション能力、ITリテラシー、語学、等々。複雑に絡まった数えきれない要素をAIが処理することができるようにした人物は百年前にノーベルなんとか章を受章した。


 そのAI、通称『Lawmaker』の判断が確かに正確であるという事実はその後百年の人類史が証明し、周知のものとなった。

 Lawmakerの判断に委ねれば確かにあらゆる経済指数が好調を示した。

 だが、それが確かであっても、AIは人間の格差を解消することもなければ、世界から争いをなくすこともなかった。

 Lawmakerは格差を許容した。格差は経済の推進力であり、平等は経済を停滞させると判断した。とはいえそれは2000年以前に二つのイデオロギーに別れた世界が証明したことではあるのだが。

そして格差を否定しない限り差別も付随してやってくる。

 Lawmakerはそこから生まれる醜い争いを否定しない。争いと言っても誰も死なない、怪我もしない諍いだ。労働力を削減する争いを厳密に禁止する代わりに、永遠に浅くどす黒い感情を投げ合うことを是とした。

 ただAIに従いさえすれば滞りなく経済は回る。


 不完全な技術に根差した不完全な世界である。どうやらそれが一人ぽっちの人間には決して変えることのできない法則だと気付くのに二十年以上かかってしまった。

この世界にはそんな不完全な評価から見放された者がいる。


『助けてください』


 時間は丁度八時間前、十五時三十分。そのツイートが発された場所の近くで、関係するツイートを探す。

 このインターネットカフェのPCのスペックはゴミでしかないが、そこに手持ちのUSBを差し込んでやれば使い手の技量に依存する。

 鍵が付いていようとDMの内容だろうと見ることができる。


『あのウイルスどこで手に入れたんだ?笑』

『父さんがくれた』『子供だましにしか使えないらしい』『明日はもっと強力な奴いくぞ』

『マジで⁉笑』『明日も○○の泣き顔見るのが楽しみだな爆笑』

『てか通話しようぜ』


 そこから二時間近くの通話履歴が残っている。

 どうやらこれは本物の『イジメ』というやつだ。


「ふははっ、見つけたぁ…!」


 目的のものを見つけて歓喜に震える。

 醜い悪意の濁流のなかに溺れながら、救いを求める声がある。

 それがこの不完全な社会には救うことができないのなら、


「俺の出番だ…!」


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