お説教からの熱い体験
手持ちぶさたになった穂波は、間を持たせようと思って話す。
「あっ、あの、えっと、マゴ警部補殿は、どこへ行かれたのでしょう。なにか事件でも、発生したのですか?」
「スマホ刑事、一点よろしいでしょうか」
「はい」
「余計なことかもしれませんが、警部補に《殿》をつける必要はありません」
「了解です、ヤマネ主任様」
「もう一点、主任にも《様》など、敬称は不要ですよ」
「おっと、重ね重ね失礼致しました!」
「さらにもう一点、よろしいでしょうか」
「へっ、あっ、どうぞ!」
「スマホ刑事の口癖なのでしょうが、《あっ》や《おっ》、《おっと》なども、なるべくつけない方がよいと思いますよ。今の、《へっ》もです」
「はっ、了解しました! あっ、《はっ》をつけてしまいました。善処します!」
「いいえ、《はっ》は構いません。気合いの入っていることが伝わります。それに比べて、《あっ》や《へっ》の場合、どうにも間の抜けた印象を、聞く人に与えてしまいます」
「はい、了解しました!」
着任早々、いわゆる「お説教」を食らうことになった穂波だけれど、目からウロコが落ちたように感じ、無心で敬礼する。
ヤマネ刑事が、おもむろに立ち上がり、静かに言葉を発する。
「どうですか、一つ紅茶でも」
「はい?」
「一緒に飲みましょう、熱い紅茶を」
「は、はい」
困惑顔の穂波が答えるのと同時に、ヤマネ刑事は素早く歩いて立ち去る。
今のような彼の言動は、穂波にとって意味不明なこと。上司が部下に、お茶を淹れてくれるなどとは、俄かには信じられないから。
しばらくして、ヤマネ刑事がお盆を両手に持ち、デスクに戻ってきた。
ティーカップ用のソーサーが、穂波のデスクの上に置かれ、続いてティーカップも置かれる。すると、湯気と香りが、周辺に漂う。
ヤマネ刑事のデスクにも、彼自身の手でティーカップが置かれる。
「英国王室御用達のものと、肩を並べるほどの逸品です」
「は?」
「どうぞ、ご賞味を」
「ご、ごちそうになります」
今までに一度も嗅いだことのない芳香を思い知る。
穂波の手は、うかつにもティーカップそのものに触れてしまう。
「熱っ!!」
「さぞかし、お熱いでしょう。それもまた、本物の証です。ほほほ」
「は?」
着任早々、熱い体験をすることにもなった。
今度は慎重に、把手の部分をつかんで持ち上げ、少しずつ飲む。
その味も、間違いなく本物に思えてくる。一杯の紅茶によって、穂波の嗅覚、触覚、味覚は、大きく刺激されてしまった。