涙のレクチャ(二)
悲しくも殺人事件があれば、強行犯係がホシを追う。卑劣な誘拐があれば、人質を救うべく特殊犯係が全力で対応する。そのような犯罪を未然に防ぐために、地域課はパトロールしており、サイバー犯罪対策班は地道にソーシャル・ネットワーキングの動向に目を光らせている。
つまり早い話、一言でまとめると「役割分担」である。
しかしながら、役割を分担していればそれで十分というのではない。必要に応じて、役割を見直し、分担を考え直し、再構成すべきである。
殺人であれ誘拐であれ、ストーカー被害や誹謗中傷、痴漢に強盗、恐喝、器物破損、万引き、置き引き、ひったくり、詐欺、麻薬、それらのどれも厄介な犯罪であることに違いはない。そういった様々な事件を、一つでも事前に食い止めることを目指すのが、厄介事捜査室の任務である。
目の前の「厄介事」だけに限らず、この先に大きな事件へと発展するような、いわゆる「犯罪の芽」を、早期に摘み取ることが肝腎。
「日々、私たちが頭を使い、足を使い、気を使い、心を削り、身も削り、汗を垂らし、なすべき仕事です。一つでも悪の萌芽を、その直前で枯らすことにより、いっそう明るい日本、そして世界を築きましょう。明日の社会を輝かせましょう。未来のある子供たちを守りましょう。か弱いご老人を救いましょう。私たち厄介事捜査係は、それを担っています。スマホ刑事、あなたも既に、その一員となっているのです。協力して、一緒にやりましょう」
ここまでを話し終えたヤマネ刑事は、上着の内ポケットから薄い黄色の布を取り出し、もう一方の手で外したメガネのレンズを、優しく拭き始める。
そんな彼の裸眼が眩しい。瞳から溢れ、頬へと流れ落ちる滴が、穂波の胸を濡らすようにも感じる。
「あ、あの、ヤマネ主任」
「なにも、言わないで下さい」
穂波は上司の指示に従い、ひたすら黙ることに徹する。
丹精を凝らして磨かれたレンズが、再び透き通った輝きを放つ。そのメガネは、ヤマネ刑事の小ぶりな顔に戻される。
すると、秀才風メガネ男子の目から溢れ出る理性的な正義感に、いっそう拍車が掛かる。




