捜査に使う主な道具
しばらくの間、穂波はヤマネ刑事の顔面に見惚れていた。
一方、そのメガネ男子は、女性からの視線で動じることもなく、聡明そうな表情を保ったまま、静かな口調で話し掛けてくる。
「さて、スマホ刑事」
「はい」
「今後の仕事では、円滑な情報の共有が必要となります」
「そうですね」
「あなたは、捜査で主にどのような情報機器を利用しているのでしょうか」
「自分は、特にどれでも、使う必要があれば、なんでも使っています」
「スマホなどは、どうでしょうか」
「へっ、あ、失礼しました! スマホですか?」
「スマホです。使えますか」
「はい、もちろん使えます。最新機種を持っておりますし」
ここへの異動を機に、思い切って機種変更したばかりだった。
「それでしたらスマホを、あなたの捜査に使う主な道具とするのは、いかがでしょうか」
「は、はい。できればそうしたいと、自分も思います」
「一点、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「ここは、今あなたの言ったような、《できれば》という消極的な態度で応じるのではなく、《必ずや》と、強い意思を示すのがよいですよ。どうですか」
ヤマネ刑事の視線が、穂波の目を射抜いた。
それで突如、思い出す。
警察官たる者、消極的であってはいけない。常に心を強く持ち続け、それを態度にも表わしていなければならない。毅然たる態度ということ。
そうでなければ、迫りくる悪意に隙を見せてしまい、思わず足元をすくわれる失態へとつながることになる。
尤も、冷静沈着であることは重要だけれど、でもそのことと、消極的であることは明らかに異なる。
警察官になり、交番勤務に赴いた初日、そう教えてくれたのは、最初の上司、倍くらいの年齢のベテラン巡査部長だった。
穂波は、今度はなにも迷わず、力強く答える。
「了解しました。スマホを必ずや、自分の捜査に使う主な道具にしてみせます!」
ほとんど誘導尋問的に促された上での言葉ではあったけれど、とても強い意思表示を示すことができた。
兎も角、まずはメールアドレスの交換をした。これで名実ともに、厄介事捜査室のスマホ刑事になれたのだと、穂波は感じるのだった。
突如、なぜかヤマネ刑事が笑い出す。
「ほほほ、よろしい! 実によい表情ですよ、スマホ刑事。あなたは、マゴリ警部捕がお認めになった通り、この先、厄介事捜査室を背負って立つ、若き優秀馬、明日を駆け抜ける先行馬! ほほほ、ほほほほ! ほーっ、ほっほっほっ!!」
「あのヤマネ主任、皆さんが驚いた顔で、こっちを見ておられます」
「おおぉ、なんとこれは、失礼を致しました。あろうことか、この私が」
よく分からないけれど、一つだけ明らかになった。このヤマネ刑事という人が、とてもユニークな一面を合わせ持っているということ。